第13話 湧き上がる感覚
再び、日跨いだお芋ぷりん死ねィ!
――思っている人がいそう…………
それ以降も、ハルトが望んだ訳でもない辛い修行は続いた。
「少しずつ、体全体のバランスを直さねばな…………フンッ!」
「イッーーギャアアアアアアアア!!!!?」
早朝起床後、手始めにガリウスから整体マッサージを受ける。
両親の我流を身に着けたことによって生まれた、骨格の歪みや体幹のズレを調整するのが目的だ。
「う、ぎぎぎっ……!! も、もぅ無理ィ……!!」
「この程度で音を上げるとは、人間は貧弱過ぎていかぬ」
「なっ、なん、のぉぉぉぉぉぉっ!!」
続けて、三十分間の体幹トレーニング。うつ伏せになり、両肘とつま先で体を支えつつ、体を一直線に保つことで、体幹を鍛える。
「腰上がってっぞー! その尻は叩かれたいのかぁー?」
「頑張りなさい、ハルト! あと少しよ!」
その過程でプライドを煽られることもあれば、野次や声援が飛んでくる事もしばしばあった。
体幹トレーニングが終了すると、次はガリウスとの実践稽古――
「来い」
「うぉおおおおおおおっ!!!」
――が始まった途端、ハルトは脱兎の如く逃走した。
しかし、ガリウスに回り込まれてしまった!
「は、はなせーっ! 俺はまだ死にたくないっ!」
「生きとし生ける者、皆いつかは死ぬ。しかし今ではない。少なくとも、この程度では死なぬ。我がそうだった」
「自分が死ななかったからって、俺にも同じ苦痛を強いるんじゃないっ!」
「同じ? 馬鹿を申すな。我はこの百倍は鍛錬してきた」
「――――」
ガリウスの言葉に、ハルトは絶句する。「それは確かに同じ苦痛じゃないなぁ」と思わず納得してしまっていた。
「さぁ、打ち込んでくるのだ」
「こなくそぉ! こうなりゃ破れかぶれだっ!!」
逃走を断念したハルトは真剣を手に、ガリウスに攻撃を繰り出していく。
その全てがことごとく躱され、反撃の一撃が放たれる。
「っとぉ!?」
「何度言えば理解る! 受け止めるでない!」
「んなこと言われたって……!」
だがやはり、ガリウスの攻撃を剣で受け止めてしまう。身体に染み付いた癖は簡単には改善されない。
「恐怖を飼い慣らし、相手の剣筋を勇気で以て見極めるのだ! 冒険者であったオマエが、迷宮の罠を掻い潜る際、そうしているようにっ!」
再び、ガリウスによる反撃の一刀が、ハルトの頭上から襲い掛かる。
「っ!!」
その瞬間、ガリウスの言葉がハルトの脳に働き掛けたのか――
ガリウスの振り下ろした刃が、ハルトにはハッキリと観えた。スローモーションに流れる剣の軌道を完全に捉え、その刃を半身になって躱す。
「…………そうだ、それで良い」
「や、やった……!」
ガリウスが微かに笑う。
初めて、まともな回避に成功したハルトは喜びに打ち震えた。
「しかし、油断は禁物だ」
「ぐぇっ!?」
――されど、今はまだ稽古中である。
一瞬の気の緩みを突かれ、ハルトはガリウスに腹を殴られていた。
その後、ガリウスとの実践稽古は体力錬成の替わりとして一時間近く行ったが、まともに回避できたのは、後にも先にもその一回だけであった。
◆◇◆
連日の修行で体を酷使し続けたハルトには、防衛戦に参加できる程の余力は残されておらず、その間の防衛は全てガリウスと〈カツアゲ隊〉が担当していた。
そして、ハルトが周辺の村で行っていた週二回の宣伝はと言えば――
「や、冒険者のお兄さん。仕事は順調か?」
ネモは辺りを見渡し、頭が悪そうな冒険者に声を掛ける。
それも普段の魔族姿ではなく、〈アラカセギン商会〉の〝モネイ商会長〟として。
「アンタ、モネイ商会長か? まさか、こんな辺境の村でも商売してるたぁな」
「それはお兄さんも同じだろ? もしかしてだが……お仲間と挑戦しにきたのか? あのエンタメ迷宮に」
「ああ。あそこは財宝が残存する数少ない迷宮だからな。内部構造もコロコロ変わって攻略しがいがあるし、何より稼げるチャンスがある。見逃す手はねぇぜ」
「おぉ! じゃ、そんなお兄さんに耳寄りな情報だ。さっき、すれ違った冒険者から教えて貰ったんだが……なんでも財宝が新しく追加されたようだぜ」
「なに!? 財宝が追加されただと!? それは本当か!」
