第一章 その七
「ねえ、なんでアタシらがこういう後始末をしなきゃいけないんだろーね」
「うーん?」
少し離れてきたところから響いてきた声に、流生は顔を上げずに返事をする。
返事をしながらも、彼女はゴミ袋を縛る手を止めない。
「経費節減?それともこういう掃除をさせることに、何らかの教育的価値でもあるってわけ?」
「hmm…わかりません」
「はぁーっ」
流生がわざとらしく手を広げてみせると、副委員長は盛大なため息をついてゴミ捨て場の掃除に戻る。
委員会というのは、役割によって明確に区分がなされておらず、ただひとまとめに名づけられている。
つまるところ、“雑務をする奴ら”の集合体として委員会という区分があるのであり、そこに保健だの図書だのと明確な区分をつけても仕方がないということなのかもしれない。
いずれにせよ、生徒会の下位組織たる委員会が何かあるたびに駆り出される事は多く、特にその中心的存在として体よく扱われる二年生という存在は、非常に使い勝手が良いのだった。
(あーあ…今日はちゃんと様子を見にいけると思ったんだけどなあ)
流生はずっと聡雅のことを考えていたのだった。
彼女が観察室であるあの小部屋に行くのは、芽を見に行くのはもちろんの事、聡雅自身を見に行くという意味もあった。
ここ最近彼女は雑用を任されてばかりで、聡雅に頼りっきりである。
決して芽のことが気にならないわけではないのだが、どうしてもやはり優先順位がある。
とはいえそもそも聡雅に頼っているのは自分の方なのだから、まずは自分の方がしっかりしなくてはならないという自覚もある。
(わたしはいつもそう…どこか中途半端で、両方やろうと思って失敗しちゃって)
かといって、どちらか一方をつかめば必ずそれが成功しているというわけでもない。要領の悪い彼女は必ずどこかで何かをやらかしてしまう。
隣の芝生は青く見える―――似たような事をいろいろな人に言われる彼女は、それでもどうにも自分よりも周りの方がスマートに生きているように見えて仕方がない。
それを考えると、自分がとても矮小で小さな存在に見えてきて、いたたまれなくなる。
それでいつも申し訳ないなと思って彼の方を見るのだけれど、肝心の彼はというといつものようにぼうっとしているし、教室では話しかけてこようとすらしない。
かといって怒っているのかと思えば、やや淡白だが普通に応対してくるし、本当につかみどころがない。
(ないんだけど―――でもなぁ…)
お昼に見た光景が彼女の中でなかなか忘れられない。
錦は聡雅に何の用があって、二人は校舎裏へと歩いていったのか。
その事が気になって仕方がないのだった。
あるいは彼は、もう“種”のことに本当は興味なんてないのかもしれない。
そうしたらこれから彼女は、独りで観察室へ向かって、独りでじっと世話しなくてはならなくなるだろう。
そうしたら、忙しい彼女は当然“種”の事は放りっぱなしにすることが多くなる。
そしたら―――そしたら―――。
「はぁーっ」
副委員長とは違う意味で、流生もため息をつく。
別に聡雅と流生は付き合っているというわけでもないのだ。
だが今彼女が抱えている不安はまるで恋人同士のそれそのもの。
正直言って彼女自身自分の感情がなんなのかも分かってはいなかった。
(なんなんだろうなぁ…聡雅は)
それは自分にとってなのか、それとも彼自身についてなのか、そのこともよく分からない。
「よっし終わったぁああッ、もうこんだけやれば良いでしょ!」
振り返るとゴミ捨て場の区画を綺麗にした副委員長が、満足げにホースを振り回しながら流生の方を見ていた。
たしかに随分と綺麗になっている。水が青い空を反射してキラキラと光っている。
悪臭もかなり薄くなっている。
「おっけ、ありがと」
「まあまあお互い様って事で」
「先帰ってて。これ全部片してくるから」
「独りでだいじょぶ?」
「だいじょーぶでーす」
陽気に笑う流生を副委員長は僅かに一瞥したが、すぐに笑い返して手を振る。
「そいじゃまた明日ね!」
