第22話 予想不可の衝撃サプライズ
大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした!!
久々の長文、されど濃厚! お楽しみに!
「リリ、カ…………? ッ、リリカァァァァ——ッ!!」
共有スペースのモニターに貼り付き、その悲痛さが現場に届くかと思うほど声を震わせるルベルカ。
リリカの負傷――
まさに懸念していたことが、いま現実に起こってしまった。自業自得といえばそれまでだが、襲われる直前のリリカは様子がおかしく、ルベルカの絶叫ぶりも尋常ではなかった。
だからこそ、重度ファンであるネモは勿論、クロエやゲッツォ達でさえも、何を言い出せずにいた。
その中でも唯一撮影のことを考えていたのは、監督兼プロデューサーのゲッツォだった。
(撮影を中止すべきか? 魔界のスーパーアイドルが負傷した所など世間に流せる筈がない。何より、リリカちゃんの安否が気になる……)
その思考は冷静そのもの――だが、無情ではなかった。監督としてリリカを心配し、今この場で取るべき最善を模索しているだけに過ぎない。
(やはり、ここは中止して後日撮り直しを……)
ゲッツォがその決断を口にしようとした直前。
「――っ、ネモさん! それ貸してくださいっ」
「へ?」
切羽詰まった顔のルベルカがネモの了承も得ず、耳元の魔導伝音機を引ったくった。
◆◇◆
「小汚い泥棒猫め、ザマァないわね……!」
「お前らっ……!」
横たわるリリカを足蹴にするケバい女冒険者。当の彼氏は未だに恍惚の海を彷徨っており、他の男達も同様だ。
「なに? なんか文句でもあんの? 先にダーリン奪ったのはそっちっしょ」
ハルトに睨み付けられた彼女は薄ら笑いを浮かべ、リリカに乗せていた足に更に力を込める。
「あの歌を聴いて、よくそんな事が言えるなっ……無防備な瞬間を狙いやがって、恥を知れッ!」
「ハッ、人の男に手ぇ出すのがヒジョーシキだってぇの。当然の報いってヤツ?」
「そーそーっ!」
同感とばかりに頷きを返す他の女冒険者たちが、未だにメロディを垂れ流していた箱型の魔導具とスポットライトの魔導具を各々の武器で叩き壊す。
「この分からず屋がぁっ……!」
彼女達の言動に、ハルトが歯嚙みしたその時――
『――聴こえますかハルトさん! ルベルカです!!』
「……この声は」
「?」
突如として耳元で響く声。
その声が共有スペースにいるルベルカと分かったハルトはその意図を察して胸を痛める。大方、リリカに手を出した輩への報復を、と考えているのだろう。
――しかし、次に聴かされた言葉は予想の斜め上をいっていた。
『ハルトさん! リリカを……どうかッ、リリカを救ってくださいッ!!』
(……え?)
『図々しいお願いなのは重々承知しています。リリカに脅された貴方に助ける義理がないことも! けれど、それでもリリカをっ……!』
魔導伝音機から聴こえてくる悲痛なまでの叫びに、ハルトは言葉を返さず、ただただ無言を貫く。
『お願いします……! ハルトさん!』
再三の頼み。その返答に、ハルトは静かに一言。
「…………何言ってるんだ」
『え?』
ハルトは肉が軋むほど拳を握り締め、胸に湧き上がる想いを言葉に変える。
「ここは――エンタメ迷宮は罠や守護者との戦いを楽しむ場所だ…… 動機が嫉妬だろうとなんだろうと、ただ誰かを傷付けることだけは、俺が許さないッ!!」
『ハルトさん…………』
それは仲間に見放され傷付いたハルトの、共感ゆえの怒り。だがそれ以上に、胸に残る感動によるものが大きかった。
(……リリカちゃんは確かに野郎どもの心を掴んだ。けどそれは、観客を楽しませようとひたすら真摯に、心を込めて歌った成果の筈だ……!)
