第9話 エンタメ迷宮は資金難
今回の内容は少し多めです。
着工から約二時間後。
入り口から洞窟以外を改造した結果――二つの罠エリア、敵を直接撃退する戦闘エリア、その奥にご褒美である宝物庫を用意した。
完成したのは、全て魔界の優秀な作業員達のおかげである。
ちなみに資材は、ネモが事前に造った空間転移型の搬入口で運んだ。
「ははっ、速っ……もう完成しちゃった」
力強く、そして素早く正確に動く作業員達を見ていたハルトは顔を引き攣らせる。
「商会自慢の作業員だからな。身体強化魔法を使っての作業は当たり前だ」
「なんて羨ましいっ……!」
作業員達に嫉妬して歯嚙みするハルトに、ネモは目を丸くした。
「……まさか、ハルトは魔法が使えないのか?」
「悲しいかな、精霊の存在を感じられないんだ……昔からな」
魔法。それは魔力を糧に精霊の力を借り、様々な現象を引き起こす神秘そのものだ。
基本的に精霊へ語り掛ける〝詠唱〟を必要とするが、訓練次第で詠唱を短縮・省略出来る。しかし、ハルトのように精霊を知覚できなければ、魔力保有者でも魔法は使えない。
「でも! 迷宮運営ができる今となっちゃあ、魔法が使えないなんて些事でしかないね!!」
「まぁ、お前自身が納得してるなら良いが……」
意気消沈して勝手に復活するハルト。ネモは心配が杞憂であったと呆れ笑いを浮かべる。
「そういえば……あの宝物庫に入れた財宝は、冒険者を呼ぶエサで良いんだよな?」
ハルトは眼前の壁にある何の変哲もないドアを指差すと、ネモは首を縦に振った。
「その通り。なんでか解るか?」
「冒険者にとって、財宝のある迷宮はそれだけで需要があるからだ。探索を楽しめる上に、お宝も回収できるとなれば尚更だろ」
「理解してるなら良い」
そこへ定期的に補充される罠を加えれば、ネモの言う〝生きた迷宮〟になるという訳だ。
「だが気を付けろ。財宝で釣るということは――逆に、奪われる可能性もあるってな。運営資金の一部も入れてあるから、極力奪われないでくれよ?」
「はいはい、分かってるって――」
ネモに見つめられて、ハルトが頷いた瞬間、胸倉に細い両手が伸びた。
「げふっ!?」
「ほんっと頼むぜ!? 迷宮はいま資金難なんだ! 運営初期段階で奪われたら、マジでシャレにならねえんだっ!!!!」
(な、なら何故、宝物庫に入れておくぅっ……!?)
その手はネモのものだった。酷く取り乱しており、ハルトの胸倉が激しく揺すられる。
「運営資金には、あたしが今まで魔界で稼いだ分も入れてある!! だから、『多少の被害は大丈夫だ、問題ない』とか考えず、宝物庫を死守すると誓ってくれっ!!!!」
「わ、わかっ、まもっ……まもる……からっ、首が、しまっーー」
「あ、すまん」
その必死な説得が功を奏し、ようやくネモがハルトの胸倉から手を離したのだった。
「ぜぇっ、ぜぇっ……ひ、酷い目にあった」
「わ、わりぃ。あたしのお金もそうだが、商会の支援金も含まれてるから、だいぶ敏感になっててさぁ」
息を整えながら、ハルトは「絶対にそれだけが理由じゃないだろう」と強く思った。
「というか、〈アラカセギン商会〉は駄目だったんじゃ……?」
「ん? あぁ、商会といっても〈ボロモウケ商会〉の方だぜ、魔界の」
ハルトがふと気になったことを訊くと、ネモはなんでもない風に答える。
「なぁ、その〈ボロモウケ商会〉って結局なんなんだ? どっちの商会も、金の亡者が設立したようなネーミングだけど……」
「よくぞ訊いてくれた!!」
ハルトの問い掛けに対し、ネモは得意げに語り始めた。
「保険や人材、武器や迷宮施設等々っ――計十種以上の商材を扱う商会、それこそが〈ボロモウケ商会〉なんだぜ!」
「……それって〈アラカセギン商会〉と何が違うんだ?」
両商会でのネモの立ち位置が解らず、ハルトは更に質問を投げる。
「大した違いはない。ただ……あたしは人間界では商会長だが、魔界ではいち幹部ってだけ。あたしはクロエの復活を手伝う為に、責任者として派遣されて……いや、志願して来たんだ」
「へぇ、ネモって見た目通り有能なんだなぁ!」
「うぐっ」
ハルトが素直な感想を述べる。すると何故か、ネモは顔を酷く引き攣らせた。
「……ま、まぁな? だから、何でも訊いてくれよなっ!? ほ、ほら迷宮施設とか!!」
