第19話 ヤケクソ防衛戦
「――うっ、くぅぅ……! お気に入りの『渦巻き丸太旋風ゥ!』がぁっっ……!」
場所は変わり、宝物庫前の戦闘エリア。
耳の魔導伝音機から聴こえてきた罠の訃報に、案の定ハルトは胸を痛め膝を突いていた。
手入れを通して深めてきた絆が脳裏に蘇る。
――傷だらけじゃないか。え? このままでいい? これはボクの勲章だから? ……う、渦巻き丸太旋風ゥ……!!
――いつも頼りにしてるぞ。なんたってお前は、最高のパートナーだからな!
――この事バラしたら、キミのことぶち殺すから……覚悟してねっ♡
「絶っ対許さんぅぅっ!! …………ってアレ? こんな記憶あったっけ?」
手入れを見ていたクロエやネモにドン引きされた記憶に紛れて、ドス黒いオーラを放つ女――もとい、リリカの顔が浮かび上がる。
それほど、先日の脅しにはインパクトがあった。
(昨日の打ち合わせから動きはない。……けど、このまま何事もなく終わる訳ないしなぁ)
今まで何度も場を引っ掻き回しても、周囲に容認されてきたリリカだ。合理的に考えれば、〝最終日も何かある〟と思うのが普通である。
「訳を訊こうにも、もう無理だし……誰かに相談もできないし――ムムム……」
『――スリーサイズを知りたいようなら教えてやろう。それで落ち着け』
「誰が悲しくてガリウスのを知りたがるんだよ。見当違いも甚だしいわ!」
突然、思考に割り込んできた魔導伝音機からの声に、ハルトが苛立ちを隠しもせずにツッコミを入れると、耳元で微かな笑いが響いた。
『そうだな。しかしおかげで、オマエの雑念は払えただろう?』
ガリウスの言葉通り、先日の一件で凝り固まった頭はスッキリしていた。
ガリウスがわざと冗談を言ったことに気付き、ハルトの口元が緩まる。
「……ありがとな、師匠。次はもっとストレートに頼む」
『フッ、オマエが真の強者になった時に、また考えよう……』
防衛戦で、しかも撮影の最中だというのに、その師弟は互いに笑い合った。
その時、耳元から聴こえてきた声に鋭さが入り混じる。
『――む、冒険者と接敵した。ハルベルトよ、考え事をし過ぎて足元を掬われぬようにな』
「あぁ、分かってる。仕事はキッチリこなすさ」
『それでいい。我もクロエ様のため、働くとしよう。冒険者達よ、少々荒っぽくいくぞ。ウォオオオオオ――ッ!』
そんな珍しい雄叫びを最後に、魔導伝音機からのガリウス声は途切れた。
入れ替わりに、甲高い女の声が耳をつんざくようにして響く。
『おおっとぉ! 流石は〈魔剣鬼〉と名高い最強の剣士! 数十人の冒険者など塵芥も同然だぁ!』
その発生源は共有スペースーーリリカからのものだった。
『今日はなんだか荒れているわね……リリカに拒否反の――コホンッ……ここ連日、不甲斐ない姿を晒したと思っているからかしら?』
トラウマの件を口にしようとして、クロエが咄嗟に感想をオブラートに包み込む。
リリカの実況の通りなら、ガリウスは難なく冒険者を屠ったことになる。もとより勝敗を気にする実力ではないのだが、今回は女の子(魔族目線)に遭遇しなかったらしい。
『なんにしても凄い、凄過ぎるぅ! これは宝物庫を守るハルベルトくんにもかーなーり期待できそうだぁーっ!』
「うっ」
そのあまりの活躍に興奮したのか、リリカがハルトにも焦点を当てる。
今もなお、空中で透明化している魔眼カメラのレンズが光ったようにハルトが錯覚する中で、クロエの楽しげな声が響く。
『あら? それはどうして?』
『ふっふっふ……! このボクが、なんの予習もせずに来たと思わないことだよ!」
問い掛けに対し、リリカが仰々しく不敵な笑みを漏らす。
「ボクは見たいんだっ……ハルベルトくんの超強力必殺技――〈プリプリ動画〉にアップされた動画を見てマネをする子供が続出したという【コボル弾】をね!』
「はぃぃぃぃいっ!?」
思わず素で反応してしまうハルト。
魔界で一躍時の人となっていた事への驚き、そして〝どうして人気が出たのか〟という単純な疑問が頭を埋め尽くす。
そうこうしている内に、耳元の魔導伝音機から陽気な声で指示が届く。
『……てな訳で! 冒険者が来たら【コボル弾】よろしくっ!』
「いやいや!? ガリウスもいるし、そんな都合よく侵入者が来る訳が――!?」
――と、ハルトが思った矢先に。
『ガリウスに頼んで、何人か通過させたわ!』
(クロエェェェェッ!? おま、なんちゅう余計なことを! 明らかに楽しんでるだろぉぉぉぉッ!?)
