第11話 眩しい笑顔の裏側
また日付を僅かに超えてしまい、申し訳ありません!
ですが、この話で更に皆さんと引き込むと約束しましょう。
その夜。居住区に設けられた食堂には、横長テーブルがいくつも並び、撮影スタッフや迷宮側の面々が思い思いに腰を下ろしていた。
「えー、皆さん。撮影初日、お疲れ様でした——」
湯気の立つ料理の香りが漂う中、プロデューサーのゲッツォが手を上げて一同の視線を集める。声は明るく、されど節度を持って響いた。
「ちょっとしたアクシデントこそありましたが、今のところはスケジュールが大きく狂うこともなく、撮影自体は順調に進行できています」
笑いながら、ゲッツォが迷宮側の面々を見やる。
身に覚えがあったハルトは気まずげに頬を掻き、羞恥心が限界突破していたネモは自らの失態を払拭するかのように丸眼鏡を何度もフキフキした。ガリウスに至っては、明後日の方向に視線を投げている。
三者三様の反応にクロエとリリカが笑みを溢す中、ゲッツォは言葉を重ねる。
「明日はクロエ様達へのインタビュー。余った時間で、最終日の詳しい打ち合わせを詰めていければと思っています。残り二日ですが、気は張らずに、けれど楽しくやりましょう。ではクロエ様——」
事務報告が終わり、ゲッツォにその場を退く。代わりにクロエが前に進み出た。
「今日は本当にお疲れ様。慣れない環境で、お互い疲れたでしょう。そんな皆を労う為に、彼にご馳走を用意してもらったわ」
クロエに指し示された食堂料理人の魔族が、コック帽を抱えて軽くお辞儀する。
「今日は目一杯英気を養ってちょうだい。それじゃ皆、グラスを」
全員がグラスを持ったのを確認してから、クロエはグラスを掲げる。
「では、乾杯」
その一言により、会食が騒がしく始まった。
各テーブルに着席した面々が並べられた料理に手を付けていく。
そうして場が和んだところで――
「いただきます」
皆より遅れて手を合わせたリリカが、滑らかな動作でナイフとフォークを手に取った。
ミディアムに焼かれた魔牛のステーキ肉にフォークを突き刺すと、ナイフで一口サイズに優しく切り分け、ゆっくりと口へ運び、上品に咀嚼する。
「ん~っ! これ凄く美味しいよっ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
頬を押さえて破顔するリリカに、テーブルから離れた位置にいた料理人の男が恭しくお辞儀する。
「おぉ……」
リリカが舌鼓を打つ姿を正面で見ながら、肉をかっ食らっていたハルトはリリカの行儀良さに目を見張っていた。
「んむ? ごくんっ……どうしたの、ハルトくん?」
自分に向けられる好奇の視線に、リリカが気付く。
「いや、すっげぇ行儀良いなぁって。なんというか、〝貴族の上品さ〟みたいな? 見たことないけど」
「…………うん、まぁ。そう、躾けられたからね」
ハルトの言葉に、皿に視線を落とすリリカ。
遠き過去が脳裏を過ぎり、食器を持つ手に力が入る。その顔は少し困ったような陰りを帯びたものの、次の瞬間にはいつもの眩しい笑顔に戻っていた。
「そう言うハルトくんは、すごく豪快だね」
「俺や両親もただの平民だからな。必要最低限のマナーしか知らないんだ。……ガツガツむしゃむしゃッ!」
腹を空かせた思春期の子供のように、ハルトは目に映った料理を片っ端から食べていく。その傍らで、震えながら静かに料理と酒を楽しむガリウスとはまさに対照的である。
「あ、あのぅ……」
と、そこで口を挟んできたのは、先程料理の腕を褒められた料理人だった。乙女チックに指同士を突き合わせながら、リリカを見ている。
「……? えっと、ボクに何か用かな?」