腹の内を探られたくないのか、ネモは露骨に話題を逸らした。
「?? じゃあ……」
疑問に思いつつ、ハルトは顎に手を当て、
「迷宮の罠! 商会にはどんな物があるんだ?」
「そ、そうだなー! 今、使える予算的には……この辺のやつだな――」
ネモから手渡されたのは、迷宮のカタログ本だった。開かれたページには、多種多様な罠がリストアップされている。
「な、なぁ……」
「なんだ?」
「一応、念の為に訊くが…………これって値段だよな?」
わざわざ人間界の文字で印字したのか、罠名称の下には『金貨十枚』と記載がある。
「そうだぜ――〈ボロモウケ商会〉は高品質でリーズナブルな商品を提供します、ってな?」
その値段表記と先程の〝資金難〟という言葉は、ハルトに嫌な予感をもたらす。
「…………罠は何個までだ?」
若干顔を引き攣らせながら、そう尋ね――
「…………一番安いので三個が限界」
「おいぃぃっ!?」
返ってきた元気のない答えに、ハルトは思わず叫んでいた。
「どんだけ資金不足なんだよ! 魔王様復活させるんだろ!? なぁ!?」
目を逸らしていたネモの肩を、今度はハルトが掴んで揺すりまくった。
「い、いやぁ、クロエの捜索でかなりお金がかかって……四十年前まで、迷宮は落盤で塞がれてたし。後は、居住区を作るのにもかなり……」
「居住区って、例えば……?」
ハルトは目を泳がせるネモの瞳に視線を合わせ、詰問するように真っすぐ見つめる。
「食堂と各自室……あと治療室」
「うんッ、それは必須だな!! でも凝った迷宮作れないのは悔しいぃぃっ!!」
「あと、さっき資材代も……はは」
エンタメ迷宮はハルトの想定以上に資金不足のようであった。
現実的にもハルトの欲望的にも状況は最悪である。
「迷宮を好きにできるって話だったのにすまないな、これが現実だ」
「ぬ、ぐあああああっ!!」
現実に打ちのめされたハルトは、気が狂ったように頭を抱えて絶叫する。
「クロエの復活には面白い迷宮を作る必要があって、その為には金が必要で、それを得るにも侵入者から巻き上げる必要があるとかっ……!! 堂々巡り過ぎるだろぉぉぉぉっ!!!?」
ハルトの醜態に、作業員達が生暖かい視線が送る。その目は、孫を可愛がる祖父母のように優しげであった。
長い苦悩の末――ハルトは効果的な罠三つを選び、作業員達へ工事を進めるように指示した。
その後ネモの指示に従って、ハルトは再び執務室に。
「じゃあ、次は防衛要員を選ぶか」
「いや待て。防衛要員ってなんだ?」
カタログ本のページを捲り手渡してくるネモに、ハルトが目をしばたかせる。
「迷宮を守る人員だ、戦闘エリアに配置させる」
「あぁ、守護者のことか」
迷宮で宝を守る存在、それが守護者だ。人型や化け物であったり、知性があったりなかったりと、特徴は区々である。
ハルト的には居たら居たで面白い存在だが、どちらかといえば罠ばかりの方が心躍ったりする。
「なんだぁ? ハルトは宝物庫の財宝が奪われてもいいってのか?」
淡々とした返答から〝防衛要員は要らない〟と感じ取ったのか、ネモはハルトを睨み付けた。
「まさか。でも、罠だけの迷宮は迷宮で最高だぞ!」
「ふぅん、どんな感じで……?」
ネモはハルトに最高と思う理由を尋ねると、ハルトの迷宮を語りたい欲望にスイッチが入った。
「迷宮はそれ自体が、創設者の知恵で成り立っている! 神出鬼没な罠の数々! 一瞬の油断すら命取りになる極限下のスリル! 創設者の権謀術数を乗り越えるあの感覚ときたらっ……! フッ、堪らん……」
「うわキモッ!? そんな特殊性癖持ちの意見なんか無視だ無視っ!」
「俺を変態みたいに言うな!? 俺は、ただの迷宮狂いだ!!!!」
迷宮に対し異常に興奮し垂涎する者は、変態以外の何者でもない――と、ハルト以外の者がそう思っていることに、ハルト自身未だに気付いていない。
「とにかく迷宮には防衛要員だ! クロエの為にもここは絶対に譲れないっ!! 絶対だ!!!」
「が、頑固な奴だな……わ、分かったよ」
ネモの眼光には強い信念のようなものが宿っていた。彼女の言葉と眼力に圧され、ハルトは渋々納得した。
「さて、どんな感じかなぁ……」
気を取り直して、ハルトはカタログの防衛要員のページを目を通し、
「おぉぅ……」