楽しげなクロエの頼みを、ガリウスが断れる筈がない。現場にハルトの味方は一人として存在しなかった。
その間も事態は刻一刻と悪化していき、遂に冒険者四名が到着してしまう。
「居たぞ、ハルベルトだ! ジンの情報通り、厨二くせぇ見た目してやがる!」
「やめてっ! ついこないだまで私もそうだったから、余計にモヤモヤするのっ!!」
大剣を担いだ大柄の男、他三名がハルトの扇状に取り囲む。
装備を見るに、先ほど『渦巻き丸太旋風ゥ!』を破壊した者の一行であろう。男剣士ジンがハルベルトの事をどう伝えたのかは想像に難くない。
「ああ、そうかい……みんなして俺を笑い者にする気かよ。あぁいいぜ、リリカちゃんが何考えてるか全く分からんが、見せてやるよ。お望みとあらばなッ!」
故に、ハルトの精神テンションは怒りのあまり半ばヤケクソ気味となっていた。
ピュイー! と指笛を高らかに鳴らすハルト。
直後、合図に応じた〈カツアゲ隊〉の四人がどこからともなく足元に集結する。その姿はまさに、ゴールを狙うストライカーのようだ。
「ここがユー達の墓場だYO!」
「ブルゥォオオオオオッ!」
「な、なんだコイツ等! いきなりコボルドが!?」
突然の事態に慌てふためく冒険者達をよそに、ハルトはニヤリに笑う。
「行くぜ! お前ら冒険者に恨みこそないが――俺の憂さ晴らしの為、そして俺に期待する皆の為! ここで有り金根こそぎ置いてけやァァァァッ! クゥオボルゥゥゥゥッーーだんッッ!!」
一呼吸の内に繰り出された驚異的な蹴撃四連は、棍棒を所持した〈カツアゲ隊〉を高速シュートの如く弾き飛ばし――
「グハッ!」
「ゴバッ!?」
「アヒッ!?」
「ピッ!?」
弾丸と化した身より放たれる横薙ぎ一閃に、冒険者達はあえなく沈んだ。
「撃・滅ッッ!」
決め台詞を吐いたハルトが香ばしいポーズを決めた途端、魔導伝音機から息を飲む音が漏れ――
『き、決まったぁあああああッ! ハルベルトくん渾身の必殺技が冒険者を蹴散らしたぁあああっ!』
『相変わらず、意味不明な技ね……けれど――見事よ、ハルト!』
ハルトの大活躍に興奮するあまり、アイドルである事も忘れて絶叫するリリカ。
これにはクロエも思わずサムズアップ。魔眼カメラの前で、〈カツアゲ隊〉の面々が指でピースしながら金目の物を回収し宝物庫へ。
自らの武器を失った冒険者達は自主的に撤退していった。
『いやぁ、流石ハルベルトくん! 魔族のボクもビックリの戦果に、視聴者の皆もさぞ驚いてることだろうね……!』
『私が見出した原石だもの。当然の結果だわ』
次々に繰り出されるお褒めの言葉に、ハルトの鼓膜が小躍りするように揺れる。耳がドンドン赤くなっていく。
『プライベートとは若干キャラが違うけど、落ち着いてファンのキミ! これがデフォルトなようなんだ! 事前情報によると……「防衛してる時は、ちょっと凶暴性が――じゃなくて、意地悪な自分が出る」だそうです! ちなみに原文ママ!』
「フッ……こんなもん、かな」
大絶賛の嵐を聴き、周囲に流されるまま冒険者を撃退したハルトがニヤける。
その直後だった。
耳元で、突拍子のない言葉が響いたのは。
『どうだった!? 視聴者の皆! ボクはね~、もう最っ高! ああっ、ボクも我慢できなくなってきた! とゆーことで、ボクも実際に防衛してくるね~っ!』
「――なっ!?」
予定にすらなかったリリカの行動が現場を騒然とさせた。
『リリカちゃん、何を言っているのですか……!?』
『そうよ! 打ち合わせで、防衛戦には貴方は出ないということで話は済んだでしょう!?』
『知ったことじゃなぁ~いっ! ボクはボクの心の赴くまま、自由の名の下に行動するまでだよ!』
引き留めようとするゲッツォやクロエの制止も聴かず、リリカがそう宣言する。
マネージャーのルベルカが行動を黙認している今、リリカを止める者はその場に存在しない。
魔導伝音機から聴こえてくる雑音が一瞬途切れ、数分もしない内に――
「とぅっちゃ~くっ! ハルベルトくん、やっほー!」
「はやっ!?」
アイドル衣装を纏ったリリカが、ハルトの居る戦闘エリアに颯爽と姿を現したのだった。
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またも日付を跨いでしまった……本当に申し訳ないです。
次の投稿は、【6/30】の夕方以降! あと3,4話で3章完結……!!!!




