第2話 ファン→キレると変貌する
改稿前は2300文字くらいだったのに、4944文字。何故だ……
昼にもかかわらず、共有スペースは暗闇に包まれていた。
敢えて灯りを消した室内で唯一光を放つのは、稼働しているモニターの画面。そこには、ある映像が流れていた。
夜空の星の如く、七色の光を放つ幾千幾万のペンライト。それを掲げる観客席の誰もが注目し、目を奪われる存在が、そこに居た。
『みんなぁーっ!! 今日はボクのライブに来てくれてっ、本当にありがとぉぉぉぉ――――っ!!』
『『リリカたぁあああんっ!!』』
スポットライトに照らされたステージ中央で、圧倒的存在感を放つ純白フリルのミニスカート衣装を着た桃髪の美少女。
微笑みを携えて、マイクで可憐な声を届ければ、胸で高まった感動に観客席が大いに湧いた。
『うんうん! 今日も元気いっぱいだね~! 皆の声援に応えられるよう精一杯歌うから、星の輝きにも負けないくらいっ、盛り上がっていこぉーっ!!』
その反応に満足した美少女はマイクを口元に掲げ、左手の人差し指を天に突き上げる。
『それじゃあ、一曲目行くよぉっ――〝ビー・ユアセルフ〟!!』
『『ワァアアアアアアアッ――!!』』
次第に響き出す軽快なビートに、会場全体が一瞬で盛り上がりを見せる。
自然と体を揺らしたくなるようなメロディーと共に、美少女は元気よく歌い始めた。
『~~!』
『『ほわぁぁぁぁ! ほわっ! ほわっ! ほわぁぁっ!!』』
それに合わせ、頭にハチマキ、応援用法被を着た魔族の男女が奇天烈な掛け声を発しながら、両手のペンライトを振るい、流れるようなパフォーマンスを開始する。
そんな、歌と踊りで観客を熱狂させ狂喜乱舞させる美少女の映像を前に――
クロエと額を赤く腫らしたハルト、そして自室で愛剣の手入れをしている最中に召集されたガリウスは、戸惑うあまり目を丸くしていた。
(なに、これ……新手の扇動家かしら?)
(うぅっ! なんだ? この魔族達を見てると、胸が熱くなるような、肌が痒くなるような感覚はっ!?)
(まさかとは思ったがっ、これは娘が好きな……う~む)
否、ガリウスだけは諦観、あるいは達観したかのように目を細めている。
各々が三者三様の感想を抱きつつも、謎の映像は続き――
それから程なくして、映像の再生が終わった。
「――どうっだッッ!!!?」
共有スペースの灯りを点けたネモが、やたらと興奮した様子で感想を求めてくる。
「どう、と言われても……なぁ?」
「ねえ?」
苦笑しながら、ハルトとネモは顔を見合わせて肩を竦める。
二人の言わんとすることは同じだった。
「「何、これ?」」
「見ての通り! アイドルのライブ映像だぜぃっ!」
鼻息を荒くして満足げに答えるネモに、ハルト達はまたもや微妙な顔付きに。
そう、この謎の映像をハルト達に鑑賞させたのは、他ならぬネモであった。勢いよくドアを開けて、ハルトの額を痛打したのも、またネモである。
「ライブ映像?」
「そもそもアイドルって何かしら?」
「旅芸人とか吟遊詩人の従兄弟じゃないか?」
「それよっ」
「――全然違ぁうッ!!!」
ハルトとクロエが二人して「それだ!!」と頷き合っていると、その間に割り込んだネモが力強く否定した。そのあまりの迫力に、ハルトはおろか魔王であるクロエでさえも度肝を抜かれる。
ネモは大層ご立腹とばかりに大仰な溜息を吐き、
「良いか? アイドルってのはなァッ……!!」
そうして満を持して語ろうとしたその時、思わぬ所から声が上がった。
「――『見る者全てに幸せと喜び、そして笑顔を灯し、何気ない日常の中に〝生き甲斐〟という花を咲かせてくれる存在』……だ、そうだ」
「「「え?」」」
