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第二章 その三




「簡潔かつ単刀直入に用件を申し上げたいと思います」

「お急ぎなのかしら?錦ちゃんも大変ね」]


「私は魔女の僕ですから」

「年中無休なのね。真面目でお堅い頑張る子は好みよ」


「は?」

「ふふ、気にしないで」


 相変わらずな五月姫さつきにしきの会話を間に挟まれるような形で流生るいは聞いていた。

 どうやら錦は流生の方に用事があるようだが、明らかに五月姫がいた事に動揺している。

 想定外だったのか―――あるいは、これは五月姫にとっての想定内なのか。


「まず、こちらをお返ししたいと思います」


 意を決したのか、錦が本題に入る。

 体躯に合わないサイズの大きな籠が、木製特有の重く静かな響きを背にちゃぶ台の上に置かれる。

 それはお菓子や果物を入れるようなフルーツ・バスケットであり、布を退ければすぐさま麦菓子が放つ芳香で脳の奥まで幸せな快の刺激で満たされるような、そんな連想を引き出すような外見をしている。

 だが実際に目にした者は、そのやや歪な性質にまず注意がいってしまってそれどころではないだろう。


(錦ちゃーん…バスケット大きすぎてちゃぶ台ギシギシいってるから。これ、アタシが財布を痛めて買ったからね。高かったからね。ていうかほんと大きすぎでしょ何はいってるのこれ)


 あまりの大きさ―――そんな表現が陳腐であるくらいに大きい。直径にして約三尺か四尺はありそうだ。人が一人はいってると言われても納得できる程である。

 流生のやや冷や汗気味の視線に気付いたのか、慌てて錦は床へとバスケットを移す。


「すみません」

「い、いえいえ」


「気にしないで」

(会長は気にした方がいいと思います。主にその格好)


 シュールな光景だ。

 ゴスロリと下着(一応エプロンをしている)とジャージ―――思い思いの姿の少女が、ちゃぶ台と負けず劣らず容積の広いバスケットを囲んで、正座している。四畳半の薄暗い部屋の中で。


(間が…間がもたないっ)

「え、ええっと、これは…何?」


 空気を読んで流生は間を繋ぐ。

 やや五月姫の方を警戒する様子で見ていた錦がハッとなって申し訳なさそうに布をほんの少し捲る。


「申し訳ありません、私どもの方ではこちらを預かる事はできませんでした」

「あら、妖精ちゃんじゃない」


 バスケットの中は、さらに奇妙な生地で敷き詰められていた。

 繊維である事は分かるのだが、どこか鱗粉りんぷんや花粉のような粉にも見える。それでいて綿毛のように丸い。

 そして中ではあの少女が―――竹草少女が眠っている。


「起こさないように。絶対に」


 念を押すように錦が言う。その目が心なしか疲れているように感じる。


「今は寝てはいますが、それはラビの魔法によるものです。いずれ効能が解ければ起きるでしょう。なるべく彼女には夜の間起きてもらっていた方がいい」

「子どもって寝かしつけるの大変よねぇ」


 五月姫と錦の方を交互に見ていて、流生はある事に気付いた。


(もしかして、この子すっごい暴れたんじゃ)

「ぇゃぁ…ぁぁ」


「ッッ!」

「今の欠伸?普通の子どもみたいなのね」


 微笑む五月姫の横で、錦が鋭く全身を硬直させたのを流生は感じた。

 どうやら呑気に寝ていた自分と違って、彼女は昨晩いろいろ苦労したに違いない。

 じっと錦を見ながら慰労の念を無言で捧げていると、本人が突然顔を上げて流生の方を見た。


「流生様、申し訳ございませんでした」

「へ!?…あ!いいのいいの、気にしないで!」


 突然真正面から謝罪の言葉を投げられて流生は当惑する。


「私が責任を持って預かるといった手前、丁重に保護させていただく予定だったのですが…事情が、変わりまして」


 錦が何のことを述べているのかを咄嗟に理解した流生は慌てて手を振る。

 昨晩流生の腕の中で目を覚ました竹草少女は、これからずっと狙われる事が分かっているなら魔女に預けてしまったほうが良い。

 そう提案した錦の言葉に従って、流生と聡雅は竹草少女かのじょを、自らを“ラビ”と呼ぶ魔女の下へと預ける事にしたのだ。


 『では、お二方、よろしいですか』

 『流生、お前はこれでいいのか?』


 『え?う、うん』

 『ふーん』


 『何か申し付ける事がございますか』

 『いいや。こいつが“良い”っつーなら俺はそれで』


 そんな一連の会話があった―――話の流れも、内容も、そもそも言葉も理解していない竹草少女かのじょが、そのときだけ空気を察して貝のように押し黙り、ジッと流生と聡雅を見ていたのを思い出す。


(今思えば聡雅あいつ、絶対あたしに遠慮してたと思うのよね)


