第10話 喧騒の温かさ
結局、間に合いませんでした……読者の皆様、申し訳ございません。
魔王クロエが元配下のガリウスと感動の再会を果たした。
喜びを分かち合う時間を二人に提供するべく、ハルトとネモは「昼以降のエンタメ迷宮の開放を今日は中止すべき」と進言するも、クロエは首を横に振った。
理由は、「折角、エンタメ迷宮に来てくれた冒険者達に失礼でしょう?」とのこと。
そこで、ハルトはそのまま防衛要員として出撃し、ガリウスはその様子を見学することになった。
そして、その日の運営は滞りなく終了し、
「――えー、〈ボロモウケ商会〉との協議の結果だが……」
夕方の共有スペースにて。
ハルトとクロエ、ガリウスの前で真面目な顔をしたネモが、「ドゥルルルル……」と口でドラムロールの音を立てる。
「――ダン!! 無事、ガリウス様をウチで雇えることになったぜ~! ハイ皆、拍手っ!!」
「「イェーイ!!」」
興奮した様子で、ネモが魔導通信機を正面に突き出した。クロエとハルトは、盛大に両手を叩き合せる。
ガリウスの来訪は、クロエの要請によるものだ。ガリウス自身、「復活を手伝うのは、配下として当然のこと」との考えで、「給金は必要ない」と言っていた。しかし、魔王の側近をタダ働きさせる訳にもいかない。
そのため、ネモの提案で〈ボロモウケ商会〉で雇うことになったのだ。
「今後ガリウス様には、エンタメ迷宮の専属防衛要員として働いて頂く。ハルトの四倍の給金でな」
「――な、なぁにぃぃぃいっ!?」
ハルトはすぐに拍手する手を止めて、ネモに突っかかった。
「なんだ、その扱いの差はァ!! 俺だって頑張ってるだろぉ!?」
「戦闘能力と経歴を考慮した結果だ。むしろ、もっと多くても良いくらいだぜ?」
「いや、生憎と金には困っておらぬ。しかしどうしてもというなら、魔界の口座に送金してくれ。妻と娘の為に使うのでな」
「なんて優しいパパなんだっ……! 強いし家族思いとか、こりゃしょうがない――って! 納得させられてどうするッ!?」
先の戦いで、ガリウスの強さを身に染みて理解していたハルトは、勝手に自己完結した。だが、内なる自分に負けじとネモに食い下がる。
「……全く、喧しい奴だ」
「賑やかで良いじゃない。これくらいは慣れっこでしょ?」
ガリウスは腕を組みつつ、顔をしかめる。
視線の先には、ネモに給金の底上げを要求するハルトの姿。その光景を、横で共に見ていたクロエは穏やかに目を細めた。
「ええ。しかし、許すにしても限度があるかと」
「ふふっ、それもそうね。だけど、静か過ぎるよりは……遥かに良いわ」
「…………魔王様」
一瞬、寂しげな表情を見せたクロエに、ガリウスは胸がキツく締め付けられた。
ネモが行動を起こすまで、クロエはずっと孤独だった。今の言葉には、その時の心境が痛いほど反映されている。
「そういえば、通信で頼んでいた物なのだけれど……持ってきてくれたかしら?」
ガリウスの憤りを側で感じ取ったのか、クロエはすぐに気を取り直し、話題を変えた。
「無論。ご要望の品は、全てこちらに」
「ありがとう――――え? 全て?」
戸惑うクロエを他所に、ガリウスが懐から楕円形の黒い宝玉を取り出してみせる。
「それは……魔導具?」
「ご名答」
表面に魔界の文字が薄く刻印されたそれを、開けたスペースに向けて突き出す。
「虚空よ、開け」
そして、合言葉を唱える。すると、その文字が一瞬だけ輝いた。
その瞬間、掌に収まるほど小さな宝玉から、クロエの想像を超える量の品々が出現し、床の上に静かに着地する。
その光景を一部始終を観察していたクロエは、驚愕とばかりに目を丸くした。
「持てる分だけで良いって言ったのに……まさか、全部持ってくるだなんて」
「魔導具が珍しかった昔ならいざ知らず、現代には便利な魔導具がございますので」
「本当、便利な世の中になったものね…………ハルト、ネモ」
「なんだ? 今、待遇改善の抗議で忙しいからさ――って眩し!?」
クロエに呼ばれて、ハルトがようやくクロエ達の方に振り返ると、床に置かれた品々が放つ輝きにハルトの目は眩んでしまった。
