第二章 その六
軽食を取る人々の群れが、テナントの並ぶ繁華街の小さな一角をより目立たない存在とする。
雑踏は歩く人々と、立ち止まるか居座るかしている二種類に大別される。
細かい差異はさらに詳しく人々の分類を語ることができるが、往々にしてそうした分類は意味を成さない
小さなカフェテリア―――小さなテーブルを占拠する少年と青年の姿はよりその存在を薄めて目立たない存在としている。
その姿はよく観察すれば非常に整えられており、西洋風の紳士が身につけるような衣服で身を包んだ少年と青年の姿は、周囲にあふれた極東地方特有の無秩序かつ多彩な服装と較べれば非常に洗練されており、特有の気風―――言うなれば気品があった。
さらに知識あるものが観察すればその特異性になおさら気付いたことだろう。
実は少年の身に着けている衣服の方が、青年の身に着けている衣服よりも位が高いことを示しているのだ。
少年の身に着けている衣服は、まるで公爵か伯爵のソレであり、対する青年の身につけている衣服は執事のソレ。
肉体的に見ればその少年ははるかに幼いと言えた。
故にこそその特異性はその場で明らかに目立つ。
立場で言えば明らかに少年の方が高い地位についていることを示す。だが、極東地方のような―――別名第三世界と呼ばれるような体系だてた秩序が存在しない世界においては、年齢と位は基本的に比例関係、つまり年功序列的な考え方が古く残っている事が多い。
そう―――少年の方が、青年よりもはるかに幼い。
だが誰が知りえよう。
その少年が、その少年こそが、青年に限らずその場におけるすべての人間の中でも、最も歳をとっている存在であることなど。
「主」
「ああ、分かっているとも」
青年が少年へと注意を促すように一言、主君の称号を呼ぶ。
その様はまさに敬虔かつ敬意を表する、いわば“仕えるもの”そのものであり、明らかにそれが少年に対するものであることは疑いの余地がない。
対する少年はと言えば、これはまさに高い地位に立つ者特有のふてぶてしさ、尊大さが現れており、いかにも自分が上位たることを確信しているような―――だがそうでありつつもその空ろさや虚しさを知り尽くしていて、既にそのことについて語ることなど無いとでも言いたげな憂いた童顔を臆びにも出さない姿勢が、どうにもこの両者の関係を端的に語っていることが明白である。
そしてその少年が見つめる者―――少年と同じくらい華奢で小さな人影がひとつ、少年と青年の座る一角へと足を進めている。
少年と青年の姿は特異ではあれど、極東地方特有の混濁した空気が上手く彼らをカモフラージュしていた―――その視線が、一気に彼らの方へと降り注ぐ。
両極端だといえる。
それだけ、その華奢な人影―――少女の姿は人目を引いた。
アンバランス。アシンメトリー。しかしそれでいて確かにハーモニーが存在する―――つまり調和している。
「やあ、イバラの魔女。キミが従者一人付き添わせずに歩いてくるとは珍しい。何か心境の変化でもあったのかな?」
「一応は礼儀のためよ。まがいなりにもあなたは東方の魔女を束ねる連盟の盟主。極東はその中心地とも言える土地。相容れないからといって礼儀を欠くのは魔女らしからぬ行動よ」
そういいながらイバラの魔女と呼ばれた少女は、お辞儀をする。
それは不思議な動作で、見るものに何らかの意味があることを示唆するような、そんな動作だった。
歴史と風格を感じさせるものであり、ひとつひとつが何を意味するかは古くから生きてきた彼らだけが知っている―――通じるのは無論、彼らだけ。
だからこそ、そこにある空気が閉鎖的である事が誰の目にも明らかになっている。
「ふむ、“ 正統派たるものの代表 ”としてのキミのプライドの問題だねそれは。いやぁまったく・・・その辺は変わってないようで何よりの事だね。もっとも、どっちかというとボクは心境の変化の方を期待したんだが」
