1週間ぶりの回想
スマホが壊れて設定ノートとかが消し飛びました
名前の元ネタリストとかも消し飛びました
ウォルプタってどういう意味なんでしょうか、もはや誰も知りません
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30年くらい前のある日のこと。
妖精は泣いていました。
いつも通り、死にそうな相手の枕元ですすり泣いています。
今日来たのは辺鄙な屋敷。半島の先端に突き出た岬の家です。
「おぉ...客人とは、珍しいなぁ...」
「うぅ...ぐすっ...」
別に悲しい訳ではありません。
ただ泣くのがこの妖精で、息をするように泣いているだけ。
妖精には食事などは必要なく、
ヒトではないどころか、生き物ですらないのです。
機構のように、ただそう在るだけの存在が妖精ですから。
「お嬢さん、泣くのはおよしなされ。綺麗な顔が台無しだ」
「うぅ...うえぇ...」
老人は枯れ枝のような手で、項垂れる妖精の髪に触りました。
橙色の髪の毛の隙間からは、濡れた烏の羽のようなきれいな黒い瞳が覗きます。
「本当に綺麗だねぇ...ごほごほ。ワシといったらこの通り、絞ったぞうきんみたいにしわくちゃでな?」
「うぁ...うう...」
「マジで全然泣き止まないねぇキミ。今の笑うところよ?」
話しかけても返事もしない、妖精だから当然です。
「んも~魔法使っちゃうぞワシ。じつはおじちゃんは魔法使いなんだぞぉ~」
「ひぐ...うぇ....」
「あそ~れ"ヘルバ"」
「へ...え...?」
たちまち妖精は泣き止みます。
このおじいさんの二つ名は"微笑"。
感情を操る魔術の使い手です。
しかも固有魔術ではありません。使い方さえ覚えれば誰でも使える一般魔術。
やろうと思えば誰でも死にたい気分にさせることだってできる。
そんなものを一般魔術として作り出しました。
そんなことをしたばかりに、辺鄙な場所に隠居しています。
そんな風なので、弟子もいません。彼の家にいるのは世話用のロボットと、彼を整備するためのAIくらい。
そんなわけで事実上の孤独死間際のご老人ですが、人に会ったからには笑ってほしいというのが彼の考えです。
「さて、泣き止んだところで…笑ってみてくれるかな?」
「あ…え?」
「ほれ、ほっぺたを上に上げる感じで、にーっと」
「にー?」
「むっ、硬いけどこれはこれでいい顔。やっぱり美人はええのう」
笑顔というより歯磨きの顔。それでも、綺麗な顔は綺麗なのです。
美人って得ですね。
「それでだね、君、せっかく綺麗なわけだし旅にでも出てみないか」
「……………?」
彼女は首をかしげるばかり。あまりにも急な提案です。
さっきまで妖精だったものにする仕打ちではありません。
「可愛い子には旅をさせよって言うだろう?君くらいの美人がワシみたいな老人の枕元に立つだけじゃ勿体無い」
「た、び?」
「うんうん、たくさんの人と会うべきだ。君は美しい。きっといい旅になるぞ〜」
いくら肩書きのある魔術師でもボケは避けられないようですね。
耄碌の極みみたいな提案ですが、彼女はそれがおかしいということもわかりません。
「それでな、折角だからワシの終活も手伝ってもらいたいんよ」
「しゅう、かつ」
「そこに立ててある杖とか、倉庫にある干物とか…あっそうだ、結局ようわからんかったアーマーも持って行きなされ」
「……??」
喋ることさえ覚束ない女の子に遺品を次々押しつけようとしています。
死ぬまでもうちょっと時間があるんだから急がなくてもいいのに。
「リサス様、夕餉の時間です。…おや、客人ですか?」
部屋に入ってきたのはお世話役のロボット。外見は白くて丸っこい箱を積んだような見た目、あるいは宇宙服のようなデザイン。顔だけはつるりとした球を軽く胴にめり込ませたような形。
液晶は親しみやすい顔を浮かべ、手にはお粥と水の入ったトレイを持っています。
「うん、客人だよ。ワシの杖とかを彼女に渡そうと思うんだ」
「そうですか、相続相手というわけですね。お孫さんがいるとは初耳ですが」
「いや、さっき会った知らない娘だよ?」
「知らないんですか。リサス様がそれでいいなら構いませんが」
「り、さ、す?」
「おっ、この娘ワシの名前を読んだぞぉ!うぉごっほっごほ、賢いじゃないかゲホ」
「大声をあげるとお体に障りますよ」
話しながらロボットはトレイをサイドテーブルに置きます。
ついでに客人を観察した後、一つ疑問を口にしました。
