第16話 迷宮攻略はエンターテイメント
投稿が遅くなってしまい申し訳ございません!
戦闘パートです!
「――グハァアアアアアアッ!?」
「ええええっ!? ちょ、ええええッ!!?」
一分後――
先程、冒険者達に見せた威勢はどこへ行ったのやら。
勇猛果敢に立ち向かったハルトは、冒険者達の無慈悲な攻撃を前に、成す術なくボコボコにのされてしまっていた。
「だ、だから言ったんだよぉっ!! 実力の差があまりにも大きいってぇぇぇぇっ!!」
「く、くそ弱ェ……こいつ、本当に魔族か?」
その場で跪き、わなわなと震える拳を床に叩き付けたハルト。
その傍らで、同じく瞬殺された〈カツアゲ隊〉の個性派コボルド達も倒れている。
彼等も魔族なのだが、商会カタログの中では最も安価な部隊だ。値段は、それに見合った実力が反映される。つまり、安さは弱さの裏返しなのだ。
「き、貴様……一体どうやって、そんな力を身に付けたっ……!!?」
「いやテメェが弱過ぎなだけだろォ!!」
負け惜しみを口にするハルトであったが、まさに男剣士の言う通りであった。
『――ま、まさか、ここまで弱いだなんて……』
共有スペースからハルトの奮戦を見ていたクロエが、そのあまりの弱さに肩を落とす。
その眼前には黒い箱のような物があり、その表面には膝を折るハルト達の姿が映っている。
同じく、その光景を見ていたネモがクリップボード片手に丸眼鏡を押し上げる。
『ハルト、一七歳成人済み。スーパーチキン童貞&超エリート冒険者を自称している。お調子者の馬鹿でデリカシーがなく、良くも悪くも欲に忠実。特技は迷宮の罠察知及び破壊。真正面からの戦闘を苦手とする迷宮のエキスパート…………』
『それがハルトのプロファイル?』
調査結果の用紙を淡々と読み上げたネモに、クロエが興味を示す。
『いや? 王都に住む奴なら誰でも知ってる情報』
『…………なんだか、少し可哀想ね。けれど、ハルトには頑張ってもらわないと……』
大っぴらに広まっている情報に、クロエは顔を引き攣らせた。
その情報を知っても尚、彼女は期待するように黒い箱の表面に視線を戻した。
(親愛なる父さん、母さん……どうして、俺に戦闘力を分けてくれなかったんだっ……!?)
脳裏に浮かべた現役冒険者の両親の前で、ハルトは項垂れた。
勝手に想像した両親は笑顔でサムズアップしていた。「息子よ、ガンバ!」と言っている。
その能天気な発言に、ハルトは腹立たしく思った。
「ど、どうするコイツ……」
「そこの魔物共々ぶっ殺すか。そんで、財宝をゲットしようぜェ」
「ですな。邪魔をされたら堪ったものではありませんし……」
ハルトの弱さに呆れていた女斥候、男剣士、鎧戦士の視線が、未だに息のある〈カツアゲ隊〉に向けられる。
「ユ、ユー達! ミー達をキルしちゃ駄目だYO!?」
「ひぃぃ! 我々が殺される可能性はっ、一〇〇パーセントォ!?」
「か、カツアゲ隊の皆!?」
冒険者三人が、尻餅を突きながら後退るコボルド達を壁際へゆっくり追い詰めていく。
「はぅわっ!? も、もう逃げ場がっ……!」
焦る隻眼コボルドに、舌なめずりした男剣士が剣を上に振りかざす。
「んじゃあ……ハイ! 死ねぇえええっ!!!!」
しかし、その直前。
「――だからルール守れやぁぁぁぁっ!!」
「ぐぉっ!!?」
立ち上がり疾走したハルトのドロップキックが、男剣士の背中に炸裂した。
「「リ、リーダーッ?!」」
床にキスした男剣士に、女斥候と鎧戦士が駆け寄る。
「おい、お前等……迷宮ルールは守れっ! 良いな!!」
その間に〈カツアゲ隊〉を庇うように前に出たハルト。
その表情は、激しい怒りで満ちていた。
「テ、テメェッ……攻撃を当てたからって、いい気になってんじゃねぇぞォ!」
仲間二人を押し退け、男剣士が怒鳴り散らす。
「テメェみたいな雑魚が、本気でオレらに勝てるとでも思ってンのかァ!!!!」
「――勝ち負けなんざどうでもいいっ!!」
怒り狂う男剣士の言葉を一刀両断し、ハルトが人差し指を突き付ける。
「良いかよく聞けっ……迷宮攻略ってのはな! 〝冒険者と迷宮創設者の知略が織り成すエンターテイメント〟なんだよっ!!」
『っ……!?』
それは、ハルトの――迷宮への愛と理解を表したかのような言葉であった。
耳元で息を呑む音が聞えたが、胸に滾る想いを相手にぶつけたくて、堪らずハルトは剣を構える。
