第16話 一刀にて挫く戦意
結局、日を跨いでしまった。申し訳ない。
だが、16話の内容に後悔はない。存分に楽しまれよ。
冒険者の一団が出先で他のグループと鉢合わせするのは、よくあることだ。
それが、命を賭けることなく攻略を楽しめ、誰にでも財宝を得るチャンスがあるエンタメ迷宮なら尚更である。
「兄弟ぃぃぃぃぃぃっ!!」
「おい、そこのあんた! 手を貸してくれっ!!」
「…………」
気付けば見知らぬエリアにいた斥候の女――ユリアナは、助けを求める冒険者の声に応じようとはしなかった。
否、応じることができずにいた。
(いま、何が、起こったノ……?)
なにも、罠に嵌った影響で意識が朦朧としていた訳ではない。
ただ単純に、自分の目で見た光景が驚愕のあまり信じられなかっただけで――
「チッ! 奴の技を見て放心している……!」
「兄者っ、あんな女ほっときましょう! 今は早く撤退を……!」
ユリアナに助けを求めた、武闘家の二人が巨漢の仲間を抱えて逃げ出そうとする。
「――逃げ出すのか? 〝無敵三兄弟〟が聞いて呆れる」
「……なんだと?」
そんな彼等の背中に、ふと挑発めいた言葉が投げ掛けられた。
誇りを刺激された二人がその場で振り返る。
「余程自分達の力に自信がある様子だったが……これでは、拍子抜けもいいところだ」
落胆した様子で肩を竦めたのは、紫髪の男剣士であった。
「腕試しに来たのであれば、せめて敗北を認めてから去れ。オマエ達に誇りがあるならばな」
「くっ……い、言いやがったな……!!」
「あ、兄者!?」
挑発に乗せられた武闘家の小男が巨漢の仲間を肩から下ろし、その場で独特な構えを取る。
「そこまで言うなら思い知らせてやるよ! おれ達兄弟が考案した無敵神拳の凄さをっ……!!」
「ほう。ならば、その看板……即刻下ろすべきだな。もはや、その名は無意味だ」
「――っ、許さねぇ!!」
自分達の武術流派を遠回しに貶され、紫髪の男に対する小男の怒りは頂点に達した。
「うぉおおおおおおおッ――ハィハィハィハィハィハィィッーー!!!!」
紫髪の男の懐に一気に肉薄すると、凄まじい拳の連打を見舞う。
その突きの鋭さたるや、あたかも細剣の刺突を思わせる程だ。
「…………ふむ、やはりハズレか」
「なに!!?」
ーーだが、紫髪の男の方が一枚も二枚も更に上手だった。
至近距離で放たれる拳の弾幕を、必要最低限の動きだけで軽々と躱していく。それも、その場から一歩も動かずにだ。
「もう良い。終幕といこう」
嘆息した紫髪の男は流れるような足取りで小男の背後へ回ると、黒剣を上段に構えた。
「しまっ――」
そのあまりに滑らかな動きに、小男の反応が完全に出遅れてしまう。
(っ!? 出す気だワっ……あの一撃を……!!!!)
紫髪の男が放つ異様な圧を感じ取ったユリアナが、先程見た光景を脳裏にフラッシュバックさせた直後――
「ハァッッ!!!!」
――気合一閃。
紫髪の男は、小男の上体を目にも止まらぬ速さで袈裟懸けに斬り裂いた。
「ぅぅっ、ぐあっ、ぁ――」
不思議なことに、その一撃は物理的な傷を残さなかった。さりとて、痛みが全くなかった訳もではなく……
その一撃で以って、小男の体はまるで糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃっ!? 人殺しィィィィ!!?」
その様を目の当たりにして、ただ一人残った細身の男が悲鳴を上げる。
「気を失っただけよ。我からルールを破りはせぬ……オマエ達が破った際は、その限りではないがな」
紫髪の男が鞘に黒剣を納め、細身の男を目で射貫く。
「此処より去るならば、追わぬと約束しよう。が、幾つか金品を置いていけ」
「きっ、金品……?」
「そうさな。挑戦料の代わりと思ってもらって構わぬ」
「は、はひぃぃっ!! どどっど、どうぞぉ!!」
細身の男は自分と仲間の懐から財布を取り出し、ガリウスの方へ放り投げると、
「ししっ、失礼しましたァァァァ!!」
仲間の巨漢と小男を足を手で掴み、足早に逃げ去っていった。
「……またしても期待外れ。人間とは、かくも軟弱者ばかりなのだな。して――」
「!?」
紫髪の男が、そこでようやくユリアナを視認する。
「オマエはどうする? その力、我に試してみるか」
「ア、アンタ! 一体、何者なノ……! ハルベルトじゃないんでショ!!」
酷く緊張したユリアナが、勇んで腰の短剣を抜き放つ。
しかし、その手はガタガタと震えていた。
「ふむ。オマエは、我の噂を聞きつけて腕試しに来た者ではないのだな」
何かを察した紫髪の男は、ユリアナから僅かに視線を外し、剣の柄に手を置く。
「我が名はガリウス。このエンタメ迷宮を守護する者だ」
「アンタもあの魔族の仲間なのネ……! アタシ達を分断して何が狙いなノっ」
「分断? あぁ、成程……」
ユリアナの問いの意味を遅れて理解し、ガリウスは微かに笑みを零す。
「安心しろ……すぐに後を追わせてやる」
「すぐに後を――って、まさか!?」
そう言って、ガリウスはゆるりと黒剣を抜き放った。
その瞬間、ガリウスの全身から噴き出した闘気の圧が、ユリアナの体を否応なしに震え上がらせる。
(ゴ、ゴルトンがやられた……!? だケド、ルールは破らないって……アァッ、頭がごちゃごちゃスル!)