「なんていうか人間っぽくないというか、本当にあげてしまって構わないのですか?」
「なんとかなる…多分」
「多分なんですか?個人的には少しばかり問題がありそうな気がするのですが」
「そうかなぁ?」
「まともに喋れないでしょう、この方。我々が何を言ってるか理解しているのですか?」
「おっ、わかってるじゃないか。という訳で君を今日からこの娘の教育係に任命するぞ」
「えっ」
介護用ロボットに随分な無茶振りですね。
老人は機械を用途外使用するから困りものです。
「………承知いたしました、善処します。」
「流石、わかってるぅ」
やるっきゃないとはいえ、安請負癖があるのはロボットの悪い癖ですね。
この日からこの家は少し煩くなりました。
といっても、彼女は極めて大人しい気性でしたから、そこまで変わった訳ではありません。
どうせリサス様はベッドから動けませんし、どうせ私には移動という概念はありません。
さて、1年くらいでしょうか。
元々人の死に目にあっては傍で話を聞いていたからか、彼女はみるみるうちに会話を覚えました。
物覚えもとても早かったです。きっと今まで何かを覚える必要がなかったから頭がスカスカだったんでしょうね。
賑やかな日が続く、とは思っていませんでしたが、しばらく経ったある日のこと。
「うーん、ワシそろそろ死ぬ気がするなぁ」
「えっ!?し、死んじゃうのぉ!?」
「というかバンシィが来た割には長生きしましたね。不思議なこともあるものです」
「先生もそんな淡白な反応なの!?」
言葉を覚えてからは彼女は騒ぐことが増えました。まぁ元が元なのですぐ泣くのも仕方ないのでしょうが。
独居老人にも急に孫ができたらちょっと活力が湧いたのでしょう、最近は散歩をすることも増えていたのですが。
所詮人の寿命などこんなもの、でしょうか。
「よし、ワシが死んだら旅に出なさいウォルちゃん。魔術ももうワシより強いだろうし、いい加減人里に出てもいい頃だと思うし」
「そんなごといわ゛な゛い゛でよ゛ぉ゛〜!!」
喧しいですね、人の泣き声は。
「まだ一年しか学んでないんですが」
「ぞうだよぞうだよ!もっと一緒にいたいよぉ゛!」
「ワシ大体100歳よ?いつ死んでもおかしくないからね?」
「来年で100歳ですよ。でもそれはそれとして旅に出すには早いかと」
「でもな?ワシが死んだらお前たちも電源が切れる設計じゃろ?」
「……」
そうですね。死ぬとき寂しくないように、というアーキテクトの気遣いです。
「だからもうやるっきゃないのよ、そういう前提で授業も組んでくれてたじゃん?」
「それは…そうですね」
「や゛だ〜〜〜!!!まだお家でぬくぬくしてたい゛〜〜〜!!」
「なんかダメな育ち方になってきておる……やっぱり旅に行こうそうしよう」
「う゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」
マジでうるさいですねこの娘。
「じゃあ前言ってた手筈通りに頼むぞぉ」
「承知しました。それとウォルプタ様、明日死ぬという訳ではないでしょうからまだ時間はありますよ」
「う゛う゛……う゛ん゛」
泣き疲れて彼女は寝てしまいました。
やっぱりまだ子供ですね。子供について私もそれほど知識はありませんが。
「う…ん……?先生〜?私ね、リっちゃんにお花を贈ろうと思って……あれ?」
屋敷は静かです。
いつもの部屋に行っても、どこを探しても、静かです。
なんとなく、彼女はわかっていました。
行ったらわかってしまうから、寝室には行きません。
うろうろ、うろうろ。
考えられないくらいの長い時間、彼女は屋敷の寝室以外を歩き回って。
玄関の窓から、外を見てしまいました。
外には、
粗末な墓と、壊れたロボットがありました。
「リっちゃん…?先生……?」
寝室になんて行かずとも、知ってしまったからにはわからないといけません。
もう旅に出るんだ、と。
そうですね。
彼女は、
旅に出ました。
私は、一人です。
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「へい、キャプト?おーい!」
「……え?なんでしょうか」
「機械なのに耳遠くなっちゃったの?例の計画のことでさ」
「あぁ、はい。聞いていなかっただけですよ」
「機械なのに物思いに耽っちゃったりするの?不思議だねぇ」
相変わらずナメた口を聞きますね、カミレは。
まぁそれでも、今の私には唯一の友人です。
死に損なった、私には。
「"次元跳躍システム"ですね。えぇ、順調ですよ」




