第13話 変身、魔装戦士!
更に、四日の準備期間を挟んだある日。迷宮内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「んぐっ!?」
突然の警報音に驚いたハルトは、食べていた昼食を喉に詰まらせる。
「ッゲホ、ゴッホッ……!? な、なんだぁ!?」
事態を飲み込めないハルトを置いて行くようにして、作業員達が慌ただしく席を立ち、食堂を走り去っていく。
「――ハルト!」
そんな流れに一人だけ逆らい、食堂の入り口から顔を出す者もいた。
「ネモ! おい、これは一体どういう――」
「説明は後だ! あたしと一緒に共有スペースに来い!」
「あ、あぁ!」
ネモは切羽詰まった表情でハルトに付いて来るよう促してきた。
何もかもが置いてけぼりなこの状況で、ハルトはネモに従って動く他なかった。
「クロエ!」
「ネモ、この警報音はもしかして……?」
「ああ、想像してる通りだ」
共有スペースに入ると、クロエがハルト達を悠然と出迎えた。クロエとネモは、状況を把握しているらしい。
「お、おい。早く説明してくれよ! なんなんだこの音はっ!?」
「この音は、侵入者の到来を告げるものだ」
「なに!? 迷宮に冒険者が来たのか……!」
「ああ。まだ迷宮の外で準備しているようだがな」
ハルトがこの事態について尋ねると、ネモは首肯する。
「そう、ようやく挑戦者が現れたのね。実に五〇〇年ぶり……胸が躍るわ」
(五〇〇年振り……?)
クロエがネモの言葉に反応し、不敵に微笑んだ。その言葉に、ハルトは妙な引っ掛かりを覚えたが、
「えぇと、俺は何をすればいい? ここで待機か?」
絶えず鳴り続ける警報音に危機感を覚え、ひとまず指示を仰ぐ事にした。
すると、ネモが真剣な表情でハルトの肩を掴んで告げた。
「ハルト、雇った防衛要員を率いて出撃しろ。その為の訓練だ」
「断る」
「は……?」
即座に命令を断られたネモが目を丸くする。
妙に真面目な顔付きをしたハルトは、ネモの手を振り払うや否や腕を組み、力強く言った。
「俺と侵入者との実力の差が、あまりにも大きすぎる!!」
「――なに堂々とヘタレてんだっ!?」
堂々過ぎるヘタレ発言に、ネモがハルトの胸倉を掴み上げる。
「まだ戦ってもねぇだろうがっ!」
「全く、やれやれ……分かってないな、ネモ君」
「なにがだよっ」
胸倉を更に締め上げられながら、ハルトは鼻で笑って肩を竦めた。
「俺はゴブリンにも劣る雑魚……情けないが、既に勝敗は見えている」
「……本当に情けないわね」
「ごはっ!?」
クロエの容赦のないツッコミが、ハルトの心に突き刺さる。ハルトの自己戦闘力に対する認識は、既に諦めの境地に至っているようだ。
「大丈夫だ! 撃退が目標だが、最低でも奴等を楽しませればいい!!」
「いやじゃああああああ!! 自信ないもぉぉんっ!」
女に持ち上げられながら、ハルトは子供のように駄々をこねる。
そして、不意にあることを思い出した。
「大体ネモ、お前がいるじゃん! 魔族のお前が行けば、勝ったも同然っ……!」
「責任者という立場上、あたしは防衛できない。派遣されてる作業員もな」
「そ、そんなぁぁぁぁっ!!」
頼みの綱を断ち切られ、ハルトは項垂れるが、
「いや待てっ……そうだ、クロエなら――」
「魔王のあたしは姿を見せる訳にはいかないの。だから、頑張りなさい? 超エリート冒険者のハルト」
クロエに期待の眼差しと共に肩を叩かれる。が、その口元は微妙に笑いを堪えていた。
「くぅっ……! 煽てれば、俺が動くと思うなよ!? それにっ、万一顔バレしたら不味いだろ!」
それに目ざとく気付いたハルトは、断固として出撃を断り続ける。
しかし、その言い分はもっともなものだ。
なにせ、冒険者のハルトが侵入者を撃退する為に動く。即ち、バレて報告されれば冒険者廃業、最悪の場合捕まることさえ有り得る。
「ははっ、そう言うと思ってたぜ!」
「へ?」
「そんなハルトの為に、商会からある物を取り寄せておいたんだ〜」
しかし、ネモはそんな言い訳さえも先読みしていたらしく、ハルトを下ろすと何かを手渡した。
「これは、ブレスレット……?」
「それを手首に付けろ。早く!」