ネモの説明を遮り、スラスラと説明してみせたのは、なんとガリウスであった。
その珍妙な光景に、ハルトとクロエは呼吸すら忘れて絶句した。〝アイドル〟とは何か、と答えようとしたネモですら、口をあんぐりと開けている。
ただでさえ、人間のハルトや封印中のクロエにとっては異色の存在だ。
それを、長年剣一筋に生きてきたガリウスが語るのだ。これを意外と言わずとして何というのか。
「ガリウス、あなた……これが何か知っているの?」
「ええ、まぁ。娘が今、夢中になっているモノでして……色々と娘に語られる内に、我まで詳しくなってしまい……」
「……なんであなた、顔色悪いの?」
「まるでブドウみたいだぞ?」
クロエの問いに苦笑しつつ答えるガリウスだが、その顔はクロエが思わず心配になる程に真っ青であった。
主に心配を掛けまいと、ガリウスは努めて平静に首を振る。
「……な、なんでもありませぬ」
「とてもそうは見えないけれど……気分が悪いなら、横になっても――」
「お、お気になさらず! ネモ! 早く本題に移れッ」
「ひゃ、ひゃい!!」
強引に話を逸らそうとするガリウスに催促され、呆けていたネモがその圧に思わず敬礼を返す。
気持ちを整える為にも一度咳払いして、真剣な顔付きになる。
「皆にライブ映像を見てもらったのは他でもない。実は、さっき歌ってた美少女がっ――〝魔界の超新星〟アイドルのリリカたんがっ、なんと迷宮に来てくれることになったんだぜっっ!!!!」
共有スペースが震撼した。
そう勘違いする程の大声で、ネモが目を輝かせて言った。あまりの五月蠅さに、ハルトとクロエが耳を押さえて顔をしかめる。
「う、うるさ……アイドルってのは、そんなに凄いのか?」
「はぁッ?! 凄いに決まってるだろ!! 馬鹿かお前はっ! これだから、ハルトはいつまで経ってもハルトなんだよ!」
「名前を悪口みたいに言わないでくれますっ!?」
ハルトの涙目の抗議を、上機嫌なネモはサラリと無視する。
「いやぁ、最近のエンタメ迷宮って評判良いだろ? そんで、〈ボロモウケ商会〉に迷宮運営の動画を撮影して報告書代わりに送ったらさぁ……どうなったと思うっ!!?」
「「さ、さぁ?」」
半ば呆れ気味に、どうでも良いとばかりに、ハルトとクロエが首を傾げると、ネモが愉快そうに笑みを浮かべる。
「それがさ? その動画を、商会長が面白半分で〈プリプリ動画〉に投稿したみたいなんだよ! そしたら凄ぇ視聴者数が付いてさぁ!」
「あの――」
「あぁ、〈プリプリ動画〉ってのは、〈ゴワンド〉が運営してる動画共有サービスな!」
「!?」
先んじて疑問を潰されたクロエが、「もしかして心を!?」とネモに驚愕の視線を寄せるが、当のネモはまるで気付いていない。
「それに目を付けた〈魔界TV〉が、あの人気バラエティ番組――『密着、カレイドスコープ』の取材先にエンタメ迷宮を選んでくれて、そのリポーター役として抜擢されたのがっ――今、魔界で話題沸騰中のサキュバスアイドル、リリカたんなんだぜぃっ!!」
ようやく説明を終えたネモが蕩けた顔でやり切った感を出しつつも、それでも興奮が冷めていないのか、すぐに「フゥゥゥ!!」と叫びながら狂喜乱舞し始める。
その場の誰もがネモの豹変ぶりに瞠目する中、恐れを知らない男が引き気味に言った。
「キ、キメェ。こんなネモ……というか、変態? 初めて見たわ……アイドルとかいう存在も、正直よく解かんなかったしさぁ」
「――は?」
ビタリッ、とネモの動きが止まった。ぐりん、と血走った眼球がハルトに向く。
その直後、ぬるりと詰め寄ったネモがハルトの胸倉を引っ掴み、
「シネ」
「え、ちょ――」
バキドカゴスッ!
