第4話 情報収集といえば酒場
新しく書くより改稿する方がはるかに時間が掛かるのは何故だろう……
「――ごめんなさーい、今日はもう閉店なんです~」
日が沈んで少し経った頃。
王都の本屋に辿り着いたハルトを待っていたのは、閉店の知らせだった。
苦労してお使いに来たハルトは諦めきれず、その場で土下座する。
「た、頼むよ! パパッと選ぶから! なっ? でないと俺は――!」
「と言われても……規則ですので。また次の日にでも、お越しください~!」
「ことわ――ちょ、力強っ!? は、離せぇぇぇぇっ!!」
そんな強情なハルトを、女性店主は笑顔のまま力づくで店内から放り出した。
彼女は入り口の扉に吊るされた告知板を裏返し、『本日の営業終了』にすると足早に店内に戻る。
どんどん灯りの消えていく店内を見て、ハルトは扉を叩いた。
「開けろ! 開けてくれ頼むっ!! 俺の給金が懸かってんだよぉぉぉぉっ!?」
しかし、返ってきたのは空しいまでの静寂だった。
「くっそぉ!! 馬車が魔物に襲われなければ、こんなことにはっ……!!」
ハルトが地面に拳を叩き付ける。
早朝に王都へ出発したハルトが、黄昏時になってようやく到着したのは、その所為だ。
乗っていた馬車が魔物に破壊され、徒歩での移動を余儀なくされたのである。
「クロエの奴、絶対キレてるぞ……! これはマズい、マズいぞっ!! 一体どうすればっ――」
ハルトは、今日中に本を購入して迷宮に帰る方法を考えようとした。
だが、ふとある問題に思い至る。
「はっ! てか、もう馬車出てないじゃん!? お、終わったッッ……!!」
休暇は今日一日だけ。明日は通常通り、迷宮の運営をしなければならない。
にもかかわらず、迷宮に帰還することはおろか、魔王のお使いさえ満足にこなせない始末……
全ての事柄において、手遅れであることは明白であった。
「うがぁあああ! やってられっか!! 今日は宿に泊まって明日買って帰ろうそうしようっ! そうと決まれば……!」
ヤケクソ気味に今後の方針を決めたハルトは先に宿を取ると、急いで馴染みの酒場に向かった。
「おっす、マスター!」
「おう、らっしゃい――って、おめぇハルトじゃねえか!?」
「イエス俺ハルトッ! 久々に遊びに来たぜ~!!」
入店早々にハルトを出迎えたのは、中年男性の野太い声。
客で賑わう店内で、グラスを磨いていた酒場のマスターが、ハルトの久々の来店に愕然としていた。
「随分久しぶりだなぁ! 噂じゃ、おめぇはパーティを追い出されて、女にフラれたショックで心を病んだと聞いてたが、ようやく立ち直れたんだな……!」
「フラれたんじゃありません、こっちから捨ててやったんですぅ~」
「ははっ、ひねくれた性格は相変わらずだな」
軽快なジャブをお見舞いしてくるマスター。
口を曲げたハルトは平然と事実を捻じ曲げつつ、カウンター席へ座った。
「んで、注文は?」
「もちろん! 〝ばぶりっ酒〟一択っ!」
ハルトは店名にもなっている人気のお酒を注文した。
古来より、人は嫌な出来事を酒で忘れようとしてきた。そして、それは今でも変わることのない風習だ。
「ふっ、聞くまでなかったか……ほらよ!」
マスターはニヤリと笑うと、黒ビールのジョッキをカウンターに叩き付けた。
そのジョッキの底には、まるで黒い宝石のような食用の粒が多く沈んでいる。独特の食感を持つこれらを、黒ビールと共に味わうのが〝ばぶりっ酒〟の売りである。
「ぐびっぐびっ……むぐむぐ…………う~んっ! やっぱうめぇっ!」
久々に口にした〝ばぶりっ酒〟は、ハルトの口によく合った。
「黒ビールの苦みと粒の甘味が渾然一体となって舌の上を踊り狂う! 互いが互いを高め合う関係――まさに奇跡的マリアァァァァジュッ!!」
「そんなに喜んでもらえて、店主としても鼻が高ぇぜ」
ハルトが感涙しつつ一心不乱に味わっていると、気付けばジョッキは空となっていた。
「んで、最近はどうしてたんだ? まさか、噂通り病んでた訳じゃねえだろう?」
「ま、今は一人で冒険中かな」
「マジかよ、流石冒険者様。命知らずにも程があらぁな」
「ああ、俺いま最っ高に冒険者してるよ……!」
ハルトは目をキラキラと輝かせる。
危ない橋を渡っているという意味では、確かに命知らずだと言えるだろう。なにせ、魔王復活の手伝いをしているのだから。
「そういや、知ってるか? ボーマンとレシアが――」
「えっ? あぁ~! や~、うん……あっはははは」
馴染みのある名前を聞いた刹那、ビクンと体を震わせるハルト。あたかも知ってる風を装いながら、乾いた笑みを浮かべては無表情となり、
