第11話 迷宮の宣伝
クロエの呼び出しがあった日から三日後の昼下がり。
ハルトは迷宮から近い村の村長宅を訪れていた。
「依頼された品はこれで全部だ。確認してくれ」
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うむ、確かに」
村長である老人の男は、ハルトが手渡した依頼物を確かめ、ゆっくりと頷いた。
「いやぁ助かったわい。この薬草は森の奥にしか生えてなくてのう。この老体では厳しいと思ってたんじゃ」
「だろうな。森には魔物がうろついてるし、冒険者の俺に頼んで正解だったと思う」
「そうじゃな、若い衆がいない時はまた頼むとしよう。本当にありがとう」
「こちらこそ。ちょっと失礼……」
村長から手渡された小さな麻袋を、ハルトは遠慮なく受け取る。
念の為に中身を見て、報酬の額に間違いがないかも確認しておく。不躾ではあるが、この方法が最もトラブルが少ない。
(無事依頼完了……っと、退散する前に仕事仕事……)
魔王クロエに拾われる前は、依頼報酬を受け取り退散するだけで良かった。
しかし今は違う。依頼はもののついでで、本命はこれから行う迷宮の運営業務。
「そういえば知ってるか? この先にある〈祭魔山〉……あそこの迷宮が、最近になって活発化してるってこと」
「……ほう、それは珍しい。あそこは既に枯れた迷宮だったと記憶しておるが……」
近隣の村でも祭魔山の迷宮は今もなお〝枯れている〟認識のようだ。
ハルトはその認識を上書きし、認知してもらう為に来たのだ。
そう、エンタメ迷宮が産声を上げたのだと。
「俺もそう思ってたんだけど……その噂は本当だったって理解させられたよ」
「……まさか、迷宮へ?」
「つい昨日な。罠は増えてるわ、構造も変わってるわで大変だった。しかも守護者もいたから、弱い俺は財宝を取れなかったんだっっ……!!」
ハルトはわざとらしいほど大袈裟に、残念そうに振る舞った。
罠は増やし構造も変えた。魔王という、ある意味守護者的存在も居た。よって、ほとんど嘘ではない。
「おぉ、それは残念じゃったな。強い冒険者なら、攻略できるやもしれんのぅ」
「だよなー。下手に入ったら危ないし、可能なら他の村人や旅人にも広めてくれないか?」
「それは構わんが……何故自分で広めんのじゃ?」
村長が怪訝そうに顎髭を触る。そう問われた際の対応も、ハルトの頭の中に入っている。
「勿論、自分でもやるさ。ただ、一人より二人以上の方が効率が良いからな」
「そうじゃな……よし、頼みの件は任せなさい」
理に適っていると考えたのか、村長は快く頼みを引き受けてくれた。
「ありがとう。それじゃ、また御贔屓に」
村長に礼を言い、ハルトはその場を後にした。
村の人気のない場所まで歩いていくと、不意に声を掛けられる。
「よ、お疲れ様さん。初めてにしては、上手く宣伝できてたと思うぜ?」
「そりゃどうも……」
声の主はネモであった。
寄りかかっていた木から離れると、ハルトに近付く。仕事ぶりを陰から観察していたらしく、ハルトは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「にしても、なんで迷宮に近いこの村なんだ? どうせ宣伝するなら、もっと大きい街とか……それこそ王都でも良かったんじゃ……?」
「チッチッチ……分かってねえなぁ。これだから素人は……」
「むぅ……」
人差し指を振って肩を竦めるネモに、ハルトは少しムッとした。
「宣伝はすぐ効果を期待しないものなんだ。少しずつ広めていくのが鉄則だぜ?」
「そうは言っても、金ないし……」
その一言で、先輩面していたネモの体がビクンッと震えた。
ネモは取り繕うように言葉を絞り出す。
「そ、それに想像してみろよ。王都で宣伝した結果、設備も人も足りてない今の迷宮に大勢の冒険者が押し寄せる光景をさ」
「今の迷宮に……?」
ハルトはその光景を脳裏にイメージした。
金欠なこともあり、迷宮の規模は小さく罠の数も少ない。そんな中、冒険者の第一波が突入。仕掛けた罠によって辛うじて防衛できたが、続く第二波を押し留められる罠は既に無い。
つまり――
「………うんッ、絶対無理だな!!」
現状の戦力を考慮に入れても、宝物庫に到達する冒険者の姿が容易に想像できてしまうほどだ。
ハルトは防衛不可能である事を悟った!
「そういうことだ。迷宮の規模、人員に合わせて、臨機応変に宣伝しないと駄目なんだ」
「宣伝の規模で、訪れる冒険者の量を調節するってことか……うぅむ、成程」
しみじみと頷くハルト。
ハルトは迷宮宣伝の極意を会得した!
「……ところでこの後、仕事ってあるか?」
「いや、後は作業員達との親睦会だけだが……あっ!」
ネモは今日の予定を話した後、何故か神妙な面持ちとなり、
「もしかして、コレかぁ?」
「ちげぇよ!?」
小指を立ててニヤニヤと笑うネモに、ハルトは速攻で否定した。
「ま、まさか……! ハルトお前、男が――」
「尚更ねぇっ!!」
男色なのかと疑われてしまい、ハルトは先程より速く、力強く否定した。
「お前、俺が最近別れたの知っててわざと言ってるだろ!!」
「そうだっけ? でも、傷心の為じゃないなら何さ?」
「ちょっとそこまで、買い物してくるだけだ――」
不思議そうな顔をするネモに、ハルトは給金の入った麻財布を掲げたのだった。
投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした!!
今回も話の区切りの都合上、内容少なめとなってしまいました。
次話はボリューミィな内容となっておりますので、お楽しみに(笑)
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