酷く表情を曇らせた。罠に続いて、やはり値段の表示があったからに他ならない。
防衛要員は単体か部隊単位で取引されており、そのどれもが『金貨二十枚』と割高だ。そして値段は、部隊の強さや特性に比例してどんどん吊り上がっていく。
ハルトは軽く息を吐き、
「――よし、諦めよう」
静かに、カタログ本を閉じた。
「おい待て。今のページが一番安い防衛要員なんだぞ?」
「だから現実逃避してたんじゃないか。止めてくれるな」
「おいハルトー、目を覚ませー。これが現実だぜー」
諦観したように遠くを見つめ始めるハルト。ネモは、そんなハルトの顔を往復ビンタして目を覚まさせた。
「いてぇ…………じゃあ、この〈カツアゲ隊〉を頼む」
結局、ハルトは四人のコボルドが編成された部隊を選ぶことにした。
基本的に彼等は迷宮に常駐するらしく、治療費や食事は〈ボロモウケ商会〉で用意するようだ。
なので、カタログには『契約する際は召喚時の支払いだけで構いません』――と記されていた。
「防衛要員の初回契約費用は〈ボロモウケ商会〉で持つことになってる。次からは、運営費から工面して出すんだぞ」
「なに!? 今のやっぱなし! この超エリート冒険者にふさわしい高くて最強の防衛要員を――」
「こっちが持つ費用には上限がある、諦めろ」
「くそぅ!!」
その後、契約した〈カツアゲ隊〉との顔合わせはつつがなく終えた。コボルド達は、ハルトから見てかなり個性的な性格をしていたが。
「なんか、ドッと疲れたぁ」
昼食前にネモと一旦別れ、共有スペースに戻ってきたハルトは、長椅子にぐったりともたれこんだ。
「ご苦労様。中々苦労しているようね」
「クロエ! いや、魔王様ぁ! もう少し資金面をどうにかしてくださいぃぃっ」
向かいの長椅子で優雅に座っていたクロエに、ハルトは泣きついた。
「き、急にどうしたのよ」
「迷宮作りは楽しかったんだ! ええ、とってもね!」
「? 良かったじゃない」
クロエには、ハルトが満足しているように見えたが、
「でも今のままじゃ、迷宮欲を全然満たせないんだよぉぉ!! 金無さ過ぎて!!」
「なら、早く侵入者を呼んでお金を巻き上げないとね? 頑張りなさい」
そう言って、クロエは平然と微笑みながらハルトを励ます。しかしその励ましが、逆にハルトの不満を表に出させた。
「くぅっ……俺は辛い思いをしながら頑張ってるのに、クロエは随分と暇そうだなっ?」
身体を起こしながら、ハルトは皮肉めいた不満をクロエにぶつける。
「不可抗力よ、一瞬しか物に触れられないのだから。何か暇を潰せるものがあればねぇ……」
だが、クロエはそんな皮肉をもろともしなかった。クロエが憂いを帯びた表情で溜息を吐くと、ハルトは思い出したように手を叩いた。
「あぁ! 前にまない――胸を触った時は一瞬だったもんな。硬い感触」
「は?」
「あっ!?」
思わず、無神経で明け透けな発言をした時には既に遅かった。
「学習能力がないのかしらねぇ……こ・の・男・は」
「ひぃ!? いや、そういう意味で言ったんじゃなくて……!」
笑顔ながらも怒りを露わにしたクロエが、両手をボキボキと鳴らし始める。
「ならどういう意味? ねぇ?」
「いや、そのぉ……――ごめんなさいっ!!」
何を言っても墓穴を掘りそうだと思ったハルトは、土下座してひたすら平謝りすることに決めた。
「おーい、ハルトー! 昼飯食った後は、迷宮運営の講義を……」
そんな時だ。
ネモが遅れて共有スペースにやってくる。そして、すぐに不思議そうに首を傾げた。
「…………何してんだ? 二人とも」
「私のまな板が硬いんですって。ネモ、命令よ。ハルトの初給金は半分にしておいて頂戴」
「反省なき者に慈悲はなしと。了解、運営費にまわしておくぜ」
「イヤァアアアァアアアアッ!?」
流石の魔王にも〝三度目の慈悲〟という概念はなかったらしく。
両頬を押さえて絶叫したハルトは減給のショックで気絶。
エンタメ迷宮の運営の初日は、ハルトの絶叫で締めくくられたのだった――
※「奪われる」を〝奪〟のルビを〝く〟にしたのはワザとです。エサである財宝に合わせてます。勘違いなさらないよう、お気をつけ下さい。
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