――有無を言わさず、血祭りにあげたのだった。
「……す、ずびまぜん、ネモ様っ、キモいなんて言っで、ほんとずびまぜんッ……」
「反省の色が見えねぇなぁ? ええ?」
ネモの恐ろしさを骨身に染みて実感させられたハルトは、瞬時にお得意のヘタレ土下座で謝罪した。
が、未だに怒りが収まらないのか、ネモが拳を振り上げようとして、後ろからガリウスに羽交い締めにされていた。ハイライトの消えた目が怒りの度合をよく表している。
「迷宮を語る時のあなたもそう大差ないのに、よくもまぁネモを馬鹿にできたわね?」
ほんとデリカシーないんだから、と普段からハルトの迷宮狂いを目の当たりにしているクロエが呆れる一方で――
(ほっ……正直に感想を言わなくて良かったわ。率先して身代わりになってくれたハルトに感謝ね……)
(不可抗力だが惨いな……不甲斐ない我が弟子よ、その苦しみを糧とし強くなれ)
その無残な光景を傍らで見ていたクロエとガリウスは、心の中でそっと胸を撫で下ろしていた。
「デリカシーなし男は放っておいて……一つ確認してもいい?」
「いちいち貶す必要あります?」
「なんだ? クロエ」
「先方には返事をしたのよね? さっき、来ることになったって……」
数分後に正気を取り戻したネモに、クロエが「私、魔王なのに聞いてない」と悲しそうに尋ねる。
「あぁ、二つ返事でな!」
「私は了承してな――」
「あたしの社畜人生に潤いを与えてくれた天使が、一ファンのあたしに会いに来て――ゴホンッ、迷宮へ取材にしに来てくれるんだからな! もちろん、理由は他にもある! 費用は全額あちら持ちだし、作業員達の慰労や士気高揚にもなる。そんで、上手く行けば資金援助も受けられるしな! 断る理由が全くもって有り得ない程ないッ! 構わないだろぉ!?」
「………………え、ぇぇ、もちろん……それが、私の復活に近付くなら、ね…………」
(あのクロエ様が気圧されている、だと……!?)
魔王で親友でもあるクロエの話を一切聞かずに捲し立ててくるネモに、クロエは顔を大きく逸らしながら、か細い声で了承した。
普段は全く見られない魔王の弱気な姿を見て、忠臣のガリウスが酷く衝撃を受けていたのは言うまでもない。
「取材は今から一週間後で、期間は三日だ。その間、リリカたんを含む撮影スタッフの皆様には、迷宮で過ごしてもらうことになる。出迎えは当然、あたしがやる!」
「そ、そだな、うん……頑張れよ、ネモ」
いつにも増してやる気を出しているネモに関わりたくない一心で、ハルトはその場からのフェードアウトを試みる。
「どこへ行こうというのかね?」
「デスヨネー」
しかし、ネモに首根っこを掴まれてしまった!
「ハルトも頑張るんだよぉ……今から、リリカたん達の部屋作りを超特急でなァ!」
「いやぁ……俺はガリウスと修行が――ってもう居ねえ!?」
ハルトは諦めずにガリウスをダシにして脱出しようとしたが、当のガリウスは既に居なかった。
いつ消えたのかさえ不明である。
ガリウスの姿を必死に探していると、クロエが開いたドアを指差し――
「さっき、『愛娘の声が早く聞きたい』って部屋を出ていったわよ」
「ガリウスさーん!? 弟子を見捨てないでぇっ! 俺の美声聞かせてあげるからぁぁっ!」
「よぅし暇だな、行けハルト! リリカたんの部屋をとびっきりゴージャスにするんだ!! 良い仕事をした暁には、プレゼントをやる!!」
既に泣きつつあるハルトの肩をガッチリと掴み、ネモが重過ぎる期待を寄せる。
スッ、とハルトは目を逸らした。
「へ・ん・じ・はッ!!」
だが、ネモの真顔の圧が余りにも凄まじく、
「ひゃぃ……今から取り掛かりましゅ」
「それで良いんだ。行け!!」
もはや、断ることすら烏滸がましいとすら感じる空気に心が折れてしまい、ヘタレたハルトは幼児退行して頷いていた。
「これから忙しくなるぞぅ! ほわぁあああ!」
(一週間後の取材、今から不安になってきたわ……)
謎の奇声を上げるネモの隣で、クロエは頭を押さえて溜息を吐いたのだった。
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昔、コンサートスタッフの仕事をしていたのですが、私はここまでガチギレするファンは見たことはありません(笑)。どうにか、アイドルの写真を撮影しようと警備員を突き飛ばした人はいましたが。
またもや日を跨ぎましたが、次の投稿は、11/8の夕方以降の予定です。




