一万一千までキッチリ回せ...るほどのマシンじゃないっぽい
「ここが修理屋だ。アーマーも修理できるからそこに入れておくといいぞ」
「はぁい」
ウォルプタが行きがけに乗ってきたトライアーマーをガレージに入れる。
「勝手に入れていいんですか」
「ここの整備士は知り合いだからね、フェルムって言うんだが」
「本当はダメだぞ」
「おや、気付いてたか」
「トライの音がしたらそりゃ出てくるだろうよ」
大きなガレージの横にある事務所内から、ノッポだがやや細い男性が出てきた。まさに溶接工といったいでたちだが、首の隙間から見える肌は薄い色をしており、耳はとがっている。恐らくフルエルフなのだろう。半袖の口元には錆色のバンダナを巻いており、溶接用のゴーグルを付けているため表情は判然としない。
「おーこいつは派手に壊したなぁ。従軍だったら始末書モンだぜ?」
「うむ、体当たりしてたからな。彼が」
「へぇ、こいつが......ん...んん???」
ヴァンが渗手を指差す。その渗手に対して、フェルムは疑うような声色だ。
「こいつ...魔力が無いぞ?」
「あぁ、エルフは魔力が見えるんだったな。そうなんだよ、彼は魔力が無いらしい。なのに動かしたって言うんだから不思議でな。このアーマーに何か仕込まれてるんじゃないかと思うんだが」
「仕込んだって動かねぇもんは動かねぇだろ、面白そうだな」
「私の機体、変なのかなぁ」
機内から降りてきたウォルプタが会話に挟まってきた。
機体の電源が落ちたのを確認すると、フェルムは即座に整備を開始した。
「コイツの名前は?」
フェルムがトライアーマーを指差す。
「名前、そういえば聞いてなかったですね」
「なんて言うんだい?」
「えっ......とぉ......」
「まさかお前...こいつに名前付けてないのか!?」
「そ、それはホラ、ウィッシェンの軍とかも機体に名前は付けてないでしょ?」
「それでも形式番号とかはあるし、そもそも個人でトライアーマーもってるような奴はみんな名前付けてるよ!ワンオフだからな!」
実はトライアーマーは自家用車ではないのだ。どちらかと言うと戦車とかグレネードランチャー、といったところ。規模次第では個人で持っている人も探せばいるかもしれないが、基本的に組織が所有する戦力である。
「うっ......それは......」
「まぁ待ちたまえフェルミ。多分事情があるんだろう、そういうこともあるさ」
「機体に名前も付けないやつの整備すんのかよ?まぁコイツがかわいそうだから治すくらいはやってやるがな...ん?あるじゃないか、名前」
「え?」
「ここだよ」
フェルミが指差した先、ちょうど右脇のあたりに文字が彫られていた。
"大魔導士リサス様のスペシャルアーマー"
「うわ、センス無いですね」
「だろ?笑えるな」
フェルムと渗手はセンスが無さすぎて逆に面白いくらいに思っているが、ウォルプタとヴァンはそれどころではない衝撃を受けている。
「えっ...!?」
「リサスって...あのリサスか!?」
「あ?有名なのか?」
「有名っていうか、フェルム知らないのか?リサスって言ったら"微笑み"の二つ名で有名な大魔導士だろう」
「あー、いたなそんな奴。魔術師には興味ないから忘れてたわ。じゃあなんでそんな有名人の名前が彫ってあるんだ?」
「流石にリサス氏に関わってるって言うなら少し気になるな、私も。」
「(魔術師の二つ名が微笑みなことあるんだ)」
「あっ、いや、そのう...」
ウォルプタはかなり動揺している。
「リサス氏と言えば現在は行方不明で捜索が続いているが...」
「奪ったんじゃねぇの?」
「ウォルプタさんはそんな人じゃないですよ」
「あっあの...貰ったん...です」
「なんだ、貰ったのか。まぁリサス氏ならそういう事もあるな」
「いやトライアーマーあげるとかありえんのか?そんな安いものじゃないぞ」
「リサス氏は優秀だが奇特なことでも知られているからな。魔術についても核心的なものは誰にも伝えていないと言うし、そういうことをしてもおかしくはない。あと私はリサス氏がトライアーマーに乗ったという話も聞いたことがないし、多分必要なかったんだろう」
ヴァンはリサスについて詳しいようだ。また実際トライアーマーなんて使わないという魔術師も多く、国によっては実用性さえ疑問視されているとか。
「ふぅん、そうか。それならそれで良いが...それにしてもこの機体、やけに堅実な造りだな。装甲も取り換えやすくなってるし、フレームも頑丈な割に細かく分割されててこれならすぐ替えのが作れる。モーターはイカれてないようだし、明日の昼には治しておけるぞ。」
「そうか!なら良かった、修理代はいくらになりそうだ?」
「つまんなかったから30000ゴールドな」
「簡単って言ったじゃないか!?ウォルプタさん、払えそうかな?」
