第6話 雪辱戦開始!
新人賞版にはないエピソードです!
「いつつ、まだ尻がヒリヒリしてら……」
エンタメ迷宮の休暇は終わりを告げ、今日より迷宮の運営が再開する。
ハルトは冒険者達を撃退する元気を付けるべく、朝食を食べに食堂へ来ていた。
魔族の料理人から朝食を載せたトレーを受け取り、いつもの定位置に向かうと――
「げっ、クロエ……」
既にそこには、迷宮の主であるクロエがいた。
「なによ、その態度。また叩かれたいの?」
「もう勘弁してくれ……まだ痛いんだよ」
笑顔で右手を掲げるクロエに怯えつつ、ハルトは対面の席に腰掛ける。
その際、テーブルに置かれた一つの本に目が留まった。
「あ、その本!」
「運べないから、ネモに置いてもらったの。珍しい物を買ってきたわね」
「いや、それ本屋でもらったオマケ」
クロエの眼前に置かれていたのは、ハルトが本屋の店主に手渡された古典であった。
「かなりボロいけど、そんなに珍しいのか?」
「知らずにもらってきたの? 数百年前に作られたものよ、これ。虫食いがほとんど無くて驚いたわ」
「へぇー。それで、どんな内容なんだ?」
朝食を食べながら、ハルトは適当に尋ねる。
「簡単にまとめると――人々の邪な欲望から生まれた邪神ディザーマと、人々の運命を定め見守る神ノルンの抗争を記したものね。今から千年以上も前の話よ」
「むぐむぐ……運命神ノルンは知ってるけど、なんか噓っぽいな……作り話じゃないの?」
「魔界にも伝わっている話よ。気になるなら、あなたも読んでみたら?」
「んー、どうしよっかなぁ」
ハルトとしては、正直あまり興味がなかった。迷宮に関することでもない限り、本を読む必要性を感じないからだ。
「邪神ディザーマは迷宮王国で誕生したそうよ」
「読ませて頂きます!!」
だが、都合よく〝迷宮〟という単語がクロエの口から飛び出す。
興奮気味に食いついたハルトは、テーブルから身を乗り出す勢いで立ち上がり――
「!」
ビービービービーッ!
突然、何者かの侵入を告げる警報音が迷宮内に鳴り響いた。
「どうやら、先に冒険者を歓迎する必要がありそうね」
「いや待て、まだ開放時間じゃないぞ!? ま、まさか……噂の魔界最強か!」
エンタメ迷宮が冒険者に開放されるのは午前十時頃だ。
したがって、この時間に来訪する者はクロエの待ち人以外に有り得ないと、ハルトは思い込んだ。
「ハルト様!」
「おう! クロエ、ちょっと出迎えに行ってくる――変身!!」
「ちょ、ちょっとハルト!?」
クロエが止める間もなく、ハルトは変身ブレスを使って魔装戦士になると、〈カツアゲ隊〉の面々と共に慌ただしく去っていった。
「魔界と人間界は地続きじゃないから、あと一週間は掛かるのに……まったく」
◆◇◆
「さぁて、どんな奴かな~」
居住区への入り口から洞窟側へと、コッソリと顔を出すハルト。
「あれ? 一人じゃない……?」
迷宮の入り口がある方向を顔を向けると、そこには複数の人影が存在していた。
「上手く見えないな……仲間でも連れてきたのか?」
外から差し込む逆光の影響で、その者達の顔と姿が闇に包まれている。
魔族かどうかを確かめるべく、ハルトは〈カツアゲ隊〉と共に居住区に繋がる通路の中に、一時身を隠すことにした。
「――こんな朝早くに来たら、守護者さんワンチャン寝てるんじゃね……!」
(……あん?)
洞窟内に反響した、聞き覚えがある筈がない声に、何故かハルトのこめかみはピクリと反応する。
「今日は手押し車も持ってきたしぃ~、今回も財宝ガッポリ頂きね~!」
「ヤッバ~!? 守護者さん泣いちゃうんじゃねー!?」
「「ワーッハハハハハッ!!」」
男女の下品な笑い声が通り過ぎる直前、ハルトは彼等の素顔をその目でしかと確認した。
(あ、あいつら……! この前、財宝をかっぱらっていった馬鹿共!!)
その者達は、やはりクロエの元配下の魔族ではなかった。
彼等は、エンタメ迷宮において初めて財宝を手にした冒険者の一団であった。同時に、『守護者が弱い』と言ってハルトの心を傷付けた者達でもある。
(あの馬鹿共を野放しにしたら、今度こそ俺の給金は消えるッ……!! それだけは避けなくてはっ――!!)