「迷宮で怪我するのは仕方ない……力不足ってことだからな。けどな! 誰もが楽しめる環境だからこそ、誰かが殺す殺されるなんて状況は、許せないんだよッ!!」
「ぐっ、コイツッ……!?」
男剣士を叱りながら、ハルトが急迫。上段から雑に片手剣を叩き込む。
完全に不意を突かれた攻撃により、男剣士は混乱し受け身に回らざるを得なかった。
「というか殺さないでくださいマジで!」
「はぁ?!」
気迫溢れる声から一転、情けない声で言葉を絞り出すハルト。
初心者が腕で剣を振るうような猛攻を、男剣士は容易く剣でいなしていく。
「俺だって、まだ迷宮運営したいんだよぉっ!」
「なに言ってっか分かんねぇよッ!!」
「おわっ――ウゴェッ!?」
体勢を崩したハルトが前のめりになった瞬間、男剣士の鋭い蹴りがハルトの横っ腹に炸裂した。
衝撃で、ハルトの体が床に勢いよく転がる。
なんとか体勢を立て直すハルトだが、腹の痛みで思わず膝を突いた。
「や、やるなっ……」
「弱ぇ魔族が居るとは思わなかったぜ。テメェ、超下級戦士だろォ?」
「ち、違う! 俺は超エリート戦士だ! 誰がなんと言おうと超エリート戦士なんだ!!」
まるで自らに言い聞かせるように、ハルトは力強く公言する。
「だから、俺は絶対に負けないっ……負けられないんだよッ!!」
(っ、なんなんだ? コイツはァ……!)
仮面の下から覗くハルトの瞳を見て、男剣士は咄嗟に胸を押さえた。
正体不明の胸の高鳴りが男剣士を困惑させる。
「助けにいきますか?」
「そうネ……あの魔族に負けるとは思わないケド、ちょっと勢い凄いし……ネ!」
喧嘩に近い戦いを見兼ねて、鎧戦士の男と女斥候がリーダーの加勢に向かった。
狙うはハルトの側面。挟撃するため左右から走り込んでいく。
「!? もう手段を選んでならないっ! クロエ、すまん……!」
その行動に気付き、もはや〝楽しませる〟余裕すらないと歯嚙みしたハルトは懐に手を突っ込んだ。
取り出したのは、粉と液体の詰まった二つの小瓶。向かい来る二人をギリギリまで引き付け、正面に投擲する。
「効きませんぞ!!」
「甘いワッ!!」
あまりの近さに避けられないと思ったのか。
鎧戦士と女斥候は小瓶の中身を推測しようともせず、各々メイスとナイフを使って事もなげに小瓶を破壊した。
砕け散る破片に紛れて中身が飛び出し、二人の顔に付着――途端、その動きがピタリと止まり、
「――へっ、へェァっ……! ヘァッくしょべィッ!?」
鎧戦士は突然くしゃみをし出した。一方、液体が掛かった女斥候はというと――
「あ、熱いっ……なんだか、体中がムズムズして……な、にをっ……した、ノ?」
何故だか顔が上気していた。息は荒く、肌に手を添わせて股を擦り合わせている。
「デ、テメェ! あいつらに何したァ!?」
仲間達の変貌ぶりを目の当たりにして、男剣士が怒鳴りながら尋ねる。
二人の異変を引き起こした小瓶の中身、それは――
「くくく……なぁに、胡椒と媚薬をぶつけてやったのよ。死ぬよりはマシだろ?」
「な、なんて奴だァ!? 人が嫌がる事を、平然とっ……!?」
子供の頃から、ハルトは弱かった。
弱いと自覚していたからこそ、己が胸に刻み付けたのだ。『どんな苦難だろうと全力で足掻き、人生という娯楽を楽しみ抜く』ことを。
「なんとでも言いやがれ、これが俺だ! 生きる為に手を尽くすっ!!」
覚悟を決めたハルトは、誰よりも強く燃やす――
大好きな迷宮攻略で培った〝生存本能〟という炎を。
「〈カツアゲ隊〉の皆、今だ! 俺が男剣士の足止めをしてる間に、奴等の荷物を根こそぎ奪っちゃいなっ!」
「「「「ウィー!」」」」
ハルトの献身的な時間稼ぎのおかげで復活した〈カツアゲ隊〉が奇声を発して、苦しむ二人へと殺到する。
「ヘァっくしょん!? な、何を――あふんっ!?」
棍棒を持ったバーサク・コボルドが鎧兜の上から容赦なく頭を叩き、鎧戦士を気絶させる。
「ユーの物はミーの物デース!」
その後、ハイテンション・コボルドがメイスや道具等、めぼしいブツを軒並み搔き集めていく。
「な、なにを……しゅるき、なノぉ? んぅ、もひかしてぇ、エロ漫画……みたいナぁ?」
「へへ、それはこれからのお楽しみさ。レディ」
一方その頃、媚薬を浴びた女斥候は蕩けた瞳で淫らな妄想をしていた。隻眼のコボルドに、顎をクイッと持ち上げられている。
その隙に、残るインテリ・コボルドがナイフや薬草を奪っていき――
