プロローグ 神託
コロナ完治しました!
第2章、問題なく開始です!!
夕焼けに染まる空の下。〈オネスティ王国〉の城下では、大勢の民衆がひしめき合っていた。
されど、目的がない訳ではない。彼等は皆、国王の言葉を聞きに集まったのだ。
「集まっておるな」
王城のバルコニーに何者が姿を見せる。豪奢な装いに身を包み、金の冠を被った壮年の偉丈夫だ。
それだけで、騒いでいた民衆は一様に沸き立った。その者こそ、オネスティ王その人であった為に。
オネスティ王は、中心が空洞になった丸い魔導具を取り出すと、それに向かって口を開く。
「皆の者、よくぞ集まってくれた」
それは、民衆にとって囁く程度の音でしかなかった。しかし、魔導具を介することでその声は増幅され、城下に届くほどの大音量となって響く。
「皆を呼びつけたのは他でもない。国の存亡に関わる、重大な情報を共有する為だ。あれを――」
「ははっ」
オネスティ王が横を向いて顎をしゃくる。
その視線の先には、赤の法帽と法衣を身に付けた老人が控えていた。彼は深く頭を下げ、封蝋の破れた書状をオネスティ王に差し出す。
「本日未明……〈聖教会〉にて、実に二百年ぶりに神託が下った。これより、その内容を読み上げる。心して聴くように……」
オネスティ王は書状を受け取り広げると、ゴクリを喉を鳴らした。
その書状の内容は、王にとっても〝前代未聞〟のものだった。額に伝う汗と、書状を握る手の震えが、その緊張を雄弁に物語っていた。
動揺が民に広がらぬよう、彼は毅然としてその文面を読み上げる。
「『遠からん未来、遥か昔日に暴威をふるいし魔王、再び目覚めん』――以上だ」
その言葉が民に届いた瞬間。
城下の喧騒は波が引くように静まり返った。皆、神託の内容を反芻しているのだろう。
しかし、それも数秒のことで――
「ま、魔王が、復活する……?」
「あの伝説の、〈残虐の魔王〉がっ……!?」
「イ、イヤッ……イヤァァァァッ!?」
数人の動揺の声を皮切りに、城下は一瞬にして阿鼻叫喚の渦に吞み込まれた。
不安に押し潰されそうになる者。
恐怖のあまり平静を保てない者もいた。
「案ずるなっ!!」
そんな民達の動揺を、オネスティ王はただ一度の一喝で収める。
「伝説の魔王に皆が恐れを抱くのも無理はない――だが忘れたか! この国には勇者がいる! かつて魔王を封印した、異世界人の末裔達が!!」
魔王がいれば、勇者もまた存在した。
彼等の存在が引き合いに出されると、民の不安は僅かに和らぎ始めた。
「彼等がかつて有した【恩恵】は、勇者三家に今もなお受け継がれている! 有事の際は彼等と〈聖教会〉と共に、魔王に対抗すると誓かおうっ!」
オネスティ王が魔王と抗戦する覚悟を表明した。
「そ、そうよ。勇者様がいれば、今回もなんとかなるわ!」
「性格は難あり……いや、正直関わりたくもないが、俺達よりも強いしな!」
「おおぉぉ! 勇者様バンザーイ!!!!」
御伽噺で数百年以上も語り継がれてきた勇者の偉業は伊達ではない。たとえ、勇者の末裔であっても、民の心を軽くするには十分であった。
「――いやあ、実にお見事」
バルコニーより城内に戻ったオネスティ王を、法衣を着た老人が出迎えた。
「民の混乱を瞬く間に鎮めた陛下のご手腕……まことに感服いたしました」
「あの程度造作もない」
老人が手を擦り合わせる中、オネスティ王は魔導具を懐に仕舞う。
「だがまさか、其方自ら書状を届けに来るとは思わなかったぞ――アラン枢機卿」
「神託の書状を、一介の神官に任せることなどできませぬ」
玉座の間に着くと、オネスティ王は玉座に重く腰を下ろした。
「くどいようだが、あの神託はまことに起きることなのだな?」
書状を受け取った際に何度も尋ねたことを再び訊くオネスティ王。民の前では気丈に振る舞ったが、やはり魔王を恐ろしいと思っている。
法衣を着た老人――アラン枢機卿は重く頷いた。
「間違いありませぬ。カインズ教皇が神託を受ける瞬間を私も見ました」
「そうか……カインズ教皇は今……?」
「神殿にて、復活の兆候を探っておいでです。魔族の気配探知において、あの御方の右に並ぶ者はおりませぬ故」
「ならば、そちらは任せよう。せめて魔王の封印場所さえ分かれば……」
苦渋に満ちた表情でオネスティ王が俯くが、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば……確か、城の書庫で魔王について記された書物を見た気が……」
「! そのような物が……!?」
驚いたアラン枢機卿の問い掛けに、オネスティ王は首肯する。
「だが、なにぶん幼少の頃のことだ。後で探させよう」
「では、我等も心当たりを洗ってみます」
「頼んだぞ」
「ははっ」
オネスティ王の期待を背に、アラン枢機卿はその場を後にした。
城の出入口に向かう最中、柱の影から神官の男が歩み出てくる。
「アラン様。お疲れ様です」
「民の様子は?」
「『勇者がいれば安心』という声が多数ありました……『魔王の復活が信じられない』と思う者も僅かに……」
「その勇者も今は冒険の旅に出ているがな。ククク」
彼の報告を聴き、アラン枢機卿が邪悪な笑みを見せる。
「それで、我等はどうしましょう? やはり、魔王の封印場所を探しに……?」
「今は捨て置け。それがカインズ教皇のご意向だ」
「は……?」
〈聖教会〉は魔王を、魔族の存在を決して許さない。そんな組織の長が選択したのは、なんと〝放任〟。
立場と責任にそぐわないその方針に、神官の男は戸惑い、思わず聞き返した。
「な、何故です? そうすれば、いざというとき我等の手で裁けるというのに……!」
「無論私もそうしたい。だが今の王は、悪意を向けられぬ限り裁くのを躊躇われる御方……意向を無視すれば、〈聖教会〉が潰される恐れすらある」
「で、では如何されるおつもりで…………?」
「なに、簡単なことだ――」
そこで言葉を切り、アラン枢機卿は口元を歪める。
「過去の罪で裁けぬのなら……いっそのこと、事を起こさせればいい。国に不利益をもたらされた後ならば、王も文句あるまいて」
静かな城内に、アラン枢機卿の冷酷な笑い声が響き渡ったのだった。
〈聖教会〉で魔王復活の神託が下りる。
その神託は、エンタメ迷宮での活動が原因なのか……?
ハルトと魔王クロエの今後はいかに……?
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