「はいはーい」
流生は遠ざかっていく背中を見送った後、半透明なパステルカラーで色分けされている袋の束を掴む。
中身が入っているのでやや重い。最近力仕事ばかりだからなのか、華奢な彼女の腕や足腰は筋肉痛が耐えない。
(ええっと赤は燃えるゴミで黄色は…)
委員長という立場になるまでゴミ袋の色に気を遣ったことなどなかった彼女は、改めて自分の仕事が簡単に見えて煩雑で面倒な事を認識する。
よっぽどやる気がなくてはできない。ノリでやっている人間にこんな役職は釣り合わない。
それでも続けていればいろいろな事が見えてくるもので、何故校内の教師達があれほど分別にうるさいのかや、地元の人々や都市部の町内会が何故あれほど必死なのかも理解できるようにはなった。
(それはそれで成長なのかなぁ…なんかしょぼいけど)
ぼんやりと考えながら、赤い袋をまとめて区画に放り込む。
ふっ、と影が差したのはそのときだった。木の葉が散るときに出来るような視界を小さく横切る、その程度の影だったが、たしかに流生の目がその影を捉えた。
「あーもう、またかぁ」
ゴミ捨て場に集うのは、捨てられた猫や犬、そしてもうひとつ―――鴉だ。
普段生活しているときはまったく気にもとめなかった存在が、こうして雑用しているときに限って現われる。一番遭いたくないときに。
ゴミ捨て場は大抵彼らによって荒らされてしまうものだ。どこも同じである。
「うわ、いっぱいきた…」
見れば四匹か五匹のまとまった塊が、彼女を中心に―――屋根のうえやコンクリートの舗道上、錆びた緑のフェンスに散らばっている。
総数にしてみればかなり多い。
鴉がそこまで群れる姿をあまり見た事のない彼女は、少し恐怖を感じた。近年の鴉は気性が荒く、人を襲うという事を思い出す。
尖ったくちばしを下げて、血走った黒い目がこちらを睥睨している。
その目がいくつもいくつも、彼女を見つめている。
(鴉って…こんなに群れるっけ)
背筋に冷たいものが落ちるのを感じながら、彼女は黄色いゴミ袋を片付ける。
アルミやスチールが入っているその袋が奏でた無機質な音が、予想外に辺りに響いた事で、ようやく彼女はある事に気付いた。
これほど鴉が集まりながら、辺りが不気味な程静かであるという事に―――。
一陣の風が、ささやかな砂塵の幕を巻き上げて、流生の髪や首筋を粒子が叩く。
痛いような痒いような感触が彼女を襲う。
腕で顔を覆うと同時に、ぞわぞわするような恐ろしさが湧き上がってくる。
なまじ何もされていないという状況が恐慌を煽る―――近寄らず、飛び立たず、それどころか鳴くことすらせず―――ただ群れて立ち、こちらをひたすら見てくる。それはまるで―――観察されているかのようだ。
しかもよりによって副委員長は帰ってしまった後だ。
(聡雅が来る…なんてことあるわけないか、そりゃそうだよねそうだよねうんうん)
顔が引きつった笑いで妙に歪むのを感じる。
きっと今の自分を鏡で見たら、とても変な顔をしているのだろうなと彼女は思った。
(ち、違う事考えようっ)
人は恐怖を感じていると、それを誤魔化すために思考がどうでもいい事へと逸れはじめる。
だがそれはあくまで無意識だからこそ出来る芸当で、逆に意識してしまうと上手くいかない。
「む、無理…」
(諦めるのはっや)
自分の言った事に自分で突っ込みを入れてみる。
すぐに心に空虚な穴があき、その隙間に恐怖が入り込む。
ぎょろり、と鴉たちの目が一斉に彼女を見る。
「ごめん、やっぱ怖いです」
(逃げるぅぅぅぅ)
彼女は手に持っていた最後の青いゴミ袋を―――本来プラやペットボトルの入っている袋を、黄色い袋の束―――不燃ごみの区画に突っ込む。
(い、いいよねいいよね、どうせ燃やさないんだから不燃だよねっ)
背を向けて一目散に駆け出す。
彼女が走り出したと同時に、背後で羽ばたく音がし始めた。その音は連鎖してどんどん広がっていく。
同時に沈黙を破った流生の行動を咎めるかのように、鴉たちが口々に鳴き声を上げて彼女の後を追従してくる。
