第8話 撮影一日目②/罠の重要性と迷宮宣伝
お待たせしました…………ゼェゼェ
「ふふっ、普段はっ、ここひゃら罠を、選んでもらってましゅ、ひゃいっ!」
カメラは、執務室に据えられた横長テーブルを捉えていた。机の上に並べられた分厚いカタログ本。その向こうで硬直するように座っているのは、〈リミテッド社畜〉ことネモだ。
実のところ、先程から全く撮影が進行していない。原因はネモにあり、リリカと共演できる喜びに白目を剥き、その度に撮影は中断。リテイク六回目にして、ようやく会話ができる状態になったのだ。
「あ、これ、ボロモウケ商会の! ここの化粧品、よく買ってるんだ~!」
「ひゃっ……ありがとうございましゅっ!」
その対面には、超新星アイドルのリリカ。
ネモがペコペコと頭を下げるが、リリカはそれには一切触れず、輝く瞳でカタログをじっと見ている。徹底したプロの仕事振りである。
「定番の落とし穴に、転がる岩、幻覚魔法まで……ハルトくんは、どんな基準で選んでるのかな?」
その質問に合わせ、画面が滑らかに対面のハルトへとスライド。
「答えるのは簡単だしなぁ……よし――じゃあ、ここで問題だ!」
「えっ、唐突すぎない!?」
リリカがそう言うが、これも打ち合わせ通りだ。もっともらしく驚いて見せると、ハルトは事前に考えていた内容を口にする。
「俺が罠を選ぶ際、何を重要視してるでしょーかっ! 一、見た目の美しさ。二、足止めに有効かどうか。三、気分! さぁ、どれだ!」
「ふっふっふ、ハルトくん……これは少し簡単すぎないかな?」
顎に指を添え、リリカが愛らしく唸る。
「――分かった! 正解は、二! 『足止めに有効かどうか』だね!」
「おぉっ、お見事! リリカちゃん、正解!」
「ささッ、流石リリカたんっ……!」
そしてなんと、一発で答えを的中。答えは知らせていないので、ハルトとネモは素直に拍手と賛辞を送った。
その流れを維持して、カメラは解説するハルトをしっかりと映していく。
「そう。実は一番大事なのは、防衛戦で敵を食い止めることなんだ。冒険者の狙いは宝物庫だし、中には運営資金も入ってるしな」
「相手が楽しめるかどうかじゃないんだね」
「もちろん、楽しませるのも重要だ。けど、財宝を取られたら意味がない。それに、罠の突破が難しければ難しいほど、冒険者の心は熱く燃え上がるんだよ」
「あ、そっか! 上手く防衛することが、相手を楽しませることに、ひいては魔王様の復活にも繋がってるんだね!」
「そうそう。リリカちゃん、分かってるなー!」
ハルトが感心したところで、カメラは部屋の片隅に置かれた台座を映した。
「で、だ……選んだ罠を設置する時は、これを使う」
上部に魔法陣が刻まれたそれに、ハルトが近付いて手を置く。
「おぉっ、遂にそれに触れるんだね……! さっきから気になって仕方がなかったんだ~!」
リリカが椅子から立ち上がると、カメラが横にスライド。ハルトに歩み寄る様子を、二人の横顔越しに捉えていく。
そんな中、画面の外でネモが「なんて羨まけしからんチネッ!」と血涙を流していたが、リリカのファンならば当然の反応なので、スタッフ達は見なかったことにしていた。
「これに魔力を注いで、作業員たちを呼び出し、罠を設置してもらうんだ」
「資材もこれで?」
「いや、搬入口からだな。そっちも転移を利用して運ぶんだけど、設置作業自体は全部手作業なんだよ。この台座から直接迷宮を弄れるんだけど、生憎と俺の魔力じゃ動かせないんだ」
「へぇ〜。魔族のボクなら、いけるかな?」
「え?」
リリカがハルトを押し退け、一歩前へ。台座にそっと手をかざすと、全身から淡い魔力の光が沸き立つ。
「ちょ待って!? やめてそれだけはぁっ! お、俺の理想の迷宮がぁぁぁぁあああっ!!?」
打ち合わせにない動きに、現場が騒然とし始める。
泣きながら懇願するハルトを見て、リリカはくすっと笑うと、
「――なーんて、冗談だよ。冗談! 本気にしちゃった?」
「……あ、ぁ……っ」
そう言って、今までが嘘だったかのように手を離した。舌をチロリと出して、リリカが自分の頭を小突く。
その反応に、ハルトはへなへなと床に膝をついた。
カメラは天を仰ぐハルトの姿を、やや上からのアングルで捉える――それは、もはや悲壮感というより完全なギャグシーンのようであった。
「ま、マジやめて……心臓に悪い」
「さぁて、どうしよっかなぁ? ハルトくんの反応が可愛かったから、また揶揄っちゃうかも……?」
