風邪
「お前も馬鹿だな。濡れたまま寝て風邪をひいちまうなんて。」
画材の匂いが漂う教室で、松山は笑った。
今朝、鉛のように重くなった体に違和感を感じながら目をこじ開けた。
酷く頭も痛く、壁を伝いながら洗面所まで向かうと、鏡にはぼさぼさの髪の毛と血色のない肌に充血した目のついた化け物が映った。
あまりにも驚いて腰を抜かしかけたが、これは自身の姿であると気づくと変に可笑しい。
しかし、笑おうとすると頭がズキズキと痛み、それどころではない。
今日は大学を休んでしまおうか、と携帯を手に取った。
しばらくして、今なぜかこのように教室に座り黙々とデッサンをしている。
「でも、今日休んでもよかったんじゃないか?お前、そんなに単位危なくないだろう。」
松山は鉛筆をカッターナイフで削りながら、話しかけてきた。
「まあな、二日酔いも重なって最悪な体調だけど、どうしてもここに来るのは辞められないんだ。」
「お前は、本当に絵を描くことに執着しすぎているよ。君の堅苦しい絵も好いているが、このまま体調を壊したままでは、描きたいものも描けないだろう。」
「しかし、デッサンくらいは出来るだろう。一日休むとどうも元の感覚を取り戻すのに数時間はかかるもんでね。」
「ははん、そうなったら印象派の絵でも描いてみてはどうかね。現代のモネになれるかもしれんぞ。」
「はは。そりゃあいい。」
私は、目の前の石膏を凝視しながらキャンバスに鉛筆を走らせていく。
松山のいう通り、今日は休むべきだったかもしれない。
瞼が熱く酷く重たい。
頭もズキズキと痛み、まるで石ころが頭の中を転がりまわっているかのようだった。
そんなこんなでデッサンも酷い有様だったわけで、先生からはとんでもない酷評を貰った。
隣に座る松山も同様に酷評を貰っていたわけだが。
松山と同じような評価を貰ったことは初めてで、私は肩を落とした。
このあと油絵の授業もあるが、今日は仕方なく帰ることにした。
松山が先生に伝えてくれるということで、無断にはならないだろうが、この三年間で培ってきた皆勤賞は昨日の陳腐な行動で打ち砕かれてしまった。
私はまたさらにがっくりと肩を落とし、帰路につく。