第12話 魔剣鬼のシゴキ
また日を跨いでしまった……
こんなことなら、投稿頻度落とした方が良いのかも……?
歓迎会が行われた翌朝。
薄暗い空が、徐々に色づき始めた頃――迷宮の戦闘エリアでは、情けない悲鳴が響き渡っていた。
「逃げるなハルト! 無駄なく避けよ!」
「いや無理無理っ!! 当たったら死ぬじゃん!?」
死に物狂いで逃げ回るハルトを、猟犬の如く追う〈魔剣鬼〉ガリウス。
その手には、以前ハルトの剣を容易くバラバラにした黒剣が握られている。
「逃げ足だけは大したものだが……これでは修行にならないと、何故理解らぬ?」
「朝起きたら、いきなり拉致されて訳も分からず追い回されてるからだなっ!!」
突発的に始まったハルトの修行だが、その理由は定かではない。
何故なら、修行の開始は自らの意思決定に関係なく、強制的に開始されたものだからだ。
「訳ならある。昨夜、魔王様に――クロエ様に頼まれたのだ。迷宮知識だけが取り柄だから、少しは使えるように鍛えてくれ、とな」
「いや、ありがた迷惑――どわぁあああああっ!!!??」
ハルトに合わせて、一時的に、非常に限りなく手加減したガリウスにより振るわれた黒剣が、凄まじい剣風を巻き起こし、ハルトをエリアの壁まで吹き飛ばした。
「ぐべっ!? もう、ホントやめて! マジでぇえええええっ!!」
紙屑のように壁に叩き付けられたハルトは、休む暇なく立ち上がり、再び走り出す。
「クロエ様の為、冒険者から迷宮運営者に転身したと聞いているぞ。ならば、クロエ様が少しでも早く復活できるよう尽力するのが務めの筈だ」
「だ、誰もクロエの為だなんて――ほああああああっ!?」
背後から激突した剣の衝撃波に、ハルトの体がボールのように地面に転がる。
「おー、やってるやってる」
「ほとんど私の所為だけれど、ちょっと気の毒ね」
その修行風景を、影から見守るのはネモとクロエの二人だ。
しかし、ハルトが二人の存在に気付いた様子はない。
「全く、情けない。魔族の子供でも少しはマシな動きをするものだが」
「魔族と一緒にすんじゃねぇえええええっ!!」
魔族と人間の身体能力の差は、飛竜と亀を比べるようなもの。
それを理解していながら嘆くガリウスに、ハルトは諦めに近い怒号を上げた。
それから三十分ほど逃げ続け、ようやくガリウスの追走が終了する。だがそれは、修行の終わりを告げるものではなく――
「打ってこい。我からも適宜反撃する」
「…………えーっと、それは?」
「見ての通り、ただの真剣だが?」
「見りゃ分かるわ!? なんで実践稽古で真剣使うんだよ!?」
互いに少し間を取って対峙したハルトとガリウス。二人の手には、木剣ではなく真剣が握られている。
「オマエのような雑魚は、命を天秤に賭けねば、ある一定の強さに到達することは叶わぬ」
「だからってこれは極端すぎるだろ……」
やれやれ、とハルトが肩を竦めた――――瞬間、
「っと!!?」
横合いから一撃が放たれ、ハルトはそれを間一髪剣で防いだ。
「ふむ。以前も思ったが、実に良い反応速度だ」
ガリウスは微かに笑うと、寸止めしていた剣を戻し、
「しかし、それは同時に弱点でもある――」
再び、ガリウスがハルトの顔面目掛けて、横薙ぎに剣を振るった。
ハルトは咄嗟に剣で受け止め、
「……うぉっ!?」
それとほぼ同じタイミングで、腹部に軽い衝撃が加わった。
ハルトが視線を下げれば、そこにはガリウスの左拳が突き出されていた。
「パ、パンチ……? いつの間に……」
「剣で全てを受け止めようとする今のやり方では、いずれ虚実を使いこなす強者に出会ったときに敗北するだろう」
目を大きく見開くハルトを他所に、ガリウスは左手を引いて剣を構え直す。
「故に、この稽古で我が反撃する際は、剣で受け止めず避けよ。紙一重でな」
「そ、そんな無茶苦茶な……もっとこう、必殺技を伝授するとか――」
「次は寸止めはせぬ……死に物狂いでかかってこい!」
「あ、はい。話聞いてませんよね…………ならば死ねぃっ!!!!」
マイペースに話を進めるガリウスに今までの仕返しをするべく、ハルトは不意打ちで空気をぶった切った。
しかし、呆気なく避けられ、手本を見せつけられてしまう。
その後、三十分間ぶっ通しで稽古したものの、成果は芳しくないまま休憩の時間が訪れた。
「はひぃーっ、ふひーっ! はひぃーっ、ふひーっ! よ、ようやぐ終わっだぁ~」
床に座り込み、急いで酸素を取り入れるハルト。
結局、ガリウスには一撃を入れることさえ叶わなかった。ハルトの攻撃は全て紙一重で躱され、ガリウスの反撃を避けようとして、やはり剣で防御してしまう有り様である。
「これは、中々に酷い……いや、恐ろしく壊滅的な弱さだ」
