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第二章 その十


「あーあ」


 やる気がなさそうな声が背後から聞こえてくる。

 その声にずっとにしきは耐えていた。


「あたしさぁ、あんま暇じゃないんだよね」

「それは分かっております」


 感情を抑えているせいで、自然と抑揚の無い声になってしまうことを自覚しながらにしきは懸命に魔女を誘導していた。

 東方魔女連盟―――盟主:ラビに連なる主だった魔女の一人。


 “ ボトルの魔女 ”=カトルカ・メルリカ。


「まあラビが人使い荒いやつなのは知ってるけどさぁ。それにしたってねぇ・・・最近ちょっと忙しすぎてストレス溜まってんのよ。にしきちゃんもそうじゃないの?あんたも“造形生命ホムンクルス”ん中じゃ一番つかわれてる(・・・・・・)じゃない?」

「・・・わたしは、あくまで魔女の使い(オキュペ)ですから」


「使われることそのものに存在意義があるって?なーんかそーいうのってあたし好きになれないのよねー。てめぇの価値観ぐらいてめぇで決めるっつーの」


 この魔女と話していると、錦はことごとく自分の価値観を否定されているように感じてならない。

 きっと苛々するのは、自分がこの魔女のことを好きではないからだろう。


「もっと楽に生きればいいじゃない?気ぃ張ったってしょーがねーのよ実際」


 あるいは似ているからなのか―――あの聡雅という男と。


「あの継承体インヘルセスの子、なんて言ったっけ?」

「五月姫様です」


「サツキちゃん、ね。あの子も野心に燃えた目をしてるわよねー。“自分に何ができるかを知りたい”ですって。そんなもん知ったところでどーにもなんねーわよ」




―――『基本的にメルリカは醒めた女だよ。聡雅君に負けず劣らずってところかな。というか彼の方がまだ(・・)やり易い』




 確かにその通りかもしれない。

 この女―――・・・一緒にいるとまるで活力を吸い取られていくようだ。


ラビ、わたしはもう、限界かもしれません)


 ぴくぴくと青筋を浮かべているにしきの目は、今真っ黒に染まっている。




 “造形生命”には個体ごとに特徴や能力がある。

 あの鴉が波長を探し出す“視力”を持っていたように、それぞれに独特の感覚や特性などを持っているのだ。


「そんでどうなのよ。始祖系の案山子(アーキタイプ)は見つかりそうなの?」

「薄い痕跡が見えてはいます。かなり近いのでそろそろかと」


「あんたの“ H.P.Rホット・ピット・レッド ”もさぁ、ソーイみたいにピピッと察知してパパッと位置を特定したりできないもんかねぇ」


 “ アンテナの魔女 ”=ルミナーラ・ソーイの事を述べているのだ。


「無理か。てかソーイに較べたらほとんどの生態感覚がカスみたいに思えてくるもんね」

「・・・」


「あたしとソーイだったらどっちが忙しいかなぁ・・・どーなんだろね。でもあちこち出張するぶんあたしの方が忙しいと思うのよねー。彼女は二十四時間不眠不休だけど、デスクワークじゃない」

「・・・」


 我慢の限界である。


(お願いですから、少し静かにしていただきたい)


 にしきからすが持っていた個別の特有感覚のことを、魔女の世界では造形生命ホムンクルスの“生態感覚”と呼ぶ。

 彼女は今それをフル活用して探しているのだ。

 そして―――見つけた!


「かなり濃い痕跡を発見しました。恐らくこの辺をずっと往復しているのでしょう」

「ああ、やっとなのね。あたし初めて見るかも。ちょっとドキドキ」


(黙れ)


 ギリギリと歯を食いしばった錦とボトルの魔女=メルリカはいましがたまで足場にしていたトタン屋根から飛び降りる。

 果たして―――いた!


