序章 “種”
初心者です。初投稿で見苦しいとこもあると思いますが、どうかよろしくお願いします。たらたら更新していく予定です。
そもそも前書きに何を書いたらいいかもよくわかってません。
「ちょっと委員長っ!?」
「あぁああもう…」
遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
「いまいくから待って!」
流生は仕方なく持っていた用具やらリストやらが入っているプラ質のケースを置いて、声のした方に駆ける。その足取りが、やっぱり重い。
彼女は自分が汗っかきな事を知っているので、あまり髪を伸ばしたいとは思わない。
とはいえ自分は女の子なのだから、やはり髪は伸ばさなくてはならない。
(もう切っちゃおっかな)
ぼんやり額にかかる髪を見て思う。
そろそろ房がいくつか肩口に差し掛かっている。毛先が遊んでうなじがさらさらする。涼しい五月連休や秋なら、そんなさらさらも歓迎だ。でも今はもう夏のはじめ。うだるような暑さが今年も、まさにこれからこの学校を襲うに違いない。
そうなると夏に備えて髪を切りたいという事になるのだが、それはそれで彼女にとっては気が重い。
(切ったらみんなうるさいからなぁ…)
前髪数センチを切っても気付く人たちばかりだ。
以前に少し跳ねた髪が気になって、いちいち直すのも面倒なのでそこを切ったら、友達のほとんど全員が気付いて大騒ぎになった。
むしろそのことにびっくりしてしまって、それ以降自分の髪に神経質になってしまったくらいだ。
「お待たせ」
「待ってたよぉ」
顔や声は朗らかに笑ってはいるが、内側ではやや疲れているのが目に取れる。
どうしても行事の計画準備や作業となると、どういうわけか思い通りに進まないシチュエーションに苛々が溜まってくる。こんな簡単なことなのにどうして上手くいかないんだろう。何故言葉ひとつ伝えるのにここまで時間がかかるのだろう。自分のイメージをそのまんま相手に伝えられたら、どんなにか楽なのに。そんな気持ちでいっぱいいっぱいになってしまうのだ。
「ねえリストの用具が足りないのよ、去年そのまましまっておいたはずのものがどうして無くなるわけ?意味わかんないんですけど!」
「あははは…」
(それは私に言われても…)
副委員長である彼女もまた疲れているのだろう。すこし声が高くヒステリー気味だ。
陽射しが少しきついのもある。青い空の下で高く上がった日が照らす陽光よりも、夕方の手前、やや斜めから赤く照らされる方が肌に痛いのだ。
「どれが足りないの?」
「カラーコーンがひとつと迎賓用のパイプ椅子が三つ!」
「パイプ椅子は体育館のを使っていいって、担当の先生に話してそういう事になったじゃない?」
「室内用だからダメだって教頭がね!もうどうしたらいいんだっての!いっそ椅子なんてやめちゃう?」
やめちゃおっか、と流生が言うと、彼女がきょとんとして、「ふふふ」と笑う。まだ大丈夫そうだ。
「備品担当の先生ともう一回話してみて、他に使える椅子はないか確認してくる。ついでにカラーコーンもどうにかしてみるね。多分裏校舎にいっぱいあったと思う」
「そっか、流生は陸上部のマネージャーだもんね」
笑って頷いて、汗ばんできた額の前髪を払う。
遠くで使い走りの男子生徒が呼んでいる。はーい、と声を上げて彼女はそちらの方へと走っていく。
それを見届けて、流生も裏校舎へと向かう。
裏校舎はひっそりしていて、コンクリートがひび割れて草が生えてたりなんかしていて―――まるで廃墟だ。実際はまだまだ移動教室で使われていたりするのだが。
錆びて中々開かない倉庫の鍵を、気合を入れて一気に回すと、きりきり音を立てて鍵穴が回転する。古い鍵なので、ドアノブにくっついてしまっているのか。
倉庫鍵を備品担当から半ばひったくるようにして取ってきた流生は、こじ開けたドアから一瞬破壊的な音がしたのを聞いて身体を硬くする。
(もう、閉まらない…かも)
その音の小さな反響が収まるまで彼女は首を縮めて立ちすくんでいた。
「壊してんじゃねえぞ」
「私のせいじゃないもん」
振り返らずとも流生に声の主は分かっている。さっきからずっと視線を感じていたのだ。
