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第二章 その一

 五月姫さつきは起きるのが早い。


 特に理由はない。

 規則正しい生活を心がけているわけでもないが、いつもパッチリと目が覚め、寝るときはぐっすりと眠る。

 体内時計が狂わないのだ。

 徹夜をしたときや遅くまで起きていたときなどは流石に眠いが、しかし昼寝をしてしまったからといってその日寝付けないということもない。


 流生るいは起きるのが遅い。

 特に理由は―――あるのだろうか。

 規則正しい生活を心がけていない上に、いつも目がなかなか覚めない。そのくせに、寝るときはぐっすりと眠る。

 体内時計が狂っているかいないかは本人がよく知っている。

 徹夜をしたときや遅くまで起きていたときなどは当然眠いし、してなくても眠い。

 しかも昼寝をしても、家に帰ればまたよく眠る。


 論理的に言えば、その日先に起きるのは五月姫さつきであるはずだ。

 だが―――


「起きてしまった…」


 現実に最初に起きたのは流生るいの方だった。






「ねむ…」


 慣れない早起きで頭がやや痛い。


「なんでこんな早起きなんだろ…昨日なんかあったっけ」

(昨日は…そうだ、昨日はいろいろな事が―――)


 疲れが溜まっていると人は自然に睡眠時間が延びる。

 だが今日の流生は、どういうわけかぱっちりと目が覚めてしまい、布団の上で伸びをする。

 まだ体はだるい。

 眠気や身体の奥に疲れが残っているのが分かるが、しかしもう眠れない。


「あ”ー…」


 重い声が喉から漏れる。

 前頭部を押さえながらあたりを見渡す。

 ワンルームの寮生活。

 狭いが、さながら小さな王国のようだ。

 目をこすって携帯時計を探す。

 丁度ジャスト六時エイト


「オ・クロック。おはようございます。土曜日でございます」

「んー…おはよ」

「うわわぁっ」


 独り言を言って―――そして、ぎょっとする。

 隣に誰か、寝ている。


「随分早いのね。あと一時間半寝て良い?」

「あ、ああああれ?あれあれ?あれ?」


(会長ぉぉおおおおお!?)


 流生が会長と呼ぶ少女―――五月姫さつき

 彼女が通う学校の生徒会長だ。


「なあに?」


 にやにやしながら顔を近づけてくる。

 忘れていた。

 そもそも自分が早く起きれるわけなどなかった。

 それは稀なこと―――例えば身体に負荷がかかって緊張しているから、とか―――そう、今日はお泊りだったのだ。






「ありがとうございましたぁ」


 早朝のコンビニ店員が愛想良い声で丁寧にお礼を言う。


(とりあえずこれで何とかなるだろうか…)


