第10話 撮影一日目終了
投稿日を変えた上に日を跨いですみません!
そうして、本日最後の撮影は戦闘エリアで行われることになった。
「さぁて皆! お次は戦闘エリア――冒険者を撃退する場所からお送りするよー!」
画面中央で両手を広げるのは、超新星アイドル・リリカ。マイクを握る手を軽く振りながら、カメラに満面の笑みを向ける。
本来なら実戦が行われる場所だが、現実は撮影に伴って入口を封鎖中。冒険者の乱入は心配ない。
「ここでは、日々行われている〝防衛要員の訓練〟に密着っ! 普段はお見せできない裏側を、バッチリお見せするよー!
リリカはマイクを突き上げながら、カメラの前をリズミカルに歩いていく。
「といっても、視聴者の皆は〝防衛要員〟が何なのか、ピンと来ないよね? でも大丈夫っ、分からないなら聞けばいいんだよ!」
そう言って、リリカが駆け寄った先に一人の男がいた。
紫髪の男剣士――ガリウス。見るからに顔色が悪く、足腰が老人の如く震えている。が、リリカはそんな事はお構いなしにマイクを向ける。
「はいっ! こちら、エンタメ迷宮の守護者にして、かつて魔界をその名で震え上がらせたお方――〈魔剣鬼〉ガリウスさん!」
「っ…………むぅ」
カメラ越しに輝くリリカの瞳を前にして、ガリウスは露骨に顔を背けた。嫌悪感丸出しである。
それでもリリカは、更に一歩詰め寄った。
「こんにちは、ボクはリリカ! 防衛要員について、ぜひお話を聞かせてくださ〜い!」
無邪気な笑顔で迫るリリカ。だがガリウスは口を開かない。視線を泳がせ、黙り込んでしまった。
エリア内が微かにざわつく。
最年長であるガリウスの沈黙に、周囲の誰も声をかけられないでいる。
(ガリウスさんっ)
リリカがこっそりカメラの死角で瞬きを送り合図するが、ガリウスにとってそれはむしろ逆効果。ますます体が硬直する。
だが、その時。
視線の先に、一枚のカンペがスッと現れた。
――『しっかりしなさい』
途切れ途切れにそう書かれたカンペを掲げるのは、魔王クロエ。
「く、クロエ様……」
スタッフが慌てて駆け寄る中、カンペを手から落としたクロエは何も言わず、ただ静かに見守っていた。その姿が、ガリウスに何かを思い出させたのかもしれない。
「…………防衛要員について、だったな?」
「はい! ぜひ詳しくお願いします!」
ガリウスはなんとか頷いた。表情は依然渋いままだが、どうやら気を持ち直したらしい。
「このエンタメ迷宮には、日々多くの冒険者が訪れる。目的は財宝――それを阻むのが、我等防衛要員の役目だ」
「なるほど~! 罠で止められなかった、あるいは避けてきた冒険者を迎え撃つってことですね!」
ガリウスのたどたどしい説明を、リリカが程よいテンポで合いの手を挟んでフォローしていく。
「最近では、我に腕試しを挑みに来る者もいる。……流石に、加減はしているがな」
「一撃で終わっちゃいますもんね~! でもそれだと、冒険者側はちょっと物足りないかも?」
「その為に――アイツがいるのだ」
「アイツ?」
リリカが、コテンと首を傾げる。ガリウスが後ろを振り返り、合図を送った。
「……訓練、始め!」
その声と同時に、エリアの端で待機していた者達が一斉に動き出した。
それは、さながら獲物を狩る狩人の如く。
男女二人ずつの魔族作業員、そして四人のコボルド達が、戦場の空気をまといながら、ただ一人の人間を包囲する。
「あれ? なんか皆、目付きヤバくない?」
ターゲットに選ばれた人間――ハルトは、事態を理解する暇もなく四方から飛びかかってくる魔族に対応を迫られた。
「ハルト様ぁっ、お覚悟ぉーーっ!!」
「あぶなっ!?」
女魔族の一人が顔面目掛けて拳を振るう。それを紙一重で回避したハルトは、すぐに次の攻撃に備えるが――
「え、なんかいつもより殺気立ってない!?」
「気の所為です、よッ!!」
「ヒィィィッ!?」
次々と繰り出される拳と蹴り。その全てが〝訓練〟の域を超えていた。
「そうですっ! 目立ってリリカたんの気を引こうだなんて、全くこれっぽっちも思ってませんっ!!」
「いや嘘つけッ! 殺意満々じゃん!?」
「ははは、そんなまさかー! いつもこんな感じじゃないですか~!」
そう言って、笑顔で強烈な蹴りをお見舞いしてくる男魔族。ハルトに辛うじてガードされたものの、チラッとリリカを見るのは忘れない。
「ほんっとほんっと! あわよくばサインを貰おうだなんて思ってません! アハハハハハーー我が見せ場の為に散れぇぃっ!!」
――と、ハルトの股間を破壊せんと唸る、女魔族の拳。
「いやシャレにならねぇってそれッ!!?」
「チッ、外したか! 見ててくれたっ? リリカたん……!」
ハルトに避けられはしたものの、女魔族も決め顔を晒すのは忘れない。
怒涛の勢いで、拳や足がハルトに殺到する。
そこへ、更に悪ノリの風が吹き込んだ。
「ハルト様っ! 申し訳ねぇ! 我等の悲願の為に倒されてくだせぇ!」
「勝率五パーセントでも、リリカちゃんに褒められるなら充分ですッ!!」
「ユー、サクリファイス! ミー、ハッピー!」
「リリカタァァァァァァンッ!!」
「お前等っ、それ全部私情じゃねぇかァァァァッ!! リリカちゃんの前だからって張り切りやがってぇぇぇぇっ!!」