「勘弁してくれぇ」
悪戯っぽく微笑んでみせるリリカ。
本気か冗談かの境界線が曖昧すぎて、ハルトは乾いた笑みしか出なかったのだった。
◆◇◆
そして場所は変わり、執務室を出て通路へ。
残る撮影陣箇所は居住区の外、つまり迷宮内部だ。移動中なので、カメラは回っていない。
「番組の趣旨を考えると、本当は外で宣伝するところを見てもらいたいんけど……」
道中にそう言いながら、ハルトは振り返り、リリカーーではなく、マネージャーのルベルカの反応を窺う。
「流石に、許可できませんね……」
「ええ〜っ!?」
「ですよねぇ」
だが、結果はハルトの想像通りであった。ルベルカが申し訳なさそうに言うと、リリカが口をとがらせて猛抗議し始める。
「なんでなんでぇ~っ!? 人間界がどんな感じか知りたかったのにぃ~っ!」
「安全かどうか分からないでしょう? 魔物や悪い人間もいるかもしれないし」
「そんなの、ボクの歌があればヘーキだよぉ~! だから外に出させて~っ! 出たい出たい、出~た~いぃぃっ!」
「はぁ、困りましたね……」
子供のように駄々をこねるリリカに、ルベルカやゲッツォ達が一斉にハルトを見る。
実際、魔族からしてみればリリカはまだ子供なのかもしれないが、魔族より遥かに年下のハルトに救いを求めてくるのはいかがなものか。
「まぁ実際、外に出るのは本当にオススメできないな」
「そうね。魔族だとバレたら、〈聖教会〉に目を付けられかねないし……」
「〈聖教会〉? なぁにそれっ?」
ハルトの心をクロエが代弁すると、興味を持ったリリカが楽しそうに尋ねてきた。
「あっ、いや、それは……」
「魔族を目の敵にする者たちのことよ。リリカは皆のアイドルなのだから、ルベルカが止めようとするのも当然ね」
言い淀むハルトの代わりに、クロエが淡々と〈聖教会〉のことを語ってみせる。
「そうです。もし怪我でもしたら、ファンが悲しむでしょう?」
「むぅ~~、ファンを人質にするのは卑怯だよぉ……」
プロ意識を逆手に取った言葉をルベルカから聞かされ、リリカは膨れっ面になりながらも、最後には納得したようであった。
「……あ、そうだ――」
そしてその傍らで、ハルトはふと妙案を思いついていた。
それをリリカやルベルカ、ゲッツォに提案してみると良い案とのことで、早速カメラを回してもらうことに。
◆◇◆
カメラが映すのは、正面から歩いてくるハルトとリリカの姿。
「流石に宣伝活動の撮影は許可が下りませんでした! 残念っ!」
「ボク、一度で良いから外の世界見てみたかったのになぁ」
あからさまにガッカリするリリカ。そこで、ハルトは代案を提案してみることに。
「代わりといってはなんだけど、リリカちゃんには宣伝文句を考えてもらおう」
「宣伝っていうと、この迷宮にお客さんがい~っぱい来るようにだよね!」
「そうそう! いっちょ、思わず誰もが訪れたくなるようなのを頼むな!」
「任せて~!」
リリカが意気揚々とカメラの方に近付く。
そして、少し屈んでから口元に指を添えて――
「もし迷宮に来てくれたら……ボクが愛を込めて歌ってあげるっ! キミだけのキミの為のステージで、ねっ?」
可愛らしくウインク!
それは、ファンであれば悶絶必至の宣伝文句。そして、次に引き起こされる展開といえば――
「ホゥワァァァァアアアアッ!!!?」
「ネモォオオオッ!!」
ネモが鼻血を出して卒倒した。事前に内容を教えてもなお、この威力。その幸せそうな死に様を、カメラはしかと捉えた。
「リリカちゃん……」
「ん? なぁに、ハルトくん?」
それから流れるように、ハルトとリリカを映し出し、ハルトが一言。
「それ、迷宮の宣伝じゃない」
「あっ、ごっめ~ん!」
的確過ぎるツッコミに、リリカはまたもや「やっちゃったっ」といった様子で舌をペロリと出して見せたのだった。
「……でも、実際これで客が増えそうなのが、末恐ろしいな……」
撮影パートはまだまだ続きますが、次で一旦一区切り。次々話から二日目、インタビューなどの内容に入ります。その後、気になるあの子の本性が見え隠れするかも??
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次の投稿は、5/5の夕方以降の予定です。
⇨まだ書き上がっていないので、明日5/6に投稿します。本当に、申し訳ありませんっ!
追記:タイトルが味気ないので少し弄りました!!




