第8話 紫髪の黒剣士
いつもと比べて少し長めですが、割と真面目な戦闘シーンで見応えバッチリ!!
(普段が不真面目という訳ではありませんがW)
エンタメ迷宮に初の敗北をもたらした冒険者を撃退してから、三日が経った。
その時の防衛戦で自信と勢いを付けたハルトは、戦闘能力に難がありながらも、罠と知略を用いて巧みに冒険者を撃退……超エリート戦士はノリに乗っていた。
そして、太陽が中天に差し掛かったその日――
〈祭魔山〉のエンタメ迷宮に、一つの影が迫る。
「ふむ、ここが……」
鋭い翡翠の瞳が迷宮前の看板を映す。
颯爽たる細長い体躯に、後ろ手に結った紫髪。絢爛な黒装束に身を包んだその男は、漆黒の剣を手に携え、悠然と迷宮に潜っていった――
その頃、迷宮内部ではすっかりお馴染みとなった警報音が鳴り響いていた。
「侵入者のようね……ハルト、お客様の数は?」
「珍しく一人だ。この分なら、俺が出るまでもない……〈カツアゲ隊〉だけで余裕ヨユー!!」
先日献上された小説を読むのに夢中なクロエに代わり、敵戦力をモニターで確認したハルトが腰に手を当てながら告げた。
「ふふっ、確かにそうねぇ。ハルベルトさんが出たところで、特に戦力に差はないものねー」
「ハ、ハルベルトを馬鹿にするなぁあああっ!」
クスクス、とクロエが失笑する。
最近の華々しい戦果までもが馬鹿にされた気がして、ハルトはその場で激しく地団駄を踏んだ。
「そこまで言うなら、一人で撃退できるところを見せてくれるわよね?」
「あっ、いや、そのぅ………………無理でふ」
だがクロエの鋭い一言で、ハルトは一瞬にしてヘタレモードに移行した。己が弱いと理解しているからこそ、何も言い返せない。
「でも変だな……俺、こんな冒険者見たことないぞ? 全身黒衣の剣士なんて」
改めてモニターに視線を移し、顎に手を当てるハルト。
冒険者がよく集まる王都で活動していたハルトでさえ、その侵入者を見た事がなかった。
「単にあなたが知らないだけじゃないの? 他所の国から物見遊山に来た、とかでね」
「だからって、一人で迷宮に乗り込むか? ふつ、う……?」
モニターを見ていたハルトの声が、唐突に尻すぼみになっていく。
侵入者の現在地は、『渦巻き丸太旋風ゥ!』のエリア。高速回転する丸太に向かって、侵入者はゆっくり歩き出し――
「はぁ!?」
なんと初見で丸太の動きを見切り、流れる水のように回避してしまったのだ。
「そ、そんな馬鹿なァッ!? あのチャラい冒険者を撃退し、数々の屍を積み上げてきたあの罠をいとも容易くっ!?」
「誰も死んでないでしょうが」
クロエのツッコミを受けて尚も、衝撃を受けたままのハルト。
快進撃と呼ぶにふさわしい侵入者の攻略ぶりは、依然として続いた――
「ちょ、おかしいって!! あの罠も突破するとかっ!?」
お次は、転がる岩と横穴の電撃による二重の罠『ゴロゴロころがぁーる君』のエリアだった。
本来、全力で次の扉に走れば助かるところを――侵入者は、ほんの一瞬だけ剣を抜き放ち、振り向きざまに岩石を粉微塵にして危機を回避してしまった。
この様子では、侵入者は危機とすら思っていないだろう。
「ヤババババッ! これじゃ、また財宝が取られる!? 俺の給金も消し飛ぶし、何よりネモが絶命しちまうぅぅぅぅっ!!」
「いや絶命しねぇよ!? なんだその狂った表現!?」
途中からモニターを見ていたネモが鋭いツッコミを入れるも、焦りに焦っている今のハルトには届かない。
そして、その状況下で選んだ正解と思える行動は、最善とは程遠いものだった。
「こうしちゃいられんっ――変身!」
「あ、待てって! お前が行っても無駄っ――あぁ……行っちまった」
侵入者撃退時の正装に変身したハルトは、ネモの制止の声も聞かず走り去っていった。
残されたネモは、大きく溜息を吐く。
「ネモも覚悟を決めなさい。いつか、このような事態になるのは予見できていたでしょう?」
「いいや、覚悟を決めなきゃならないのは、あいつの方だぜ? なんたって、あの人が相手だからな」
「? 何を言って――」
ネモが肩を竦めてみせると、クロエは訝しげに眉をひそめつつも、ようやくモニターへと視線を向けた。