コボルド四人――〈カツアゲ隊〉の乱入によって戦場はさらに混沌とする。最早それは、訓練という名を借りた公開リンチだった。
――そしてそのすべてを、リポーター役のリリカが見守っている。
「みんなぁ~っ! 訓練、がんばってね~~っ!」
「「「!!!!」」」
「ちょっ!? 余計な一言をっ!」
その一言で、魔族達の士気が著しく上昇。
ファンの暴走は臨界点に達し、ハルトの防御も遂に破られる。
「ぐぼあっ!!?」
「よし、かかれーっ!!」
腹を抱えて蹲ったハルトに、更に追い打ちの蹴りがドカドカと叩き込まれる。
「「…………」」
あまりの光景に、撮影陣もクロエも無言で固まる。リリカとガリウスも、言葉を失っていた。
「え、え~っと……これ、訓練だよね?」
ようやく口を開いたリリカの声に、場の空気が少しだけ和らぐ中、ずっと無言だったガリウスが目を覚ましたように口を開く。
「…………ああして、日々ハルトを鍛え、冒険者に楽しい〝挑戦〟を提供できるよう備えている。しかし、その、なんだ――――皆、気合が入っているようだな。うむ」
ガリウス自身、この状況を想定できていなかったのだろう。
苦し紛れのフォローを入れて、強引に良い話風にまとめようとしていた。
「まぁ……普段は連携の確認もしている。決して、これが全てでは……ない、筈だ」
「な、なるほどっ! つまり、こうした裏方の皆さんが日々努力しているからこそ、迷宮が魅力的に輝いてるんですねっ!」
「いや感想は良いから、早く助け――」
リリカもその流れに乗って、番組として体裁を無理矢理を保つ。
「こんな迷宮なら、ボクも挑戦してみたいな~なんて! でも残念、次はエンタメ迷宮の方々への密着インタビュー! チャンネルはそのままっ――密着、カレイドスコープッ!」
「ハイ、カーット!!」
ズビシッと、リリカがカメラに指を突きつけたところで、カチンコの音が鳴り響いたのだった。
◆◇◆
「くそぅ……覚えてろよぉっ」
「あはは、大変だったね」
「誰の所為だと思ってるんだよぉ……」
撮影後、倒れたハルトのもとに、リリカが労いにやってきた。
憧れの存在の到来に、先程の魔族達や〈カツアゲ隊〉が湧きに沸く。そんな彼等に手を振る中、後ろからクロエとネモも近付いてくる。
「ハルト、よく頑張ったわね。偉いわよ」
「うぅ、クロエぇ……怖かったよぉぉっ」
頭を撫でられ、幼児退行しかけるハルト。それを見て、ネモが肩を竦める。
「リリカたんが見てくれてんだぜ? あれくらい、ファンの間じゃ普通だって」
「ライブ中の〈リミテッド社畜〉ちゃんは動きは、それ以上だと思うけどな~」
「りりっ、リリカたん!!?」
「いつもボクに夢中になってくれてありがと」
推しの急接近に、ネモが瞬間的に後退った。気絶こそしなかったが、顔が真っ赤に染まっている。
「でも、ちょっと自信が揺らいじゃいそうだよ。ハルトくんやガリウスさんは、ボクのことなんか興味なさそうだし」
「いや、そんなことは――イデッ!?」
「ご、ごめんなさい! 本人達は、至って真面目でして……! 決して悪気があったわけじゃないんです……!」
リリカの言葉を否定しようとしたハルトは、しかしネモに頭を叩かれ、未遂に終わる。
その無駄に丁寧な口調での謝罪に、リリカはきょとんとして首を振った。
「ううん、良いんだよ」
「え?」
「〝真剣なら盲目であれ〟――ボクに感情を左右されないほど、強い情熱を持ってるって証拠だからね」
その言葉に、クロエは口元をほころばせる。
「……プロの一言には重みがあるわね。全くその通りだと思うわ」
「名言すぎるよそれぇっ……! 〝リリカたんの軌跡〟に書き足しておかないと……!」
感極まって震えるネモ。その顔をリリカがじっと覗き込む。
「ところで、なんで〈リミテッド社畜〉ちゃんは訓練に参加しなかったの?」
「ひゃ、ひゃいぃっ! あ、あたたたっあたしは、〈ボロモウケ商会〉から派遣されてぇる身でしゅので……!」
「えぇ〜、なんか残念。いつも最前列でキレッキレの動き見せてくれるから、てっきり〈リミテッド社畜〉ちゃんの訓練姿も見れると思ってたのに」
「そそそ、そんなっ! あたしなんかの見ても全然面白くないですよ……!」
ネモの男勝りな口調が完全に崩れていた。
リリカの前でだけ見られるネモの意外な面に、ハルトは首を傾げる。
「なぁ、クロエ。ネモはなんであんな喋り方してるんだ?」
「気になるの?」
「そりゃそうだろ。前は教えて貰う前に、ガリウスに気絶させられたんだからな」
クロエは、困ったような嬉しいような表情で言った。
「あれが〝素〟よ。商会内で、いつか私の為に動けるようにって、口調も外見も昔に変えたらしいの」
「…………マジか。すごいな、ネモって」
ハルトは素直にそう思った。
リリカの前でだけ“素”を見せるネモ。それは、彼女にしかできない魔法のようでもあった。
「そんなネモを昔のように喋らせるなんて……彼女には、人の心を開く力があるのかもしれないわね」
「だな。ファンの豹変っぷりからして納得だよ」
そうハルトが呟いたところで、エンタメ迷宮の一日目の撮影は、静かに幕を下ろした。
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