第15話 撮影二日目/ハルト、失態を犯す
一週間以上もお待たせしてすみませんでした!
日付変更には書き終わってたのに、肝心なところで寝落ちした…………ッ!!
「さぁさぁ、インタビューも残すところあと一人っ! トリを飾るのは、もちろんこの人! エンタメ迷宮唯一の人間にして冒険者の――ハルトくーん!!」
「やぁやぁ、どうもどうも~!」
リリカの呼び込みに応じ手、ハルトがヘラヘラと笑いながら共有スペースに姿を現す。
カメラに手を振りつつ、最後には投げキッスまで添える余裕っぷり。初日の緊張感は、すっかり影も形もなかった。
「今の投げキッスって、もしかして……ボクに?」
リリカがうるんだ瞳で唇に指を添える。即座に、ハルトの顔が蒼白に変わった。
「ないないないッ! 絶対ないから!」
「そ、そんなっ……ハルトくんにフラれちゃった……っ」
「えぇぇっ!?」
顔を覆って俯くリリカ。
ハルトは慌てて周囲に助けを求めるが――
「ゲッ!?」
『酷い、酷すぎる! 罰として脱げ!』
スタッフの一人が、明らかに私情たっぷりのカンペを高々と掲げていた。周囲のスタッフもうんうんと頷いていたが、監督ゲッツォのメガホン制裁で即鎮圧された。
リリカのマネージャー、ルベルカが遠くで溜息を吐きながらも肩を竦める。
もはや味方はいなかった。
「ま、待った! フッたつもりはないし、そもそもそんな恐れ多いこと、チキンの俺にできると思うか!? ファンに刺されるだろ!」
真剣な弁論を始めたハルトに、リリカが肩が震え――
「ぷふっ……アッハハハハハッ!」
顔を上げたリリカが、お腹を抱えて笑い出した。それもギリギリ、アイドルらしさを保ったまま。
「……え?」
「もうっ、反応良すぎだよハルトくんっ! 最っ高! お腹痛い~!」
「……あぁ!? リリカちゃん、俺を揶揄ったなっ!?」
「だってハルトくん、弄り甲斐があるんだもんっ!」
指で目元を拭うリリカを見て、ハルトはふくれっ面で腕を組み、リリカを睨む。
「くそっ……結局、俺はどこ行ったって弄られキャラですよー」
「ハルトくん。男の子がツンツンしても、ウザいだけだよ?」
「わぁーってるよっ!!」
そんな軽口の応酬に、現場は笑いに包まれる。良い雰囲気の中、リリカが手を打って空気を引き締めた。
「さてと、そろそろ始めよっか。泣かせちゃう前に、ね」
「その気遣いできるなら最初からしないで欲しかったなぁー」
互いに姿勢を整え、真面目な空気に切り替える。
「じゃあまずは、真面目な質問からいくね。ハルトくんは――どうしてクロエ様の復活を手伝おうと思ったの? 魔族って、人間社会ではかなり警戒されてる筈だけど」
「そりゃ、この迷宮を好きにしていいって言われたからな。迷宮好きとして乗らない手はないね」
「ありゃ? もっと違う理由かと思ってたよ」
「たとえば?」
「ほら。お金に釣られたとか、人間が嫌いだからとか――あ、クロエ様に一目惚れしたとか?」
「――ゴフッ!?」
盛大に咽るハルト。
「なに言い出すんだ!? んな事あるわけないだろ!」
「えぇ~? その割には動揺してない~? ほんとは好きなんじゃないの~?」
リリカがカメラ目線でスタッフに同意を求める。
ゲッツォら撮影陣の面々が「あるある」「青春だなぁ」「未経験だな、ありゃ」などと好き放題言っていた。
「あんたら下世話すぎない!? そりゃ確かにクロエは魅力的だけど、だからって……!」
「ほら~!」
「いやもう良いから! 早く次いけ次ぃっ!」
恋バナ好きの女の子みたくハルトを弄りまくるリリカ(+撮影陣のおっさん&ジジイ)達に、ハルトの精神的疲労は溜まる一方だった。
「じゃあ次。ちょっと真面目な話に戻すね。ここって、ハルトくん以外は全員魔族でしょ? 人間として、葛藤とかはないの?」
「葛藤? あぁ……」
ハルトは少し考えて、静かに頷く。
「あるよ、もちろん。俺たち人間の間じゃ、魔族は〝強い〟〝怖い〟〝悪人〟って感じで、イメージ的には最悪でさ。俺も最初の方は多少ビビってた」
「えっと……その三つを満たすのは、魔族の中でほんの少数かなぁ……」
リリカが苦笑しながら頬を掻く中、ハルトはふっと微かに笑った。
