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第一章 その九



 SKY-SCRAPER―――空をさえぎるモノ。空を跨ぐモノの意味。


 もっぱら超高層ビルや摩天楼を指すが、この言葉に高圧高架線が含まれるのだろうか。

 雄大な青い空はただ真っ青なときよりも、はるか高く遠くで風に千切られたような、筋の強い白雲があった方が下から見上げるときに映えるだろう。

 つまるところ、遮るものがあるほうが空に存在感があらわれる。

 灰色の建造物が織り成す都市世界に、まるで場違いなはずの清涼な蒼が現れるとき、人はその心に流し込まれていくような何かを感じる。

 それは人に限らない―――“からす”もまた同様に、高いところが好きであった。


 “馬鹿と煙は高いところが好き”。


 ある意味でそれは正しいのかもしれない。

 “からす”は自分で首肯する。

 確かにその通りだ。

 この街へ来たとき最初に“からす”が感じたのは、空の存在感だった。

 何とも遠く、何とも手が届きそうで届かない。

 きっとここに生きる人々の多くは、ふと見上げた空を見ては、自分では到達できない何かを見てとるのだろう。

 あの上空を舞う千切れた雲たちのようには自分は飛べやしない―――あそこに自分達は行けないのだという延滞感。

 どいつもこいつも、本当は馬鹿になりたがっているのだ。


「だが!!俺には翼がある件について!!」


 そう独り笑い叫ぶと、“からす”は軽快に笑いながら鉄塔の上をブーツの底で跳ね歩く。

 それは非常に奇妙な光景だった。

 高圧高架線鉄塔のはるか上部、中心に向かって傾斜していた鉄骨が、途中で折れ曲がって地面と垂直に―――他の鉄骨と平行になる直前の部分に、男が立っていた。

 “立って”いた。重力に逆らって、斜めに。


「俗世の野郎共はホントに不自由に生きてやがるなぁ…上から見てりゃよく分かるわ」


 そういうと、ふいに男―――鴉は胸いっぱいに息を吸い込む


「お前ら馬鹿!!みーんな馬鹿!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ばーっかばっか!!」


 くけけけけけけ、と笑う鴉。その声は聡雅が怖気を感じたカラスの嘴の奥の鳴き声と、どこか類似しているのだった。


「おろ?」


 唐突に鴉が顔をぽかんとさせて、その場にしゃがんで上を見る。

 といっても既にしゃがんでいる位置が重力に逆らって横向きなので、実質的には上を見る事は横を見る事になる。

 鴉の白い部分がまったくない眼球が、不気味に―――まるでカメラが焦点を合わせるかのように一回転する。

 その視線の先に、彼の分身たるカラスの群れが飛翔している現場が見えた。

 恐ろしく遠いが、彼にはその一部始終が見えているようだった。

 視力が良いなどというものではない。まるでそれは機械的ですらある。

 それはたった今しがた姿を消したにしき聡雅さとまの姿を追っていた。 


うわばみが消えたな…チマチマ刺激してもうちっと遊んでやろうと思ったのに、早漏か?早漏なのか?」


 そういうとまた下品な笑いを口元に浮かべる。

 黒を基調としたパーカーにカーゴスタイルのパンツが、風に煽られて生き物のようになびく。

 次第にそのなびき方が異常なくらいまでに膨らんで―――あろうことが千切れてしまう。


「あいつ『ラビラビ』ってうるさい小娘だろ。にしきつったっけなあ…俺あいついたぶるの好きなんだよねえ。猛禽類は有鱗目を弄くるのが大好きなのでしゅ」


 悪戯っ子のような台詞を残して、男の姿はまるで布切れのように千切れて風に舞う―――その千切れたひとつひとつが鴉に変幻する。


「牙向けてシャーシャー反応してくれるから可愛くってしょうがないのよね、ハハハ」


 よく見ると足が三本の鴉が混じっていて、その鴉が人語を口腔から話す。

