山田
大学について、普段通り講義を受けた。
三日も休んだことに少し居心地の悪さも感じたが、特に何かを言ってくる教授や生徒はいなかった。
松山にその話をすると、「大学生なんて割とサボってるやついるぞ。お前が真面目過ぎるだけだ。」と笑われた。
そういわれると少しだけ気持ちが軽くなった。
講義が終わり、すぐに松山に連絡を入れ、大学前の広場で集合をした。
「おお、すっかり顔色も戻ったな。家行ったときはサツマイモみたいだった。」
「サツマイモだったら、もう少し変な病気にかかってるだろう。」
「確かに。」
妙に納得している松山を無視して、私は歩き出した。
商店街に向かう間にも松山はずっと喋りかけていたが、商店街に入ったところで松山が止まった。
私が振り返ると、松山はニヤニヤと笑っている。
「お前、さてはそこの店員さんと何かあったな?」
「は?」
「だって、さっきからなんか空返事だし!まさか…そこの店員さんに恋したのか!?それで俺を道連れに!?」
松山はワナワナと言葉を連ねるが、お門違いもいいところだった。
「そういうのではない。ただ、気まずいだけだ。」
「はえー、まさかその店員さんの前で吐いたとか?」
「そんなことはしてない。」
「じゃあ、問題ないだろう。俺なんか__」
そこから彼はバイトで失敗した話などを長々と語ってくる。
まあ、少し気は紛れるが、やはり商店街を進むごとに私の動悸は激しくなるばかりだった。
店の前に到着すると、一つ息を吐いた。
ドアノブを握ろうとすると、私よりも先に松山がドアを開ける。
「ああ…」と、情けない声と共に店内に光が差し込んだ。
「いらっしゃいませー!あら?」
と、藍さんが私を見て、すぐに手を振った。
店内では、松田さんのみカウンター席に座っていて、相変わらずコーヒーを啜っていた。
「こんにちは!」と、元気よく松山が返すと、藍さんも「はい、こんにちは。お好きな席にどうぞ。」と挨拶を返し、店内に入るよう促してくれる。
松山は、元気よく返事をすると、ドア近くのソファー席に座った。
その席は、風邪の時に私が座り込んだ席でその時の光景が蘇り、どことなく恥ずかしい気持ちになり、ドアの前で立っていると、「飾くんもどうぞ?」と、声を掛けられた。
私は、言われるがままに座ると、藍さんがメニュー表と氷の入った水を出してくれる。
松山は、メニュー表を受け取り、カルボナーラとアイスコーヒーをすぐに頼み、私はフレンチトーストとアイスコーヒーを頼んだ。
藍さんはそれを聞いて、返事をした後、すぐにカウンターに戻っていった。
カウンターに戻ったのを確認すると、松山は「で?世話になったのは、あの人なの?」と、小声で話しかけてきた。
「ああ、熱出た時に少し介抱してもらったんだ。」
「へえ。じゃあ、恩人ってわけか。」
「まあ、少し大げさだが、そんな感じだね。」
松山は、頷きながら店内を見回した。
「そういえば、あそこのカウンターに座ってる人は?」
「確か、松田さんだっけな。ここの常連さんっぽいけど…って、あまり人をジロジロ見るなよ。」
私がそう注意したが、彼は席を立ち上がって、松田さんの方に歩いていく。
「あ、おい…!」と、私が声を掛けたが、彼には届かなかったらしい。
「あのー、ここって何が美味しいんですか?」
松山のその声に松田さんは、「おや?」と、松山の方を振り返った。
「そうだな。私は、ここでコーヒーばかり頼んでいるからなぁ。ちょいと、藍さん。」
松田さんは、藍さんを呼んで「ここのおすすめはなんだい?」と、尋ねた。
藍さんは、しばらく考えた後、「そうね。コーヒーはもちろんおすすめだけど、気まぐれでパフェも美味しいよ。まあ、その時安かったり、旬のものを入れてるから、内容は日によってバラバラだけど。」と、答えてアイスコーヒーをカウンターから運んでくる。
「パフェか!美味そう!後で頼んでもいいですか?」と、松山は嬉しそうに聞き、「もちろん!」と、藍さんも返した。
藍さんは、私の座っている席まで来ると、「アイスコーヒーです。」と、私に一言声を掛けて、テーブルに置いた。
アイスコーヒーが二つ、テーブルに置かれるのを見送った後、「あの。」と、声を掛けると、藍さんは「ん?」と、首をかしげてこちらを見る。
私は、カバンからタオルともうすでに溶けた保冷剤を取り出して、「とても助かりました。ありがとうございます。」と、丁寧に両手で差し出す。
「ああ!そういえば、あの後大丈夫だった?」と、藍さんは尋ねながら受け取った。
「はい、すっかり治りました。お陰様で。」
「そう。良かった。」
藍さんは柔らかく笑うと、席から立ってカウンターに戻っていった。
アイスコーヒーを一口飲み、一息ついたところで、松田さんの席に行っていた松山の声が聞こえた。
「松山と松田で山田っすね!」
(なんだそれは。)と、思ったが、松田さんはほっほっほと笑っている。
意外と馬が合うのかもしれない。
私は、一仕事終えた僅かな達成感を感じながら、フレンチトーストを待った。