松山
目が覚めた頃にはすっかり夕方になっていて、廊下まで茜色がこぼれていた。
真っ白なブラウスには、灰色の染みが胸全体に浮かび、肌に吸いついてくる。
あまりの気持ち悪さにその場でブラウスのボタンを外し、上裸になる。
それでもまだベタベタとする肌と重い頭を持ち上げ、風呂場へと足を運んだ。
シャワーがまだ冷たいのも気にせず、頭から浴びる。
体から滲み出た汗を落とし、風呂から出ると、さらに体がどんよりと重たくなる。
急いで体を拭いて寝巻に着替えては、布団へと急ぐ。
布団に入る前に冷房をつけ忘れたことに気づき、急いで冷房をつけ、布団に転がる。
ひんやりとした風を感じながら、(明日には完治してますように。)
そう思いながら、眠ろうとすると、玄関から呼び鈴が鳴り、荒いノックの音が響く。
(このノックの音は松山か。)
体を再度起こし、玄関に向かった。
ドアを開くとその横から松山が顔を出して、「おお、だいぶしんどそうだな。」と、笑った。
「何しに来たんだよ。」
「お見舞いに来てやったんだよ。」
「今から寝るとこだったんだぞ。」
「そうか。じゃあ、勝手に寝ててくれ。てか、寝ろ。阿呆。
今日、バイト休みだし、俺は、お前のために愛情たっぷりな煮込みうどんでも作ってやる。」
左手に持っている重そうなビニール袋を持ち上げ、にんまりと笑いながら、松山は言った。
何度か松山の作ったご飯を食べたことはあるが、流石に町一番の定食屋でバイトをしているだけあって美味い。
そして何より、昼前から寝ていたのもあって、かなり空腹だった。
自身の食欲に負け、松山を部屋へと上げた。
松山は、廊下にあるキッチンに食材の入った袋をドサリと置き、左腕を回した。
私は、布団に胡坐をかき、「煮込みうどんって言ったって、そんなに食材買ってきたのか?」と松山に問う。
「飾のことだから、どうせ何も買い置きとかしてないだろうと思って、作り置きも作って行ってやる。感謝しろ。」
そういいながら、松山は買ってきた袋から野菜やお肉を取り出し、冷蔵庫を開ける。
「本当に何もねえな!」と、驚き笑いながら食材を詰め込んだ。
「あ、飾は寝てろ。煮込みうどん出来たら、起こしてやる。」と、松山は私の肩を抱えながら寝かせ、布団をふんわりと体に掛けてくれた。
私が、目を瞑ると、しばらく私の様子をながめ、「よし。」と言いながらキッチンへと向かった。
食材を水で洗う音、包丁で野菜をリズムよく切る音、鍋を出す時の軽やかな金属の音。
音を聞くだけで、松山の手際の良さを感じる。
彼は、鼻歌を歌いながら、淡々と料理を作っている。
少し目を開けて彼の方を見ればどこか楽しそうだった。
「そんなに料理が好きなら、絵なんて描かなくてもいいじゃないか。」
私がそういうと、松山はうどんをほぐしていた菜箸を止めて、私の方を見た。
「え?何か言ったか?」
「いや、そんなに料理が好きなのに絵を志してるのは、なぜかと思ってな。」
「うーん、料理は好きだけど、好きになったのは、大学入ってからだしな。」
松山はうどんを再びほぐし始めた。
彼は、また鼻歌を歌い始める。
私が彼と仲良くなった頃によく聞いていた曲だ。
最近は、あまり聞かなくなったが、松山が覚えるほどに聞いていたとは知らなかった。
ぐつぐつとうどんを煮る音と彼の鼻歌が心地よく、私は再び目を閉じた。