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第二章 その二

 空気がゆったり流れている。


 週末。

 休日。

 青空。

 清涼感がぴったり合う季節。

 うだる暑さの一歩手前。爽やかな季節の残り僅かな香りが、休日の午後をやさしく包んでいる。


 昼食を終えた流生は、ベランダの戸を開け放ったまま日の光を浴びていた。

 とかくワンルームのマンションやアパートというのは、室内が薄暗い。

 この季節は特に室外よりも室内の方が寒いというおかしなことがよくある。

 だからこういうとき、彼女は窓を開け放って日の光に当たる。

 太陽の光というのは不思議なものだ。

 どんな先端暖房器具ハロゲンヒーターも、陽光にだけは匹敵しない。

 暖かく、心地よい。


 仰向けに寝転がった流生の視界に、四畳半の楽園の天井に無機質にぶらさがった白熱灯が映る。

 きっとどんなに足掻いても、あの白熱灯は太陽になれはしないだろう。


(不思議よね…)


 流生はときおり、そんな不思議な感覚に襲われる。

 はじめて光を生み出したとき、人は何を思ったのだろう。


 Necessary is mother of the invention.―――“必要は、発明の母である”。


 だがそれは、太陽を生み出すという目的が主眼に置かれていたのだろうか。

 本当に光を生み出した人々は、太陽を作りたかったのだろうか。

 否、彼らはそもそも光を生み出したのではない。

 何も無いところから光を生み出すなんてことが、出来たはずはない。ただ、彼らは夜に明かりを生み出しただけだ。

 理由は単純だろう。

 それが、必要だったから。あると便利だったからだ。

 そう、何にせよ、このことが明確だ―――便利なのだ。

 光の源として、完璧で理想な姿はおそらく太陽光だろう。

 だがそこまでいかなくても、やはり暗い夜に手元を照らす明かりというのは、あれば便利だ。

 そういう、ことだ。

 ただそれだけのこと。

 どんなに頑張っても、白熱灯は太陽には及ばない。

 それでも、それでいいのだ。

 本当に必要な光は、必要なときにそこにあるのだから。


 では完璧な光とは―――?

 人が求める完全さや、人が理想とする完全さを基軸としたときに、そこに本当の光というのは生まれるのだろうか。


(別にどっちでもいいんじゃないかなー)


 流生はそうやって勝手に結論付けると、鼻元まで込み上げてきた欠伸を片手で隠しながら、天井を見ていた頭をさらに上、廊下に面したキッチンの方へと向ける。

 そこからは食器がぶつかり合う硬い音が廊下から響いている。

 上下が反転した狭い王国で、今だ下着姿でエプロンだけを前半身に纏った五月姫が手元を泡だらけにしている。

 そこだけ切り取れば家庭的な姿だ。

 だが決して日常に埋もれきらない輝きがそこにはある。

 庶民的で処世的な行動のひとつひとつにも、隠しきれない魅力が見え隠れしている。

 一言でいえば、挙動や動作をつぶさに観察していても、まったく飽きない(・・・・)のだ。


「…ラジオつけよっと」


 上下反転した視界を下方修正し、壁に引っ掛けられたラジオのスイッチを入れる。

 途端に流生の知らない言語がノイズ交じりにけたたましい音量で噴出する。


「ぎゃっ」


 流生は焦って飛び起きる。

 ニュースか何かだろうか。

 何にせよキャスターの述べている言葉の意味が分からなければただの雑音に違いない。

 慌てて目盛りを絞る。極東地方は特にこういった多様な言語圏の電波が入り乱れているため、あちこちでいろんな周波数を拾うことができるのだ。


「す、すいません…」

「あ、待って。ちょっと音おっきくして」


 家主にあるまじきいたたまれなさを感じつつ、おずおずと流生は下げたボリュームをもう一度、ゆっくりと上げていく。

 手元を休めてしばらく五月姫は耳を傾けていたかと思うと、一言だけ「ふうん」と頷いて、また作業に戻る。

 流生は目を丸くする。


「分かるんですか?」


 五月姫は悪戯っ子のような目つきで流生の方を見てウィンクする。


「ちょっと面白い話だったわよ。知りたい?」

「知りたい知りたい」

「流星群がまた(・・)来るらしいわ」




          * * *




 流星群。


 流星群りゅうせいぐんとは、その軌跡が天球上のある一点(放射点または輻射点という)を中心に放射状に広がるように出現する一群の流星のことをいう。

 流星群には、毎年同じ時期に出現する定常群と、数年~数十年おきに活発に出現する周期群、突然活動する突発群がある。

 流星現象を引き起こす原因となる物質を流星物質という。

 軌道計算により、流星物質は主に彗星から放出されると考えられているが、なかには小惑星起源のものもあるようである。

 流星群をもたらす流星物質を放出したこのような天体をその流星群の母天体という。

 母天体の周囲には、放出された一群の流星物質が細い帯状に伸びており、これをダストトレイルと呼ぶ。ダストトレイルはそれ自身の軌道上を母天体とほぼ同じ周期で巡る。ダストトレイルの軌道と地球軌道が交差しており、かつダストトレイルと地球が同時期にこの交差地点にさしかかったとき、ダストトレイルと地球との衝突によって流星群が生じる。