「それはマレフィキウムとヘキセ達のことを言っているのかしら。言っておくけどわたしは彼らの闘争に興味はないわ。あなたがヘキセでわたしがマレフィなのは偶然。あなたもわたしも、基本的にこの派閥闘争に興味はないはずよ。ただ己の利害に一致することと、自分の人生に影響を及ぼさないというただそれだけの理由で私たちは所属している。そこに忠誠心など存在し得ないし、それは私たちの存在そのものに反するわ」
「まあ、概ねそのとおりだがね・・・ともあれそうか。キミもやっぱり魔女は争い、潰しあう者と考えているんだったかな」
「あなたは違うのよね。そうでなければこんなくだらない茶番のような連盟を作ったりはしないわ―――大陸から逃れたヘキセ派の魔女達、その中でも非闘争的な者の大部分を抱え込んで第三世界に魔女の聖域を作る、だったかしら?あなたたち東方魔女連盟が掲げた思想を聞いたときには呆れたわよ」
「“ 魔女の新しいあり方を模索する ”かい?そんなに馬鹿げた事かな」
「馬鹿げているわ。存在の起源からしてもともと私たちは争うように作られているわ。競い合い、闘いあうように出来ている。そうしないのは単なる都合の問題で、いつでもその理由さえあれば私たちは互いに互いを潰しあう機会を探しているのよ」
「ふふん」
「・・・時折あなたがそうやって笑うのを見るけれど、毎度のコトながら不愉快極まりないわね」
「ははは、失礼した。いやね、うちにも同じようなことを言う奴が一人いたと思ってね、まぁキミの方が彼女については詳しいだろうが」
その話題になると、少女の方の目がやや穏やかな、それでいて剣呑な複雑なものに変わる。
「錦は元気なのかしら?」
「ああ。元気だよ。ボクのために本当によく働いてくれているが―――流石に元キミの従者だけあって考え方が堅くてね。もっともいまはちょっとした刺激に出会って、いろいろと考え方が変化していくんじゃないかと睨んではいるんだが」
「ちょっとした刺激、ね」
思うところがあるのか、イバラの魔女は少年の方を睨む。
「ああ、ちょっとした刺激、さ」
核心をあえて避けることで相手をじらしているかのような、そんな視線で少年もまた少女の方を見つめ返す。
「ガラスの魔女“ラビ”。アナタは自分の名前すら仲間にも明かさない用心深い魔女。だからこそわたしはこうして自ら出向いてあなたと話すことを望んだ。この意味があなたには伝わっているのかしら」
「分かっているさ、イバラの魔女こと“ロサ・ケンティフォリナ”」
少年―――否、ガラスの魔女と呼ばれる少年の姿をした少女が、イバラの魔女と呼ばれる少女に向かって静かに答えを返す。
世界中の魔女がこの状況をじかに見れば、思わず剋目してしまうであろう。
かたや極東の魔女を束ねる主―――東方魔女連盟の盟主こと、ガラスの魔女“ラビ”―――それは“ 三度目の沈黙 ”が一人にして、魔女の二大派閥がひとつ“ ヘキセ ”の魔女達の中で最も発言力を持っているとされる魔女。
かたや大陸における有力な魔女達の総称、“ 正統派たるものの代表 ”を名乗る魔女にして、“ オールド・ローズの魔女 ”の始祖が一人―――彼女もまた“ 三度目の沈黙 ”が一人にして、魔女の二大派閥“マレフィキウム”の中でも重鎮として注目を浴びる存在。
「キミほど“ イーシャ ”にこだわっている人もいないからね。それに関わる事柄ならまずキミが出てくるだろうとは思った」
「規定と盟約は守るわ。それでもあなたに問わなければならないことがいくつかある。こちらから質問しても良いけれど―――わたしとしては古くからの友人であるあなた自らそれを打ち明けてくれることを望むわ。切にね」
「ふふん、怖い怖い」
言葉ほどの恐れを微塵も感じさせない振る舞いで、ガラスの魔女は優雅に微笑んでいる。
「そうだね。心当たりが三つ、いや四つか。あることにはあるんだが、キミがこの中のどれを指して述べているのかがいまいち分からなくてね。かくしておけるならかくしておきたいという気もするんだが―――」
「全部よ。全部言いなさい」
