第3話 あ、やっちまった……
いつもよりちょっと地の文、文字数多め。
新人賞版には無い部分です。
投稿日を変更した上に、またもや日付を跨いでしまい申し訳ありませんでした!!
「もうやだぁ、読みたくなぁいっ……」
幌に覆われた長椅子の上で、ナヨナヨとした非常に情けない声が響いた。
冒険者モードのハルトである。
無神経、厚顔無恥を地でいく男が、両手で顔を覆っている。
昨日、ネモの監督の下でアイドルを出迎える準備をさせられたのだが、決してその出来事がキッカケで心を病んでいる訳ではない。
三日間だけ滞在するアイドルやその他の為に、わざわざ居住区を拡張し、一から部屋を作った挙句――
『そう、そこだぜ。そこが一番、リリカたんが座りやすい角度ぉおおおおっ!!』
『駄目だ駄目だ! ベッドは部屋の隅じゃなく、中央に置くんだッ! 我々のファンの間では、リリカたんは世界の中心で……!!』
『リリカたんは常に可愛く美しく! よって、天井中央にミラーボールを吊るし、その周囲に照明を――あれ? お、おい! なんで止めようとすんだっ!? ええぃっ! このっ、放せぇえええええっ!!!!』
――などと、インテリアを設える過程で、ネモに事細かく指示を出されてウンザリしたからでは、決してないのだ。
なお、ミラーボールは、見学していたクロエの一存で却下された。
ならば何故、ハルトは顔を覆っているのか。
「なんだよぉ、『リリカたんの軌跡! 超新星アイドルは如何に誕生したか!?』ってぇ〜っ」
その理由は、傍らに置かれた――ハルトが早口で読み上げたタイトルの冊子にある。
アイドルを迎え入れる準備は昨日の内に七割がた終了している。しかし、それはあくまで〝宿泊環境〟の面では、だ。
ネモ曰く、『リリカたんに最高のおもてなしをするには、リリカたんの全てを理解する必要がある!』らしく、熟読するよう渡されたのがその説明書であった。
(でも、読まないと何をされるか――)
幌馬車に同乗している他の客から訝しげな視線を向けられる中、ハルトは意を決して冊子を手に取り、軽く目を通す。
「ううっ」
そして、バタンッと勢いよく閉じた。
既に五回目だ。説明書を読もうとして頭痛が起きるのは。
(内容濃すぎだろっ!! こんなの、王都に向かう途中で読み切れるレベルじゃないぞ!?)
そう、それはあまりにも特濃であった。
アイドルの軌跡や好物、趣味などが、ネモによって最大限美化された文章で、濃密かつ詳細に、ページの隅から隅まで埋め尽くされているのだから。
云わばそれは、至高の逸品。その枚数、実に三百ページ。
見る者が見れば、この上ない価値を叩き出すだろうが、生憎とハルトは一般人。アイドルの知識がなければ、毒になりかねない濃密さであった。
(ただでさえ貴重な休日を潰されて、今日も冒険者ギルドに顔を出さなきゃなんないのに、その上これを覚えろだって……? これなら、給金を減らされる方がまだマシだぁっ!)