 ダストトレイルは周回を重ねるにつれて長く伸び、軌道上に拡散していく。

 周期群はダストトレイルが軌道上の一部に集中しているもの、定常群は軌道上にほぼ一様に拡散したものである。したがって、周期群は比較的若い流星群であり、定常群は古い流星群であると言うことができる。

 母天体からの流星物質の放出は、通常は一度限りではないため、ダストトレイルは軌道上に複数本有ることが知られている。これらは木星などの引力によって少しずつ軌道が変化しているため、出現する流星の数が変化したり、出現しなかったりする要因となっている。特に流星物質の空間密度の高いダストトレイルと地球が遭遇した場合には、大流星雨又は流星嵐となることがある。

 なお、ダストトレイルという考え方は近年提唱されたもので、その軌道要素を計算することにより、流星出現の最も多い時間、地域などを、従来の経験的な予報をはるかに上回る精度で予測することが可能となってきた。


(wiki pedia より)



          * * *




「わお…前に来たのはいつでしたっけ?」

「いつだったかな。たしかあたし達が生まれてすぐか、ちょっとだと思う」


 ということは十七から十四年ぶりの再来ということになる。


「あれ?ちょっとスパン短くありません?」

「そ。だからちょっと(・・・・)面白いハナシ。ホントは一世紀飛び越しても来るか来ないかっていう規模らしいんだけどね。『半世紀の間に二回も訪れるなんて天文学的確立だ!』っていうことみたい」

「へぇ…スゴイ」


 歓心する流生だが、主にそれは五月姫の聞き取り(ヒアリング)に関してであり、流星群そのものにあまり彼女は興味はない。


「ま、基本的に流星群なんて、旧世紀の開発事業の残滓とか異物が多いのよね。大気圏内に掠っても燃え尽きちゃうか、勢いあまってまた宇宙に飛び出しちゃうかのどっちかだし。大昔みたいに本物の隕石が来るって事は滅多にないコトなのよ。もちろん旧世紀の残骸なんてものはパーツの欠片を拾っただけでも相当の価値が出るんだけど、基本的にそういう部品は今もコントロールを失ってるだけで現役で動いているパターンが多いし、一般人が回収できるほど―――…」


(物知りすぎてついていけない…)


 頷くのが精々だ。

 ただの一般学生として自分とそのせいぜい半径二十メートル程度の世界しか注意深く見ることの出来ない彼女にとって、同年代でもこれほどの差を感じる少女もいない。

 ちなみにこのとき報道で話題に上がった流星群は母天体不明の突発群であり、ほぼ奇跡的にダストトレイルが重なるという偶然が、『二回も』起こったという意味で話題騒然なのである。


(同年代―――)


 差を感じる相手なら、もうひとりいた。

 だがその相手とは、隔たりは感じない。五月姫とはまた違った意味で、その人と流生は違う世界に生きていたのだなと思う。


「あ、あたし出まーす」


 呼び鈴(ベル)が鳴る。

 いまだ機械式の振鈴(ピンポン)―――インターホンに移行していない旧式の、だが音だけは現役で真っ直ぐな、鼓膜とその奥の骨にまで響くような、ただただ軽快で耳に痛い音が。


「どなたー?って―――あ」


 どたどたと音を立てて土足のままで小さな影が入り込む。


「だぁれ?」


 五月姫が廊下から顔を出して、きょとんとしている。

 小さな影は、その体躯に反して面積が大きい。

 それはその少女が身に着けている服装によるところが大きいだろう。

 ニーハイのソックスが映える、ブラックレースのフリルスカート。

 襟と袖の大きいシャツが黒いセーターで押し込められて、胸元と手元で大きく弾けている。

 足元は黒いグリースが塗られた革のブーツ。

 よく訓練されたゴシックスタイルだ。


「お…お邪魔しますっ」


 少女は心なしか焦っているように見える。

 それとも疲れているのか。

 それは恐らく少女が抱えているかごのようなもののせいだろう。

 明らかに少女の体格と合っていない。持つには邪魔そうだが、しかし少女は大切に持っている―――つもりなのだろう。

 だがその姿はまるではじめてお使いに出かけた子供が買い物袋を引きずって帰ってくる姿とそっくりだ。


「あら、いらっしゃい」

「な!なんで下着なんですか!」

「それはそうとして、錦ちゃん。極東(ココ)では部屋に入るとき、靴を脱ぐって知ってた?」


 ―――違う世界に生きる。それが文字通りの意味でその通りであるのは、この少女ぐらいのものだろう。

 あ!という顔をした錦に、流生は苦笑しながら手を差し出し、小声で言う。


「履物をお預かりしますねー」

「…お願い致します」


 同年代―――正確には一つ下か。否、少女の真実の年齢を流生は知らないのだ。

 消え入りそうな声でゴシック少女―――錦はブーツを脱ぐ。


次の話投稿するとき、ちょっち付け足します。


2010.4.30追加。

つーかwiki pediaコピペしただけ。

ググれよカス。否、これが俺の優しさなのだ。

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