「そこまで言いますっ!?」
ガリウスの正直な感想に、ハルトはガクンと項垂れた。
「オマエ、誰に武器の扱いを習った?」
「え、フツーに冒険者の両親にだけど……」
唐突な問い掛けに、全身びしょ濡れのハルトが「はて……?」と首を傾げる。
「ならば重ねて問う。もしや、オマエの両親は我流ではなかったか?」
「そ、そうだけど」
「ふむ、やはりか……これは、剣術を教えたところで効果は薄いかもしれぬな」
ガリウスはハルトの答えに一人で納得し、顎に手を当てる。
「え、なに。なんか関係あんの?」
「無論だ」
ハルトからの質問に、今度はガリウスが肯定した。
「我流とは即ち、〝実戦において如何に効率よく戦えるか〟という一点で編み出されたものだ……オマエは己の特性を無視した剣を習ったからこそ、体の運用法に歪な癖が出来てしまったのだ」
「ま、マジかっ……!!!?」
十数年越しに明かされた己の弱さの絡繰りを知り、ハルトは愕然とした。
同時に、「父さんと母さんが早く気付いていれば……!」と心の中で大いに嘆いていた。
「幸い、オマエは反応速度だけは良い。回避特化の壁役にしてみるのも一興……しかし、それでは冒険者を満足させられぬ。どう鍛えるべきか……」
教育者さながらに悩むガリウスが腕を組み、その若々しい顔に皺を作っていると……
「――剣が駄目なら、魔力を利用したらどう?」
ハルト達の後方から、女性の声が掛かった。
ガリウスは振り返り、その相手を見て恭しく頭を下げる。
「これはクロエ様、おはようございます。それに、ネモも」
「おはよう。ハルトも修行お疲れ様」
「ちゃーす。見学させてもらってたぜ~」
「見てたんなら助けてくれよ……」
先程まで影で見学していたクロエとネモが手を振りつつ、歩み寄ってくる。
「そいつは無理な相談だぜ。なんたって、この迷宮の為だからな」
「人手不足は解消されていないのだから、ハルトには引き続き頑張ってもらわないと」
「そうは言うけどさ……俺、魔法使えないぞ?」
「ふむ、そうなのか? 奇遇だな」
「え、ガリウスも?」
妙な共通点を発覚し、ハルトはガリウスに会ってから初めて親近感を覚えた。
そのまま、事情を知らないガリウスとクロエに魔法が使えない原因を語る。
「ガリウスは魔力が無いけれど、まさか精霊を感じられないとはねぇ……まぁ、それでも魔法に近いものは使えるわよ?」
「は?」
魔法の仕組みを完全に無視したクロエに向かって、ハルトは「何言ってんだコイツ」という目を向ける。
「さっきネモと話していたのよ。魔力があるなら、戦闘用の魔導具を使えば良いってね」
「せ、戦闘用……? そんなの人間界には無いぞ?」
「人間界にはなくとも魔界にはあるんだよ。〈ボロモウケ商会〉で取り扱ってる」
クロエとネモが互いに目を合わせて頷き合う。
「つー訳で、資金に余裕ができたら、商会から取り寄せてやるよ!」
「だから、ハルトは安心してガリウスに鍛えてもらいなさい。変な癖の矯正もね」
「ネモ、クロエっ……! ありがとうっ」
二人の優しさのあまり、ハルトは目尻から涙を零した。
「さぁ、ハルトに稽古をつけてあげて」
「承知致しました、魔王さ――どこへ行こうというのだ」
ガリウスの視線がクロエに移った瞬間を見逃さず、この場から逃げようとしていたハルトの肩を、しかし回り込んだガリウスが掴んだ。
「ちょっとお花を摘みに……」
「何を言っている? オマエの花は、いくら摘んだところで無くならぬだろう?」
「そうそう! 好きなだけ摘めて良いよな~――って、まるで俺が脳内お花畑とでも言いたげじゃないか!?」
「…………違うのか?」
「違うの?」
「いや違わないだろ」
ガリウスは真面目な顔付きで首を捻る。
同様の認識をしていたようで、クロエとネモも互いに顔を見合わせていた。
「お・ま・え・ら・なぁ~!!!!」
仲間達の無情な反応に、ハルトの怒りが沸々と湧き上がり始める。
「まぁ、オマエの歪な癖を矯正するついでに、そちらも叩き直してやる。有難く思え」
「いやホント、ありがた迷惑なんだってぇえええっ!!!!」
ーーが、怒りを爆発させる前に、ガリウスに首根っこを掴まれ捕獲。
逃げ道を失ったハルトは、その日防衛戦に出られないほどの激しいシゴキを受けたのだが――
それはまだ、始まりに過ぎなかった――
剣術や武術に限らず、勉強や仕事も自分に合わない手法でおこなっていると、覚えや効率が悪かったりします。そういう時は、自分に合わせたやり方を模索してみよう。
by社畜
読むたびに謝罪がでるのは、読者の皆様も辛いと思い、前書きだけ消した。
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