今の今まで静寂が包んでいた空間が、騒々しさを増してゆく。
その鳴き声が、じょじょに甲高さを上げて迫ってくる。
「う、うそうそっ!なんでよっ!?」
驚きがすぐに恐怖にとって変わる。
ゴミ捨て場のほったて小屋のような小さなトタン屋根の裏、その木々や旧校舎に止まる駐車場の陰から、大量の鴉たちの影が飛び立つのが見えたからだ。
まるでそこらじゅうから沸いてきたかのような有様に、自分の置かれていた状況を再認識する。
なんてことない日常だったはず―――それがどういうわけか、なにやらとんでもない事に巻き込まれているような気がしてならない。
そこらへんにいる鴉が、あたり一面にいて自分に牙ならぬ嘴を向けている。
(なんでなんでなんでっ!?)
理由が分からない。
間違いなく顔を覚えられていて、自分に向かってきている―――そのことは分かるのだが、何故覚えられたのか、どうして自分が狙われているのかが分からない。
流生は背後を振り返らない―――音だけでかなりの数が自分に向かってきている事が感じられるのだ。わざわざそれを目で確認したところで、ただ怖くなるだけだ。
“明らかにおかしい”―――ただその事を考えないだけで、今は精一杯だ。
流生は今度は努めて冷静になろうとする。
すぐに校舎に入るのは無理だと判断した。運の悪い事に自分は裏校舎の入り口とは反対方向に逃げている。
しかしどうやらこの群れをかわすには、校舎内に入るのが一番無難だろう。だとすれば、一端本校舎と裏校舎の間の中庭に出て、そこからぐるっとまわって昇降口を目指さなければならない。裏校舎を半周して中庭側から入るのだ。
本当は、そのまま正門通りへ向けて走ることもできた。
そうすれば誰かが助けてくれるかもしれない―――だが何故かそれは彼女の中ではナンセンスだったのだ。
彼女は決して明確にそうしようと決めていたわけではなかった。
ただ何となく、本当に無意識の中でのことだった。
(あっちは…駄目!)
誰かを巻き込む事を、彼女は避けたのだ。
身体を捻って、人通りのさらに少ない裏校舎の影を走りぬける。
中庭への道を真っ直ぐに駆けていく彼女が、遠目に目標物を視認する。
裏校舎と本校舎をつなぐ渡り廊下。二階同士が繋がって、むき出しの橋状になっているあの部分を越えれば、すぐ脇に裏校舎内部につながる昇降口がある。
頭上では既に幾数羽かが黒い閃光となって彼女を追い越す。
「痛ぁッ!」
並ぶ自転車を勢い余って倒してしまうが、気にする余裕もなく彼女は走る。
遅れて響いた自転車の倒れるプラ質の面白味のない音階が、続いてあたりを覆いつくす翼と甲高い鳴き声によって瞬く間に掻き消されていく。
耳元を風が抜ける。
さらに十数羽がはるか上で彼女を追い越し、その遠く前方で旋回してくるが見えた。
呼吸が苦しい。
胸が上がって痛みが込み上げてくる。鎖骨の奥が締め付けられるような、そんな痛みだ。
懸命に振る腕先を強く握り締める。
整ってピンク色の光沢がのった爪先が、手のひらに食い込む。
渡り廊下の真下を抜けて、すぐに角を曲がる。
その彼女のまさに真後ろを、間一髪で十数羽の鴉が飛び去っていく。
「ひゃああああっ」
安堵する間もない。
走るのに適していないローファーにやきもきして転びそうになり、慌てて身体を捻ってバランスを取りながらも、足は前へ前へと踏み出していく。
そして思ったよりも早く目前に現われた昇降口―――それは本来生徒の出入り用というよりも裏口程度に使われている小さな引き戸式のガラスドアだったが―――につんのめりながらも飛び込む。
倒れる。すぐに立ち上がる。
振り返った彼女の眼に、一直線に昇降口を目掛けて飛び出してくる黒い群れが映るが、彼女はほとんど機械的に動く事に成功した。
それは恐らく彼女を救った。
ぞっとしたり怖がっていれば、体がすくんだその時点で彼女はその群れに飲み込まれていただろうから―――ほんの数秒の差で、彼女はガラス戸を引いて閉めることに成功したのだ。
(割れないかな?)
