第3話 夢か悪夢か、魔王の甘言
回想終了――時は現在に。
「――くそっ」
どれだけ思い返してみても、納得できる答えは見つからなかった。
疑問ばかりが、頭に浮かんでは消える。
(仲間には裏切られ、依頼人には投げられ、自称魔王に絡まれて――なんで……なんで俺が、こんな目に……っ!)
苛立ちと、許容量を超えたやるせなさが、胸いっぱいに充満していく。
ハルトは、歯を食いしばって涙を堪えた。
長考の末に得られたものは、〝今も四肢を拘束されたまま〟という現実だけだった。
体の節々が痺れている。どれだけの時間が経ったのかは分からない。
ただ、魔族の少女――あの魔王クロエの気配だけが、未だこの空間に漂っていた。
(……とにかく、こんな所からさっさとおさらばしよう。時間を掛ければ、縄は外せるはず。だけど、一番の問題は――)
気持ちを切り替え、ハルトは正面の玉座に視線を戻す。
純白の髪に、二本の角。〈残虐の魔王〉を自ら名乗った少女クロエは、優雅に足を組みながら、依然として蒼い瞳を向けてくる。
勿論、彼女の話を鵜呑みにしている訳ではない。だが、嫌な予感が胸に膨らむ――自分の日常が根底から覆されてしまいそうな、そんな予感が。
(俺の迷宮探索ライフを邪魔する奴は、たとえ魔王であろうと許さん……!)
四肢を縛る縄を身じろぎで緩めながら、ハルトは意を決して言葉をぶつけた。
「おい、自称魔王! 此処はどこなんだ! 説明しろッ!!」
「信用できないんじゃなかったの? 全く……ここは〈オネスティ王国〉最北端の迷宮よ」
「じゃあ、ここはやっぱり〈祭魔山〉なのか……!」
クロエは額に手を当てて、呆れたように溜息を吐いた。
異国でないことを知り、ハルトの不安が幾分か和らぐ。それでも体を縛る縄が解けない限り、自由はほど遠い。
「よし、縄を解け。大至急っ!!」
「嫌よ。何の為に連れてきたと思っているのよ」
「なっ……! まさかお前、あの商会長とグルなのか!? ふざけるなッ、魔王を騙る美少女め! この超エリート冒険者を縛って何が目的だっ!」
糾弾するように声を張り上げ、ハルトはクロエを睨み付けた。が、クロエは眉一つ動かさない。それどころか、僅かに唇を歪ませると、静かに言葉を返した。
「言ったでしょう? 私を復活させなさい、と。あなたを配下として雇いたいの」
「雇う? 俺を?」
「ええ。迷宮の知識と経験、そして情熱――どれを取っても、あなた以外には考えられないわ」
突然の勧誘に、ハルトは一瞬呆気に取られた。
「――ハハッ、ハハハハハッ!!」
だが次の瞬間、場違いなほど明るい笑い声が、広間に木霊した。
「冗談は、その可愛さだけにしろッ!」
ハルトが力強く言い放ったその言葉に、クロエの蒼い瞳が大きく開かれる。
「……可愛い? 私が……?」
クロエの表情に戸惑いが浮かび、頬がぽしゅんと朱に染まった。
「な、ななななっ――なに言い出すのよ突然!?」
「魔王は五百年も前に封印されたんだぞ! あの恐ろしい〈残虐の魔王〉が、お前みたいな美少女な筈がない! 現代に居るわけない! いや、居てたまるかッ!」
「こ、ここにいるわよっ! ――って、何ムキになっているのよ私!?」
ハルトの声を遮るように反論し、クロエがふと我に返る。
取り乱した自分にツッコミを入れる彼女からは、まるで魔王の貫禄とは無縁の、純真な少女の表情が垣間見えた。
その様子に、ハルトはますます調子に乗った。
「大した説明もせず俺をスカウトするなんて言語道断! お前は、俺を追い出した奴等と同じだ! どうしてもって言うならっ――神代の迷宮でも持ってこいやっ! 自称魔王サマァ!!」
勢い任せで一方的に言い切ると、両者の間に束の間の沈黙が下りた。
「…………」
呆気に取られたのか、クロエは目を丸くしている。
その隙を見逃さず、ハルトは縄解きに集中する。先程からの苦労が実を結び、縄の結び目は随分と緩んできていた。
解くのも時間の問題――そんな矢先だ。
「……そうね、神代の迷宮は都合してあげられないけれど――」
クロエが口元を不敵に歪ませる。そして、言った。
「この迷宮を、あなたの好きにさせてあげる。――なんて言ったら、どうする?」
「――――ッ!?」
それは、ハルトにとってはこの上なく魅惑的な提案だった。
ネトコン締切(2024/7/31)に合わせ、次は21時以降に1話投稿するのん!!
※2025/04/16に大幅な改稿を行いました。