「(しれっと呼び方切り替えたなヴァンさん)」
「あ、お金持ってなかった」
「なんで修理屋に持ち込んだぁ!?金持って出直してこいよ!!」
「そうか、じゃあ私が払っておくからそのうち返してほしい」
「ヴァンもお前それでいいのか!?」
「じゃあ頼んだぞフェルム」
「えぇ...良いけどよ、お前らそんな仲良しなの?」
「私は騎士だからな、このくらい安いものさ!あ、領収書切っといてくれ」
「お前困ったらすぐそれだよな、ほらよ。じゃあまた明日来いよ」
「ありがとうございました」
修理屋に礼を言ってその場を立ち去った。
帰り道、渗手は疑問に思ったことをヴァンに聞いた。
「さて、君たちはさっき借りたアヌーラの家に、私はそこの宿に泊まるわけだが、何か困ったらすぐに来てくれて良いぞ。」
「助かります。ところでヴァンさん、ずいぶんと良くしてくれますがそんなにあの機体が気になるんですか」
「ん?ああうん、そうだ。実は私はリサス氏を探していてね。依頼とかじゃなく個人的な理由なんだが、まぁ君が気にすることではないよ」
「そうなんですか。じゃあ機体についての話を流したのはなんでですか?」
「...バレた?」
「露骨に早口だったじゃないですか、実際ウォルプタさんの何が気になるんですか」
「本人の前でいろいろ聞きすぎじゃないか君、ちなみに本当は一目惚れしたからだぞ」
「そういうのシレっと言うタイプじゃないですよね、本当のこと言ってください」
「君これで私が悪人だったら君刺されてるんだが」
「領収書切ってたので公的機関の所属ですよね」
「おおっと?」
「あと冒険者名乗ってるのに資格証付けてないですよね」
「カバンに入ってるだけかもしれないぞ」
「ここに来て何かされたわけでもないですし、村ぐるみで何かしてるわけでもないですよね」
「まぁ、そうだな」
「で、これはウォルプタさんに聞きたいんですが、昔何かしましたか?」
「うぇ!?いや、特に何も」
「私の推測にはなるんですが、ヴァンさんは初めからウォルプタさんに用があるわけじゃなくて、村の誰か...多分アヌーラさんに用があったんじゃないですか?」
「なんでぇ?」
「あの人は指名手配犯の話をするとき、経験から言わせてもらうって言ってました。指名手配犯と関わったことがあるんです。きっとあなたと同じ公的機関だ。連れ戻しに来たんじゃないですか?アヌーラさんを」
「......へぇ」
「だから、改めてしっかり聞かせてください。ヴァンさんはウォルプタさんの過去の何を知っていて、どうして懐柔しようとしてるんですか?」
渗手に問われたヴァンは、少し先ほどまでと違う表情だ。ただ、図星を突かれて動揺しているわけでもない。すぐに襲ったりとか、そういう雰囲気でもない。
「うーん......まぁ、ちょっと早いけど言ってしまおうか。私はキャタニテの女王、レギナ陛下直属の部隊に所属しているんだ。とある指名手配犯を追っているんだが人手が足りなくてね。だからアヌーラ氏に会いに来たわけなんだが、途中で君を見つけたんだ。ウォルプタ・スアーウィ...いや、"くれなしの魔女"」
「っ......だったら、何かあるの?」
「(家がデカいとは思っていたけどそんなに名の知れた人なのか!?)」
渗手としてはちょっと火が出せるだけの親切な人であるが、実際にはその程度の存在ではない。
ウォルプタの表情が急に険しくなる。
「もし君がくれなしの魔女本人なら、我々に協力してほしい」
「私......もう戦えません」
「そうか。否定しないんだな」
「昔は、そう呼ばれてました。でも......もう戦いたくないから」
「......そうか。我々としては是非仲間になってほしかったんだが、やはり何かあったんだな」
「あの、くれなしの魔女ってどんな人って言われてるんですか?」
「あぁ、君はモトカから来たんだったな。知らないのも無理はない。
彼女は以前まで様々な場所に出没していてね。圧倒的な魔術の才を誇り、いかなる時も笑顔を崩さず全てを焼き尽くした。異名の由来も火の魔術を使うからだ。どんな場所も彼女が戦えば昼のように明るくなるからね。
どこにも所属せず、自由に力を振るう。それでも敵が少なかったのは、無辜の人々に手を出さなかったからさ。だが彼女はいつしか姿を消した。誰にも行き先を伝えないでね。死んだという奴もいたが、とてもそうは思えなかった」
ヴァンの言葉は嘘を語っているようには思えない。しかし、実際今まで目にしているのはそんな大魔術師とは程遠い姿だ。
「じゃあなんで、変な機械に襲われた時反撃しなかったんですか」
「私、怖いんだ。人を巻き込んだから」
「......!!まさか、失踪した理由もそれか!?」
魔女は懇々と語りだした。
毎日更新間に合わなかったぜ...日が昇ってないしまだ14日ってことにならん?ダメ?