第14話 撮影二日目/笑顔の裏に宿る矜持
やはりメイン級、クロエ。他の奴等とは格が違うぜ。
(文字数増えた……)
迷宮の面々へのインタビューは順調に進み、残すは――メインの二人。
水分補給を兼ねた休憩を終えると、リリカの前に再びカメラが構えられた。
「さてさて~! 残すはメインのお二人! その内の一人は……皆お待ちかね! エンタメ迷宮の主、魔王クロエ様〜っ!!」
リリカがフリフリと手を振る。その先で紹介されたクロエは、凛とした佇まいのまま――しかし、どこか表情が固かった。
「よ、よろしくお願いするわ」
ぎこちない笑みを浮かべるクロエに、リリカは唇の端を僅かに吊り上げる。
「……あれ? 魔王様、緊張してる?」
「してないわっ! ええ、してませんともっ!」
即答。語気は強く、内容も否定――にもかかわらず、背筋はピンと伸び、膝の上の両手は棒のよう。喋り方もどことなく固さがみられる。
泰然自若の魔王とは思えぬ様子に、リリカが口元を隠して目を細める。
「えぇ~? 魔王様、ガチガチだよ。もう二日目だけど、まだ慣れない?」
「……ネモやハルトに聞いたのよ。根掘り葉掘り訊かれたって。私の嬉し恥ずかしい話を掘り下げる気なんでしょう?」
クロエが伏し目がちに問い掛ける。
「いやいやいやっ! 無理には訊かないってば! ……確かに、物凄ぉ~く気になるけども!」
とびきりの笑顔とおどけたポーズで場を和ませるリリカに、クロエはようやく肩の力を抜いた。
「……ならいいけれど。 ひとまず一安心ね」
「うんうん、じゃあ最初は軽いジャブからね!」
ガリウスのインタビューで強引に話を訊き出そうしていたことは黙っておくようだ。無論、ゲッツォら撮影陣やルベルカも口チャックである。
リズムを戻し、リリカが問い掛ける。
「さて魔王様、ここでの暮らしはどんな感じ?」
緩い口調でリリカが尋ねる。
「封印されてた頃とは、雲泥の差よ。ネモやハルト、そして他の皆のおかげで快適に過ごせているわ。……多少の不満はあるけれど」
「えっ、不満? もしかして、サービスの質かな……!?」
「…………違うの。食事を、楽しめないのよっ」
「へ?」
心底口惜しそうに表情を歪めたクロエが、握った手を――それこそ不満の表れの如く、小刻みに震わせる。
「この体は魔力で構成した仮初のものだから仕方ないと言えばそこまでなのだけれど、それでもやっぱり本当は、私もネモやハルトのように美味しいお酒やご飯を食べたいのよ……!!」
「……やばぁ、多少どころか特大の爆弾引いちゃったぁ……」
普段はクールなクロエが見せた素の一端に、長らく芸能界に勤めるリリカが思わず引いた。
「――でもね、最近ちょっとだけ希望が見えてきたの」
クロエは少し前傾姿勢となり、声を落とす。
「思ったよりも封印が劣化してきているから、いつもより強い魔力で幻体を構成さえできれば――念願の食事が叶うかもしれないのよ……!!」
「おおぉ……それって、復活したら絶対叶えたいことの一つって感じ?」
「あぁ、それとこれとはまた別よ」
「別なんだっ!?」
興奮ハッスル状態だったクロエが一転してサラッと答える。
リリカはその場で上半身だけ軽くズッコケた。
「今は詳しく事情は話せないけれど、そうね……」
クロエは、どこか遠い過去を思い出すかのように虚空へ視線を投げ、しみじみと言葉を吐く。
「ハルトが居る今のエンタメ迷宮のように――皆が笑って過ごせる世界を見ることかしらね」
「…………?」
そんな夢物語のような言葉に、リリカはインタビュー中という事も忘れて呆ける。
クロエの言葉の真意を見抜けた者など、果たしてこの場にいたのだろうか。
……否、彼女自身にしか分からないことなのだろう。
今はまだ――
「ふふっ、いつまで呆けているつもりなのかしら?」
「あっ、そ、そうだった~! 今インタビュー中だったよねっ!」
気を取り直すと、リリカは一拍置いて切り替えた。
「じゃあ次! さっきハルトくんの名前が出たけど……魔王様から見て、ハルトくんはどんな人?」
「そうね――一言で表すなら、愚直で可愛い子供かしら?」
「ほうほう……! というとっ?」
クロエが何故か愛おしそうな顔を見せると、リリカが「恋の予感!?」と内心ワクワクしながら聞き返す。
「迷宮にしか興味がなくて、バカで欲深くて、レディの扱いもまるでなってない。でも妙に気を遣えるところもあるのよね……」
「それってつまり…………ツンデレ?」
「事実を述べただけよ?」
そう言いつつ、クロエの口元には小さな笑み。
リリカは軽く息を吸い込み、少しだけ真剣な表情になった。
「もはやハルトくんにもしもの未来はないけど……一応訊いとくね」
「……? 何かしら」
苦笑しながら、リリカはおそるおそる問いを放る。
「ハルトくんは、恋愛対象に成り得る……?」
「…………もう、リリカったら。なにを今更分かり切ったことを」
クロエは一瞬、意味深な微笑を見せて――そして即答する。
「もちろん無理に決まっているでしょう?」
「………………だよねぇ!」
ザ・真顔。
ハルトにその気があるのかは定かではないが、それはそれとして、リリカは肩を落としつつ、内心でハルトにそっと手を合わせた。
「さ、次が最後の質問だよ。ちょっと重めの内容だし、答えにくかったらノーコメントでも良いからね」
「答えにくいかもしれない質問ね……一体なにかしら」
クロエが首を傾げる中、顔を引き締めたリリカが静かに問う。
「もし……もし仮に復活できたとしてだよ? 魔王様は、人間界から敵視されたら――どうするのかな?」
共有スペースに、数秒の沈黙が下りた。
だがクロエは迷いも見せず、何の気負いもなしにハッキリと答えた。
「敵意には敵意を返すのではなく――私は理解を返すわ。可能な限り友好に……けれど、もしもの時は手厚いもてなしをさせてもらう所存よ」
「……つまり、戦争じゃなくて、対話をってことだよね?」
「ええ」
その口ぶりに、リリカは少しだけ目を見張る。
成人した魔族ならば誰でも知っていることだが――クロエの父親は、彼女が人間界で抱かれている印象をそのまま体現したかのような存在であった。
冷酷で残忍、まさに悪魔のような男。
その血を受け継ぐクロエの理知的な面に、リリカはそっと呟く。
「……そっか。それが、〝魔王クロエ〟としての矜持なんだね」
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次の投稿は、また日を空けて【6/9】の夕方以降の予定です。書いている途中の短編や、リアル生活の状況を鑑みた判断です。申し訳ありません。