「目視」

「りょーかい」


 発見を述べる緊張感を伴ったにしきの短い言葉に対して、まるで対応するかのような間延びした返事が魔女の口から漏れる。




 だが致し方ないことだろう。

 着地した二人は改めて目の前の状況を見つめなおす。




「ふーん。結構歪いびつな形してんのね」

「宿主の性根が腐ってるからでしょう」

「あーそっか、にしきちゃんは本人に会ったことがあんのよね。あ、でもこっちも本人ではあるわけか―――まぁ、首は無いけども」




 眼前―――そのはるか先を駆ける首なしのフォルム。

 体中から棘の付いた鉄骨を生やし、背や腹から奇抜な“ 鉄くず(ジャンク) ”を突き出した、少年の姿をした“ 案山子スケア・クロウ ”が、車もかくやというスピードで副都心交通サイド・ラインを逆走していた。




 ―――甚大な交通被害を引き起こしながら。






(め、めんどくさっ)

「うわぁ、めんどくさっ」


 不覚にも沸き起こった感情が、隣の不愉快なボトルの魔女―――メルリカと同じものでかつどこか既視感デジャヴであったことににしきは気付く。


(うつったかな・・・聡雅の口癖が)


 だが不思議なことに、どこか気持ちが軽くなっていた己に気付く。

 それはこれまでにしきが覚えたことのない感覚―――なんだか、吹っ切れる。


「まずはあの辺(・・・)を何とかしましょう」

「“何とか”すんのはあんたの仕事でしょー。あたしはさっさと始祖系アーキ・タイプとやらをとっ捕まえておさらばって感じ」


 崩壊しかけた副都心交通サイド・ラインのど真ん中を陣取る大型トレーラーを指した錦に向けて、せせら笑うような表情を浮かべたメルリカ。

 錦が振り向くより前に、既に彼女は中空に自身の魔法を顕現させていたのだ。

 それが何なのかを錦がしかと認識する前に、魔法が発動。

 ぽんっ、と空気がはじけるような音がして、直後メルリカの体が消失する―――否、消失したのではない。

 近距離にいた錦に、遅れた風圧が到来して、文字通り吹き飛ばされる。

 暴れる裾を押さえて飛びずさった錦が視線を上げたときには、もうメルリカの体ははるか彼方へとすっ飛んでいる。

 傍若無人な台詞を咎める暇すらない。


「まったくどうして東の魔女というのはどなたもこう・・・」


 後半は言葉にならない。

 彼女の影や髪がうねって、質量を得た影が路面を走っていく。

 まるで地面が盛り上がっていくような形で、数条の大蛇が前進していく―――その過程で、道路沿いにあったたくさんの車が撥ね飛ばされていくが、誰もそれを気にしない。


 もっとも、その場にいたのは錦ただ一人であったが。







 “ 案山子スケア・クロウ ”が本能の赴くままにあるひとつの地点を目指していることに二人は気付いていなかった。

 もとよりこの“守護者”が目指すものがあるとすれば一点しかないのだ―――それに較べれば、元の体の持ち主の所在など二の次。

 頭など存在する必要がもとより無いのだ。

 それでも頭の方にいまだ意識が存在するということはほとんど奇跡だったと言ってよい。

 それはいわば充電された端末機のようなものだといえた。

 端末は主電源から切り離されると、単体でも数時間は稼動することが出来る。

 端末そのものの性能にもよるが、しかしそれは次のことが明確であることを示す―――いつかは、止まる。


(おい、これやべぇんじゃねえの―――俺の身体、どんどん遠ざかってるんですけど)


 何となく聡雅には理由が分かっていた。


(あーくそ、タイミングわりぃな)


 本来ならば自分はこんなことをしてる場合ではないのだろう。

 だが今の彼には案じることしかできない。


(流生は大丈夫か?覚悟は決まったのか?)


 ふとそんなことを思うが、聡雅は生首状態の自分を思い出して滑稽に感じるのだった。


 ―――畜生っ!!!


 自分が役立たずであることが、こうにも苛々する事だとは思いもしなかった。


(あれ?)


 そこで気付く。


(俺、役立たずなのは、嫌―――なの、か?)


 軽薄であるはずの自分。

 物事の関係をやや斜めに捉えて鼻で笑っていたかったような自分が、どういうわけか役立たずなのは嫌らしい。


(……)


 それはひどく不愉快なような、認めたくないような、それでいてどうにも自分と向き合わされているような感覚だ。

 何かを忘れていて、自分はそれを取り戻さなければいけないような、そんな感覚―――嗚呼、考えるのが面倒臭い。


(“ 面倒臭い ”?なんで俺、いつもそう思ってるんだ―――?)


 ひどくそのことで、聡雅は狼狽しているのだった。

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