有無を言わせぬ態度でイバラの魔女の言葉がガラスの魔女を刺し貫く。
「ふむ。ではまず一つ目から行こう」
実に気だるげで「仕方が無いな」とでもいうかのようなようにガラスの魔女が小さな口唇を開く。
「極東に落ちた“空から降ってきたもの”は、たしかに東方魔女連盟の管理下にある。これでいいかな?」
「正確には、連盟のではなくあなたの、ね」
「なんだ、知ってるんじゃないか、何だよほんとにもう」
急に拗ねたような口ぶりになってガラスの魔女は手元に置かれたティーカップの淵を指でピンと弾く。
「じゃあアレなのかな、これも知ってるのかな。キミが世界中に放った“ 暗きもの ”―――ええと君らはアレを“鴉”って呼んでるんだったか。アレを追っ払ったのはうちの部下だ」
「正確には元わたしの従者、錦よね」
「なんだよ、そこまで知ってるんじゃないか」
「私自ら現地に赴いて、抜け殻を回収させてもらったわ。ひどいものだったわね、しかも半分もってかれてたわ。残りはどうしたのかしら。彼女が食べてしまったのかしら?」
「ははぁ!錦君が言っていた事は本当だったかい!『誰か連盟外の魔女が鴉を回収しにきた可能性がある』とは言っていたが、まさかキミだったとはね!―――あんまりキミやボクみたいな注目の的になってるような存在は、ほいほいあちこち動かないほうがいいと思うよ。まあボクがいえた義理じゃないんだが」
「余計なおせっかいよ。何にせよあなたから二つ聞いたわ―――けれど情報の重要度としてはあまり高いとはいえないわね。残りの二つをさっさと教えなさい」
「随分な命令口調だがまあそれはさておき、うーん・・・どうだろうね。さっきの二つはまあ教えてもいいかなと思ってたけど。こっちはそうそうほいほい教えてもいいような内容ではないからなぁ」
「まどろっこしい事考えるんじゃないわよ。本来わたしとあなたは、会ってはいけない立場なの。そこをあえて出向いてきたわたしに対する敬意を返して欲しいと思うわ」
「仕方ないよねこれ。言ってもいいだろうか?」
「何事も、主の思うままに」
横にいる執事に気軽な様子で問いかけるガラスの魔女―――そこではじめて口を開いた執事の青年は、やはりそれでも敬意ある姿勢を崩さず、ただひたすら少年にしか見えないガラスの魔女の前で頭を垂れる。
「フェリウス君は本当にびっくりするくらい静かだな。うちの使いの中でも相当におしとやかだよ。キミの好みのタイプだろう?」
「お黙りなさい」
仏頂面で返すイバラの魔女にガラスの魔女が軽快な笑いで答える。
「はいはい、せっかちなのはボクの趣向じゃないんだけどねえ。まあそこはキミにあわせるとして―――ところでキミはどこまでこの件に関して情報を持っているのかな」
「この件、と言ってもまだわたしは一言もその話を聞いていないんだけれども」
「憶測でいいよ、というかさっきからボクが言う話は全部キミも知ってる話だったじゃないか。話す前から分かってるんなら話す気力も失せてしまうよ。というわけでちょっとだけ攻守交替しよう」
「その提案に乗る気はないけれど、正直予測の範囲内のことしか言わないあなたに業を煮やしていることは認めるわ。だから憶測を含めてよいならわたしの知っていることを話すことに同意してもいいでしょう。ただしその代わり、あなたはわたしが知らないことを言いなさい」
「ああ、分かったよ」
はいはい、と頷くガラスの魔女をひと睨みしたあと、イバラの魔女はしばし思案しながら語り始める。
「先程からアナタの話す言葉のほとんどはこちらの事情をほとんど把握したような口ぶりだったわ。こちらがどんな情報を必要としてどのようなことを求めているのか既に分かっているような、そんな話し方だった―――当然あなたは私の立場を知っている。マレフィキウムとしての私の主義も、オールド・ローズとしての私の考えも―――そしてなによりも、他ならないロサ・ケンティフォリナとしての私の思想もね」
「ふむ」
相槌を入れるガラスの魔女の方を真っ直ぐに見つめてイバラの魔女は言う。
