煮込みうどん
「おーい、出来たぞ。」
松山の声で身を起こした。
「このうどん、どこに置けばいい?」
松山は、どんぶりを手に持ったまま部屋を見回した。
「ああ、そこに置いといて。」
私は、机に向かって指を指す。
「え?ここ?置き場所ないじゃん!」
彼はそういいながらも、机の上までどんぶりを運ぶ。
軽く紙類や絵具をどかし、椅子の前に置いた。
「ここでいつも食ってんの?」
「うん。まあ、デッサンがてらに食べること多いし、大体食パンだし。」
「ほんと美大の奴って、みんな食パンしか食わないよな。」
「立派な画材であり、立派な食料だからね。安価だし。」
私は煮込みうどんの匂いに誘われながら、椅子に座った。
「まあな。んでも、食パンだけってのもな。」
「それはごもっともだ。現に今風邪を引いてる。」
「説得力の塊だな。」
私は、「いただきます。」と手を合わせて、鍋の中にある卵の黄身をつつく。
白身の膜が割れて、綺麗なオレンジ色の黄身がとろりと流れる。
この瞬間は、いつ見てもテンションが上がるものだ。
私は、その黄身の下にあるネギと麺を絡ませ、啜る。
口の中には、甘い醤油と柔らかくなったネギ、まろやかな黄身の濃厚な味が広がった。
弱っている胃の中を優しく温めてくれる。
思わず、顔が綻んで行く。
松山は、そんな私の様子を見て、嬉しそうに「よし。」といってキッチンに向かった。
先ほどまで聞いていたリズムの良い野菜の刻む音が聞こえてくる。
彼は、作り置きの食べ物を作ってくれているのだろう。
また、彼は鼻歌を歌い出した。
「なあ、それって『ルビーの指環』だろう?」
「そう、お前が勧めてくれた歌。」
「勧めたといっても3年も前に勧めた歌なのに、よく覚えてるな。」
「ああ、それは…」
松山はそこまで言うと言葉を止めた。
「なんだ?実は、気に入ってくれてたのか?」
「そう、あの時聞いてから割と聞いてるんだ。いい歌だからな。」
料理の手を止めた音がした。
私は思わず松山の方を振り返ると、野菜をじっと見つめてどこか不安そうな顔をしていた。
「どうした?野菜に虫でも入っていたか?」
私のその声にハッとして、松山はこちらを見た。
「ああ、なんか考え事してた。」
「大丈夫か?お前に風邪でも移したかな。」
私がそういうと、松山は「生憎、俺は阿呆の血が流れているもんで、風邪は引かない。」
そういって、また野菜を切り始めた。
「それはその通りだな。」
私はそういって、またうどんを啜った。
彼は、1週間分ほどの料理を作り、私の食べ終わった食器まで洗ってくれた。
タッパーに入った料理の食べ方を一通り教えてくれた後に、「じゃあ、またな。はよ治せよ。」と一言言って、帰ってしまった。
松山が帰ったとたんに部屋が少しばかり広く感じる。
シンとした室内で私は再び床についた。
枕元にある体温計で熱を測ると、やはり午前とほぼ変わらない体温が表示された。
(明日もこのままだと休みだな。明日は一限があるから早めに起きて連絡しないと。)
満たされた腹と重い頭を布団に沈め、私はまた眠った。