第二章 その九
その頃、聡雅は頭だけになった姿でぼんやりと考えていた。
(俺ここんとこずっと『参った』って思うことが多かったけどよ、ちょっとこれは無いんじゃないの)
彼は今、頭だけの姿で、副都心交通下のガードレールの影に落っこちていた―――まさか頭をぶった切られても生きているとは、流石のリボン幼女も想像だにしなかったに違いない。
(つうか俺がびっくりだわ。なんで俺生きてるの・・・)
生きているとはいえ、頭だけなのでいかんせん何もできない。
表情筋や瞼、口や頬や顎は動かせるが、首の方の筋肉はピクリとも動かない。
なんとか動こうとモガイテはみるのだが、ごろりと横に転がった顔だけでは何もできない。
当然、声を上げることも出来ない。
(なんだこれ―――なんだこの状況)
どうしようもない。
これは―――ゲームなんかでよくある―――俗に言う表現からすると―――
(俺これ、“ 詰んだ ”んじゃねーのか・・・?)
考えようにしていたことが、どう頑張っても遠ざかるどころか近づいてくる。
(俺詰んだあああああああああああああああああ)
しょうもなく泣けてくる。
哀しい。
これはもう泣くしかなかろう。
いくら男だからってこれはもう泣くしかない。
しかし頭だけになった存在が血も流さずただガードレール下でぽつんと泣いていても気持ち悪いだけだ。
(さりとて無表情の頭がコロッと転がってたって結局気持ち悪いんだろーが―――同じじゃねーかよクソが!!!)
―――畜生ッッッッ!!!
怒り
哀しみ
情けなさ
悔しさ
苛立ち
憎しみ
憎悪
激情
諦め
そして疲れ
どれも繰り返しすぎて考えるのも面倒になってきた―――結局この男は、そこに落ち着くのである―――あーもう、面倒くせぇ。
(我ながら苦笑もんだな・・・)
自分で突っ込みながら聡雅は考える。
感情に任せてあれやこれや考えるのではなく、理性的に打開策を考える。
(つったって結局出来ることしか出来ねぇからな)
頭だけで出来ることなんてたかが知れている―――ただ、考えることだけだ。
おかげでいくつか聡雅には分かった事がある。
まずあの案山子だが―――どうやらアレは彼の心臓に寄生しているようだ。
つまり彼自身の生命はいじられてはいるが、それは彼自身が変質してしまったというよりも、文字通り彼という名の土壌に“ 蒔かれた ”種が孵化したのだと考えてよい。
同時にどういう仕組みなのかは分からないが、そのときから彼の生命と案山子の生命と呼んでいいか分からない何かとがまぜこぜになって、境界が曖昧になりつつあるようだ。
(だから頭ぶったぎられても俺はまだ意識を保っているんだ)
本来頭というものは心臓から送られてくる血液や酸素、その他の栄養素がなければ数分で機能停止してしまうような―――バックアップなしでは使い物にならないような帰還である。
これがどういうわけか独立で存在してかついまだに機能を続けているということは、もう既に彼自身の体は本来の人間のつくりとはだいぶ異なってしまっていることを示す。
少なくとも思考がクリアであるということ―――意識が明晰かつ明瞭であることは、彼の生命の基が頭にあるわけではないことを表している。
つまりはっきり言ってしまえば、この頭が吹っ飛ばされた粉みじんになったとしても、あの“ 種 ”は死なないのだ。
案山子は頭を吹き飛ばされても―――恐らくは腕や足の一本や二本が吹き飛んでも動き続けるだろう。
痛覚もほとんどないのでそれは結構なのだが(いや正直言ってかなり困ってるんだが)問題は、彼のアイディンティティの方がどこに存在するのかという所であった。
(普通に考えて、心臓の方に案山子が宿ってる以上、自分の意識が残っているとすればそれはやっぱり俺の頭が残ってるからなんだと思うんだよな)
だとすると、今頭と切り離された体の制御はどうなっているのだろうか。
実はさっきからずっと彼は案山子を呼び出しているのだが、やはり彼の心臓の方から噴出してくるらしい彼らの存在は感じ取れても、いかんせん体が遠いがためにどうなっているのかがさっぱり分からない。
ただ先程から存在しないはずの部位に痒みや少々の痛み、感触を感じるため、向こうは向こうで何かやっていることだけは伝わってくる。
それはひどく不気味な感覚なのだが、今となってはそれだけが希望だ。
(まるで壁越しに姿の見えないラジコンを動かして迷路をクリアしようとしてるみたいだな・・・もどかしくってしょうがねぇ)
苛々ばかりが募って集中できないが、それでも着実に自分の体が近づいているような気がするのを彼は感じていた―――もう少し、きっともう少しなのだ。
そのとき、かさっと遠くで音がしたのを彼の聴覚が捉えた。
(人か・・・?)
面倒くさい。
最初はなんでこんな目立たないところに落ちたのだ、と嘆いたのだが、人に見つかったらそれはそれで面倒くさい。
だいたいまずこんな首だけの自分を見たら間違いなく警察か救急に呼び出しがかかるのだろうし、そのときに自分が死体じゃないということが分かったらなにをされるかたまったものではない。
(あー面倒くさい面倒くさい)
ぶつぶつ頭の中で「こっち来ないでくれよ」などと呟いていた彼は、かなりの楽天家だったといえる。
死体を確認、回収、あるいは後始末をしない殺し屋などいない―――たしかに自分の体を切断したのはあのいけ好かないリボン少女だっただろう。
だが彼は気付くべきだった―――あのリボン少女が自分を攻撃したのは他でもない、彼女と自分が敵対関係にあるからだと。
敵対関係にある理由があるとすればただ一つ―――あの竹草少女に関連したことであるに違いないということを。
「あ、本当にあった」
「うっそーまだ生きてるの?」
「マジありえないんですけど」
最悪の展開―――容易にそれが理解できた。
見ただけで、彼女達が何者なのかが聡雅には分かった。
三人の見るからにそういう女がこちらへ向かって歩いてきていた。
その三人には特徴点があった。
まず三人とも三角形をどこかしらに身に着けている。それは円錐だったり、薄っぺらい紙のようなものだったり、あるいはアクセサリーのようだったり―――そのトライアングルが彼女たちの象徴であるかのように目立つところについている。
次いで髪型が三人とも尋常じゃない編み方をしている。
全員相当髪が長いのだけは分かる。一人ひとりがヘアピンやゴムやバンドのようなものを利用して、様々な形に編み上げてうなじを晒している。
その髪をおおきな帽子で隠したりバンドを巻いたりはしているが、それでも頭の大きさは半端なものではない。
そして最後に―――服が見るからに、それだ。
特に特徴的なのは、明らかにアンバランスに作られたブーツやソックスだった。
両方とも同じ装飾やデザインをしているのに、サイズがふたつとも違う。
片方だけ異常に大きかったり、長かったりするのに、もう片方は短かったり、あるいは細かったりする。
なのにどこか調和している。どこか、この二つが切り離せない対存在の関係に思えてくる。
(簡便してくれ・・・)
心底そのとき彼はそう思ったに違いない。
「あーえっとお兄さん、生きてるのは分かってるよ。でもって喋れないのも分かってるから、黙って聞いてね―――あたしらはマレフィキウムから来た魔女で、今“ 空から降ってきたもの ”の守護役、始祖系の案山子のあんたを回収しにきたの」
「多分うちらの中でも最重要事項のひとつだから。研究所みたいな施設で容器に入れられてすんごいいじられると思うよ、きゃっかわいそー☆」
「まあそのうち喋れるよーにしたげるけど、とりあえず今は我慢してね」