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第二章 その七

 少年は探し人を訪ねて歩いている。


 当ても無くさまようその姿には、見る者が見ればそれと分かるような哀愁が漂う。

 気付けばいつもそうだった―――少年はいつでも背後から少女を眺めていた。

 いつも背ばかり見ていた。

 決して交わらないであろう二人の人生の糸をひしひしと感じながら、それでも見ないでいるわけにはいかなかったのだ。


「電話が通じない…」


 端末を切っているのだろうか。

 基本彼女はそういう人間だ。ことに週末は完全に音信を絶って、すべてから自分を隔離したがる。


(それでも、ボクは彼女を見つけられる)


 彼はそう確信していた―――何故なら彼女は光るのだ。


(そうだ、彼女は光るんだ)


 埋もれていても、彼女は少年にとって光って見える。

 だから―――絶対に少年は、彼女を見つけられるのだ。




 智也は裕福な家庭に生まれた。


 極東地方とは良くも悪くも天国であり、地獄である。

 第三世界と呼ばれるこの地方に、多くの人々が希望を抱いてやってきた。

 既に世界の大陸の多くは力あるものたちによって統治され、淘汰された人々が最後の聖地として極東を目指した。

 だがそんな世界でも、着実に力による淘汰というものは進んでいく。

 大きな破片同士がぶつかり合って軋みをあげる中で、その小さく狭い間隙を縫って存在するような破片の一つ一つが、鋭く、尖っていて互いに互いを傷つけあう。


 そんな中で、恐らくは木枯という名の家名を手に入れた智也は―――財閥の養子に迎え入れられた彼の人生は、数奇でありながらも類稀たぐいまれなる幸運に恵まれたと言える。


 彼は学年主席の成績を保有している―――それはあの五月姫と呼ばれる生徒会長を差し置いて彼が得たひとつのステータスであり、地位であり、ポジションである。

 五月姫が才能や容姿、能力の点でパーフェクトであるとすれば、彼の場合は努力や幸運、そして“ 所有している ”という点でパーフェクトであると言えた。

 しかし―――それでも彼は自分自身を地味な存在だと感じていた。


 大抵の場合、人が真に地味であるかないかは主に当人の主観的印象に基づいている。

 自分自身を定義するとき、不思議なことにその影響はストレートにではないにせよ、ある種のゆがみを抱えてもやはり波及的な力を持って外へと向かう。

 ある種の他人に対する自分を演じる行為や、見せたいように自分を見せるという行為は、その真の動機が何であるかの自覚如何によって歪むか歪まないかが異なるだけに過ぎない。

 では彼はといえば―――


(ボクは、申し訳ないと思っている)


 それは彼の嘘偽りない思いだった。

 そんな気持ちに襲われると、彼は自分が養子として迎え入れられるときから大切にしていたひとつの写真をよく眺める。


 “ 流星街 ”。

 そう名づけられた孤児院にいたときの自分と、仲間の姿がそこに映っている。

 あの頃の自分と、今の自分が変わっていない―――そんな確信を抱きたくて、彼はその写真を何度も何度も見つめるのだ。


 彼はどうしても思いたくないのだ。

 自分だけが変わってしまったという風には考えたくない。

 今もまだ彼らは彼らの人生を生きているというのに、自分だけが早々にあがりを決め込んでしまいたくない。

 長い時間が経って、彼らの方が自分を忘れてしまっていたとしても―――自分だけは彼らの事をしっかり覚えていたい。


 彼が、人が思うすべてを手に入れたとしても、それでも自分自身を決定的なところで地味にしてしまう理由はそこにあるのだ。

 そして彼はそれを知っている。


 だからその彼の主観的印象は、歪まずに周囲へと伝わる。

 人は彼をこう表現する―――“ よく分からない奴 ”。“ なんだか重苦しい奴 ”。

 それは聡雅とは異なり、平凡で地味であるからこその印象。

 彼が選び、彼が選択した自分に与えられた称号。そのことで、彼は後悔していない。


(そしてボクは後悔していない)


