第4話 懸念の再認識
※プロローグから5話までを全面改稿しました。初めての方も、以前読んだ方も、ぜひ最初からお楽しみください。
※投稿23日に再開!
(やっちまったぁぁっ……)
ハルトは、途方もない自責の念に駆られていた。
何故、エンタメ迷宮における冒険者歓迎の台詞を、つい口にしてしまったのか。
これは最早、仕事柄と言わざるを得なかった――
「「「…………」」」
呆然としている剣士、鎧戦士の男二人と斥候の女。
ハルトは、彼等の顔に物凄く見覚えがあった。思わず、守護者として振る舞ってしまう程に。
そう、彼等は――
(常連さんだったから、ついいつもの台詞をっ……俺の馬鹿ァァァァッ!!!!)
エンタメ迷宮のお客様だった。
それもエンタメ迷宮における最初の挑戦者達、リーダーの剣士の男、鎧戦士の男、斥候の女だ。顔を合わせた回数は片手では数えられない。
云わば、不可抗力である。仕事で染み付いた癖、変身による弊害。故に、反射的に台詞を口にしてしまったハルトを誰も責められないだろう。
「は、ハルトさん? 今のは一体……」
「あっ、いや……こ、これはだな?」
しかし、事情を理解してくれるのはエンタメ迷宮の仲間だけ。
ハルトが肩越しに後ろを見ると、受付嬢は困惑した顔を見せた。それどころか、常連の三人や周囲のギルド職員、他の冒険者達も目をパチクリとさせている。
(まずい、まずいマズイ不味い不味いッ……!!)
ハルトの全身から冷や汗が噴き出す。
既に、言い訳できるレベルを超えていた。
「まさか、テメェ……」
再び静寂を破ったのは、ハルトの正面にいた冒険者ジンだ。キッと鋭く目を細め、一歩ずつ近付いてくる。
「まっ、ままま待った!? 今のは、つい癖で――って何言ってんだ俺ぇ!!?」
冷静さを欠いて本音を漏らしてしまい、頭を抱えるハルト。
その震える肩を、ジンは勢いよく掴み――
「オイオイ、凄ぇなァ。今のって、魔族のハルベルトの真似かァ?」
「…………へ?」
次の瞬間に言われた言葉に、今度はハルトが目を丸くした。
「あのふざけた態度を完全再現するたぁ、恐れ入ったぜェ。思わず、イラッとしちまったァ」
「あ、あぁっ、そうなんだよ! 俺もたま~にっ行っててな? つい覚えちゃった訳……!」
こめかみを引き攣らせながら、ジンが歯を見せて笑う。と同時に、肩を掴む手に力を込める。
どうも、先程の口上をハルベルトのモノマネだと勘違いしたらしい。
ジンの仲間であるゴルトンとユリアナが、「分かるっ、思わず本人かと!」とジンに深く共感を示していた。
「その割には顔を合わせたことねぇが、もしかして単独かァ?」
「ま、まあな」
苦笑して頷くハルト。
受付嬢を含むギルド職員達は未だに事態を飲み込めていない様子であったが、ジンの勘違いのおかげで、他の残っていた冒険者達は納得の表情をしてくれている。
「ハルトさんは迷宮探索のエキスパートなんですよー!」
「……ハルト?」
受付嬢がハルトの能力を補足すると、王都を拠点とした冒険者ではないのか、ジンが頭を捻る。
「一人で神代の迷宮を踏破したことありますし、その実力はギルド随一と言っても過言ではありません!」
「いや、過言だろ!? 踏破したと言っても、守護者は全部スルーしてたし!」
「まあ、戦闘能力は下から数えた方が早いくらい弱いですが」
「急に辛辣っ!? そんなに俺を弄るのが楽しいかぁ!」
「ええ、とっても!!」
「満面の笑みで言いやがってっ!! くそぉぅっ!」
流石は、日々冒険者の対応をしているギルド職員といったところか。
物怖じせず揶揄ってくる受付嬢に、ハルトは先程の緊張も忘れて怒りを露わにする。
「そうか、お前がァ……噂には聞いてるぜェ」
その時、何故か納得した様子のジンが口元を歪めた。
「パーティを追い出された挙句、どこのパーティも拾ってくれず、仕方なく単独になったァ――フレッシュ童貞のハルトだろォ?」
「どどっ、童貞ちゃうわ!? どこ情報だそれェッ!!」
大変不名誉極まりないあだ名に、つい口調がおかしくなってしまうハルト。
だがしかし、あながち間違いでもいない。恋人だった元仲間のレシアとは、その段階にすら至っていなかったのだから。
短髪の受付嬢や他の女性のギルド職員達、斥候の女が、「あの慌てよう、絶対にチェリーだわ」と口元を押さえて含み笑いをしているのを見て、ハルトは顔が熱くなっていくのを感じた。
「まぁ、それは冗談として、だ……その腕を見込んで提案してェ」
「あぁ?」
笑いつつも、ジンがハルトの肩から手を離すと、ハルトの目を真っすぐに見て言った。
