普通に敵性存在
トライアーマーが風を切って駆ける。背後からは何本ものレーザーが飛来して、それを避ける度微かに機体が揺れるが、ほとんど今までと変わらない。
「あの、一機くらいなら倒せないんですか?さっきイノシシを追い払ったやつみたいに」
「私はそんな大した魔術師じゃないよ─っとぉ!」
なんとか回避を続け、背後の四つ目の四脚との距離はだんだんと離れていく。この程度で快適な空の旅は揺らがない。
「あっ、前にも!」
「えっ───」
しかし四脚は一機だけではない。
正面からさらに二機、同じ外見のものが現れ、同じように火を噴いた。
「きゃっ!?」「うわわわわ!?」
不意討ちに対応しきれず1発のレーザーが機体に直撃する。
レーザーの斥力で機体がバランスを崩す。右肩に被弾したためそこを軸にきりもみ回転しつつ落ちていく。
「落ちてますよ!?」「肩が壊れたかも!」「そんなぁ!?」「「おわああああああ!!!」」
回転しながら勢いよく地面に突っ込む。木々を薙ぎ倒し激しい音を立てながら地に伏せる。
仰向けになってしまったため脱出はできない。
再度浮上して逃げることもできなくはない、しかし前後を阻まれた状態からの離脱は困難だ。
残った左手で扱える武器も無い。そもそもこの自家用車は非武装なのである。
さらに不味いことに───
「いっっったぁ...大丈夫ですかウォルプタさん?......ウォルプタさん?」
パイロットは気絶してしまった。墜落の衝撃で脳震盪でも起こしたのだろう、外見上は大した傷などは無いが眠ったように沈黙している。
「ちょっ、起きてくださいよ!?お願いします!!」
いくら体を揺さぶっても返事はない。
機体が地面にめり込んだせいで視界の下半分は真っ暗だ。残った上半分にはまだ四脚の姿は見えないが、遠くからは重い足音が聞こえる。足が四つもあるからか、それとも増援でも来たのだろうか、先ほどまでよりさらに騒がしい。
「(銃の一個でも積んでないのか!?最悪ナイフでも...)」
いくら機内を漁っても何も出てこない。自家用車に銃積んでる人間なんて......いるけどこの異世界ではそんなにいないのだ。
そうこうしているうちに四脚の一機が視界に入る。木々を踏み越えて現れた深紅の瞳は、まじまじとこちらを見ている。
「やべっ...!?」
ここから生き残る選択肢。このまま死んだふりでもして天に祈るのが一番現実的とも思えるが
「(そんなのは納得いかない)」
目前にいるのは敵だ。渗手から見て悪だ。そんな相手に乞い願うのは嫌だ。
「(あいつは...俺を撃ったヤツだから)」
機内で取れるもう一つだけの選択肢。
気絶したウォルプタの右脚を退かしてペダルを踏み、無事な右腕でよくわからないレバーを掴んで、とりあえず思い切り押し込む。
「ぶっ飛べ─────!!」
思い切り踏み込まれたペダルに反応して、鎧の背部スラスターが吹きすさぶ。
伸ばした右手から四脚に突っ込んでいく。激しく金属を打ち付ける。全身から凄まじい衝撃音を鳴らしながら、金属塊が衝突する。相撲で言うぶちかましだが、形容するなら悪あがきだ。
本来想定しない衝撃でコックピットも大きく揺れるが、それでも操縦桿は離さない。
「いっけええええええ!!!!!!」
無我夢中で押し出した先、偶然にもあった岩に衝突して四脚は圧壊する。みしみしと嫌な音が響き、深紅の瞳は色を失った。
「......やっ...た...?」
安堵したのもつかの間、背後からさらに足音がする。
「さっきのヤツか!?」
先ほどトライアーマーを撃墜したうちの一機に追いつかれた。
慌てて操縦桿を動かしても無理が祟ったのか反応は無い。万事休す、というところ。
深紅の瞳に熱が籠る。今度こそ焼かれる。渗手はとっさに体を覆った。
瞬間、唐突に四脚が伏せた。
いや、両前足が切れている。足首の関節がきれいに両断され、発射されたレーザーはすんでのところで地面に流れた。
「やぁ魔術師君!怪我はないかな!?」
陽気そうな男性の声が聞こえた。