第17話 嵐の前の静けさ
「初日にも言いましたが、明日は生の防衛戦を撮らせていただきます。撮影は魔眼カメラで、現場に出るのも防衛要員の方だけという感じで、実況も――」
「…………」
インタビューを終えた後。
時間が余っていたこともあり、共有スペースで三日目の最終打ち合わせを行われていた。
ゲッツォとクロエ、時にガリウスやリリカ達の声が聞こえてくる。が、ハルトの関心はそこにはなかった。
(あれってやっぱり脅し、だよな……)
脳裏に浮かぶのは、客間での一件のことだ。
リリカの下着姿、そして落ちた胸パッドの存在。それらを〝覗き〟という形で目撃してしまい、挙句『バラしたら殺す』とまで言われてしまった。
しかし不思議なことに、あれからその件に関しての追及はなかった。着替えたリリカと共に共有スペースに戻り、クロエ達に報告を済ませ、今に至っている。
(この事、って胸パッドのこと……? いや、むしろそれ以外に脅される理由が見当たらないし……)
でもその割には反応が淡白だったような……と、頭の中が疑問符で埋め尽くされていた時。
「――ハルト! 聴いているの!?」
「っ!?」
そんな怒声と共に、ハルトの意識は現実に引き戻された。
「ク、クロエか。どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃないでしょ。貴方も防衛要員の一人なのだから、ちゃんと打ち合わせには参加しなさい」
「悪い……ちょっと考え事してて」
ハルトがそう言うと、溜息を吐いたクロエはしょうがないとばかりに肩を竦めた。
「気分が優れないようでしたら、休んでいても構いませんが……」
プロデューサーのゲッツォが気遣うような優しい視線をハルトに向けてくる。
恐らく、リリカにお茶を吹き掛けたことで、まだ気を揉んでいると思われたのだろう。ハルトは手を振って否定する。
「あ、いや。気分が悪いわけじゃないから、大丈夫」
「なら良いんですが……」
「それで、なんの話してたんだっけ?」
「「「はぁ……」」」
クロエとガリウス、ネモの重い息が重なる。
呆れのこもった溜息の三重奏が、今のハルトには少々辛かった。
「明日の防衛戦のことだよっ! ハルトくん! ボクが実際に防衛してみるのはどうかなって」
「リリカちゃん……」
すると、正面に座っていた悩みの種であるリリカが顔を覗きこんできた。ニンマリと笑いながら、心の奥底まで見通すような眼差しで。
「私達とゲッツォは反対したのよ。魔族だから並大抵の相手には負けはしないけれど、万が一を考えてね」
「うむ。戦場には不測の事態は付きもの故な」
「リリカたんに危ないことはさせられねぇ。ハルトもそう思うだろっ?」
クロエ、ガリウス、ネモが各々の意見を口にしていく。
三人の意見はもっともで、ハルトも本心からそう思うが、
「ダメかなぁ……?」
絶えず注がれるリリカの甘えるような視線。
それが、ハルトには脅しのようにも感じ取れてしまい――
「――い、良いんじゃないか? 別に」
「ハルト!?」
視線を逸らしながら、半ば反射的にそう答えてしまっていた。
驚きのあまり、クロエが血相を変える。
「信じてたよ、ハルトくん! キミならそう言ってくれるってね」
「貴方、どういう風の吹き回し? 最初の打ち合わせの時は危険だからって心配していたじゃない」
「いや、まぁ……その、リリカちゃんって人を惹き付けるオーラがあるじゃん? もしかしたら、エモトロンも上手く稼げるんじゃないかなぁ~……なんて」
怪訝そうな眼差しを向けてくるクロエに、ハルトはそれっぽい理由を並べ立てる。ほとんど本心ではあったが、それはリリカの圧に引き出されたものだった。
ハルトの言い分を聞くなり、クロエは押し黙った。一理ある、と頭の片隅で考えたのだろう。少しして、マネージャーのルベルカに視線を向けたが、彼女は無言のままリリカの背後に立つばかりだった。
そのリリカが、ふと手を叩き、首を傾げる。
「あれれ? 皆、どうしたの? まさか真に受けちゃった?」
「え?」
「冗談だって……! ボクはアイドルだよ? 身体は張っても命までは賭けないよ。まぁ、人間にやられるボクじゃないけどねー! あははははっ!」
おちゃらけるリリカの笑い声が、静かな共有スペースに響き渡った。次第に、ネモや撮影スタッフ達が「なんだ、冗談か」「びっくりした」と口々に言い始める。
(なにを考えてるんだ……?)