 袋の中身を見る。

 軽い飲み物とスナック程度しかない。

 冷蔵庫を開いてみた彼女は、思ったよりも自分の食生活が適当である事を痛感した。


「あーあ。朝ごはんどうしよっかなぁ」


 オート・サイクルの方へとのんびり歩きながら、彼女は都市主要道路バイパス沿いから見下ろす眼下の街並みを眺めて呟く。

 既に朝日は地平線から抜けきっており、完全にして見事な球体を天空に現していた。

 街並みはその突き刺さるような、それでいて暖かな陽射しによって明るく照らされ、思わず笑ってしまうほどの雑多な全貌を包み隠さずさらけ出している。

 彼女がはじめてこの街にやってきたとき、最初に思った感想はただひとつだ。


 ―――「すっごいごみごみしてる」


 というより道という道が存在していない。

 すべては建物と建物をつなぐ小さな階段や小道で埋め尽くされ、まるで街全体がひとつのアパートのようだ。

 屋根の上や建物の上に次々と新たに建物が建造され、最上階だった部分がいつの間にか最下階になっていたりする。

 あちらこちらに給水塔や電波塔が乱雑に立ち並ぶ。

 電線や鉄塔も多く、非常に無規律だとしか思えないが、ああ見えて管理している業者が存在しているのだという。

 この時間帯から既に活動している人々も多く、ちらほらと洗濯物を干し始める人々の影がここからでも見える。

 流生や聡雅、五月姫がいま住んでいる極東地方とは、いわば人口が非常に密集している完全飽和都市なのだ。

 都市主要道路バイパス都市電鉄列線モノレール全極東列空エア・ライン―――二つの陸上の線と、ひとつの空の線―――この3Lineが無ければ、都心部などはまともに移動すらできやしない。

 流生がコンビニや学校まで通うときに用いるバイパスは、バイパスの中でも副都心交通サイド・ラインにあたるせいもあるのだが、基本的にWeekEndの早朝はどのラインも空いている。

 街中があまりに雑多であるために、全国規模で展開するチェーン店やフランチャイズなどは、主に交通網に沿って発達する事が多い。

 逆に地域密着型の個人店舗は街中の奥に建てられることが多い。

 前者は清潔さや高級さ、手軽さなどが。

 後者は安価さと個人経営特有のブランド力などが売りである。

 基本的にホワイトカラーが前者を、ブルーカラーや個人経営が後者を支持することが多い。

 特に極東地方にはブルーカラーが多いため、このような稀な環境が生まれる。

 流生や聡雅を代表とする学生は類別で言えば、非常に特殊な身分であり学生ひとりひとりによって利用する場所が異なる。

 流生はといえば、友人に誘われでもしない限り、ほとんどはチェーンやフランチャイズを利用するという点でホワイトカラー派である。

 いわば“ハイカラ”世代だ。


「エンジンの調子が悪いなぁ…個人経営あそこの親父、ちゃんと修理したのかなあ」


 オート・サイクルのエンジンを鳴らしながら不満げに呟くと、流生は十数分先の木造建築の寮へと戻る。


「会長まだ下着なのかな…」






 五月姫の姿を見て、流生は呟く。


「なんで布団ここで寝てるんですか…」

「駄目だった?」


「いや、駄目とかそういう話ではなく!あれ、ていうか会長あたし寝巻き貸しませんでしたっけ?何故なにゆえに下着?」

「だってあれ、ちっちゃいんだもん」


「っ」


 流生は言葉に詰まる。


(何処がですか?何処の部位がですか?)


 しっとりした五月姫の肢体ボディを、流生は見下ろす形で見ている。

 分かる―――たしかに、これ(・・)は入りそうに無い。


「ていうか寒くないですか。他に何か着るのあったかなぁ」


 やや強引な閑話休題わだいそらし

 困ったような顔で流生は辺りを見渡す。

 ぱっと思いつくものはあるが、どれもサイズが合わないか、寝巻きとしては使えそうにない。


「別にわたしはこれでいいのよ」

「うーん」


(でも何か着た方がいいよね…絶対)


 振り返ると五月姫が扇情的な目線でこちらを見ている。


(っていうか着てっ!あたしの為に着てっ!)

「ムラムラする?」


「う…」

(ふ、不覚っ)


 同姓にも好かれる女性というのは存在する。

 その好き、という分類にもよるだろうが―――ときには同姓に対して性欲をもてあますこともあろう。


(会長は絶対女の子と付き合った経験があると思う!)


 疑惑を遠くへ押しやって流生は無理やり叫ぶ。


「じゃ、じゃああたし買い物行ってきますから!」

「土曜日なのに?」


「土曜日だからですっ」

「ふーん…」


 うろんな目つきで部屋の隅にある時計に流した視線は、とろんと流生の方へと戻っていく。

 その目線が何を伝えたいかは簡単に分かる。


(「まだ、六時なのに?」―――って会長あんたが泊まりにきたからでしょーが)