「でも一緒に過ごしてるとさ、分かるんだよ。あぁこいつら、俺達となにも変わらないんだって。笑ったり、怒ったり、ちゃんと他人を思いやれる良い奴ばっかだってさ」
言葉が静かに、けれど確かに場を染めた。
笑いの余韻は消え、空気が静まり返った。
「……え、なに? なんか俺、また弄られる空気?」
ハルトが疑心を覗かせると、リリカがぽつり。
「いや……よくもまあ、そんなクッサい台詞を堂々と言えたなぁ~って」
「うぐぅ……!?」
「鳥肌立ったよ。見てみる?」
「いや見ねぇよ!」
袖をまくろうとするリリカの手を全力で止める。
「……でも、クロエ様達への想いはちゃんと伝わってたよ……! ホントご馳走様って感じ!」
「はいはい。もう言わなくていいよ。顔が熱くてしょうがない」
リリカの眩しい笑顔に、手で顔を仰ぐハルト。
だが――
「――でも、他の人間はどうかな」
リリカの声色が、ほんの僅かに鋭くなる。
「え?」
「ハルトくんがそう思ってても、他がどうかは判らないよね? もし、クロエ様達が敵と見做されたら…………その時、ハルトくんはどうする?」
「――ッ」
ピンと張り詰める空気。
今まで深く考えてこなかった問いに、ハルトの表情が強張る。
(……たしかに、今のところ〈聖教会〉に動きはないけど、もしそうなったら……俺は――)
考えに耽るハルト。
その様子を見て、リリカの唇が軽く弧を描く。
「…………俺は」
短い沈黙のあと、ハルトは口を開いた。
「……俺は、味方になるよ。できれば、魔族にも良い奴だっているってことを知ってほしい。夢物語かもしれないけど、それを実現する努力はしたい」
その言葉には、迷いがなかった。
リリカは、ふっと肩の力を抜いて微笑む。
「……うん。ボクに向けられた言葉じゃないないけど、同じ魔族としてその言葉は単純に嬉しいよ」
その言葉に、他の魔族たちも素直に頷いたのだった。
「カーット!!」
そうしてゲッツォの一声で、全てのインタビューは終了した。撮影スタッフ達が機材の片付けを始める中、リリカはすっと席を立つと、ハルトの真隣の椅子に腰掛けた。
「それじゃあ、ここからはボーナスステージね……!」
「はい?」
擦り寄ってくるリリカに、ハルトは顔を引き攣らせる。
既にこのコーナーにおける質問内容は全て終了している。にもかかわらず、リリカが独断専行したのは、ひとえに〝気分〟故である。
「ねぇねぇ、昨日今日とボクと過ごしてみて、どう思った?」
「えっ、いや、そのぉ……!?」
ふわっと、柔らかな肌がハルトの腕に触れた。唇に浮かぶのは、計算高くも無邪気な笑顔。
揺れる尻尾、潤んだような瞳、そして無意識を装ったボディタッチ。
まさしく、〝可愛い〟を極限まで突き詰めたアイドルの本領発揮である。
「……ねぇ、どうなの?」
「えっとぉ~、単に凄いなーとか、可愛いなーって」
先程までのハルトはどこへいったのか、語彙力が完全に死んでいた。
それでもリリカは、「可愛いなー」というハルトの言葉に喜びを露わにし、次なる爆弾を点火する。
「じゃあ、好きになりそうっ?」
「エ゛ッ!?」
その一言が、まるで石を投げ込まれた水面のように、ハルトの中に波紋を走らせた。
瞬間――脳裏を過ぎったのは、何故かクロエの顔だった。
「なななななんでそんなこと訊くのか解らないなぁ……!? あは、ははは……!」
誤魔化すように笑いながら、ハルトの視線が――本人も気付かぬ内に扉の方へ向いていた。外にいるであろうクロエの方を。
リリカの質問に動揺していたハルトは、テーブルに用意されていたカップを慌てて掴み、口の中にお茶を流し込んでいく。
「…………なんで」
その目線の揺れを、リリカは見逃さなかった。
一瞬だけ、彼女の瞳に陰りが差す。柔らかな笑顔の奥で、冷たい色が灯る。尾の先がピクリと揺れた。
しかし次の瞬間、リリカの口元が怖いくらいに歪む。
「……ふーん。やっぱり、クロエ様のこと……女性として好きなんだ?」
「ぶッッッッッ!!」
暴発。
心を読んだのかと思うほどに核心をついた問い掛けに、ハルトはお茶を噴き出していた。
「…………」
――それも、リリカの顔面に向かってだ。
成り行きを見守っていたゲッツォら撮影陣とリリカの世話係が青ざめ、ハルト以上の焦りを見せる。
(さ、最悪だぁっ……!! 動揺してつい……!!)