歌の残響が、未だ胸に熱を灯し続けている。それはまるで、全身が喜びに打ち震えているかのようだ。
リリカに熱を上げるネモの気持ちを、ハルトはようやく理解する。そして気付けば、鞘から剣を引き抜いていた。
(……リリカちゃんしか眼中にないなら、その嫉妬の嵐、俺が全部引き受けてやる――!!)
その一心で、ハルトはリリカを取り囲む女冒険者達の間に颯爽と割り込み、心の歌姫を庇うように仁王立ちする。
「な、なによアンタ」
「よく聞けカップルの片割れども! お前達のラブリーダーリン達は確かにこのリリカが懐柔した。けど勘違いすんな! それを指示したのは、この俺――ハルベルト・ブランドだッ!!」
「なん、ですってぇっ……!?」
演技がかった動きで、自らに親指を立てたハルトは肩を竦めて、こう言った。
「悔しかったら魅力がなかった自分を恨むんだな。そんな度胸もないのなら、大人しく俺に倒されろ。この俺がやさぁ〜しく介錯してやるよ!」
「~~っ!! 言ったわねっ……なら死になさいっ! 女の敵めぇぇぇっ!」
「ぶっ殺してヤルゥゥゥゥッ!!」
軽妙ながらもウザさ満点の挑発が、嫉妬に呑まれていた女冒険者達の怒りを更に激しく燃え上がらせる。彼女達は一斉に武器を構え、殺意剥き出しの眼光を見せ、ハルトに襲い掛かる。
『自ら彼女たちの標的になるなんて……』
ハルトが見せた漢気は、ルベルカはおろか撮影陣の心さえも鷲掴みにしていた。
魔導伝音機でハルトの口上を聴いていたクロエは誇らしげに笑い、モニターに映る黒衣の剣士に視線をやる。
『ガリウス、聴いていたわね』
『はっ』
ちょうどその頃、他の戦闘エリアで並み居る冒険者を斬り伏せたガリウスが短く応えると、クロエは力強く下知を飛ばす。
『後続を必ず断ちなさい。こんな事態になったのは私の責任でもあるわ……我が剣として、この汚名を雪いでみせて!』
『承知!』
鋭く返答し、次々と訪れる冒険者達に勇猛果敢に飛び込んでいくガリウス。途中、魔族から見ても若い女冒険者の登場にトラウマが刺激されるも、その場はなんとか撃退していく。
『ネモ、惚けている暇があるなら治療室に連絡! ポーションをあるだけ用意させてっ』
『お、おう! ハルトがあれだけの漢気を見せたんだ……! ファンのあたしも良いとこ見せないとな!』
続けてクロエはネモにも指示を飛ばす。ハルト達をいつでも出迎えられるようにと、ネモが執務室へと走る。
クロエが見せた雷鳴のような指揮に、ゲッツォの頭から〝撮影中止〟の言葉が消える。損得よりも感情を優先したのだ。
――一方、女冒険者達の怒りを格好よく引き受けたハルトはと言えば。
「ほらほらぁ! ちゃんと守んないと、足元の女が星屑になっちゃうわ、よっ……!!」
「ぐっ……! 流石にこの人数はキツ、イ……ッ!?」
鋭い斬撃音と荒い息遣いが交錯する。
彼氏を奪われた女はもはや暴走状態、手を付けられぬ獰猛な獣そのものだ。四方から叩き込まれる荒く鋭い斬撃と拳に、ハルトは防戦一方だった。
「彼ピを奪ったヤツは敵! ソイツを庇うヤツも敵! 敵てきテキテキィィィィッ!!」
「誰だよっ、こんなバケモノ連れてきたのはっ!?」
上段から剣が何度も何度も振り下ろされる。
ハルトは剣を横に構え防御するが、怒りで女のリミッターが外れているのか、首筋に幾度となく刃が押し込められそうになる。
ガリウスとの修行で多少マシにはなったものの、やはりハルトの実力は一騎当千とは程遠い。剣の腕は並以下で、魔法すら使えないのだ。どの攻撃も決定打にはなりえない。