「――で、なんだっけ?」
「コ、コイツ! 一瞬で記憶を抹消しやがった……!?」
そして次の瞬間には、とびっきりの笑顔で惚けた。
「だって、興味ないもーん。俺、どうでもいい情報は頭からデリートするんだよね」
ボーマンとレシアは、ハルトの元仲間だ。そして、ハルトを追放した者達でもある。
かつてはハルトも大事な仲間だと思っていたが、今では名前を聞く事すら悍ましい程であった。
「まぁ聞けよ。一杯、いや三杯奢るからよ。ボーマン達の今……知りたくねえか? 聞けば、仲直りできるかも……」
「俺ハウス!」
「待て待て待て!!?」
気分を害されたハルトは席を立って出口に向かおうとすると、マスターは慌てて引き留めてきた。
「二人に頼まれたのか? だが生憎と戻る気はサラサラない――」
「頼まれてねぇよ!? 仲直りさせる気もない! だから酒だけでも飲んでけって! もう作っちまったし!」
「…………はぁ、飲んでる間だけな」
仕方ねえな、と嘆息して、ハルトは席に戻った。
「ほら」
「ごきゅごきゅごきゅごきゅっ!!」
「ちょ――!?」
お詫びとばかりに出された〝ばぶりっ酒〟を一気に飲み下していくハルトを見て、マスターは慌てて話し始める。
「あの二人、最近不調らしいぞ! しかも、新メンバーも入れずにひたすら迷宮に潜ってるそうだっ!」
「ザマァ……三杯目に突入シマス」
話を聞くと承諾した割にさらりと流し、ハルトは二つのジョッキを瞬く間に空にした。
「マ、マジで興味ないのな。てっきり、気にしてるかと思ったのによ」
「別に……」
嫌な話が終わった途端、ハルトはむすっとして顔を逸らした。
最後の一杯をじっくりと味わう中で、マスターの話を思い返す。
(俺抜きで攻略、ねえ……いつかエンタメ迷宮にも来そうだな。その時は……ククク、今の内から準備しとかないとなぁ)
「元々ワルなハルトが、更に邪悪な顔に……!?」
来たる復讐の時を想像し、ハルトが薄気味悪い笑みを浮かべる。
そんな時だった。店の空気が、冷たいものに変わったのは。
「――邪魔するぞ、店主」
若い男が店内へと入ってくる。
その服装は、酒場の雰囲気に酷く馴染んでいない。
「ゲッ、〈聖教会〉!?」
何故なら――それは、〈聖教会〉の神官のみが着ることを許される純白の法衣だったからだ。
〈聖教会〉の神官は、魔に属する者を忌み嫌う。
魔王の復活を手伝っているハルトは神官の存在に顔を歪ませた後、無意識に顔を背けた。
「…………」
神官の男は、怪しげな挙動をしたハルトに訝しげな視線を注ぐが――
「……店主。なんでもいい、果実酒をくれ」
「お、おう。ちょいと待ってな」
すぐに何事もなかったように注文を済ませ、窓際のテーブル席に腰掛けた。
マスターが果実酒を入れたグラスを持っていくと、神官の男は酒を舐めるように飲み始める。
「おいおい、性書を読むのに必死な奴等がなんだってこんな所に」
マスターがカウンターの内側に戻ってくるや否や、ひそひそ話を始めるハルト。
「警戒中なのさ。魔王復活の神託が〈聖教会〉で下ったんだからな」
「え、そうなの?」
「なんだ知らないのか? 丁度二週間前のことだぞ」
「い、いやぁ……ちょっと忙しくてさぁ」
神託に関して、防衛に初めて失敗した時の冒険者も口にしていたが、その時のハルトは彼等の言葉にショックを受けていて気付かなかったのだ。
「だけど成程な……だから酒場にも巡回に来てる訳か」
「ああ、それも魔の気配察知に優れた者達でな。どんな予兆も見逃さない為だと」
マスターの発言を聴き、ハルトは頬から冷や汗を垂らす。
「そ、それで……なにか聞いてるか? ほら、収穫があったとか……」
「いや? しかしその割には、連中ちっとも慌ててねぇんだ。復活場所の目星でもついてんのかねぇ」
「え…………」
マスターは何の気なしに言ったのだろう。
しかし、その無意識の発言にハルトの胸は大きく跳ねた。手を当てなくとも、バクバクと鼓動していることが分かる程に。
「どうした?」
「……い、いや。なんでもない。そ、それより、おかわりくれ」
動揺を隠す為に、ハルトは元仲間達の愚痴を垂れ流しながら酒を呷った。
その表情の変化に、マスターが特に気にした様子はない。
ただ一人、窓際で酒を飲んでいた神官の男を除いて――
情報収集の定番といえば酒場!
ハルトは情報収集の任務を忘れていながら、情報が軽々引き出した!!(??)
今日は日を跨いでしまった……本当に申し訳ない。次の投稿は18日なのです。
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