「オレらのパーティに入ってくれねぇかァ?」
「……はい?」
突然のパーティ勧誘に、ハルトは首を傾げた。
「聞こえなかったかァ? 迷宮をよく知るお前の力を、俺達に貸してくれっつってんだ。あのエンタメ迷宮を攻略する為に、なァ」
「良かったじゃないですか! ハルトさんの実力を認めてくれているってことですよ!」
「え? あ、あぁ……」
自分よりも喜んでくれる受付嬢に戸惑いつつも、ハルトも内心では嬉しいと思う気持ちがあった。
(まさか、今更俺を勧誘してくれる奴がいるなんてな。誘う理由がエンタメ迷宮の攻略ってのは、ちょっと複雑だけど……)
無論、弱い仲間は必要ないと思う気持ちは彼等にもあるだろう。しかしそれ以上に、ハルベルトの運営するエンタメ迷宮の攻略したいという執念が勝っている様子であった。
「負け続きは性に合わねぇんだ。頼めねぇかァ」
「急な勧誘かと思われますが、私からもお願いします」
「アタシからもお願い! ネッ?」
ジンに続くように、ゴルトンが礼儀正しく頭を下げ、ユリアナも快活に頭を下げる。
(頭を下げられて悪い気はしない。けど、今の俺はエンタメ迷宮の運営者だから――)
ハルトは深く息を吸って吐き、口を開いた。
「ありがとな。こんな俺を認めてくれて……」
「じゃあ――」
ジンの顔が喜びで明るくなる――その前に、ハルトは自身の答えを返した。
「でも、すまんっ! 俺は今、〈アラカセギン商会〉で雇われの身なんだ。いつまでかは、正直分からない。だから、本当にすまん……!」
両手を合わせて、軽く頭を下げるハルト。
少しして、頭上から溜息を吐く音が聞えた。
「チッ、つまんなぁ奴だァ。行くぞォ」
「え、ええ。じゃあ、またどこかでネ!」
顔を上げると、ジンが踵を返したところだった。あっさり引き下がったジンにユリアナも続いていき、ゴルトンが落胆した顔で言った。
「いやはや、少し残念ですな」
「誘ってくれたのは嬉しかったよ。仕事に区切りが付いたら、その時はよろしく頼む」
「はい。機会があれば、迷宮の話を聞かせて下さい。それでは――」
最後にもう一度頭を下げると、ゴルトンも二人の後を追い、冒険者ギルドを離れていった。
彼等が離れたのを見計らい、受付嬢がハルトに話し掛けてくる。
「良いんですか? 折角のお誘いだったのに」
「ああ、今はちょっとな。じゃ、俺も薬草採取行ってくるわ」
「あ、はい。お願いしますね」
彼等の介入がなければ、すぐにでも薬草採取に向かうつもりでいたハルトは、「あの人達、何の用だったんだろう?」という受付嬢の言葉を最後に、冒険者ギルドを後にした。
「区切りが付いたら、か……」
大通りに出て、すぐに振り返ったハルトはおもむろに冒険者ギルドの看板を見上げる。
先程の会話で、少し思う所があったのだ。
というより、懸念を再認識したという方が正しい。
(エンタメ迷宮で過ごす時間は楽しい。出来れば、ずっと運営に携わってたい。でももし……もし、クロエが復活を果たしたら……?)
魔王が復活した時、果たして自分は今と変わらずエンタメ迷宮の運営に携わっているのか。それとも、運営から手を引いて冒険者に専念しているのか。
(その時、俺は何をしてるんだろうな……)
現時点では、結論を見出せなかったのだった。
その後、何事もなく薬草採取を終わらせたハルトは冒険者ギルドに依頼達成を報告し、〈聖教会〉の動きを慎重に探ることにした。
〈聖教会〉本部にいる神官を観察したり、行きつけの酒場〈ばぶりっ酒〉や王都の郊外に位置するスラム街、王都近辺の村でも聞き込みを行ったりしたが、特に目立った収穫はなく――
受付嬢の話が真実だったと結論づけたハルトは夕暮れ前に馬車に乗ると、エンタメ迷宮に向かって帰路についたのだった。
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魔王クロエの目的は復活を果たすこと。仮にもし復活を果たせば、どうなってしまうのか。ハルトは何をしているのか。そんな未来の出来事を、ハルトは想像せずにはいられなかったのだった。
アクセス数の伸びが悪く、元々「第1章プロローグでの掴みが甘いのでは?」と思っていたので、第1章のプロローグ周りを書き直すことにします。
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※読者の皆様、私めは復活いたしました! 来週の23日から最新話の投稿を始めます! お楽しみに!




