第5話 魔王目覚める?
迷宮に帰ってきてから、新人賞版にはない追加エピソードです!
太陽が中天を跨いだ頃。
ハルトの体は未だに宿屋のベッドの上にあった。起床後すぐに、昨夜の出来事とお使いのことを思い出すと、慌てて昨日訪れた本屋へ走った。
本屋の扉を開けて中に入ると、女性店主は笑顔でハルトを出迎える。
「いらっしゃいませ~! あ、昨日のお客さん!」
「こんちわ。昨日は騒いで悪かったよ」
「いえいえ~! ゆっくり見ていってくださいね~」
王都の本屋だけあり、品揃えは非常に豊富だ。そして、その中からクロエが気に入るような面白い本だけを選ばなければならない。
魔王に頼まれたお使いとはいえ、ハルトには少し億劫に思えた。
「待った! 面白い小説か漫画を見繕って欲しいんだ。巻数の多いやつ」
こんな時は、店主にオススメを尋ねるに限る。ハルトは店主を引き留めた。
「それでしたら! 私の独断と偏見で……これ!」
「こ、これはっ!?」
店主が選んだ小説を見て、ハルトの顔が引き攣った。
「『追放された精霊使い、実は世界最強! ~今更アタシの力に気付いたかバカめ~』――ですっ!」
「つ、追放モノ……しかもタイトルなげぇ」
オススメされたのは、なんと追放系の小説であった。
「あれ? なんか微妙そうですね」
「ま、まあね。ちょっと込み入った事情が……」
パーティを追い出されたハルトにとって、もはや〝追放〟という単語自体が嫌いになっていた。
決して、同じ身の上の主人公が良い思いをする物語を否定している訳ではないのだ。
「私、結構好きなんですけどね~……主人公を追い出す場面とか!」
「着眼点おかしいだろ!? もっと重厚な物語とかない?」
「でしたら、この二つ! 『冒険者転生 ~前世は勇者でクソ雑魚冒険者だけど魔王復活の手伝いをする事になりました~』と『ニート魔王の華麗なる世界征服』! どちらも二十巻ありますし、〈聖教会〉で禁書指定ですけど、中々面白いですよ~!」
「商魂たくましいな……じゃあそれ貰うよ。とりあえず、五巻ずつ」
「ありがとうございます! それとこれ、オマケです」
会計を済ませ、肩掛け鞄に小説を仕舞ったハルトに、店主が厚めの本を手渡してくる。
「これは?」
「神話を記した古典なんですけど、ずっと売れ残っていて……処分するのもなんですし、受け取ってくれると助かります」
「まぁ、タダでくれるなら……」
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしてますね!」
古典も鞄に仕舞い、ハルトは店員に見送られて書店を後にした。
「お、重い……流石に、買い過ぎたか?」
肩掛け鞄の重みに耐え切れず、歩くハルトの体勢が少し傾いている。
「というか、『冒険者転生』のタイトル、後半部分まんま俺だな。まさか……作家にストーカーされてる!?」
足を止め、一瞬だけ辺りを見渡す。
しかし、ハルトの視界に怪しい人物はいない。
「……なんてな。帰ろう……そして潔く怒られよう」
怒るクロエの形相が目に浮かぶようである。
ハルトは現実逃避を止めて、トボトボとした足取りで馬車の待合所に歩いていった。
「――気付かれた、訳ではなさそうだな……」
その光景を、物陰からつぶさに観察していた男が胸を撫で下ろす。
その者は純白の法衣を着ていた。
「昨夜の動揺っぷり、僅かに感じた魔の気配……不審に思って跡をつけたが、やはり気のせいか……」
男の猟犬のような瞳は、ハルトの背中をしかと映している。
だが、昨日察知した気配を、男は感じられずにいた。
「念の為、上に報告しておくか――」
◆◇◆
「あり?」
夕方前。エンタメ迷宮に戻ってきたハルトは、入り口付近で異変に気付いた。
「休みは今日まで……? 昨日だったんじゃ……」
注意喚起の看板。その内容が、クロエに聞いていたものと違うのだ。
「ま……まぁ、それなら怒られずに済むか!」
疑問を覚えたのも束の間。ハルトは不安を笑いで吹き飛ばし、居住区の入り口に向かった。土壁の表面にある魔力認証装置を通過して中へ。
「ただいまぁ!!」
通路を進み、ハルトは共有スペースの扉を勢いよく開け放った。
「あら、ハルト! おかえりなさい!」
「あ、ハイ。ただいま戻りました」
間髪入れずにハルトを出迎えたのは、満面の笑みを見せるクロエだった。
普段以上に明るいクロエの声音に、ハルトが思わず敬語に。
「本は買えたかしら?」
「ハイ! こ、こちらになりまっす!」
いつものガラス机に、お使いの成果を並べるハルト。
それら暇潰しアイテムを見て、クロエが深々と頷く。
「よろしい、ちゃんとお使いはこなせたようね。情報収集の成果は?」
「ハイ! 二週間前、〈聖教会〉が『魔王復活』の神託を受け取った模様!」
「〈聖教会〉……」
その単語を聴いた瞬間、クロエの顔は僅かに強張った。
「しかし連中は慌てておらず、復活場所の目星がついてるという噂も……!!」
「そう……王都の様子も知りたかったけれど、まあ良いわ」
クロエは、しばし考え込む素振りを見せた後、再び笑顔を見せる。
「……それで、帰るのが遅れた理由は?」
「ハァイ! 魔王様が気に入りそうな本を吟味しておりましたっ!」
ハルトは、クロエに敬礼しながら報告した。
後から振り返れば、『昨日、魔物に馬車が襲われた』ことを正直に話すべきであった。だが、クロエから放たれている謎の圧に、ハルトは冷静さを失っていた。
「そう、ありがとう」
クロエは、目が泳いでいるハルトの瞳を見ながら聞き届け――
「お仕置き開始」
「え」
笑顔から一転、冷徹な形相となって指を鳴らした。
「ハルト、甘んじて受けな」
「ちょ!?」
どこからともなくやってきたネモが、ハルトを突き飛ばし、四つん這いにする。
そんなハルトの後方にクロエは陣取り、右手を振り上げる。
「ま、まさかっ――」
ハルトがその意図に気付いた時には、もう遅かった。
「いってぇ!?」
お尻に走った痛みと衝撃に、ハルトは絶叫した。それも一度や二度ではない。
「あなたのことだからっ、昨日中には帰らないと思ってっ、対外的に今日も休みにしたけれ、どっ……!」
「ご、ごめっ、痛っ!? 次から守りま――痛ぁ!?」
「まさか嘘を吐くなんて……ねっ!!」
「なんで――あひぃんっ!?」
一際強い衝撃を受け、ハルトは遂に床に突っ伏した。
「あらら。正直に話せば、許してもらえただろうに。なぁ、クロエ」
「……」
罰を受けたハルトを憐れみつつ、ネモがクロエを見る。クロエは、右の掌をジッと観察していた。
「クロエ?」
「大変だわ、ネモ」
「なにが?」
「ハルトのお尻、凄く叩き甲斐があるの!!」
「おおぅ……流石、魔王だぜ」
目を爛々と輝かせるクロエを見て、ネモは親友にサディストの片鱗を垣間見た気がした。
パパパパッパッパー!(ファンファーレ)
魔王クロエは、Sに目覚めた!!
【教訓】お叱りが怖いとしても、遅れた理由があるなら正直に話しましょう!
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