「は、はいッ!」
鬼のような形相でネモに催促され、ハルトは赤い宝石の付いたブレスレットを手首に装着した。
「そして叫べ――変身!」
「へ、変身!? うおっ――!?」
ネモに促されるまま、ハルトが叫ぶ。
刹那、赤い宝石から飛び出た漆黒の闇が、衣の如く全身を包み上げ――
「くっ…………こっ、これは!?」
闇に包まれた視界が晴れていく。
気付けばハルトは、紫のラインをアクセントにした黒装束と仮面をその身に纏っていた。
「うぉおおほぅっ! かっちょええ! 変身中とかマジでイケてるぞ!」
「それが、五〇〇年前から魔界で大流行してる子供向け漫画――『魔装戦士ヘルブランド』に登場する変身ブレスだ。商会で改造したから防御面もバッチリだぜ!」
興奮するネモから後出しで渡された紙の説明書に、ハルトは目を通していく。
※『魔装戦士へルブランド』とは――平和を説く天使から魔族の子供達を守るバトル漫画なのである! 悪い子は絶対に〝善用〟しないでネ!(作者より)
「いや、悪ガキ用かよっ!?」
人間の一般常識とかけ離れた作者コメントに、ハルトは説明書を手で丸めて投げ捨てた。
「これで心の準備は出来たでしょ? さっさと侵入者を撃退してきなさい」
再度、クロエが手を鳴らしてハルトに出撃を促す。
「それと、誰も殺してはダメよ。ここはエンタメ迷宮――言わば娯楽施設なのだから」
「いや、そもそも俺の実力じゃ殺せませんが? むしろ、殺される可能性の方が高い気が……」
何を当たり前のことを、とハルトが大きく肩を落とすと、
「――お願い! 絶対に死なないでっ!!」
「っ!?」
クロエが突然ハルトの両手を掴み懇願した。
瞳を潤ませるクロエに、ハルトは大きく目を見開く。
「あっ…………ご、ごめんなさい。急に声を荒げたりして」
「い、いや……気にしてないけど」
クロエ自身、無意識の行動だったらしく。
顔を背けたクロエは、遅れてハルトの両手から手を離した。
「まぁ心配すんな! たとえ負けても、殺される前に回収してやるからさ。だからガンバ!」
「軽いなっ!? くっそぅ、こちとら命懸けだってのによぉ……」
そんな暗い雰囲気を吹き飛ばす為か、ネモが大声を出しながらハルトの背中を叩く。
陽気に軽く言って見せるネモに、ハルトは尚更不安になった。
「……大丈夫、あなたならきっとできるわ」
「クロエ……」
その不安を少しでも和らげるように、クロエは今度は優しくハルトの手を握った。
「あなたは私の大事な配下で、私が実力を認めた人間なのだから」
身長差からか、少し顎を上げて微笑むクロエ。
その可愛さと期待から、照れくさくなったハルトは顔を逸らし、
「わ、分かったよ! でも、あんまり期待しないでくれよな」
「それは無理な相談ね。祝杯の準備をして待ってるから」
「はぁ……やるしかないなさそうだ」
暗に勝利を期待している、とクロエに言われたハルトはようやく観念した。
「それとハルト、これも渡しておく」
ハルトが覚悟を決めたのを見て、ネモがハルトの眼前に何かを差し出す。
指の第一関節ほどの黒い物体だ。
「……これは?」
「魔導伝音機。それを耳に付けていれば、あたし達とハルトの声が相互に受信できる」
「そんな代物までっ……」
ネモの手厚いサポートに、ハルトは感激で胸が高鳴った。
ハルトは目を閉じ、頬をパンパンと叩いて気合を入れる。
「ふぅ…………よしっ!」
片手剣と幾つかの小道具を手に取り、クロエとネモに向き直った。
「俺、できる限り頑張ってみるよ」
「ふふ、よろしい――」
クロエは微笑むと、魔王として威厳のある言葉をハルトに発する。
「では、初任務を命じるわ――ハルト、侵入者を歓迎してきなさい!」
「ああ。見せてやるぜ、超エリート冒険者の圧倒的パゥワァッを……!」
「早く行きなさい」
「すみません」
覚悟完了するまで遅すぎたハルト。
果たしてハルトは、侵入者を楽しませた上で撃退することができるのだろうか!!!?
※誠に勝手ながら、お盆休みを堪能する為、15日まで投稿を休みます。次回の投稿は、16日の夕方以降となります!
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