1週間目の追想
「ひえ~助かりましたよ旦那ぁ」
「怪我はないか?」
「ええ、この通りで」
瓦礫から這い出てきた小柄な禿男は、汚れてしまってはいるが軽いすり傷程度で済んでいる。
「どうもどうも、ありがとうございます。あ、そうだ。こちら受け取っていただけませんか」
男の取り出した名刺には、"修理工房 チェントニバス"と記されている。
「こちら見せていただければ割引させていただきますので、どうぞごひいきに」
「おお~商魂たくましいねぇ」
「修理ってもしかして、スマホの修理とかできたりしますか!?」
「えぇ、できますとも。ご入用でしたら是非お立ち寄りくださいな。では私用事がありますのでこれで」
男はただでさえ小さい背中を曲げてネズミのように去って行った。
「いやーやっと修理できますねスマホ、長かったなー」
「って言っても一週間くらいでしょ?そんなに長いかなぁ?」
「長いですよ、現代人のスマホとか毎日見なきゃ生きていけないですよ」
「そっか~」
このあとも何人か救助しつつついでに貴重品らしきものも回収し、夜明け頃に一行は招集された。
「愛娘の家を壊した分さらに働いてもらいたいところだが、素人諸君はこの辺で離脱していただいて結構!精々この街の経済を回して帰るんだな!解散!」
「誤認逮捕のくせに偉そうですね」
「ね~」
「聞こえてるぞ!!もういっぺんしょっ引いてやろうか!?」
「「にげろ~」」
そそくさ退散。
もういい加減眠いのだ。
「ところで宿ってどこにするんですか?」
「私が泊っているホテルがあるからそこに泊めてもらうぞ」
「どんな場所なんだろ~」
「ここだ」
着いた場所はアパート。二階建てのおよそ四畳半が一室であった。キッチンも無ければリビングという概念も無い。だが一応ユニットバスが各部屋にある、そんな安宿が今日の宿である。
「ではおやすみ、良い夜を」
「は~い」
ヴァンは部屋を後にした。
残った二人と暗い部屋。
布団は冷たいが柔らかい。
「っていうか俺たち風呂入って無くないですか」
「たしかに」
「入りましょうあるんですから」
「いやちょっと待って、君着替えなくないかい?」
「あっ...無いですね」
「寝なさい、着替えもタオルも無いんだから」
「ウォルプタさんは入るんですか?」
「眠いけどシャワーだけ入ろうかな」
「そうですか、おやすみなさい」
「おやすみ~...ってもう寝てる、すんごい寝付き良いね」
かごに服を畳み、シャワーのノブを捻る。
「やっぱりお湯だよねぇ~」
ユニットバスは狭い。
備え付けのシャンプーは無難な香りで、現状に集中できる。
「(ん......あれ?年頃の男子と同じ布団って犯罪では?)」
親子くらいの年齢差は、むしろ合法の極み。
が、この魔女と言えばひきこもり、情緒を獲得してから人と接していたのは精々10年くらいである。
体感では年頃の少女なのだ。
「(呑気にシャワー浴びてる場合か?いいのかスアーウィ、これでいいのか)」
どぎまぎするのもおかしな話ではない。
なんだかんだ言って実はこっそり汎用魔術で体を綺麗にはしていた彼女は、外見年齢だけで言えばそういった関係でもおかしくはない。
燈色の髪はよく泡立つ。
「(いいのか・・・人生って)」
しかしそういう知識はほとんどない。泡に反射した自分の姿は、触れれば弾けるほど薄っぺらだ。
泣いて暮らした40年、微笑んでいた10年、殻に籠った20年。
60という数字に含まれる要素は、これまでの約一週間と釣り合いそうなくらい軽く思える。
「(生きるって、これでいいんだっけ)」
独りで、水の音を聞いて、何の変哲もない壁を見て。
ルーチンワークのように体を洗えば、脳の余剰領域は内向きになる。
「(なんとなく渗手君と一緒にここまで来たけど、最初は病院に行くまでって話だったよね)」
「(それでなんかわんちゃんとご飯食べて)」
「(誰かの家を壊しちゃって)」
「(流れでつい魔術を使っちゃって)」
「(つまり、結局、もう魔術は使わないっていうのも守れなかった訳で)」
「(流されるまま家を出て、今はこうしてシャワー浴びて)」
「(私って何考えて、何したかったんだっけ)」
20年分の埃を被って、硬直したままの海馬の中で。
そういえば、私があの人に言われたのは。
湯が当たるにつれて解けていく、しまいこんだあの言葉。
「(あの魔術師さんは、私に───)」
死ぬ間際の老人には見えない、口説くような言い回し。
「(笑えって、言ったんだっけ)」
鳴いているだけの妖精は、なぜ泣けるようになったんだっけ?
無いよ~いい感じの展開が無いよ~
暇はあるけど発想が無いよ~