「そんなとこでサボッってないで…手伝って…よ、ね、えいっ!!」
構わず倉庫の中に入り、薄汚れていつ使うかも分からぬマットや空気の完全に抜けたボールの入ったゲージなど、手近な空間から押しやっていく。
破壊的な音が倉庫の中を縦横無尽に駆け巡り、一瞬辺りが静寂に包まれる。大量の埃が入り口に殺到し、春の残り風が散らしていく。
やがて中から軽く咳をしながら埃を払って流生が出てくる。その手には小さな赤いカラーコーンが握られている。
パンパンと倉庫の壁面にコーンをたたきつけて、汚れを落とす。
「カラーコーンゲット!」
よっし、と呟いて服の埃を払っていると、突然背中を思い切り叩かれて、うっと息が詰まる。
「ちょっと…?いたっ、いたいいたい、いたいしっ」
「ひでえなお前、プリンみたいになってるわ」
「もういいもういい!」
なおも伸びてくる手を打ち払い、彼女はカラーコーンを放り投げて自分で埃を払う。
ひゃあああ、っと頭をぼさぼさと払うと、むっと大気が埃にまみれていく。
頭頂部は真っ白だったのだろうか。黒い彼女の髪が、それこそプリンのようにくすんだ白に染まるくらい。
「なあ…俺はお前が“忙しい”っつーから、今は代わりに見てやってるけどよ。後でちゃんと自分で見に行けよ?」
振り返ると、宙を舞ったカラーコーンをキャッチして「汚ねぇ」と顔をしかめる短髪の少年の姿があった。
「分かってるよ…忙しいんだからしょうがないでしょ。サボってるわけじゃないんですからねー」
あんたこそ準備はちゃんとやってんの、と切り返す。
「俺はもう終わったの」
少年は、生まれてこの方ぱっちり開いたことなんてないです、とでも言いたげな重そうな瞼を引っさげて、ぼそっと返す。
きょとん、と彼女は少年を見つめる。“聡雅”(サトマ)と名札のついた体育着袋が彼の手元で揺れている。
「あんたたしかグラウンドのライン担当でしょ?一番時間かかる仕事じゃない、もう終わったの?」
「余裕。つうか他の奴らの仕事がたらたらしてて遅すぎて苛々したから、プラン・シートひったくって俺だけで引いた。今頃ライン担当のやつらのは自室でダラダラしてんじゃねえの」
「う…目に浮かぶようです」
恐らく彼が先ほどの現場にいれば、あまりの周囲の動きの悪さに血管を浮かべているのだろう。実際人手は必要だが、単純に人間が増えてもすぐに力に変換できるとは限らないわけで…―――。
「さっき“水やりながら”見てたんだけどよ、お前らもっと要領良く出来ないの?ちんたらしてる奴らをもっと使えよ」
彼女は少しぶすっとしてしまう。
「それが出来たら苦労しないんですって」
むしろ少年に全部自分の責任を放り投げてしまいたいくらいだった。
うんざりするように視線を落とすと、ふと彼が持ってるものに流生の目が留まる。
体育着袋のサイドポケットに、無造作にハサミが突っ込まれている。よく見れば反対の手には、似合わないがジョウロを持っている。
「もしかして…そんなに成長したの?」
「お前実は、というかやっぱり見に行ってないだろ?」
「い、いや、そんなことは…だってもうハサミ使わなきゃいけないくらいになったなんてさっ」
「まだ芽が出ただけだよ、ていうか“剪定”するならこんなハサミ使わないし。そもそも“アレ”がどういう風に成長するか俺は知らないんだぞ?」
「で、ですよねぇ、ははは」
少し動揺してしまった。
「これは途中で拾ったんだ。備品運ぶ途中で誰かが落としたんだろ」
ほれ、と言って少年は流生にはさみを押し付ける。どうせ戻るなら持っていけ、という事だろう。
仕方ないので受け取る。なんだか悔しい。
「まだ誰にもばれてないんでしょうね?」
なんでもいいのであらぬ因縁を吹っかけてみる。
「ねえよ。ていうか見た目ただの植木鉢だろうが」
アッサリ切り捨てられる。実際その通りなのだった。
確かに彼女も、その一部始終を目にしていなければとてもではないが信じられない。
流生と彼―――聡雅は、ある共通の秘密を抱えている。
その発端は、五月連休が明けて、六月の年間行事に備えて委員会を招集して必要なプランを練ろうという日に起こった。
続きます。
そもそもあとがきに何を書いたらいいのかもわかってません。