背筋が冷え込むのを感じながら、ハルトは惨状を目の当たりにする。
ものの見事に大惨事であった。
リリカの髪はしっとりと濡れ、顔のメイクも崩れ掛け、衣装に至っては茶色の染みまでできている。幸いお茶はぬるかったが、これが熱々のお茶だと、最悪リリカは火傷――アイドルの顔に傷をつけたとして、リリカファンの面々に撲殺されていたところである。
「わ、わるい!! 本当に悪気はなかったんだ! 動揺して……つい! 本当にっ、ごめん!」
席から立ち上がり、深々と頭を下げるハルト。
だが、リリカは――沈黙していた。
僅かに揺れるまつ毛の奥、読めない感情が燃えている。何かを抑え込んでいるような、そんな表情。
そして、リリカはすっと立ち上がり、
「……ううん、気にしないで。平気だから」
――今まで見せた中でも、とびっきり明るい笑顔でそう口にした。
「…………へ?」
「衣装は洗えばいいし、メイクもやり直せばいいだけだしね」
「え、あ……」
微笑みながら、リリカは静かに扉へと向かう。後を追うように、ルベルカと世話係達が動いた。
ハルトは何かを言いかけて手を伸ばすが、言葉が見つからず、ただ手持ち無沙汰に空を掴む。
ルベルカはリリカに粗相を働いたハルトには一瞥もくれず、無言でリリカの後を追っていった。
静かに閉じる扉。
見かねたゲッツォ達が、ハルトの傍に近寄る。
「まぁ、その、なんですか。あまり気を落とさないでください。やらかしてしまったとはいえ、今のは不幸な事故。リリカちゃんも分かってくれますよ」
そう言って、ゲッツォを含めたスタッフ達がハルトを慰める。
「…………いや、あれは不味いだろ。俺、ちょっと行ってくる!」
「ちょっ――ハルトさん!?」
驚くゲッツォを置いて、ハルトも共有スペースの外に出る。
そこには不思議な顔をしたクロエ達が立っていた。
「あら、ハルト。今、顔や衣装を濡らしたリリカが部屋に戻っていったけど……何かあったの?」
尋ねてきたクロエに、ハルトはげんなりした顔で素直に答える。
「飲んでたお茶、吹き掛けちゃった」
「なんっだとこの野郎ぉぉおお!!」
「ぐぇっ!?」
即座にネモがハルトの襟を掴んで持ち上げた。
「よりによって、リリカたんのご尊顔に穢れた唾液と茶をぶっかけるとは……ッ!」
「ちょ、待て! わざとじゃなくて、突っ込んだ質問が凄くて、びっくりしてっ……!」
「……我も、似たようなことを訊かれたな。トラウマや家族のことなど……」
「だからってやっていいことと悪いことがあんだろがっ!」
「――やめなさい」
静かな一声で、クロエがネモを止めた。そして、ハルトに真っ直ぐ視線を向ける。
「そんなに気にしているのなら、タオルでも持って今からでも謝りにいきなさい」
「……あ、ああ! そうする!」
ハルトは深く頷くと、勢いよくリリカの部屋へと走り出した。
リリカの質問の意図、その態度は何を意味するのか。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
アイドルが見せる暗黒面って、なんだか怖いよね。
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