「だからあなたがわたしに伝えるべきか迷うようなことがあるとすれば、それは相手がわたしであるからこそ迷うようなこと―――わたしの思想や主義と関連した事柄であることに違いないわ。例えばそう―――“ 継承体 ”の出現とか」
「お見事だね―――その通り。ボクがキミに隠している情報の中で、一番厄介なのがソレだ。というのも、ボクにも予想できなかった事態だったものでね。いまだに扱いかねている」
「あなたはまだそんなことを言っているのね」
「キミがどうするかは知っているよ―――魔女同士に理解など有り得ない。互いに潰しあう存在に味方などという概念は無い。でもね、そんな考え方では魔女は消えてしまうよ?」
「分かってないわね。そのスタイルで一体どれほどの時間魔女達の歴史が刻まれてきたと思うの。本当にそれで魔女が消えてしまうなら、とっくのとうに消えていたはずよ。それでもれっきとして“オーソリティ”たちは残っているわ。それも多くの魔女の中でもとりわけ際立った力を持つ存在としてね。答えはそれで充分なはずよ」
「ふふふ、まあそれに関しては昔も今もボクとキミとでは意見が違うからねえ。まあ今その話をしてもしょうがないだろう。ただボクとしてはこの点を強調させてもらうよ―――ここは東方魔女連盟が本拠地にして多くの魔女達が平穏に暮らさんとしている聖域、極東地方だ。ここはキミのやり方でまかり通っていくセカイではない」
「その“ 継承体 ”がうちの鴉の半分を持っている可能性があっても?」
途切れることなくなされていた会話が、はじめてそこで沈黙を帯びる。
「ふむ。どうしてそう思うんだい?」
「何となくよ―――魔女の、オンナの勘」
「一応ボクもオンナなんだけどね」
「ショタ趣味のね」
「ひどい言い方だなぁ、ボーイッシュと言ってくれ」
軽薄に笑うガラスの魔女を、鋭い目つきで凝視するイバラの魔女。
「そんな目で見るなよ。悪いけど、ボクはその件は預かり知ることではないね。錦くんが食べた鴉は、魔女の規約に則った正当な行為だよ。返してくれというなら返せないこともないが、ちょっとソレは難しいと思うけどね」
「誰が錦が食べた鴉の話をしているのかしら―――わたしは“ 継承体 ”の話をしているんだけれど」
「残念だが、どうやらどう足掻いてもキミはこの件について自分の手を下したいようだね」
「そうよ―――“ 暗きもの ”の占有権はオールド・ローズにある。“造形生命”の摂理に則った食物連鎖の結果ならまだしも、ゴーレムにして引き抜くなどという真似は言語道断」
「大抵の場合“ 継承体 ”にそんな力はないし、あったとしてそんな裏事情は分かってないやつの方が多いと思うんだけどね。大体魔女同士が潰しあうものなら、そもそも占有権だのの権力の主張そのものもあまりキミの主義にはあってないように思うが」
「それは今、世界の魔女の流れがそうなっているからそれを一時的に認めているに過ぎないわ。必要があるならば私は力に訴えてでも“ 暗きもの ”の占有権を主張できるもの。それにどっちにしろやる事は同じだから変わらないのよ―――相手を潰すだけなんだから」
「そうかい。まあ、そうはさせないからこその東方魔女連盟なんだがね」
「それは宣戦布告かしら?―――すでに他大陸で勃発しているヘキセとマレフィの戦いを、この極東地方でも起こすとでもいうのかしら」
それは明らかに圧力を意図とした発言だった。
隣に座ったフェリウスという名の青年執事の体が、表情こそ変化しないものの、やや強張る。
おかしなことだったが、彼らの会話は決して穏やかな内容ではなく、またとてもではないが正常な会話とも言えない。
奇異な目線で見られても仕方がないような状況だ―――しかも現にイバラの魔女がガラスの魔女の下へ来るその様子は多くの人間に注目されていたはずだ。
にも関わらず、今その多くの人間がこちらを見ていない。
その場にもし流生がいたなら、錦が述べた言葉の意味を思い知っただろう。