(ハルベルト様、どうしやす? 奴等、『財宝ガッポリ』とか言ってやすが……)
給金が消える可能性にハルトが恐れる中、〈カツアゲ隊〉リーダー、隻眼のコボルドが小声で指示を仰いでくる。
(撃退するに決まってんだろ! 号泣するネモを説得して追加した新しい罠で、必ず奴等をとっちめてやるっ!! 行くぞ!!)
((((応っ!!))))
ハルトは〈カツアゲ隊〉に号令を掛け、静かに彼等の跡をつけた。
(お、いたいたぁ……!)
幸いにも、冒険者の一団は大扉の先のエリアで立ち往生していた。
それもその筈――風車の如く十字の形をした太く大きい丸太が、エリアの中心で高速横回転しているのだから。
「これ、ヤバくな~い?」
「ま、全く隙がないぜ……!」
しかし、それだけではない。この罠の真骨頂は、四方の丸太が根本を基点に、上下に動くことにある。
(よし、行くぞ)
ハルトは右手で〈カツアゲ隊〉に指示を出し、罠を前に困り果てる冒険者の背後に忍び寄った。
「ここを越えないと道はないし……どうすっかなぁ」
「――いっそのこと飛び込もうぜ!」
「は?」
以前ハルトを倒した武闘家のチャラ男が、背後からの明るい声に振り向こうとした直後だった。
「うぉ!?」
「きゃあ!?」
冒険者達の背中が、突然強く突き飛ばされたのだ。
であれば当然その体は、丸太に向かって放り出される訳で――
「ぎゃん!?」
「あぐっ!!?」
凄まじい衝撃が冒険者達の体に直撃し、彼等はまるで紙切れのように弾き飛ばされた。
錐揉み回転する彼等の体は、部屋の壁に強く叩き付けられる。
「ぁ、あぁ…………」
「なーっはっはっはっはーいっ! どうだ! この『渦巻き丸太旋風ゥ!』の威力は!!」
ボロ雑巾のような姿になった冒険者達の元へ、愉快とばかりの大声が届いた。
「お、お前はっ、守護者さんじゃねぇ……?」
「そのとぉーり! ハルベルト及び〈カツアゲ隊〉参上ッ!!」
魔装戦士の姿をしたハルトが、彼等の目の前でふんぞり返る。
「この前の屈辱を返しにきたぜ――おぉっ、どれも一級品の装備だ。宝物庫から持ち去った財宝で、さぞ良い物を購入したんだなぁ~。いま無駄になったけどなァァァァ!!」
冒険者達は、とても質の良い装備を身に着けている。
ハルトの想像通り、彼等は王都で財宝を換金し、そのお金で装備を買い替えた上に豪遊していたのだ。
「さぁて、どうしよっかなぁ! 俺も鬼じゃないし~」
悩ましげに顎に手を当て、ハルトが首を捻る。
「よし、こうしよう!」
ハルトは、入り口側の扉付近にある小さなボタンを押し、回転する丸太を止めた。
「今から俺達は逃げる。お前達のうち誰かが、俺達の一人を捕まえたら財宝をやるよ」
そしてあろうことか、冒険者達にチャンスを与えてしまう。
「そういうことさ、冒険者の諸君!」
「ユー達の頑張りを期待するYO!」
「貴方がたが我々を捕らえる可能性は、ゼロパーセントもないがねぇぇ!」
「精々頑張レェェェェ!!」
ハルトに続き、〈カツアゲ隊〉のコボルド達も冒険者達のやる気を煽り煽っていく。
ハルト達から余裕綽々で叩き付けられた挑戦状を――
「上等だコラァ!!」
「もう謝っても許さないわよぉぉ!!」
「おぉっ、怖い」
冒険者達は、全身の痛みを忘れるほど怒りと共に受け取った。無理矢理に体を立たせる彼等を見て、すかさずハルト達も逃走を始める。
「さぁ、楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだっ!!」
子供のケンカのような逃走劇が今、幕を上げたーー
十字の丸太における根本を「ハブ」と表したのは、その罠を風車と見立てたからです。根本=ハブ、と英語変換した訳ではないので、悪しからず~!
⇒追記。Xと活動報告でもお知らせしましたが、現状7話の執筆が間に合っていません。仕事の都合もあり、7話の投稿は《9/24》になることをお許しください。
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