第二章 その四
「流生様、魔女についてはどれほどの知識を持っておられますか?」
「うーん、あんまり・・・」
「では流生様、“星の子ら”について何か聞いた事は」
「ぜんぜん」
「・・・造形生命については?」
「わかんない」
「・・・・・・私が魔女の僕である事をご存知でしたか?」
「さっき初めて知った・・・」
「なるほど」
「・・・はい」
「大体わかりました」
「そ、そう?」
「聡雅は本当に、本っっっ当にあなたに何も話していないということですね」
「あ、あはは」
いくつかの簡単な質疑応答が終わった後―――要するに流生が何も知らないということを再認識した後―――錦は五月姫の方へと向き直る。
彼女の“妙案”が功を奏すのか。
「流生様、はっきり言って、私たちのサイドにとってはこの方の存在が最も不確定要素です」
はっきりと、真っ直ぐに五月姫を見て錦は言う。
下手な事をしても意味はないだろう。この場合それよりも、すべきことをただ淡々とすれば良い。
歯に布を着せている余裕は無いのだ。
その様子が伝わっているのか、流生も五月姫も黙って彼女の言葉に耳を傾けている。
「流生様はまだ知るべき情報のほとんどを持っておられない。ですからまず“こっち”を片付けたい。私の言っていること、伝わりますか?」
「うん、分かるよ。あたしとしても、そこは気になるところだし」
「あらそうなの?」
話題の人物当人は、あっけらかんとして逆に見つめ返してくる。
「はっきりさせましょう、五月姫様。実のところあなたは、私たちの敵なのか」
「味方なのか、とは聞かないのね」
「魔女と魔女は互いに潰しあうもの。味方という考え方は本来成立しないのです。敵か、あるいはまだ敵でないかというだけ」
そう言いながら、錦の脳裏で聡雅の軽薄な笑いがよぎる―――『なんだその人生フルタイムサバイバル。もっとぬくぬく生きろよ』。
(そうできたら苦労はしないのですよ、聡雅)
「なら、わたしもはっきり言わせてもらうわ」
「会長・・・」
不敵に笑う五月姫を前にして、いささか不安な様相で窺う流生。“会長は多分、信用できる”―――そう言った手前、彼女としては五月姫を弁護・支持したいのだろう。だがやはり、物事を自然な流れに戻すことの必要性も感じている。
そんな表情だ。
「って言っても、たいしたことじゃないんだけどね。言いたいのはこれだけなのよ―――わたしも、なあんにも知らないの」
「・・・へ?」
「と、言いますと」
「だから言ってるじゃない?文字通りよ文字通り。私は、なんにも存じ上げておりません―――魔女って何。私のことなの?造形生命って何。錦ちゃんのこと?星の子らっていうのはぇぅちゃんの事なのは分かるけど」
正直言って、これは錦の想定外だった。否、むしろある種つじつまが合う話ではある。
“五月姫会長は、何も、知らない。”
敵である、敵でない以前に、彼女は何も理解していない―――。
「・・・なるほど」
「そ、そっかぁ!」
つまり、杞憂だ。
(やはり、主の言うとおりでいいのだろう・・・)
「てゆか、会長ぇぅちゃんってなに?」
「だってこの子『ぅぁー』とか『ぇぁーぃ』とかしか言わないでしょ。だからぇぅちゃん」
「愛称じゃないですかそれ・・・ちゃんとした名前つけましょうよ」
「ちゃんとした名前よ?EUREKA。で、えうちゃん。いい名前じゃない」
「あ、ほんと!いい名前かも」
(つまり五月姫は彼女で、情報を必要としているということか―――あるいは流生様とほとんど同じ立場なのかもしれない)
流生が自ら進んで“種”を拾ったように、五月姫もまた好き好んで事態に飛び出してきた―――そのくせ、互い共状況の真相を半分も知らないところが滑稽だ。
錦はため息をつく。
「エウレカっていうお花、見た事ある?」
「ないですけど、図鑑で見た事なら」
「淡い緑と白い透明な花を咲かせるのよ。ほら、ぇぅちゃんそっくりじゃない?」
たしかに寝ているこの少女―――竹草少女は、まさに淡い緑と透明な白を体現しているような容姿だ。
背骨と臀部から硬質の葉のようなパーツが出ている事を除けば、歪なところは何も無い。
「分かりました。五月姫様。敵か、敵でないか、それは“分からない”ということなのですね」
「ま、そんなところね」
強引に話を戻した錦に、漫然としたような様子で五月姫は頷く。
「では味方になってもらいましょう」
「引きずり込むってわけね。別に構わないけど、味方なんていないんじゃなかった?」
「モノは言いようやりようです。敵の敵は、味方になるかもしれない」
「つまり目下あなたが目指すのは、わたしに共通の敵を作ること、かしら」
「ご名答です。もはや隠すこともありませんね」
そして恐らくはその情報を一番必要としているのが流生であるからこそ、五月姫に話せば同時に流生もそのことについて知ることが出来る。
錦は流生に向けて話したのではなく、あくまで五月姫に向けて話された言葉を又聞きしただけ―――だが情報を得るという形としてはそれは充分だ。
錦が流生に向けて話すのでは、錦が流生を引きずり込むことになる。
だが本人が勝手に情報を取得し、勝手に推論するのなら―――それは願ったり叶ったりなことだ。
錦の考えた“妙案”に、恐らく五月姫は気付いているのだろう。
結局のところ、流生が“関わらない”という立場を取るという選択肢はもとより無い―――それでも決定権を自分が行使した、という感触が大事なのだ。それは作為され、作られた感触。真実でない。偽りの事実。それでも、選べない選択を選んだと思わせる事は大事な事なのだ。
卑怯な手―――だがそれを、錦は行使せざるを得ない。
(お二方・・・ここから先は、くだらない会話をしている余裕はありませんよ)
錦の目が鋭利なものへと変わっていたことに、当然五月姫は気付いているのだろう。
それでも彼女の姿勢は変わらない。どこか嫣然と微笑んでいるような、そんな姿勢を崩さない。
流生だけが、どこか戸惑っているような地に足のつかないような姿勢だ。
「それで、アナタが私に敵になってほしいその相手って誰?」
単刀直入にして簡潔明瞭な質問―――それは錦の目指すところと同じだ。
五月姫の頭の回転は相当早い。情報量としては圧倒的にこちらが上回っているにもかかわらず、挑発的なまでに早い。
錦はそれを受け取って、薄く笑う。
「いいですね。はっきり聞いてくださった方が私としても答えやすい―――まずひとつ、その質問に答えましょう。
彼女の名はロサ。ロサ・ケンティフォリナ―――通称“イバラの魔女”です。
五月姫様、あなたに彼女の敵になっていただきたい」
ま、とりあえずこーいう流れで。
ちなみにエウレカってのは本来花じゃありません。
この世界にしか存在しませんので、あしからず。