ましてや敵は五人も居る。時々反撃に転じてはいるが、足元のリリカを庇いつつ戦うにはあまりにも敵が多すぎた。
「!?」
――そんな危機的状況の中、背後でのそりと動く気配。
「……ハ、ハルベルトくん? なんで……」
「っ――リリカちゃん!?」
攻撃を凌ぎながらハルトが後ろを振り向くと、そこには頭を押さえて起き上がるリリカの姿。
無事は喜ばしいものの、目覚めのタイミングは適切とは言い難かった。
「まだ死んでなかったの!? 魔族ってば、しぶといわねっ……!」
案の定、女冒険者達の矛先が泥棒猫のリリカに向けられる。
「もうアンタ、死んじゃいなさいよッ」
「いや、今お前邪魔っ!」
「あぅっ?!」
リリカに斬りかかろうとしたケバい冒険者を、しかし間一髪でハルトが蹴り飛ばした。
怒りで暴走していたさしもの女冒険者達も、その容赦のなさに思わず気勢が削がれる。
「怪我の具合はどうだ? リリカちゃん」
その隙を見逃さず、ハルトは彼女達をけん制しながら声を上げる。
が、当のリリカは俯いたまま、震える声で呟く。
「…………なんで、どうして助けてくれたのっ! ボクはキミを脅して、嫌な思いをさせたのにっ」
「知るか。あの歌を聴いたら、体が勝手に動いてたんだよ」
「っ……」
ハルトの、投げやりで理屈などお構いなしな返答は、リリカの心をブルリと震わせる。
「それより、俺たち二人でさっさとコイツら撃退するぞ。ルベルカさんが心配してる」
「……ボクたち、二人で?」
リリカが意味が解らないとばかりに目を丸くすると、ハルトは大袈裟に肩を竦める。
「楽しませる為に来たんだろ? なら今は、アイドルとしてじゃなく――いち防衛要員として俺に力を貸してくれ」
「……ボ、ボクは」
ハルトの提案に葛藤するリリカ。
――だが、そういつまでも時間をくれる彼女等ではない。
「かぁーッ! 人の男奪っといて、いつまでイチャイチャくっちゃべってんのよっ! 見てて腹立つわっ」
「ソウネッ、女ノ敵には惨たらしい死をッーー!」
ハルト達を取り囲んでいた女冒険者達が痺れを切らして一斉に襲い掛かってくる。
「来るぞッ! 超新星アイドルたる所以を、俺に見せてくれ!」
「ッーーうん!」
その一言で迷いを振り切ったリリカは自身のマイクを拾い上げ、ハルトと背中合わせで並び立つ。
もはや場を盛り上げる音楽も、演者を照らすスポットライトもない。あるのはたった一つ――万人を魅了するその真摯な歌声だけだ。
「シネェェェェ!!」
「あぁ~ キミが笑えば、ボクは強くなれる 歌うことだけが、今のボクのすべてだよ♪」
歌いながらリリカはひらりと乱戦に飛び込む。女冒険者の鋭い斬撃をステップで軽やかに躱し、逆にステージさながらのターンで相手に蹴りを見舞う。
その姿は、まさに戦場の歌姫。ハルトも負けじと続き、ケバい女冒険者を叩きのめしていく。二人背中合わせに敵を蹴散らす姿は、まるでライブのフィナーレのようだった――
「「この度は大変ご迷惑をお掛けしました」」
女冒険者たちが全員沈黙し、ようやく正気を取り戻した彼氏たちはハルトの説明を聴いた後、人が変わったように謝罪して帰っていった。
去り際にリリカから「うんっ、また遊びにきてね~!」と言われて、「「是非にっ!!」」と即答していた彼等に次の機会が与えられるかどうかは――心優しい彼女たちに懸かっている。
「いや、あれはもう来ないな。にしても、疲れたぁーっ」
完全に気を抜いたハルトは崩れ落ちるように床に腰を下ろした。