 “からす”と呼ばれる軽薄な魔物が一人―――そのまるで従者にあるまじき殊勝な精神を欠片も感じられない男が、本腰を入れて攻勢に入ろうとしていた。










「会長、どうしましたか?」

「え?」

「今、じっと窓の遠くを見ていらっしゃいませんでしたか?」


 書記の言葉で、生徒会役員全員が何事かと窓の方を見始める。

 五月姫は自分がやや間抜けな声を出してしまった事を自覚していない。彼女がそのような声を出す事自体が、稀にもない事なのだ。


「いいえ、特に気にする事はないわ。ただちょっと…そう、違う事を考えていたの」


 そう言って彼女は笑う。

 それは彼女にとっては愛想笑いなのだが、周囲には嫣然と笑ってみせたようにしか見えない。

 会議室内は一気にほどけた雰囲気を取り戻し、他愛のない談笑を含む定例会議に戻っていく。


「少し、私は席を外させてもらうわ。主要な審議事項はもう終わったわね?」

「ええ、大まかな事は決まりました。むしろ会長はしばらく休んでいてくださいよ」


 労わるような声を出す副会長の青年の言葉に微笑んで、五月姫は会議室を出る。


(あれは流生さんだったと思うんだけれど…)


 五月姫は確かにベネシャン・ブラインドの隙間から、必死に何かから逃げるように走る流生を見たと思った。

 渡り廊下の方へと足を進める速度が徐々に上昇していく。

 胸がざわざわしてきた―――こうした予感はいつも彼女に付き纏っている。


 彼女には時々、直感で先々の事が予想できるときがある。人が何を望んでいるか、何を成し遂げたいと願っているかが何となく分かってしまう。

 彼女は普段人から完璧だなどと言われているが、彼女自身はその事自体については正直言ってよく分からない。

 他者が自分とどのように関わって生きているのか、何を考えているのかなどはサッパリ分からない―――ただ自分は自分であろうとして、その過程で変な予感に従いながら生きてきた。

 何かにつけて人々は生きる上での印象やイメージといった、いわゆる“掴み”と言うものに頼っている。

 勉強をするにしても、社会で働くにしても、あるいは恋人と付き合うにしても―――まず最初に“掴み”が分かっていなければならない。

 大抵の場合、その“掴み”を何となくでもいいからいち早く理解して整理したものが、要領よく物事を進めて人よりも先んじる事が出来る―――そういう意味では、彼女の現在の多くの成功はすべて、その奇妙な予感が成せる業であった。

 ファッションも運動も料理も、すべてはその“掴み”がよりリアリティにあふれ、かつ明瞭であればあるほどに人を自然に動かす事が出来る。

 運動競技における多くの国際的な選手達も、ひたすら自分の動きを“イメージ”するという。

 そのイメージで“掴み”を得て、さんざん反復すると、本番ではそれを丁寧になぞるだけでいいという。

 逆に言えば聡雅などはその“掴み”が上手くいっていないからこそあれこれ悩み、流生もまた同様に自分の中で何かが上手くいっていないように感じるのかもしれない。

 ある意味でそれは奇異な事と言える―――彼女自身はそう思っていなくても、既に彼女の中で“掴み”は終わっていて、彼女はそれになぞるだけなのだ。

 その彼女を支えている不思議な感触、いわば一種の予知能力が、今何かに反応して警鐘を鳴らしている。


(私は普通と違う、そんな事は分かっているの。でも私は、その先を知りたい―――人と違うわたしが、何故こんな風に生まれたのかを知りたい…)


 そういうとき、彼女はとことんその能力と付き合う。

 出来る限り自分の成せる“なにか”を探り当てたい―――彼女はまさにただそれだけを理由に、無防備にも事態へと近づいていくのだった。




ちっと少ないので、その十を更新する前に付け足します。

******

2010/02/12 付け足しました。

五月姫さんLOVE

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