強く閉めるほんのコンマ直前にそんなどうでもいいことが彼女の脳裏をよぎったが、構わず彼女は力いっぱい閉めた。
そして―――思ったより頑丈なガラス戸は、強い衝撃に耐え、まさにその身を呈して彼女を守った。
そこからの彼女はひたすら呆然とするしかない。
まさに沈黙し、剋目する。
最初の一匹目を、見事にガラス窓が防いでみせた。その肉体をさらにクッションにして、次々と黒い羽毛の塊達を押し留めていく。
一瞬前まで綺麗に本校舎側が見えていたガラス戸の景色に、次々と黒い羽毛が押し寄せては落ち、押し寄せては落ちていた。
自然上最も類を見ないと言えるほど軽量に設計された鳥類系の羽翼骨格―――それらがぶつかりあう音は、外見や質感の想像をはるかに超えて狂乱を見せる。
時間にして二十数秒、不吉の象徴たる黒い羽たちが離れて静かになるまでの時間は、その狂いぶりからすれば恐ろしいほどに早かったが、彼女には永久にすら感じられた。
そして再び訪れる静寂―――身震いが彼女を襲う。
―――『怖がるのも、震えるのも、全部後にしなさい』。
いつか読んだ小説に書いてあった、お話の主人公に向けたある台詞が、頭の中で反復されていく。
しかしいざ自分がやってみた立場に立つと、ただただ自分の中に空洞があるばかりである―――きっとそこに実感を溶かして詰め込んでいくと、徐々に固まって恐怖が生まれるのだろう。
だから彼女は呆然としたまま、それがしっかりと形成される前にガラス戸から離れる事にした。
壁に手をつき、長い息を吐く。
水面台の方から窓を覗き込むが、外がどうなっているのかはよく分からなかった。
背筋が寒気に襲われ、鳥肌が立つ。
ほんの数秒、自分に向けてまっしぐらに飛んできたカラスの目を思い出す。扉にぶつかったあと、まるで水が引いたように、あるいは砂粒が吸い込まれていくようにあっさりと静かに遠ざかっていった黒い羽の群集が浮かぶ。
(正気じゃない―――あれはただのカラスなんかじゃなかった!)