画面に映るのは、尚も快進撃を続ける侵入者の姿。その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれる。
遠き日の記憶に刻まれた影。その面影は、僅かに変化していた。数百年という時の流れが、心も体も摩耗させたのだろう。だが、彼が振るう剣筋には一片の衰えも見えない。むしろ、かつてより更に洗練された光を放っていた。
胸の奥から、懐かしさが静かに湧き上がる。その感覚に促されるように、クロエの唇はゆっくりと綻んだ。
「……ふふ、なるほど確かに。相変わらず、頼もしい背中だわ」
◆◇◆
「コボルドには逃げられ、結局聞けず仕舞いか。やれやれ、どこから入ればいいものやら……」
「――待てぃっ! そこの冒険者!」
既に宝物庫のエリアに到達していた侵入者の前に、ハルトが立ち塞がる。
道中合流した〈カツアゲ隊〉は酷く怯えていた為、ハルトは敗北覚悟で彼等を引き上げさせていた。
「冒険者? 何を言って……」
侵入者の男は、ハルトの言葉に顔をしかめる。
「――いや、成程。そういう趣向か」
だがすぐに、納得したように頷き――
「まさか……ここで相見えることになろうとはな。魔装戦士ヘルブランドよ」
「はぁ!?」
突然、芝居がかった口調で魔界の子供に大人気の存在の名を呼んだ。
(え、なになに、なんで知ってんのこの人!? あれは魔界の漫画――いや! 俺が知らないだけで人間界にも浸透してるのかもしれないっ!!)
唐突に魔界由来の名称が冒険者から飛び出してきたので、ハルトの頭はパンク寸前。無理矢理自分を納得させる有り様である。
「どうした? まさか、怖気づいた訳でもあるまい? 皆の味方よ」
「い、いや? そんなことは……な、ないぞ? に、人間如きに、この名を知っている奴がいるとは夢にも思わなくてな……!」
内心はかなり動揺していたが、侵入者に弱みは見せまいと、ハルトはいかにも余裕ありげに振舞った。
「だが、ここでの俺の名はハルベルトだ! 肝に銘じておけ!」
「しかとこの胸に刻み付けよう…………オマエを倒した後に」
侵入者の男が鞘から黒塗りの剣を抜いた。
重心を落とし、半身でゆらりと構える男に合わせ、ハルトもまた剣を抜き放つ。
だが――
(ま、まるで隙がない……!?)
弱いながらも侵入者をよく観察したが、打ち込む隙を全く見つけられずにいた。
それどころか、反撃の一太刀で首を落とされるビジョンすら見えている。
(どうやっても死にそうなんですけどぉ〜っ!!)
ハルトは内心涙を流しながら、侵入者の顔を見た。
(しかし、こいつ……見れば見るほど美形だな。顔全体のバランスは良くて、肌も瑞々しい。おまけにクールなイケメンときたもんだ……くっ、見てると劣等感が……!!)
意図せず侵入者の容姿に見惚れてしまい、挙句自分と比較して逆に胸を痛めてしまった。
内なる自分と葛藤していたその時、
「――打ち込む猶予を与えてやったが、良いのか?」
「なにが?」
「ふむ、余裕か……ならば、こちらから行くぞっ」
「え、いや!? ちょ、待っ――」
侵入者の男はハルトが上の空であることを見抜いていたらしく、一呼吸で彼我の間合いを詰めて肉薄した。
そして黒剣を逆手に持ち替えるや否や、ハルトの腹部へ柄を叩き込む。
「ぐ、ぇあッ――!!!?」
体勢が崩れたところで、素早く足払い。
ハルトは成す術なく床に倒れ込み、強制的に肺から空気が叩き出される。
「ガハッ――っ!?」
咄嗟に呼吸を整えようとした――が、その瞬間でさえ与えられない。
首筋に鋭い悪寒が走り、ハルトは本能に従って剣を横に構えた。
「なっ――!!?」
「ふむ、良い反応だな。いや……少し良過ぎる程だ」
しかし直後、ハルトの剣が柄だけを残し、一瞬にしてバラバラとなった。
侵入者の眼にも止まらぬ早業で破損させられた事を、ハルトは遅れて理解し、死に物狂いでバックステップして身を退いた。
「つ、強すぎる……!!!! いや、俺が弱いだけか!?」
「よく解っているではないか。しかし、オマエの力はそんなものではない筈だ。魔装戦士ヘルブランド」
何を考えているのか、侵入者の男はハルトに会話する余裕を与えて不敵に笑う。
(や、やっべぇええええっ!? こいつ、いったい何者なんだ!? 宝物庫を守るどころの話じゃない――このままじゃ、確実にやられるっ……!!?)
