悲哀に満ちた魔女
「私、怖いんだ」
魔女はいつも通り、気ままに現れて力を振るった。
火炎魔術なんて人を巻き込んで当然のものだが、今までは煤一つ落とさないくらい丁寧に戦っていた。
それだけ才能があったし、手加減できる相手しかいなかった。
人に好かれたいとか、人に知られたいとかではなくて、人の気持ちが知りたかった。
魔女は、人の因子が一欠片もなかった。いつもいつも、泣いて、哭いて、鳴いていた。涙の意味も知らないのに、鳴いていた。そういう妖精だった。
笑うようになったのは、ある魔術師のおかげだった。彼は、死に目に来た妖精に、どうか泣き止んでほしいと願った。
魔術師からの贈り物は、二つ。笑える魔法と、遠くまで行ける足。
魔女は戦った。人との触れ合い方を知らなかったから。だから、とりあえず有名人を見習ってみた。目論見通り、魔女はたくさんの人と話せるようになった。それでも魔女は人の気持が判らなかった。
判らなかったが、なかなかに楽しい時間だった。最早当初の目的も忘れ、ただくれなしの魔女を楽しんだ。
楽しい時間は終わるものだ。
ある日魔女は、ついうっかり、咄嗟だったので───言い訳ならいくらでも浮かぶような、失敗をした。
逃げ遅れた子供を一人、炎に巻き込んだ。
生きてはいたが、もちろん怪我をした。
特に障害が残ったわけではないし、結局のところ危機は去っている。十分許される範疇だった。
しかし、一番弱かったのは魔女だった。
魔女は逃げた。山奥まで逃げた。弱いから山まで逃げたが、性根のせいで半端に人に近いところに居着いた。しかもその性格から結局人に関わるのを避けて20年近く経っていた。
「………………………」
ヴァンは見たことのない顔で口をあんぐりとしている。
「なんか……大変だった……んですね………」
明らかに言葉を選んでいる間を挟みつつ渗手が喋る。
ともすれば英雄とも呼ばれかねない大魔術師の現状は、流石に直球の表現が憚られるレベルのコミュ力大失敗女性(60)であった。
さらに勇気を出して告白したというのに、冷たく沈痛な沈黙が場を包んでいる。またコミュ失敗である。
「あの……そういえば、なんで俺がこの世界に来たときは外に出てたんですか」
「ごはん探してた……」
「俺の事スルーしてもよかったですよね」
「それは助け呼んでたから、つい」
「じゃあ貴方はまだ英雄ですよ」
「へ?」
「私を助けてくれたんだから、まだ英雄です。少なくとも俺のヒーローです」
「いやそんなすごい人じゃ」
「戦ってください。ヴァンさんと一緒に」
ヴァンは少し驚いている。この話の流れでパスされるとは思っていなかったのだ。てっきり二人で元の世界に帰る手段を探すものかと思っていた。
「私と一緒に来てもらえるならありがたいが…正直に言ってそんな余裕はないんじゃないか」
「いや、なんていうか、そこまで言うなら、もう一回、戦ってみよっかなぁ〜なんて……」
「そのほうが良いと思います。じゃあ話が纏まったみたいなので僕はこれで」
「えっ」
渗手は踵を返して仮住まいに向かう。
この瞬間諜報登用担当騎士の脳裏には人事関連業務としてそこの60代とは圧倒的に違う和の力が閃いた。
「待ち給え渗手君!!当騎士団としてはツーマンセル以上での人材運用が好ましいという方針だ!!ついては彼女と共に君にも仕事を依頼したいと考えている!!どうかな!?!?」
これが実力主義を謳う変人の集いで単独行動を許された男の立ち回りである。なんと理論的なこじつけであろうか。ツーマンセル云々というのは情報を確実に持ち帰るためであって団員に仲良くしてもらおうという文脈ではない。
「いや俺は密命とかじゃなくて元の世界に帰りたくてですね」
「一人でできることには限界があるぞ、それに私の仲間にはモトカについての研究者も多数いる。あてもなく彷徨うよりはよほど良い選択肢じゃないか?」
そう言いつつヴァンはさりげなく歩み寄る。物理的な距離を縮めるのは懐柔に有効というのは先代登用担当から伝わっているのだ(出典:バシネット騎士団輜重部門虎の巻EX-1巻)
さらに小さな声でヴァンは耳打ちする。
「ついでに言うなら渗手君、君はウォルプタ君に返していない恩があるんじゃないかな?」
割と理詰めとか真面目に類するタイプというのは察しがついている。つまりこうすると…
「……そこまで言うなら、いいですよ」
「(こういうタイプって裏を言わないで働かせても後で説明すれば許してくれるから助かるんだよな)」
「では今後ともよろしくお願いします、ヴァン隊長、ウォルプタさん」
「隊長じゃない、そのへんややこしいから今まで通りでいいぞ」
「承知しましたヴァンさん。では今日はこの辺で」
今度こそ仮宿に向かいたい渗手をさらにヴァンは引き止める。
「まぁ待て、腹減ってないか?」
「ご飯!?」
「ウォルプタさん食いつき良いですね…まぁ俺もお腹空いてるのでご一緒します」
「よーし!就職祝いだ!私が奢るぞ!」
「やったぁ〜!!」
スラムなどと呼ばれはしたが、それはそれとして集落である。意外にも普通においしいシュクメルリは、濃密な初日にするりと入り込んだ。
小説の事忘れてました(2敗北)
悪い、やっぱ日刊辛えわ