序章 回想その五(終わり)
日がだいぶ傾きかけてきていた。二人は旧校舎と新校舎の間にある、渡り橋の下の自転車置き場へと足を進めていた。
「自転車なのか」
聡雅が醒めた瞳で流生の姿を見ている。彼女は自転車のチェーンを外す。
エンジンをかけると小さく排気孔が揺れる。
「家までね。自分で買ったのよ?」
オート・サイクルにまたがると、にっこりと笑って手を差し出す。
「寮まで荷物持ってあげる、てか乗せてあげる」
「ホントに?大丈夫かよ…」
何度目かの渋い顔をしながら聡雅が後部座席に乗る。乗りなれてないのか、しきりに身体を揺すっている。
「ちゃんと乗った?」
「おう」
「メットないけどいいよね」
「おい…」
不満げな顔をしているのでゴーグルを外して渡してやる。
「何の意味があるんだよ」
「気分よ、気分」
主にお前の気分だろ、という言葉を無視して、彼女はクラッチに力を入れる。
聡雅がくぐもった悲鳴を上げた気がして、彼女は笑う。
既に時刻は遅い。
広大な学園の敷地の坂を、少女と少年を乗せたオート・サイクルが下っていった。
同乗者はヘルメットなしだったが、どうせ敷地内ではその必要はないのだ。彼女は気にせずスピードを上げた。
「ねえ!あれはあたしとあんたの内緒だからね!」
よく聞き取れなかったのか、聡雅が背後で声を上げる。
だが風が強くて聞き取れない。
「あの部屋も、あの植木鉢も、あんたとあたしの内緒!」
声を上げて彼女は笑う。もう彼氏の声はしなかった。
バイパスへと一気に速度を上げて乗り込む。腰に回された手が強くなる。少し、痛い。
その痛みが何故だかうれしくて、彼女はどんどんスピードを上げていった。
「今度俺が“二人乗り”のときのオート・サイクルの運転の仕方ってもんをきっちり教えてやる…」
「あんたも持ってんだ?なんで乗ってこないの」
寮の前で降りると、聡雅は青い顔をしてふらふらと降りた。
「正確には“持ってた”だな。今はもう売っちまった」
「ふうん」
曖昧に頷いてみせる彼女に手を振り、聡雅は寮の入り口へと進む。
「ねえ」
ふっと沸き起こった感情に、彼女は少し戸惑って、それでもそれを素直に彼に伝えた。
「一緒にさ、育ててみない?」
「おう」
あまりにも短い。あまりにも素早い。あまりにも呆気ない。
「うん」
それでもどこかそれを聞いて、彼女は安堵していた。
だからその二文字だけを聞いて、彼女はすぐにその場を立ち去る事ができた。
それで、その後に彼が呟いた言葉を完全に聞き逃した。
「ぇ、何だって?」
立ち尽くす少年の前で、白煙が虚しく揺れた。
ひとます序章終了です。
ルビとか適当です。いろいろ失敗もしてます。
ほんとすいません…現在一章書いてるので、出来次第投稿します。