第20話 リリカ・オンステージ!
「……どういうつもりだ、リリカちゃん」
実況者の役目を放棄して現れたリリカに、ハルトは鋭く言葉を投げ掛ける。
「どうもこうもないよ。ハルベルトくんの戦いを見てたら、身体が疼いてきただぁ~けっ」
(こいつ、自分で掻き乱した今この状況を楽しんでやがる……!)
頬を紅潮させ、艶かしく舌舐めずりしながら身をよじるリリカ。
その瞳に、ハルトは愉悦の色を見た。
(多少手荒になるけど仕方ない、侵入者が来る前に連れ戻さないと――!)
迅速に事を為そうとしたハルトだったが、事態はそう甘くはなかった。
「――あ、ダーリンいたよ! ハルベルトって魔族!」
「そうだね、ハニー。厨二ベルトいたね」
「あひゃっひゃっひゃっ! 見てよあのカッコー! ちょ~ウケるんですけど!」
「たしかにぃ、これならオレの方がイケてっぜ! なぁ?」
リリカを退散させるより前に、カップルらしき冒険者達が来てしまった。
それもダブルデートどころではない。もはや団体行動と大差ない男女五組デートそのものだった。
「ちょ、なんでこんな時にぃ!? ガリウスの方に行かなかったのかよ! って、クロエが素通りさせてんだったぁあああああっ!?」
「うーん、ちょっと観客は少ないけど……まあ良っか。ボク、精一杯みんなを楽しませるからね!」
「ま、待てぇっ!? 監督ぅ! 中止! 撮影即刻中止にしろぉ!?」
リリカが楽しげに微笑んでからカップル達の前に立つと同時に、ハルトは全力で制止の声を上げる。
『クロエ様。こうなってしまった以上、突っ切りましょう。変に撮影を止めてしまえば、それこそリリカちゃんの機嫌を損ねかねません』
「え、止めないの!?」
『監督に言われずともそのつもりよ。マネージャーのルベルカも……止める気はなさそうだしね』
魔導伝音機から聴こえるゲッツォとクロエの声は低く、芯の通った声だった。
二人の決断にハルトが歯嚙みする中、ハルトの前に一歩踏み出したリリカが観客に声を届けるように冒険者達へと名乗りを上げる。
「初めまして、ボクは魔界の超新星アイドルーーリリカだよ。今日はぁ、皆を楽しませる為に来たの……優しくしてね?」
うるうると目尻に涙を溜め、庇護欲くすぐられる猫撫で声を絞り出すリリカ。その仕草が打算的で、相手の心を開かせる演技であることは、誰の目から見ても明らかだ。
「ぺっ! なにアイツ、ちょーキモいんですけどぉ~」
「ダーリンはぁ、あの子よりも私を選んでくれるよね? …………ダーリン?」
彼氏のいる女冒険者達にとっては、むしろ逆効果。媚びるような仕草が却って胸糞悪く映ったようだった。
それとは対照的に男冒険者達の方は、リリカのような女の子に出会った経験が少ないのか、その視線が僅かにリリカに吸い寄せられていた。余所見に気付いた彼女達は、すかさず彼氏の腹をつねった。
「リ、リリカちゃん。分かってるとは思うけど、くれぐれも本気でやらないでくれよ? 手加減だ。冒険者と魔族には力の差があり過ぎるからな」
その隙を突き、リリカに後ろから忍び寄ったハルトは従ってくれるか不安に思いつつも、小さな声で耳元に囁く。
「もちろん。ここはエンタメ迷宮……侵入者を楽しませる場所だからね」
「……なら良いんだ」
「――だから、ボクなりのやり方で楽しませてみせるよ!」
「な、なにを!?」
その言葉に驚いたハルトを振り切るように更に一歩前に躍り出たリリカが、腰からぶら下げていた箱型の小さな魔導具と円筒状の魔導具をそれぞれ二つずつ地面に放り出した。
その際に始動のスイッチを入れたのか、魔導具表面の溝に七色の光る軌跡が走った。左右に置かれた円筒魔導具の穴からも無色の光が芽生え、下からリリカの姿を照らし出す。
それはあたかも、薄暗い戦闘エリアに突如降り立った天使を祝福するかのようだった。
「人間界でのファーストステージだ……キミ達を、必ずボクのファンにしてあげる!」
呆気に取られる冒険者達を指差し、マイクを口元に寄せたリリカは甘く澄んだ声で言い放つ。
「その為に選んだ曲はこれだよっ――〝シャイニー・マネキン〟」
そして、箱型の魔導具から次第に音が流れる。
軽快なリズム。跳ねるような導入。
だが、その幕開けの一言は、どこか胸の奥に爪を立てるような痛みを含んでいた。
「キラキラ笑顔のショータイム 見つめてよ、ボクだけを 完璧なメイクとステップ 心はナイショのまま~♪」
場を掻き乱す為に来たはずの存在が、今はただ――誰かに届いてほしいという思いだけを胸に、歌っている。
ライブは即興、機材も自前。だが、リリカが一歩踏み出しただけで、その場は〝ステージ〟になる。
仕草ひとつ、視線の流し方ひとつに、皆が息を呑んだ。言葉も忘れて、冒険者達の目がリリカに向けられる。
(なんだ、これ……)