 寮生活とはいえ、食事は自前で用意する事になっている。

 基本的に平日は昼間から食堂が開いているが、週末は開いていない。

 それに朝食は食堂では取れないので、結局自分である程度何とかしなければならないのだ。






 時は戻って寮の前に立つ流生。


(自分ひとりだけならまだしも、会長に朝ごはんをヨーグルトだけで済ませっていうのもなぁ…)


 何となく心苦しいが、しかしコンビニの袋の中身もヨーグルトと似たり寄ったりな内容なので、どちらにせよ心苦しい。

 むむむ、と唸りながらも流生は自宅の扉を開ける。

 古びた木造の扉特有の軋んだ、慣れ親しんだ不快音が耳膜を揺らす。


「good morning♪」


 沈黙が流生を襲う。


(うっわ、なにこれ)


 案ずるなかれと主は仰った―――どこかの宗教の一節が頭の中で響く。

 そうだった。

 彼女は―――五月姫という少女はそういう(・・・・)少女だった。


「朝ごはん作っといたけど…どうする?食べる?」


 食卓(といってもちゃぶ台だが)に並んだまばゆいばかりに輝く卵の黄色い光と、ミルクの白さが彼女を出迎える。

 何処から持ってきたのか、イチゴが上に乗ったトーストがこちらを見ている。


(ははははは…)

「うん?」


 沈黙する流生を五月姫は不思議そうに見ている。










 料理が出来る女が完璧だ、というのは恐らく偏見を多分に含んだ妄想だろう。

 だが―――完璧な女にとって料理など造作もないというのは―――それは妄想ではなくただの理屈である。


「このあたりにね、生協のトラックが周回してたの。イチゴはそこで売ってたの」

「へぇ…(知らなかった)」


「知らなかったの?」

「ははぁ」


(これは、勝てん!)


 即座にそう判断した流生るい

 来たばかりの流生の部屋が、まるで古くからそこにあったかのように勝手気ままに振舞う五月姫。

 流生はハッと自らを省みる。

 コンビニ袋を片手に半ジャージ姿で玄関に立ち尽くす少女。

 もう片方は朝食を作り、質素なカップの湯気と朝日に当てられて艶々とした少女。

 ―――どちらがこの家のあるじなのだろうか?


(ていうかまだ下着じゃん…っ)

「何か買ってきたの?」


 五月姫が興味を抱いたのか、流生の持つ袋の方に関心を寄せる。


「あ、別にたいしたものじゃないので」

「ミネラルウォーター?」


 袋の外形から判断したのだろうか。

 寄ってきた彼女は中身をあさりだす。


「あー」

(あんまり見られたくないなぁ)


 普段の食生活がバレてしまう気がして流生は恥ずかしさに俯く。

 案の定、やや深刻そうな五月姫の顔が、うつむいた彼女を下から出迎える。


「普段こういうの食べてるの…?」

「ええ、まあ…」


「ふぅん」

(ぎゃっ)


 思い切り胸を掴まれる。


「ちょっ、会長!」


 するすると白く細い手のひらが滑って、胸骨を通り、やがて腰や臀部へと落ちていく。


「だからちっちゃいのよ?」

「うわわわ…ちょっちょっ」


 等しく正方形―――四畳半ワン・ルームの狭い廊下に悲鳴が轟く。


「さて、食べましょうか」


 気付けば何食わぬ顔で踵を返す長身で華奢な少女の姿があった。


(く、喰われるかと思った…)


「座らないの?」


 素朴で清廉な少女が、先程の悪魔のような手つきの持ち主であるなどと予想しようがない。

 腹部の深い部分が妙に引きつった感触を覚えるのにぞっとしながら流生は半笑いで食卓に座る。



話の法則 その一

@@章 とついている場合、そこに登場する人物がその章の主要人物。


話の法則 その二

@@章の後から第一話(「その一」のこと)がはじまるわけだが、大抵その章の要点は最初の五話程度に要約されている。


章以外題名がついていないのは仕様。

題名も結構適当。

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