(それほど仲間に会いたくば、早々に撃退してやるとしよう。我もそう長くは持ちそうにない――)
相手の不安を煽る言葉を吐いたガリウスであったが、その一言が多大なる勘違いを引き起こしたことに気付かない。
「しかし、一瞬で片が付いては面白みに欠けるのでな。オマエの全身全霊で以って我を楽しませよ、小娘」
「女だからって舐めないでよネ! アタシだって、ハルベルトに仕返しする為に修行したんだカラッ!!」
ガリウスの圧に怯まず、ユリアナが短剣を逆手に持って突き出す――
「闇の精霊よ、虚無に潜みし影を我が元へ、夢幻の足跡を示せッーー【幻踏】!」
姿は見えずとも、至る所に精霊はいる。
ユリアナの力ある言葉に、闇の精霊は一つの現象で以って応える。ユリアナの影が蠢き、五つに分裂。それら影が彼女の姿形を構成し、やがて四体の分身を創り出した。
「ほう。その分身……影を持つ上に、姿形、肌の色まで再現するとはな」
「「驚くのはまだ早いワ! 風の精霊よ、清き息吹を以って、疾く速く我を導けッーー【加速】」」
続けて、その求めに応えた風の精霊がユリアナの両足に疾風をもたらすと、ユリアナがその場で高速で駆け回り、ガリウスを攪乱し始めた。
「「どう? どれが本体か分からないでショ!」」
「ふむ……中々やるな、オマエーー」
計五人。
魔法による影で、あっという間に数的有利を作り出したユリアナに、ガリウスも少しは感心した様子を見せる。
「「ゴルトンの仇ィ! くらえッ!!」」
魔族相手に勝機を見出したユリアナが、分身四体を伴って一斉に攻撃を仕掛けた。
「――しかし、それはあくまでも人間にしては、だ」
五人のユリアナが、全方位から時間差で強襲してくる危機的状況の中。
本体を探すガリウスの瞳には一片の迷いも無い。
何の躊躇いもなく地を蹴り、最も遠い位置にいたユリアナの脳天に黒剣を振りかざす。
「なっ、なんで分かっ……」
「終わりだッ」
ユリアナの相貌が引き攣る中、黒剣の刃が額に到達――
「やらせませんぞォオオオオオッ!!!!」
「むっ!!?」
――その直前、横から飛び込んできた何者かに、ガリウスの体が突き飛ばされた。
「ユリアナ! 今の内に奴をっ……!!」
「「あ、アンタ……! ゴルトン!?」」
なんと、ユリアナの絶体絶命のピンチを救った人物は、鎧戦士の男ゴルトンであった。
ゴルトンは、そのまま両手でガリウスの体を拘束する。
「生きてたのネ……! てっきり殺されたのかト……」
「勝手に殺さんでくださいっ! 罠に手こずってたんですよ! それより、早くコイツを!!」
「え、ええ! 分かったワ!!」
ガリウスの動きを封じるゴルトンだが、長くは持たないとユリアナも悟ったのだろう。
分身を含む五人のユリアナが、ガリウスの身に短剣を突き刺そうと殺到する。
「――ふむ、礼を言う。手間が省けた」
しかしその瞬間、ガリウスは冷静に状況を俯瞰して腰を落とした。
重心を下げたその直後、ゴルトンの腹部を捉え、膝を鋭く突き上げた。
「ごぶあァァッ!!?」
「ゴルトン!?」
鈍い音と共に、思わず拘束を解いたゴルトンの体が宙に浮く。
その隙を見逃さず、ガリウスはゴルトンの鎧を掴むと、強靭な腕力で一気に振り回し、ユリアナの方へ放り投げた。
「ぁぐッ!?」
勢いそのままに、ゴルトンの体が実体のユリアナに激突。
その二人に追い縋るように、ガリウスが黒剣を掲げて舞っていた。
「我が主の思想を体現せし奥義にて、逝くがいいッーー【斬魄絶意】ッ!!!!」
「「ッーー!!!?」」
それは、黒き閃光の如く――
稲妻の速さで振り下ろされた刀身は相手に反応する暇さえ与えず、鮮烈に空間を裂き、ユリアナとゴルトンの肉体を頭上から斬り裂いた。
果たして、二人の体から血飛沫は上がらず、肉も断ち切れてはいない。
されど確実に、彼等の意識を奪っていく。
ガリウスが床に着地し、その数瞬後にユリアナとゴルトンの体が床に叩き付けられる。
「オマエ達の戦意、我が一刀にて潰えた…………一撃断絶だ」
ガリウスは黒剣を鞘に納めると、斬った二人を再び見ることなく踵を返す。
「あ……ぁ、ぁっ…………」
(う、そ……いま、なにが、おこっ、て――…………)
――今、何が起こったのか?
――何をされたのか?
ユリアナとゴルトンは、ただただそれだけを考え続けた。
だが、その答えが出ることは決してない。
挫かれた意思が、それ以上の思考を許すことはなかったのだから。
(ジ、ン…………)
二人の意識が薄れ、否応なく目蓋が落ちていく。
その最中、辛うじてユリアナに見えたのは、ガリウスの膝下であった。
その脚は、何故か産まれ立ての小鹿のように震えていて……
「はぁ……やはり、異性の幼子は苦手だ」
苦々しく呟くガリウスの表情を、ユリアナが拝むことはなかった――
次回の投稿は、明日(10/18)。
⇒追記。日付を跨いだのち、改稿中に思わぬハプニング(Gに遭遇、棚の下に謎の液体滴る)が起こった為、(10/19)の夕方以降に投稿します。申し訳ありません。
⇒更に追記。改稿した文章に納得がいかず、ストップしてます。ですが、朝7~8時に投稿できるよう頑張ります。
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