その歌声は、柔らかくも真っ直ぐで、場の空気をまるで魔法のように変えていく。
胸に湧き上がる未知の疼きに、ハルトは目を見開いた。
歌詞に影響を受けたのではない。リリカの〝声〟そのものが、胸の奥を強く揺らしてくる。それは、初めて彼女のライブ映像を見た時には抱けなかった〝感動〟の鼓動だった。
「触れたら壊れそう? いいえ、慣れてるの 夢見せるたび、誰かの心 奪ってあげるよ♡」
この場にリリカが現れた当初、ハルトは場を掻き乱す為かと思っていた。胸パッドの存在を知られた仕返しだと。
だが、その考えは間違っていたと思い返した。
足元のスポットライトに照らされるリリカの姿は輝いていて、ファンですらない冒険者に届けようと、一生懸命に真摯に歌っている。
まるでスルリと骨身に染み渡るかのように、その歌声はハルトの纏う警戒の鎧を内から崩壊させていた。
(こんなに真っ直ぐに歌えるのに、心の響く声を出せるのに、なんでリリカちゃんは……)
何故、あそこまでワガママなのか。どうして、ルベルカがリリカを擁護するのか。
真摯なステージ姿と今までの姿とのギャップに、ハルトは脳を攪拌されるような戸惑いを覚えた。
「シャイニー・マネキン ステージの上で 本当のボクは、ガラスの奥 涙を知らない 笑顔でいたいの 『すごいね』って言われたいだけなのに~♪」
曲はサビに突入していた。
リリカは相変わらず笑顔で、しかし何故か悲しみの色が入り混じっている。今にも泣き出しそうな表情に見えたハルトが思わず呼気を漏らしたその時――
視界の中で、ピクピクと震え出した何か。
「「うぅ、ほ、ほっ――」」
その正体は男冒険者達で、背中を少し丸めた彼等は突如として跳ね上がった。
「「ほわぁあああああああっっ! リリカたぁぁぁぁぁぁんッッッ!」」
「「はぁッ!!?」」
瞬く間に魅了されてしまった男達が、いつどこで体得したのか、独特のダンスと奇声を上げ始める。その目はすっかりハート型。彼氏にあっさりと裏切られた女冒険者達はその場でマジギレした。
「アイドル……なんて恐ろしいんだっ! 侵入者が一瞬で狂喜乱舞に!!」
一種の催眠、独裁者の如きカリスマ性を発揮するリリカに、ハルトは感動の心に一旦蓋をして戦慄した。
『今のでエモトロンがいつもの倍は稼げたわよ、ハルト』
「マッジで!?」
『〝喜び〟と〝怒り〟のエネルギーっ! 流石リリカたんだぜ! ホワァアアアアア!』
「うるせぇっ! リリカちゃん狂は黙っとれ!! てか復活してたのかっ!?」
魔導伝音機を通して、クロエが伝えてきた衝撃的事実とネモのファン特有の発狂に素で反応を返すハルト。
リリカが登場したことが迷宮的にはプラスに働いたようだ。事前の打ち合わせ通りでは、こうはいかなかっただろう。
しかし同時に――それは予想外の副産物をも生み出していた。
「あんた、うちのダーリンに何したのよ!」
「ちょ、あれ見なって。あの尻尾に角……アイツ、サキュバスじゃねぇ?」
女冒険者達が彼氏たちの豹変っぷりに怒り、リリカがサキュバスである事を見抜いてしまう。
「なっ――じゃあまさか、ダーリンに魅了を……!?」
「ッ――」
そして、化粧爆盛りの女が想像に憶測を重ねて物を言った途端、歌い続けるリリカの笑顔が突然曇った。
「リリカちゃん……?」
「そゆこと! あのアマ、ぜってぇ【吸精】するつもりっしょ!」
異変に気付いたハルトの目の前で、マイクを持つ手を力なく下ろすリリカ。
「ボクに…………そんな力なんか――」
音だけが木霊する中で、ポツンと立つ姿は魂が抜け落ちた〝マネキン〟のようであった。
「許せないっ………あの女、ぶっ殺してヤルゥゥゥゥ! クヵアアアアアッ!」
奇声を上げ続ける彼氏達を放って、女冒険者達が次々と目を剥き発狂し始めた。憎悪に満ち溢れた殺意を撒き散らしながら、剣や鈍器を持ってリリカに殺到する。
「っ、しまっ――!?」
リリカの異変に気を取られていたハルトは、その所為で女冒険者の動きに対応するのが一瞬遅れ――
「あぅっ!!?」
「当タッタァーー!! 死ネ死ネ死ネ死ネ死ネェェエエエエッ!!」
「ダーリンの心を操るアンタが悪いのよっ! ほらっ、ほらぁっ!!」
呆然と立ち尽くしていたリリカは女冒険者達に成す術なく斬られ、嬲られ、彼女達の怒りを一身に受けた。
やがて、愛の報復は止み――
「リ、リリカちゃん……っ!!」
ハルトが見ているその前で、リリカの体が力なく崩れ落ちた。
歌の歌詞は門外漢で、全くもって自信はありません……
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字などがございましたら、ページ下部から遠慮なくどうぞ!
ほとんど常習的に日を跨いでしまい、申し訳ありません。
次の投稿は、私用により少し期間空けて――七夕、7/7の夕方以降でお願いいたします。