 それは流生からすればやや複雑なところではある。

 そもそも育てるのを提案したのは流生だが、実際に育てたのはほぼ聡雅である。というか、聡雅である。

 運よく自分が竹草少女かのじょが目を覚ましたときに居合わせたが為に、竹草少女かのじょは流生の方ばかり見ていたわけだが、実際のところ聡雅と竹草少女かのじょの関係はいまだよく分からないままである。

 本来そのことで一番喜ぶべきなのは聡雅であるはずが、肝心の彼氏はどうにも煮え切らない。ただひたすら醒めたような瞳で立っているような姿だ。

 事態に対して深く関わっている―――明らかにある種の行動力や積極性、継続力が今の彼をその立場に追いやっていた事は間違いない。

 なのに、どこかどうしても決定的な所で消極的で傍観的な自分を捨てきれていない。そんな印象を受ける。

 一番中心にいるべき人物が、一番隅にいるような感覚だ。


(一応、聡雅が“案山子”なんでしょ?)


 だがどういうわけか、この竹草少女は流生の下へとまた戻ってきた。

 これは何を意味するのだろう?


(えーっと…?)


 難しいことを考えたせいで流生の頭がこんがらがってきた。

 どの情報がこの事態と関連しており、どのような解釈をするべきなのか、あるいは正しい推測とはどのようなものなのか。

 ひとつひとつを吟味してもっとも信頼のおける印象を作ろうとしている―――だがそもそも前提として“印象を作ろう”というのだから、それが信頼のおけるものとなり得るはずがないのだ。

 だが聞いても分からない事もある。流生が注意を向けるべきものがあるとすれば、主にそこ―――彼女や聡雅ではカバーできない新しい情報だ。






 一方、あれやこれやと考えを巡らしている流生の向かいで、錦もまた迷っていた。

 まさに錦が告げようとしたのはそこ(・・)なのだった。


ラビ、良いのですよね…)


 錦は迷う。今ならまだ間に合うようにも思う。

 竹草少女かのじょを中心としてうごめく事態―――前代未聞にして初。

 歴史上恐らく初めて生じた、魔女と魔女の争い(・・・・・・・・)に、少なくとも流生かのじょは無関係でいられる。


「なあに流生ちゃん、深刻な顔しちゃって」

「会長、手ッ!手ッ!」


 そしてもうひとつ、理由がある。

 ここに来て現れたもう一人の魔女―――流生の太ももの付け根に手を這わせている少女の存在が、錦をさらに迷わせる。

 この場で最も緊張感も深刻さもなく、それでいて恐らくこの場で最も得体も存在もよく知れない存在。

 いかに彼女に相対していくのか、それによって今後の動向が変わってくるだろう。

 いずれにせよ、少なくとも錦は彼女を信用してはいない。

 妙案が錦にはあった。

 だがそれにはまず段取りが必要だ。

 そのためにはまず、あれやこれやとぐるぐる思考が定まらない流生に、現状を知ってもらう必要がある―――これが錦の考えだった。


「そろそろ本題に入りましょう」

「あら、いつでも本題に入って良かったのよ」


 まさにそれが目的だったとでも言わんばかりの姿勢で五月姫がゆったりとした目線を流してくる。


(明らかに、蚊帳の外にいながらそれでいて、恐らく一番事態を把握している・・・)


 そんな空気を錦は感じた。


「今から流生様に打ち明けることは、すべて聡雅も知っております。その上で、彼はほとんどの決定を貴女に任せておられます。だからこそ、まず流生様が状況を把握なされる必要があります」

「う、うん」


「今、この場でそれを聞く準備は出来ていますか?」

「た、多分」


「というより、準備が出来ているかはあまり問題じゃないのでしょう?」


 自信がなさそうな流生に変わって、横から五月姫が口を挟む。錦はやや鬱陶しげにこの少女を見つめる。


「時間が無いのよね。でしょう?やらなければならないことも多いし、それに問題というのは何処からでも沸いてくるものね。だから立場が曖昧な存在はきっちりと明確にして、さっさと安心したいのよ。だから流生ちゃんは難しく考えなくていいのよ、ただ向こうを安心させてあげればいいだけ」

「そ、そっか」


 なんだか安心しだした流生を前にして、錦はやや苛立ちを募らせる。

 これでは駄目なのだ。

 五月姫や聡雅に言われて安心して、などではなく―――あくまでこの少女が、自分で情報を吟味して自分で情報を判断する、という経過プロセスが重要なのだ。

 本来当事者であるべき人間が、そうではない人間によって流されていく。

 これは危険な兆候だ。

 しかも“向こうは安心したいのだ”と説明する。

 的を得ていて恐ろしいくらいだ。


(この女、何を知っている?)


 あるいは何も知らず、ただ表現の問題なのか―――錦は改めて少女を警戒する。








いい加減バックグラウンドを説明しねーとな。

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