第2話 魔界へコール! 腰の低さは出世の証?
深夜に近いこの時間帯に投稿するのが恒例になってきてしまっている……
「――クロエ、ネモぉぉっ……! 人手不足をっ、人手不足をなんとかしてくれぇぇぇぇっ!!」
対策を練る時は問題点を明確に洗い出す必要がある。
なので、実際に防衛を担っているハルトは、迫真の口調で現場での不満を漏らした。
「サボりたくて嘘を言っている、という訳でもなさそうね……」
「ああ、これは本気の泣きだぜ」
「当たり前だろぉ!? いや実際今でも迷宮だけを弄りたいけどさぁ!」
現場の切実な想いを受け止めた上司の二人が若干引いている。
それ程に、ハルトがこなせる仕事量は限界を超えていた。
「致死を狙わない以上、罠は敵を足止めするのが関の山だし、俺は弱い! 故に! 新たな人員を要求するっ!」
「……って、言われてもなぁ――コレが足りねえ」
迷宮の財政を管理しているネモが頬を掻いて、指で〝○〟を作ってみせた。
それ即ち――
「結局金かよぉぉぉぉっ!! もう計画破綻してるだろコレぇぇっ!!」
以前にも味わった〝お金の大事さ〟に、ハルトは嘆き頭を抱える。
「なぁ、前々から計画してた〝迷宮ショップ〟を早めに開店しないか? 侵入者から強奪した装備品や薬草を売れば、現状を打破できると思うんだ……!」
とはいえ、文句を言うだけなら誰にでもできる。超エリートのハルトは改善策も容易に捻り出す。
元手がほとんど掛からず、強奪品を店頭に並べるだけで一定の利益が見込める。「なんて素晴らしい案だ!」とハルトは本気で思っていた。
「もちろん、それは近い内に実行する。だが今は、各エリアの整備費が馬鹿にならなくてな。正直、そこまで手が回らねぇんだ」
「えぇぇ……」
だが、折角の改善策もネモにやんわりと却下されてしまう。
「ならいっそ商会を挟まず、二人の知り合いでも連れてこようぜ~。魔族だったら、絶対俺より役に立つしさぁ」
いくら話し合っても、話は平行線を辿っていた。
イライラを抑えきれず、ハルトはつい自棄になって、そんなことを言ってみた。
「魔族の…………そ、それだぜハルトっ!!」
「は?」
するとどういう訳か、ネモが突然ガラス机を叩いて立ち上がった。
「いや、すっかり忘れてたぜ……このエンタメ迷宮にうってつけの人材が居るってことを!」
ネモは眼鏡を押さえ、興奮を隠しきれない様子で、ニヤリと口角を吊り上げる。
「…………ねえ、それはもしかして、ガリウスのこと?」
「そのまさかだぜ!」
そんな中、クロエだけがネモの考えを正確に読み取り反応してみせた。
その表情には、神妙な雰囲気の中に僅かな期待が入り混じっている。
「ガリウス様なら、今の人手不足を解消できるに違いないっ! 早速連絡を――」
「ちょっと待ったぁ! 俺だけ蚊帳の外にしやがって……! いったい誰なんだよ、そいつはっ!」
ちょっぴり疎外感を覚えていたハルトは〝ちょっと待ったコール〟を発動。
苛立ち混じりの質問に、クロエは懐かしむ様子で口を開く。
「ガリウス……私の元配下で、〈魔剣鬼〉の異名を持つ魔界最強の剣士よ」
「魔界最強って、それは流石に盛り過ぎじゃないか?」
「何を言うんだ! ガリウス様はな、かつて魔界で勃発した戦争を片手で鎮めたんだぞ! それも一人でだ!!」
「スケールでか過ぎて嘘にしか聞こえねぇ!?」
そんなハルトの疑念に力強く反論したのがネモだった。
ただでさえ魔族は人間よりも強い。その中でも頂点を極めた存在というのは、人間のハルトからしてみれば多少嘘っぽく聞こえた。
(だけど、そんなに凄い奴なら人手不足をしてくれる――いや、上手くいけば迷宮運営に専念できるかもっ……!?)