 彼が―――木枯という家名を背負いながらもなおそれを隠して義理の父親の進める学園ではなく、極東の辺鄙な学園を選んだのは、まさに後悔していないということ―――そのためだ。


 彼は最初、“ 彼ら ”を見つけたとき驚いた。

 否、予想はしていた―――きっと会えるに違いない。そう思ったからこそ、彼はそこに来たのだ。

 その予想が、自分が思うよりもはるかにスマートに、まるで約束されていたかのように実現したことで、彼は驚いたのだ。

 今すぐにでも、彼は自分自身の存在を彼らに伝えようと思った。

 だが思いのほかそれは難しいことに思えた。


「聡雅、昔からキミはすぐにボクのことを忘れたよね」


 少年は呟く。

 それは懐かしい言葉。懐かしい名前。懐かしい―――響き。


「流生は、すごく大人になったね」


 それでもやはり少年だけは知っている。


「でもやっぱり、みんな変わってない。いろいろあったけど、みんな変わってないよ」


 そんな中で、自分だけが変わってしまった。

 セカイを知り、世の中を知り、大人を知り、仕組み(・・・)を知った。

 もう彼は彼ではいられないのだ。


 もう一人、変わってしまった存在を彼は知っている。

 彼女を巻き込んだのは彼だ。

 彼は彼女を強い存在だと知っていた。

 最初は純粋な憧れだったに違いない。

 幼い少年が抱いた、小さな憧れ。それはすぐに恋心へと変わり、長いときを経て愛情にまで成長した。


 そう、彼は―――“ 所有している(・・・・・・) ”という点で、パーフェクトだ。


「キミも―――変わらないね」


 少年の言葉の向かい側で、写真の奥の少女もまた微笑む。

 聡雅はもう一つの写真を取り出す。

 その少女にだけ(・・・・・・・)、二枚目の写真が存在するのだ―――だがその微笑は、見る者の多くが知る彼女の微笑みではない。

 その写真は比較的新しいものだということが分かる。

 一枚目のモノクロタイプのと較べて、その写真はカラーで現像されたての、最近の写真だ。

 少年が一人の少女を背後から抱きしめている。

 椅子に座った少女と少年は、まるで歳の近い仲の良い姉と弟のようだ。


 だがその写真を見た者は―――その写真に写る少女を知る者は驚くだろう。

 あの嫣然として見る者を惹きつけるような、そんな強い魔力がその笑みには無い。

 ただ弱弱しく、折れそうなただの微笑があるだけだ。

 そこにあるのは、ただの笑顔だ(・・・・・・)