既に、心は泣いて赦しを請うていた。
密かに嘆息したハルトは悲鳴を上げる心に従い、理解することを早々に諦めたのだった。
◆◇◆
太陽がちょうど真上に向かい始めた頃、ハルトは王都の地に足を踏み入れた。
出発前にクロエに頼まれたお使い(小説の購入)を早々に済ませ、のんびりと冒険者ギルドに向かった。
「おいーす」
適当に挨拶をしながら、ギルドのドアを開けて中に入る。
王都のギルド内は飲食店が併設されている。普段は早朝からでも、依頼の物色やら食事やらで活気に溢れているものだが、既にピーク時を過ぎている為か、周囲には数人の同業者しか残っていなかった。
(ふぅ……あいつらは居ないようだな。わざわざ、時間をズラした甲斐があった……)
冒険者の少ないこの時間帯に訪れたのは、偶然ではない。かつての仲間達とバッタリ顔を合わせない為だ。
ハルトは周囲を見渡し、ほっと胸を撫で下ろすと受付に向かった。
「あれ? ハルトさんじゃないですか……!」
「おう、久しぶり~」
来訪に気が付いたのか、ハルトが声を掛ける前に短髪の受付嬢が話しかけてくる。
非常に驚いている様子だ。少し前までミイラの如くやせ細っていた上に、数ヶ月ぶりに顔を出したのだから、仕方がないのかもしれないが。
「お久しぶりです。いやぁ本当に。随分と音沙汰がないから、凄く心配していたんですよ?」
「えぇ、嘘だぁ」
「本当ですってば! ハルトさんったら、三ヶ月近くも依頼を請けに来ないから、危うく除名処分になるところだったんですよ? 心配にもなりますっ」
受付嬢が腰に手を当て、リスのように頬を膨らませて怒りを露わにしている。
冒険者ギルドには、ギルドでの依頼を一定期間受注しない者は〝活動する意思なし〟と取られ、除名処分される制度がある。
エンタメ迷宮に夢中になるあまり、ハルトもつい昨日まで忘れていた制度だ。休日を返上してまで王都に来たのはそれが理由だった。
「それで、最近はどうしてたんですっ?」
「えっ……」
不意の質問に、ハルトの胸がドキリとする。
「え、えーと……ちょっと遠出してただけなんだけど…………なんで?」
「……なんで?」
受付嬢のこめかみが引き攣っていた。
何故、そんな質問をするのか理解に苦しむといった様子だ。
「少し前のハルトさんは、それはもうガリガリでしたよね? 見てるこっちが心配になる程でした。でも、今は肉付きは良いし服もキッチリしています。何があったのか、気にならない筈ありません」
(やべぇ! めっちゃ怪しまれてる!?)
その疑問は、ギルド職員として至極当然のものだろう。
彼女が最後にハルトを見たのは約三ヶ月前――そう、丁度クロエ達にスカウトされた時期だ。その頃のハルトはパーティを追放されたばかりで、他の冒険者とパーティも組めず、生活費を稼ぐことすらままならず、飢え死にする一歩手前だったのだ。
にもかかわらず、今ではハルトの血色も随分と良くなっている。
裏で違法の仕事を行っていないか、彼女が勘ぐってしまうのも仕方のないことだった。
「まさか、とは思いますが……犯罪に手を染めた、なんて言いませんよね?」
短髪の受付嬢が満面の笑みで、しかし鋭く目を細めてハルトを睨み付ける。
ハルトは両手と首をブンブンと振った。
「いやいやいやいやっ、それはマジでない! 迷宮探索を楽しめなくなるだろ!?」
「ですよねぇ。じゃあ、最近なにをしていたのか、当然言えますよね?」
(くそっ、 藪蛇だったかっ!)
緊張で、ハルトの額と手のひらからジワリと汗が滲み始める。
(どうするっ、どうするっ!?)