「は、はいっ。食事中に頼むのは、大変気が引けるのですが……あの、そのっ」
「?」
「ファ、ファンですッ――サインくださいんっ!」
そして、彼はどこからともなくを取り出した色紙を両手で突き出した。緊張の所為か、語尾を少しおかしくなりながら。
周囲から「あっ、汚ったねぇ!?」「ズルいっ!」などと、非難の声が上がる中、
「…………ぷっ、あはははは! なんだ、それならそうと言ってくれれば良いのに!」
リリカは冷たく対応するでもなく、おもむろに噴き出した。彼から色紙とペンを受け取ると、サラサラッとサインを済ませ、笑顔で色紙を送り返す。
「はい。いつも応援ありがとねっ」
「ほ、ほわわわわわっ――ありがとうございまぁっす!!」
グレードアップして返ってきた色紙を大切に抱き締め、泣きながら喜ぶ料理人の男。
「――くっ! 今までは食事中のリリカたんに遠慮してたけど、そういうことなら話は別よ!」
「リリカたぁぁぁぁぁんっ! 俺にもサイン書いてぇぇえええっ!!」
そんな一人のファンを皮切りに、食堂に居たファンの作業員達が、雪崩の如くリリカの元へ一斉に殺到する。
「お、おい待てお前ら! 今、ご飯ちゅ――あッづぅぁあああっ!?」
見かねたハルトが流石に声を上げて止めようとするも、後ろからの衝撃にスープに向かって顔面ダイブ。ファンの暴走はとどまることを知らず、ますます収拾がつかなくなっていく。
「オマエ達、いい加減に――」
唯一被害に遭っていなかったガリウスが、機嫌が悪そうに制止しようとしたその時。
「はいはーい! ちゃんと全員分書くから、皆おとなしくしててね~!」
「「「ウンッ、おとなしくしゅるぅ~!!」」」
リリカのそのたった一言が、暴徒と化したファンを一瞬にして鎮めてしまった。
その速すぎる身の変わり様に、ガリウスと顔を火傷したハルトは同時に絶句する。
食事を中断したリリカはナイフの替わりにペンを受け取ると、目にも止まらぬ早業でサインを書き始めた。そうしてニ分もしない内に、三十枚近くあった色紙はサイン色紙となって、ファンの元に返ったのだった。
「皆、今後も応援よろしくね~!」
笑顔で手を振るリリカの声を背に受けながら、作業員達がホクホク顔で去っていく。
「や、やべぇ……サインの速さもそうだけど、なにより統率力が恐ろしいっ……!」
「う、うむ。歴戦の将校のようであった……その気をなれば、国一つは落とせそうだな」
「そこまで言う!?」
ファンの心を自在にコントロールしてみせたリリカに、ハルトとガリウスに戦慄が走った。
「あははっ、流石にそれは難しいよぉ」
「なんで無理って言わないんですかねぇこの人はっ!?」
リリカのそれは、まるで本気で懐柔すれば可能性はあると言わんばかりと言い草である。
「というか、こういうとき真っ先に動きそうなネモは大丈夫なのか……?」
そう言って、今の今まで静かだったネモを割と真面目に心配するハルト。
「ぽわぽわぽわぁ……」
目は虚ろなまま、口からエクトプラズムを漏らすネモが、リリカのすぐ隣に居た。
会食が始まる前――リリカの善意で隣に座れた時から、ずっとこの有様なのだ。推しと同じ空間、時間、空気を共有したことが既にご褒美なのだろう。
「嬉しさのあまり限界を迎えた心を守る為に、自己防衛機能が働いたのだろうよ。実に理に適っている」
「いや冷静に分析するんじゃないよ」
「久々に見たなぁ。最初期のファンみたいに爆発した人は」
「なんで命の危険があるんだよ!? ファンは迂闊に近付けないなっ!?」
酒を飲むガリウスと平然とネモを観察するリリカに、ハルトは食事する手を止めて反応を返す。このままでは、ツッコミが大渋滞しそうな勢いである。