「五月姫―――キミは今、幸せかい?」


 ひどく辛そうな声で、少年は言う。

 握る手が震えている。

 気付けば彼は、ピアスを握っていた。


 それは大切なもの―――彼の決して無くしてはいけないものを体現する存在。

 忘れてはならない過去、忘れてはならない約束。


 その記憶が存在したという―――証明。




「お兄ちゃん、何をしているの」


 ふとした声で、智也は顔を上げる。

 いつの間にか彼は雑踏の広がる広場の噴水に座り込んでしまっていた。

 歩きつかれた足を休めようと、無意識に座れる場所を探していたのだ。

 辺りには子どもたちが水で遊んでおり、それを遠巻きに見つめる主婦の群れが和気藹々と談笑をしている。

 ほんの少し目を遠くにやれば、カップルが待ち合わせをしており、そのすぐ前を雑踏の流れが洪水のようにいくつかの筋を作っている。


「誰か待ってるの?」


 おや?と彼は思った―――声の主に、ほんの僅かな違和感を感じたからだ。

 だがすぐにその違和感は消えてしまう。

 ほんのかすかに過ぎなかった感触を脳裏でどうにか手繰り寄せようとしながら、智也は観察する。


「キミこそ、何をしてるのかな。幼女が独りで歩いて、しかもこんな暗い地味な顔した知らないお兄ちゃんに声をかけたら、危ないよ」


 自分で言っていてかなり自虐的な台詞だなと思う―――だが幼女にはそれは面白く写ったようだ。

 ケラケラと笑う幼女の、ポニーテールを押さえている巨大なリボンがユラユラと揺れる。

 色が少女の髪とマッチしていることと、幼女であること、色調が控えめであることなどが関係しているのか―――不思議とそのリボンはなんだか彼女にぴったりで違和感が無い。

 浮いていない。


「良いリボンだね」

「リボンぢゃないよ」


「へぇ、そうなのかい?」

「これはね、羽なの」


「羽?」


 ふっと智也の目に、幼女のリボンから鱗粉のようなキラキラした粉末が散ったように見えた。


「そ、本物じゃないの。今はね」

「ふーん」


 意味するところが明確につかめず、彼はただ鷹揚に頷くことにする。


「お兄ちゃん、面白いのね」

「キミも結構面白い子だと思うけどね」

「トガメ、面白い?」


 唐突に出てきた固有名詞に弱冠対応が遅れる―――そうか、それが彼女の名前なのか。


「トガメちゃん、か。あんまり聞かない名前だね」

「お兄ちゃん、面白い?」


「ああ、面白い面白い。でも残念ながらボク個人は面白い人間じゃないよ。名前も智也って言うんだ。すごい平凡な名前だろう?」

「トモヤ?」

「そうそう」


 不思議と彼は彼女と話が合った。

 癒されていたのかもしれない。彼と会話をしてくれる人間は少なかったから―――こんな幼女でも、相手をしてもらうことで救われていたのかもしれない。


「それで、キミは一体何をしてたのかな」


 お母さんと買い物でもしていたのだろうか―――それを問おうとした彼の言葉は、喉下まで出掛かって、出る前に否定される。


「トガメはね、任務の途中なの」

「任務?」


 子どもの遊びかなんかだろうと思ったが、その幼女が周囲の子どもたちを遊んでいる様子はない。

 大真面目な顔をしている分、どこか現実とは遠い空想の話に聞こえる。


「なんか、大変そうなんだね」

「まだ途中なの。ひとつも終わってないの」

「どんな任務なんだい?」


 何気ない質問だった。

 ほんの少しの休息の間に彼がほんの少し起こした興味だった。


「うーん…いっぱいあるの」

「そんなに?」


「簡単そうなのから片付けていってるの。今は一番難しいのをやってるところなの」

「一番難しい任務かぁ」

「そうなの。とりあえず名前だけ分かったの」


 名前だけ分かった―――とすると、この幼女は誰かを探しているのだろうか?

 思いのほか遊びとは程遠い“ 任務 ”の内容に少し彼は意表を突かれる。


「人探しかぁ、それは大変だ」


 自分も人を探している。

 週末だというのに、帰ってこない彼女を心配して、彼は人ごみの中彼女を探していたのだ。

 それにしても、この幼女が探している相手というのは誰だろう―――?


「探してる人の名前は分かるのかい?」


 さしずめ母親か姉妹あたりだろう―――そう考えた彼は、何気なくその質問をした。

 それは至極自然な流れだったといえる。

 やはりどう考えても彼女はただの幼い少女にしか見えなかった。

 着ている服も少し関係していたのかもしれない。

 テニス選手が履くような短いスカートと、同じような種類のTシャツに身を包んでいる。


(何か習い事の帰りとかなのかな・・・)


 だが―――のんきに考えていた彼の思考は、彼女の答えによってぽっきりと折れることになった。





「トガメはね、サツキっていう名前の魔女を探してるのよ」

「―――ッ!!」




ちょっち付け足します。

トガメ君と智也を絡ませる予定。


ちなみに「智也って誰?」って人は『第一章 その二』をごらんあれ。



******

2010.5.24 つけたしました。

智也君と五月姫会長の関係は一体―――?

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