「おー、凄ぇ量だぜ。これが前に言ってた魔王城の財宝か?」
宝剣や宝石、豪華な装飾品や高額そうな薬瓶、古めかしい魔導書などが床に並べられている。
ハルトから解放されたネモが尋ねると、クロエは「ええ」と頷きを返した。
「城で寝かせておくよりも、エンタメ迷宮の客寄せに使った方が有意義でしょう?」
「そりゃそうだ。のちのち宣伝しないとな」
「えぇぇ……売っ払って資金の足しにした方が良くないか?」
「「え?」」
不安な表情をしながら、ハルトが提言すると、クロエとネモの動きが唐突に止まる。
「な、なんだよ……」
二人の反応に、ハルトが不満げに首を傾げたのも束の間――
「ハ、ハルトがまともな意見をっ……!!?」
「それも、現実的な意見を言うだなんて……!! はっ! もしかして熱? この後、ガリウスの歓迎会も控えてるのに大丈夫!?」
「体調悪い時の方がまともなこと喋るって思われてんのかよ、俺!?」
ネモは酷く狼狽え、クロエに至ってハルトの額に手を当ててくる始末。
この扱いの酷さには、自分を馬鹿と認識しているハルトも流石に堪忍袋の緒が切れた。
「もう許さんっ、日頃の鬱憤を今晴らしてやるぅっ!!」」
「おわぁ!? ハルトがキレたぞっ!? だが、あたし達に仕返しできるかなっ!」
「フフフフ……今の私達には、最強の護衛が付いているのよっ――」
ハルトは怪獣の雄叫びをまねるように両手を上げて、ネモとクロエに突撃した。
それはまるで、子供が友達とする正義の味方ごっこのようで、クロエ達もノリノリで応戦しようとする。
「ガリウス! ハルトを一日だけ再起不能にしなさい!!」
「あっ、きったねぇ!?」
と、クロエが最強剣士に命令を下した。
だが、いつまで経ってもガリウスは参戦してこなかった。
「ガリウス?」
不思議に思い、クロエがガリウスの方を見やると、ガリウスは呆然と立ち尽くしていた。
「我の、歓迎会……?」
どうやら、自分の歓迎会が行われるとは全く思っていなかったようだ。
「そうだけど……もしかして、私が封印されている間に、歓迎会で嫌な思い出でも出来たの?」
「……いえ、そうではなく。我は主を護る剣です故、そのような気遣いは不要と思ったまでで……」
ガリウスが心底不思議そうに言葉を漏らすと、クロエはハルト達と顔を見合わせ、三人同時に溜息を吐いた。
「あなたは私の大切な家族で、志を同じくした仲間なのよ。それなのに、エンタメ迷宮に加わるあなたを歓迎しない筈がないでしょう?」
「っ……」
その言葉には、クロエの愛情と誇りが込められていた。
クロエの言葉に心を打たれたガリウスは、昔を思い出しては懐かしげに笑う。
「…………そういえば、魔王様は配下を何より大切にするお方でしたな。感謝致します、魔王様」
「それじゃあ、今から歓迎会を――」
「いや待って? 俺、歓迎会とかされてませんけど?」
がしかし、折角の感動のムードを横からぶち壊すハルト。
再び、共有スペースに静寂が訪れた。
「無言が一番辛ぇんだよぉ!?」
「ご、ごめんなさい。目まぐるしい毎日で、すっかり忘れていたわ」
ハルトが泣きながら叫ぶと、クロエは本当に申し訳なさそうにハルトの頭を撫でてあげた。
「それなら丁度いいし、今日まとめてしようぜ! 食材ならあるし!」
「ふむ、それが妥当だろう。でなければ、あやつが涙で溺死してしまう」
「そんなに泣けるかぁ!?」
そんな寸劇を挟みつつ、ハルト達は揃って食堂へ向かった。
忘れ去られていたハルトの歓迎会と新たに仲間に加わったガリウスの歓迎会が今、盛大に始まろうとしていた。
永い間封印されているクロエにとって、静寂は何よりの苦痛である。
だが、クロエが賑やかな空間を好むのは、それ以外にも理由があった。
またもや日付を跨いでしまった……次の投稿は、《10/3》です! 今度は間に合わせるようにしなければ!!
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