「サキュバスには男を虜にする魅了がある。ネモの例もあるから、それが原因だと一概には言えぬが、小娘の魅力で散った軟弱者達は、漏れなく幸せだったそうだ」
「もう、ガリウスさんったら。そんな他人行儀な……ボクのことは〝リリカ〟って呼び捨てにしてくれて構わないのに」
「っ、誘惑してくるな小娘……! 我に妻子を裏切る趣味はないッ!!」
テーブルから身を乗り出し、スキンシップしようとリリカ。己の誇りと家族への愛ゆえにか、体を震わせながらもガリウスは気丈に振る舞っていた。
リリカは不満げに口を曲げる。
「もう、つれないな~。ハルトくんもリリカって、呼んでいいからね?」
「ネモや他のファンに殺されるから嫌だ」
即答、まさに迫真の声であった。
撮影の合間にハルトが聞いた話では――ファンの間では、〝リリカちゃん〟もしくは〝リリカたん〟呼びが徹底して義務づけられており、過去に呼び捨てにした裏切り者はファン総出で叩きのめされたそうなのだ。
「ところで、クロエは今どこだ? ネモの今後の対応を相談したいんだけど……」
「向こうで、プロデューサー達と話しているぞ」
ガリウスの視線を辿ると、テーブルを一つ挟んだ先の席で、ゲッツォやルベルカ達と談笑していた。
「――クロエ様は食べられないのですか?」
「ええ。今はまだ、幻体のままだから」
「も、申し訳ありません! 少し想像すれば分かることを……!」
「気にしないで、ゲッツォ。いつものことよ。その代わりといってはなんだけれど、〈魔界TV〉での話をもっと聞かせてくれると嬉しいわ。ここに居ると、娯楽が少なくてね」
「それは勿論! 是非、なんでもお聞きください!」
「私もマネージャー業のことであれば、出来得る限りお答えしますよ」
「二人ともありがとう。有意義な夜になりそうだわ」
話題が多少暗くなり掛けたものの、クロエは二人との会話を心の底から楽しんでいる様子であった。
「……」
「どうした、ハルト? かように頬を緩めて」
無言でその光景を眺めていたハルトに、ガリウスが声を掛ける。
「ん? あぁ、いや。クロエ楽しそうだなって」
自分自身の変化に気付いていなかったハルトは、胸に芽生えた温かさを感じながら、そう答えた。
食事から立ち昇る香りや湯気がクロエの体をすり抜けていく光景には、流石に堪えるものがあったが。
「……そうだな。過去には色々と、過酷な出来事もあったが、今を楽しんでおられるようで何よりだ」
ハルトと同じ気持ちだったようで、昔を懐かしんだガリウスが嬉しそうに酒を呷る。
その最中――
「…………」
自らの好意を断り、彼等の関心がすぐ他人へ流れたことをどう捉えたのか。
ハルトとガリウスを恨めしげに見ていたリリカは、その左手に持っていたフォークを――無言のまま、力で折り曲げた。
それを隠すように皿の下へ滑らせたタイミングで、ハルトがリリカに視線に気付いた。
「ん? リリカちゃん、どうかした?」
「……ううん、なんでもないよ。ありがとう」
そう言った彼女の笑顔は、いつもと同じだった。
――ただ一つ、異様なまでの眩しさを除いて。
リリカが見せた、暗い一面。太陽のように眩しい笑顔の下には、一体何が隠されているのだろうか。
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次の投稿は、【5/16】の夕方以降の予定です。
⇨追記。明日に延期いたします。
当初、書きたい内容を一話に凝縮してたんですが、どうにも「これじゃ何か味気ない、折角キャラの深掘りができる場面なのに淡々と進んで勿体ない」と思ってしまい、急遽書き足すことにしました。
読者の皆様、誠に申し訳ございません!