ハルトは、リリカの振る舞い全てが怖くて仕方がなかった
◆◇◆
「ハルトさん、少しお時間いいですか」
打ち合わせが終わり、各々自室に戻っていく中、一人残っていたルベルカがハルトに声を掛けてきた。
「ルベルカさん!? おおお、俺にっ、なにか用ですか!?」
途端に震え上がるハルト。
リリカにお茶を吹き掛けた際、ルベルカから一切追及がなかったので、てっきり怒っているものかと思っていたのだ。その件でのお咎めが、あるいは覗きの件か。未だかつてない不安に胸が爆速で脈動する。
「実は、リリカのことでお話が……」
(やっぱりィイイイ!?)
ハルトは、全身が雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
「ここで話すのもなんですので、どこか別の場所で――」
そうして、ハルト達は揃って移動した。
「あの、なんで……俺の部屋なんでしょうか」
どうしてか、ハルトの部屋に。
「他の方には、あまり聴かれたくない話なので」
(今ここで俺を亡き者にしたいからかァァァァーー!!?)
肩に垂らしたおさげ髪を指でつまみながら、ルベルカは淡々と告げてくる。
椅子にも、当然ベッドにも座らない。ルベルカは入り口の扉で、ただじっと立っている。
「あ、あの。お茶、飲みます?」
客を招待――否、半ば強引についてきた客をもてなさないのもどうかと思い、ハルトは〈ボロモウケ商会〉製の冷蔵庫を開けようと手を伸ばす。
「結構です。そんなことの為に来たわけじゃありませんから」
(やっぱ怒ってるぅぅぅぅっ! 一体どうしろとぉっ!?)
が、呆気なく断られてしまい、ハルトは頭を搔きむしりたくなった。
すると突然、ルベルカから話を切り出してきた。
「あの子に、脅されたようですね」
「えっ!?」
ハルトの心臓が一段と強く跳ねる。
「な、なんのことですかっ? 俺には、何を言ってるかサッパリ――」
「隠さなくて大丈夫です。全て知っていますから」
(終わったァァァァァァァァァァァッ!!)
その一言で全てを察し、ハルトはその場でへなへなと崩れ落ちた。
「…………はい、俺がやりました。怒鳴り声が聴こえたからって、ノックもせず覗いてしまった俺が悪いんですぅぅっ!!」
観念して、罪を懺悔するように全てを吐き出したその時。
「あぁ、いえ。全て見ていましたが、それは大した問題ではありません」
「…………はぇ?」
まさかのお許しに、ハルトの口から非常に情けない声が漏れる。
どういう意味かとハルトが戸惑っていると、ルベルカは目の前でいきなり深く頭を下げた。
「る、ルベルカさん……!?」
「あの子には、少し込み入った事情があるんです。無理に仲良くしなくて構いません。でも、嫌わないであげてください。お願いします……」
責められるとばかり思っていたハルトは、酷く戸惑った。肩透かしにも良いところだった。
しかし――
(なんなんだ……リリカちゃんがあんな態度を取る訳が、なにかあるのか……?)
ルベルカの、リリカに対する気遣いや優しさの表れ。そして含みのある言葉に、ハルトの心は揺れ動くばかりであった。
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