そして今彼女がいる旧校舎―――図書室。
彼女の中で、ピタリと符号する。
いてもたってもいられなかった。階段を全速力で彼女は駆け上がっていく。
嫌な予感が彼女を突き動かしていた。それはほとんど直感だったが、彼女にはそれで充分だった。
前へ出る足が踊り場を越えて角を曲がる―――突き当たりが図書室の扉だ。
ローファーを履いたままだったが、そんな事に頓着している余裕はない。
ノブにかじりついて捻るが、回らない。
内側から鍵がかかっている。
「何でこんなときに限って開いてないのよ!」
放課後は欠かさず観察室に訪れる聡雅は、いつもなら鍵を開けておいてくれるはずだ。
しかしどういうわけか、今は鍵がかかっていて中に入れないのだった。あるいは中にいて、閉まっているのに気付いていないのか。
聡雅がやっていたようにノブを回してみるが、どうしても開かない。
「ああんもう!誰かいないの!?」
ダメもとで扉を叩きつける。
“種”が心配だった―――もし自分の身の回りで何かおかしな事が起きるなら、それは全部あの“種”に関連した事に違いないのである。
「こんな事になるならもっと様子を見に行っていれば良かったわ!」
今更嘆いてももう遅い。
ノブをがちゃがちゃと回していた彼女は、しばらく思い悩んでいたかと思うと、来た道を戻り始めた。
その足は階段の直前で横に逸れ、そのまま男子トイレに向かう。
「やってやる!」
そう意気込んだかと思うと、突き当たりに申し訳なさそうにくっついている小さな換気用の窓を全開にした。
顔を出して横を見ると、図書室の窓が見える。それを捉えた流生の顔が引き締まった様相を見せる。
彼女は身を乗り出して足を外に出す。
校舎の外壁に付けられた、ペンキで塗りつぶされた鉄管の小さな足場につま先を引っ掛ける。
「わわっ」
バランスを崩せば背中から真っ直ぐ落ちるだろう。
身を乗り出してゆっくりと足を横へ横へとずらしていく。
顔を左右や上に向けて確認する―――カラス達は見えない。
安全だと判断したのか、流生は一気に身体を図書室の方へと進めていく。
「女は度胸!」
誰が最初に言ったかも知らない有名な台詞を叫びながら、手すりのついた大窓に飛びつく。
片足が滑って落ちかけるが、慌てて遅れて伸ばした足でコンクリートの壁に足を引っ掛ける。
手でしっかり手すりを握ると、もう震えは止まっている。
中を覗いてみるが、広い図書室のすべてが見渡せるわけではない。
流生は大窓の内鍵が、古く錆びている事を内側から確認する。木製の窓枠もかなり老朽化している。
出される結論はひとつ。
鉄製の廊下に面したドアを無理やりこじ開けるよりは、古びた木製の窓をこじ開けるほうがやりやすい―――やや常軌を逸してはいたが、論理的には間違ってはいなかった。
流生はローファーを脱ぐと、逆手につかんで踵の部分で窓枠を叩き始めた。
ガラスは割ると危険でかつ弁償しなければならないので、あくまで窓を綺麗に壊す事を考える。
しかし基本的に現実というのはそうそう上手くいくものではないのが世の常であり、この場合彼女の行動が常識はずれであることもやや関係していたと考えるのは妥当である。
「あ…」
窓枠を叩いていたせいで、ガラス板そのものが小気味良い音を立てて枠から外れ、床に落ちる破砕音が一瞬後に鼓膜を揺るがす。
とても間抜けな姿で固まってしまった彼女の虚を疲れたような目が滑稽なまま、そこには泥棒もかくやと言わんばかりの大胆な行動を取る青少女の姿があった。
何事もなかったような顔をすることに成功した彼女は、同様の手つきで内鍵を開けることにも成功する。
何はともあれ、扉は開いた。
だが―――“上手くいかない”と人が嘆くときというのは、大抵小さな失敗だけではすまないものだ。
むしろ自分では「なんだ、そんなこと」と思っていたような事が、実際よりも大きな事態にまで膨れ上がってしまって呆気に取られてしまう場合の方が多い。
鍵を無くすなんて事は、なんでもないことに見えて、なくす鍵の種類によってはとんでもないことになるように―――そしてそのとき流生が“上手くいかない”と感じたのはある意味でもっともなことだったかもしれない。
ただ図書室に入って、“種”の様子を見るだけ。あわよくば聡雅と話す時間を少しとれればそれで良し―――それがこうも上手くいかないとは。
(え、蛇?)
聡雅と違って余計な事を考えない分、彼女のファースト・インプレッションは大抵の場合的を得ていることが多い。
足を先に窓にすべりこませて室内に後ろ向きに入ろうとしていた彼女は、足場を確認しようとして背後の室内に目を向けた。
そして蛇を見て―――本当に蛇なのか?何故こんなところにいるのか?いつここにきたのか?何をしていたのか?誰がつれてきたのか?そうした疑問をすべてすっ飛ばして―――ただ、蛇だと認識した。
「ぎゃあっ」
その素直さがそのまま現われるかのように、彼女はその蛇にそのままぶっ飛ばされて―――そして今、彼女は宙を舞っている。