まさか、馬鹿正直に『実はエンタメ迷宮で守護者として働いてるんだ!』などと言える筈もなく。
「さぁ」
「くっ……」
「さぁっ」
ハルトは深く悩んだ末に――
「今、〈アラカセギン商会〉のモネイ商会長に雇われてるんだ!!」
シーンと、ギルド内が静まり返った。
疑惑を晴らそうと必死で、思いのほか大きな声を出してしまったハルト。他のギルド職員や残っていた冒険者が、何事かとこちらを窺っている。
「…………」
ハルトの答えを聴いた受付嬢は、しばらく顔を伏せていたが――
「ぷっ、ぷふっ……」
何故だか、急に口元を押さえて笑い始めた。
ハルトが呆けて首を傾げたのも束の間のこと、
「あはははははっ!! 知っていますよ、そんなこと……!」
「はっ? え、は?」
胡乱な雰囲気から一転。
受付嬢がお腹を抱えて爆笑し始めた。
「随分前に、モネイ商会長から伺いました。迷宮調査のお手伝いだそうですね? 会うのは久々なので、つい揶揄ってしまいました。すみません」
「え? あ、えーっと……そ、そう! そうなんだよ! 俺にピッタリの仕事だろ!?」
「はい、私もそう思います」
放心したり、どもったりと怪しい素振りを見せたものの、受付嬢が不審に感じた様子は見受けられない。
どうやら、このような不測の事態に備えて、ネモが手を回していたようだ。
(ネモの奴、ギルドに報告してるなら、今朝そう言ってくれれば良いのに……)
とはいえ、今は大事な時期だ。
リリカに会えると楽しみにしているネモが、その件を覚えているとは思えないハルトだった。
「で~すが、それとこれとは話が別です! モネイ商会長の件は指名依頼なので、ちゃんとクエストボードの依頼を請けて下さいね?」
「分かってるよ。実は今日、その件で来たんだ。えっと、薬草採取でも良いか?」
「難易度は低いですが、規則ですからね。構いませんよ」
受付嬢の許可を得て、ハルトはクエストボードから適当な依頼書を引っぺがし、受付に提出する。
依頼書の内容を確認した受付嬢は、記録簿にペンを走らせ、依頼内容や受注者の名前を登録していく。
「そういえば、ハルトさん。今話題のエンタメ迷宮には行かれました?」
「当たり前だろ! あそこは良い! まさに、俺の理想の迷宮だ! 財宝はあるし、罠も補充される。出来ることなら、毎日挑みたいくらいだ!」
記載を終えた受付嬢が手を止めて尋ねてきたので、ハルトも素直に答える。
「あ、でも……」
「?」
それと同時に、ふと尋ねたいことが頭に浮かぶ。王都に来た、もう一つの目的に関することだ。
受付嬢が首を傾げる中、ハルトは周囲を確認してから彼女の耳元に顔を近付け、小声で訊いた。
「そのエンタメ迷宮が〈聖教会〉に目を付けられた、なんてことはないよな?」
「え? …………どうして、そんなことを?」
彼女もまた、小声で訊き返してくる。
「ほら、なんか最近、噂流れてるじゃん? 『迷宮に魔王が居る』って」
「そうですね。守護者が魔族との報告を受けているので、信憑性はあると思いますが……それが?」
「〈聖教会〉は魔族嫌いで有名だからな。噂を信じられでもして、エンタメ迷宮を潰されるのは困るんだ」
王都に来たもう一つの目的とは、〈聖教会〉の動向を探ること。
迷宮の噂を他人の悪戯に仕向けるべく、昨晩、ハルトが看板を回収して既に落書きを済ませている。しかし、その噂を信じた〈聖教会〉がエンタメ迷宮に対し、攻撃を仕掛けてこないとも限らない。
「そういうことでしたか。ですが、ご安心を。今のところ動きはありませんから」
「……それなら良いんだけど」
ハルトは顎に手を当てる。
受付嬢の話を信じない訳ではないが、やはり実際に調べるまでは分からないものだ。「後でちょっと探ってみるか」と呟きながら、ハルトは更に尋ねた。
「でも、良いのか? 魔王が居るかもしれない迷宮を放置して。王宮から催促は……あったんだな」
受付嬢が苦笑しているのを見て、ハルトはそう判断する。
「協議の結果、〝害がない限りは静観〟という方針に……意外にも、〈聖教会〉がそれに同意しまして」
「はぁ?」
〈聖教会〉のおかしな反応にハルトが眉をひそめた、丁度その時だった。
「――おい、いつまでもお喋りしてねぇで早くどけよ」
背後で、不機嫌そうな声が上がった。
ハルトは思わず振り返り、その人物を確認し――
「ふははは! よく来たな冒険者よ! 財宝が欲しくば、この俺を倒してみ――」
「「…………」」
「――はっ!?」
何をどう思ったのか。
つい反射的に、いつもの台詞を口走っていた。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
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異世界じゃ、ミラーボールの概念すらないだろうと思い、勝手に魔界で作られた商品として、鏡光球とルビを振りやした(ネモの暴走具合を見せる為だけに)。
日付を跨ぎましたが、次の投稿は、11/11の夕方以降の予定です(次はどうにか間に合わせたい)。