迷宮の財宝が追加されることは前例がない。それ故、その冒険者の男はオーバーに反応を示した。
「あぁ……! 魔界の名工が鍛えた剣や魔導書もあるって話だぜ! だが同時に、恐ろしく腕の立つ守護者も出現したらしい。こりゃ、早く行かないと他の奴に先を越されるかも――」
「よし! お前等行くぞ!!!」
周囲の人間にも聞えるように、ネモが大袈裟に声を張り上げた。すると、その冒険者は近くにいた仲間に声を掛けると、足早にその場を去っていった。
「…………まさか、ここまで上手く行くとはな。馬鹿な奴だぜ」
――といった風に。
変装したネモが、王都に向かう途中に立ち寄った村や街で宣伝を行ったのである。
その甲斐もあり、迷宮に腕試しに来る冒険者が少しずつ増えてきていた。
◆◇◆
ハルトが修行を開始してより、二週間――
「い、一体いつからここは、バトル漫画の世界になったんだ、よ……」
今日も疲れ果てたハルトは、私室のベッドの枕に顔をうずめる。
過酷な修行の影響で、現状への不満を吐き出すことが日課となってしまっていた。
「ふむ……」
その様子を、ドアの隙間から窺がっていたのは、師匠であるガリウスだ。
(確かに…………クロエ様の言う通り、おかしな奴のようだ)
これまでのハルトの行動を鑑みて、ガリウスは素直にそう思った。
というのも、以前行われた歓迎会の後、ガリウスは後を追ってきたクロエに対し、こう尋ねていた――
『魔王様。あの〝雑魚〟の代名詞とも評せる人間……ハルト、でありましたか。一体どのような奴なのですか?』
『そうねぇ。一言で表すなら――面白い男、かしら』
『ほう……と、言いますと?』
『迷宮バカで欲には忠実だし、デリカシーがまるで無くてね。普段の私に対して臆することがないのに、妙なところでヘタレになるチキン。でも、気も遣える優しい一面もあるの。おかしいでしょ?』
『あの小僧ッ、魔王様に対してなんたる不敬か! 何故、そのような者をお傍にっ……?』
『理由は三つあってね。一つは、迷宮知識が一級品なこと。罠の利用方法、それに引っ掛かる冒険者の心理を熟知しているのよ。そして二つ目は、自分の中に折れない芯があること。私は、あの子がこの迷宮に必要不可欠な人材だと思っているわ』
『魔王様がそこまで仰るとは……であれば、我が手ずから鍛えるのも一興かもしれませぬな』
『それ良いわね……! この迷宮には、これからもっと冒険者が訪れるでしょうし、少しは強くしてあげて!』
『承知致しました――』
ハルトに対する評価は、一長一短。
この短い期間で、ガリウスはその評価に納得の印を押した。
だが同時に、ハルトの働きぶりを見て思う所がある。
「もう嫌、勘弁。迷宮運営だけやらへて~クロエェェン」
(こやつ……! クロエ様に必要として貰えるのがどれほど幸せなことか、まるで分かっておらぬ!)
おかしな寝相を口にするハルトに、ガリウスは思わず黒剣を抜きそうになった。
その行為を止めたのは、内に沸き上がる不思議な感覚だ。
(…………全く。ハルトを見ていると、何故か奴を思い出してしまうな)
そう思っていたのは、なにもガリウスだけではなかった。
あの日のクロエもまた、ハルトに対して似た感想を――否、妙なことを言っていた。
『あ、後これからは、私のことをクロエと呼んで頂戴ね? 魔王バレは厳禁、約束よ?』
『は、はぁ……では、クロエ様。残る三つ目の理由というのは……?』
『それは……っ』
クロエは理由を答えようとしたが、何故か躊躇うように言葉を飲み込んだ。
やがて、意を決したように言った。
『同じ、魔力の波長をしているの。かつて、私と共に人間と魔族の共存を目指したあいつと……』
この作品は、ただ迷宮運営して過ごすだけの話じゃない。
もっと色々な秘密が隠されているのだよ。クロエの言う、あいつって誰?とか、なんでクロエは封印されたのか、とかね!
今日も投稿が遅れて申し訳ありません。次回は(10/9)です!
⇒追記。新人賞版とは大きく異なる変更点があり、ただいま14話の改稿に手間取っています。投稿が遅れることをお許しください(10/11に投稿)。既にXと活動報告でもお知らせ済みです。
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