「この者が嬌声を上げる確率ゥッ――百二十パーセントッ!!」
「ッ、あァアアアン――ッ!?」
インテリ・コボルドの指に肌を撫でられた瞬間、女斥候は色っぽく叫んで崩れ落ちた。
「手段を選ばなさ過ぎだろっ!? マジ引くわァ! 勝ち負けなんてどうでもいいとか言ってたくせにィ!」
仲間達の身に起きた惨劇にドン引きする男剣士。
「え? 俺そんなこと言ったっけ?」
「ッ――!!」
そんな彼の怒りを更に引き出そうと、ハルトはヘラヘラ笑ってすっ呆けた。
当然、男剣士の血管はブチ切れた。
「いつまでも調子に、乗んなァアアアッ!」
完全に頭に血が上った男剣士が、ハルトに向かって全力疾走する。
(狙い通りだ! 後はここで……)
思惑通りに動いてくれた男剣士に感謝しつつ、ハルトが邪悪な笑みを見せる。
腰帯に括り付けた麻袋から、液体の入った拳大の瓶を取り出し――
「あっ」
ヌルリとした感触の後、投げようとした瓶が手からすっぽ抜けた。
男剣士にぶつけようとした瓶は、男剣士との間に落下し割れてしまう。
「はっ! バカがァ!」
男剣士はハルトの失敗を鼻で笑った。
「媚薬なんざ、食らわなきゃ問題な――!!!?」
大きく液体が広がった床の上を踏み締め――その右足が、天を突くように蹴り上げられた。
「は? ――ンガッ!?」
一瞬の滞空の後、男剣士の背中が勢いよく床にぶつける。
その光景を見て、ハルトは――
「さ、作戦通りだっ!!」
『嘘つけ』
『嘘おっしゃい』
力強く拳を握り締めた。耳元でそれを否定するネモやクロエの声が聞えたが、ハルトは無視した。
「ぐっ……な、なんなんだ、今のは?」
「あれは、潤滑液さ。念の為に持っていた物が役立つとはな」
先程の瓶の中身は、魔物の体内で生成された潤滑液であった。魔界では、ローションと呼ばれる代物だ。
『ハルト、今が好機よ! 相手を気絶させて追い返しなさい!』
「おう!」
魔導伝音機から出された指示に力強く返事し、剣を鞘に納めたハルトは前のめりになりながら、猛然と走り出した。
「くっ、痛みで体がっ…………」
マキビシで受けた怪我と打撲による痛みで動けない男剣士を見て、ハルトは勝利を確信する。
「拳でトドメだっ!! 超エリートパァーーンチッ!!!!」
酷いネーミングの技名を叫ぶと共に、ハルトは拳を繰り出し――
「あっ」
『『あっ』』
「えっ――うぐあッ?!」
大きく広がっていたローションで足を滑らせ転倒。その勢いのまま、突き出された右拳は身動きの取れない男剣士の腹に叩き込まれた。
「あ、あれ……?」
エリア内が、重々しい空気で満たされる。
「やっ、た……のか?」
「――――」
男剣士の反応はなかった。
不幸の後の幸運の一撃。偶然とはいえ、先程の一撃が男剣士の意識を刈り取ったのだろう。
「い、いっよっしゃぁああああああ!!! 勝ったぁぁぁぁっ!!!」
その事実を遅れて理解したハルトは、諸手を挙げて喜んだ。
「ハルベルト様、初防衛おめでとうございます」
「カツアゲ隊の皆!」
そこへ、満身創痍ながらも四人のコボルド達が駆け寄ってくる。
「ハルベルト様のおかげで、宝物庫を守れやした。我々だけでは、とても無理でした……」
「いや、俺一人でも無理だった。皆のおかげだよ。ほんと、ありがとう……」
〈カツアゲ隊〉のリーダー的存在――隻眼コボルドの言葉に、ハルトは首を横に振り、頭を下げた。
「そいつらを迷宮の外に放り出したら終わりだ。後は頼んで良いか?」
「へい、お安い御用でさぁ! ハルベルト様、お疲れ様です!」
疲れていた〈カツアゲ隊〉は快く仕事を引き受けてくれた。四人で力を合わせ、冒険者達の足を引き摺りながら、このエリアを後にする。
〈カツアゲ隊〉を見送り、ハルトはいざ腰を上げようとした。
しかし、思うように力が入らず尻餅を突いてしまう。
「あ、はは……腰、抜けてら。はぁ……俺、やっていけんのかな――」
来る者を全て楽しませるエンタメ迷宮。
初防衛に成功したとはいえ、今回の防衛はあまり褒められた出来ではない――
その事を……ハルト自身、嫌という程に痛感したのだった。
新人賞バージョンだと、最後のシーンはハルトがハッタリを効かせて侵入者を撃退する流れだったのですが変更しました。ローションを使うのは変わってません(笑)
次回、第1章エピローグです!! 投稿は22日!
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