しかし、二人が絶賛する人物に、ハルトが思わず期待を寄せてしまったのも確かだ。
魔王の元配下ならば安く雇える可能性がある。加えて、現状迷宮に足りない戦力の補充をもできてしまうのだから。
となれば、ハルトが取るべき選択は一つしかない。
「ま、まぁ……人手不足が解消されるなら、俺は文句なしだ。どうせ、俺が雇う金出す訳じゃないし」
打算込みでクズな台詞を吐きながら、ハルトは「クロエ、頼んだ」と魔王様を見た。
「……何を期待しているのか知らないけれど、ガリウスの近況なんて、私知らないわよ?」
「大丈夫。なんとかなるさ」
そう言って、ネモは懐から薄い金属板――もとい魔導通信機を取り出す。
「まず、〈ボロモウケ商会〉に知ってる人がいるか訊いてみるぜ」
魔導通信機の表面を数度指で触れ、すぐに耳に押し当てる。
「ん?」
すると同時に、ネモがぼそぼそと何かを呟き始めた。
「社員に超優しい専務出ろ専務でロ専務デロ専務出ロォ……!」
「呪詛かよ!?」
「専務出ろ専務出――アァッ、クソがァッ!」
呪詛を唱え始めてから数秒後に、下品に聞えなくもない言葉をブチかましたネモ。
どうやら専務ではない誰かが通信に出てきたようだ。
「あ、いえ~便秘が治ったとかそんなんじゃなくて、はぁい……えと、副商会長はぁ……そのぉ、ガリウス様の連絡先をご存知ですかぁ?」
普段の言葉遣いの荒さは見る影もなく、周りが思わず身震いするような猫撫で声で喋るネモ。
会話中は常に平身低頭で、軽いお辞儀を通り越して直角に達するほどである。
「ええまぁ、魔王様が会いたいと仰っていて……え? 本当ですかぁ! あ、ありがとうございますぅ!」
「……な、なんか幹部の癖に腰低くない? すげぇぺこぺこしてるぞ」
「シー、静かになさい。魔族社会はあなたの想像以上に過酷なのよ」
クロエに注意され、ハルトは媚び売りモードのネモをジッと見守ることに。
「では、こちらの方でかけ直します~。はい、はい。今日のところは失礼しま……え? 進捗はどうって……それはもちろん順調に決まってますよぉ~」
(あ、あれ? また腰が低く――えっ、魔導通信機に顔を擦りつけてるっ!?)
「……さ、流石にあと三ヶ月で復活は……い、いえ精進しま――え? いや、魔王様が復活するまでは…………はい、申し訳ございませぇん。では、失礼しますぅ~」
ゆっくりと、耳から魔導通信機を離すネモ。
「な……なっ……なぁっ……!!」
貼り付けた笑みは無へと帰り、華奢な肩が次第にプルプルと震え始める。
通信中溜まり続けたストレスはマグマの如く煮え滾り――
「なぁにが……『今度二人きりでホテルでディナーでも?』だぁぁっ!!」
遂に、激しい怒りとなって噴火した。
「現場の苦労も知らずに好き勝手言いやがってぇッ、あぁんの淫獣ハゲッ!! 少しは性欲隠せよ!! 次に同じことしたら、また商会長脅してその首切ってやるゥゥゥゥッ!!!!」
怒り心頭のネモが握り締めた魔導通信機を床に叩き付けた。
「え――はびゃっ!?」
頑丈にも破損しなかったソレは、クロエの方向へ飛んで行き、クロエによって身代わりにされたハルトの額に直撃したのだった。
「ぉっ、ォォッ……! な、なにしやがるぅっ……!!」
あまりに凄まじい痛みに、ハルトは額を押さえてクロエを睨む。
「ご、ごめんなさい。つい反射的に……痛いの痛いの飛んでいきなさい」
「許す」
だがクロエ自身、咄嗟の行動で身代わりにしたことを申し訳なく思っていたようだ。
クロエは子供にするようにハルトの額を優しく撫でると、ハルトも即座に許した。
ハルト的に、魔王様のナデナデは意外にも嬉しかったりする。
「ふぅー……ったく、あのクソ上司め。現場見てから物言えってんだ」
「怒っているところ悪いけれど、ガリウスの件はどうなったかしら……?」
「ああ、無事に連絡先訊けたよ。ちょっと待ってな……」
ネモは拾った魔導通信機を操作し、ガラス机の上に置いた。
「ほい。画面のここ押せば、ガリウスに繋がるぜ」
「……ありがとう、ネモ」
クロエは少し潤んだ瞳で優しく礼を口にすると、魔導通信機に向き直る。
「ほら、あたし達は執務室行こうなー」
「ぐぇっ!? なっ、何も首根っこ掴まなくても……!」
五百年ぶりに配下と話すクロエに配慮したのか、ネモはハルトと共に共有スペースを離れようとする。
ハルトは咄嗟に藻掻くが、
「いいから、な?」
「……分かってるよ。今行く」
クロエを一瞥したネモの声音から優しさを感じ取り、抵抗するのをやめた。
そして、自らも空気を読み、その場を離れようとする。
「悪いわね、ハルト……」
「久々に配下と話せるんだ。そのひと時を邪魔するほど、流石の俺も野暮じゃない」
「ありがとう。そういう気遣いを、普段からもっとしてくれると助かるわ」
「お、おい。折角カッコよく決めてるのに茶化すなよなっ……」
申し訳なさそうな声に、ハルトは思わず振り返る。
礼を口にするクロエは、普段以上に上機嫌に悪戯っぽく微笑んでいた。
「も、もう行く。早く連絡してやれよ」
「ええ――」
その言い表しようのない可憐さに、ハルトは軽く動悸がしたのだった。
面倒な上司を相手取る時、猫撫で声は有功ですよねぇ!(想像)
それさえ面倒なら、機嫌を損ねないよう淡々と相手をしよう。心を殺せばダメージはないぜ!!
しかし、社会人の皆様、アルバイトをする学生の皆様…………決してネモのマネはしないように! あれは極端な例です!(笑)
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