その間、ハルトはごく短い時間で脳をフル回転させていた。
如何にすれば、此処より逃げられるのか――と。最早、「相手は何者なのか」、「宝物庫を死守しなければ!」などの思考は二の次だ。
生き延びねば、話にすらならないのだから。
(あぁっ、クソ……やるしかないってのか。あぁやってやんよっ!!)
故に、ハルトは己の生存本能に従い、己が助かる算段を咄嗟に編み上げた。
「フフフ、それはとんだ買い被りだぜ。だが、このまま死ぬのは俺の性に合わないんでな。お前に恨みはあるが、ここで散れぃ!!!!」
ハルトは、残った剣の柄を侵入者の男に向かって全力で投げ付けた。
しかし、難なく黒剣で弾かれてしまう。
「文法がおかしい自覚はあるか? その姿、到底子供には見せられぬな」
「はは、だろう――なっ!」
懲りずに、ハルトは懐から取り出した二つの小瓶を投げた。
侵入者の男の顔に飛来した小瓶は、黒剣によって当然の如く両断されてしまったが、その中身の液体は床に撒き散らされる。
「これは……ローション、か――む?」
「貰ったァアアア!」
液体を足で踏み締めた男の体勢が、僅かに崩れる。
間髪入れず走り出したハルトは、腰にぶら下げていた予備のナイフを男に向けて突き出し――
ギィンッ!!!!
「うそん」
だが、その決死の攻撃も男の黒剣によって難なく防がれてしまった。それも、互いの切っ先同士を、寸分違わずぶつけるという神業的防御法で。
「……ふむ、中々やるな。オマエ」
侵入者の男は何故か構えを解くと、黒剣を鞘に戻し、顎に手を当てる。
「戦闘能力の点ではカス同然だが、頭脳戦はまさにクズだな」
「それは貶してるのか? そうなんだな!?」
「柄と小瓶の投擲は、我の意識を自分から遠ざける為のフェイク……本命は最後の一撃か。虚実を使った、実に良き戦い方だ。生に対するオマエの執着を強く感じられた」
「無視しやがった……マイペースな奴だ。てか、なんで俺は褒められてるんだ?」
先程の張り詰めた空気はどこへ行ったのやら。
唐突に始まった感想タイムに、ハルトは戸惑うと同時に、戦いの熱が冷めていくのを感じていた。
「さて、茶番は終わりだ――」
「!?」
そんな空気とは裏腹に、侵入者の男の瞳がギラリと鋭くなった。
侵入者の男は、徐々にハルトへと近付いていく。
(こ、こいつも上げて落とすタイプか!? こ、殺されるっ――)
先程の戦闘でも感じなかった凄まじい迫力に、ハルトは逃げ出そうとした。
「なっ!?」
だが、不思議と足は動かなかった。
まるで、自分の両足が剣で縫い付けられているかのように。
「うぅっ……」
「オマエ……」
そう呟いて、侵入者の男がハルトに手を伸ばし――
「うわぁあああああああああああああああっっっっ!!!!?」
【次回予告】
???「やめてくれ! お前に斬られたら、ハルトに払う筈の給金が無駄になっちまう! まぁ、死んだらその分エンタメ迷宮に使えるが。だが頼む、死ぬなハルト! お前が今ここで倒れたら、クロエやエンタメ迷宮の未来はどうなるんだ? 命はまだ残ってる。ここを耐えれば、侵入者に勝てるんだぜ!」
――次回『ハルト死す』――
???「この絶対絶命のピンチ。あなたはどう切り抜けるの?」
唐突に書きたくなった、あの伝説の次回予告の台詞……!(笑)
ハルトの生死はどうなってしまうのか!? 次話判明!!!!
★感想・誤字・脱字などがございましたら、ページ下部から行えます★