―――魔女とは、認識を操る存在。
「ふふふ、相変わらずキミは本当に情熱的な人だね」
強張った雰囲気は、ガラスの魔女の軽薄な笑いによって一気に穏やかなものへと引き戻される。
柔和な笑みを浮かべた少年にしか見えない少女が、けたけたと笑い声を上げてイバラの魔女を見ている。
「いいだろう。この件に関して、東方魔女連盟が主は、キミの治外法権を認めよう。好きなだけ“ 継承体 ”を探したらいい。僕らはそれを感知しない」
「ご寛大な決定に感謝いたしますわ、盟主さま」
「とはいえ、それはあくまでボクの決定だ。ボク自身がそう決定を下しても、それが連盟の意志ではないこともある。だから時には偶然、何か不都合があって、すべてが万事キミの思うようにはいかないことがあっても、そのときはボクたちに責任を求めないこと。これを飲んでもらおうか」
「お安い御用よ。どちらにせよ魔女側の介入はないわけだから、他に不都合なことなど何もないわ」
そういうと、もうそれ以上用はないとでもいうかのように、イバラの魔女が席から立ち上がる。
早くもその場を立ち去ろうとしているイバラの魔女を留めるように背後からガラスの魔女が声をかける。
「それともうひとつ、“ 継承体 ”に関する最終処置はキミに任せるが―――ボクと東方魔女連盟の主だった魔女にも一枚噛まさせてもらおう。つまりボクらが動くまで、勝手に殺したりしてはダメだ」
「自由の代償というわけね―――仕方ないわ」
鼻を鳴らして不承不承という形でそれを受け入れたイバラの魔女は、人ごみの中へとあっと言う間に消えていく。
「ふう、何が“ 独りで ”だ。遠くからでもいくつか大きな気配が消えたのが分かったぞ」
「当然でございましょう。ロサ氏は強力な魔女。望まなくとも多くの従者が彼女の付き添えを申し入れたに違いありません」
「従者だけじゃなく、彼女の場合はいろんな魔女が師事を請うているからな・・・本人は徹底とした排他的原理主義者なのにも関わらずね。はっはっは。まあカリスマがありすぎるというのも困り者ということだ。悪い意味でね」
この言葉に対して青年執事は困ったような笑顔のままただ会釈する。
「ふう、それにしても―――最後のひとつを聞いていかなかったな・・・彼女。ということはさすがの彼女もその情報は掴んでいなかったということなのかな」
そう言うと、ガラスの魔女は懐から一枚の便箋を取り出す。
それは小さな封筒に包まれていて、そこにはガラスのフラスコを小指の先のサイズまで小さくしたものが入っていた。
ガラスの魔女はそれを取り出し、中にあるものを揺らして眺める。
「“ 種 ”が人間の形を取るなんてことはいまだかつてなかった―――魔女同士の争いなんてやってる場合じゃないんだ」
便箋にはまるで綺麗に写し取られた写真のように―――写真のような精緻さでありながら、それは鉛の筆で描かれていたが―――泣き喚く竹草少女とそれを抱える錦の憔悴した顔が写し取られていた。
「これまでになかったことが起ころうとしている。ならば魔女も、その在り方を変えるべきときが来ていると考えるべきだ」
思案げにガラスの魔女は呟く。
「それにしても“ 継承体 ”―――恐らく当人は気付いていなかったのかもしれないが、丸ごと“ 暗きもの ”を喰らおうとしなかった用心深さは認めたいね。このおかげでイバラの魔女は情報を求めてこちらに接触をしてこざるを得なかった。まあこちらもほとんど情報は持っていなかったし、渡す気もなかったんだが―――偶然だとしても不可解な点だ。何故警戒した?だれかが入れ知恵をしたのか?それは一体誰が―――?」
ガラスの魔女の声は、隣に待らせた青年執事の耳にも届かぬまま、虚空へと消えていく。
今回めっちゃ情報量多いですね。
ちなみに単語の意味や言葉の意味というのは、いちいち回収するつもりはないんで。
ただちゃんと情報はばら撒いておきますので、そこそこ判断可能な程度にはしておきます。
分かりやすい小説を書くつもりはない。