思わぬハプニングがあった為、撮影が終わると同時に今日の防衛戦はお開きとなったのだ。今はネモや治療室の魔族の迎えを待っている最中である。
その傍らにそっと座り込んだのは、今回の騒動の種――もとい、本日の功労者であるリリカ。
どうしてか、ハルトとの距離が異様に近い。この場にネモがいれば、即発狂しているレベルだ。
「……ねぇ」
「ん?」
「本当はどうして助けてくれたの……?」
膝を抱えたリリカがポツリと呟く。ハルトは頬を掻いてから、照れくさそうに言った。
「……リリカちゃんの歌が、気になったから」
「ボクの……?」
「誰かを喜ばせることに一生懸命、真っ直ぐ向き合ってるのに、なんでこの子はあんなにワガママで、俺を脅すような真似したのかって。それって多分、誰かに認めてほしくて……」
「……っ」
「あ、いや、違う! 言いたいのはそんなことじゃなくて――」
頭の中を整理しながら話していたハルトは頭を振り、リリカの瞳を真っすぐ見つめる。
「つまり、何が言いたいかっていうと――俺はリリカちゃんのファンになったんだよ。リリカちゃんの歌が好きだから、つい助けちゃったんだ」
「……~っ!!」
自覚なく吐き出されるハルトのクサい台詞に、リリカの顔はみるみる紅潮していく。心境の変化に、リリカ自身驚きを隠せないでいた。
(……最初は、ボクに靡かないことへの腹いせだった。ボクの秘密を知られて脅したのも、防衛の邪魔をしようとしたのも全部……)
胸の鼓動は徐々にうるさく、速度を増していく。
(なのにこの人は、ボクを助けてくれた。あの短い期間で、醜いボクを理解してくれた。あの日のルベルカさんのように……)
胸に抱いた気持ち。制御不能で、自分ではどうしようないほど手に余る感情の正体は――
「ボク、決めたよ」
「ん? なにが」
やがて、リリカは一つの結論に達する。
目を緩く細め、自身の理解者である男に、他の誰にも見せたことのない輝きに満ちた笑顔で、こう言った。
「男でも関係ない。ボク……ハルト様のお嫁さんになる!」
「…………………………………………ンン??」
リリカの一世一代の告白に、ハルトの頭がフリーズする。脳内を再起動し、情報を反芻して、石化したハルトの口をなんとか動かす。
「……い、いま…………なんつった?」
「ふぇ?」
有り得ない言葉が聴こえた気がして、ハルトの顔は遅れて異常に引き攣った。
戸惑うハルトに対して、リリカは両目を星のように輝かせて首を傾げる。
「えっと、ハルト様のお嫁さんに……」
「いやその前ぇっ!」
「ボク、男だけどお嫁さんにしてね?」
――静かに一拍。そして爆発した。
「はぁあああっ!? えっ、や、ちょ、男ぉおおお!?」
「うんっ! 愛さえあれば、男同士でも関係ないよねっ? ハルト様っ」
「大ありだァアアアアアッ!?」
理解の追い付かないハルトに抱き付いたリリカは、追い打ちとばかりにファン発狂必至の核弾頭を投下したのだった。
リリカの正体に最初の段階から気付けた人はスンゴイ。ほんとマジでぇぇ! 新人賞版だと文字数限られるからここまで書けなかった。もっと淡々としてましたもん。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字などがございましたら、ページ下部から遠慮なくどうぞ!
次回はエピローグなので、7/15に投稿できるよう頑張ります!
▶︎追記。Xにてお知らせしましたが、エピローグの投稿は明日7/16に延期します。頭が、頭が回んない……
更に追記。昨夜は寝落ちしてしまい、7/17には上げます。




