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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男装の女辺境伯ジュリアスと無双の子爵令嬢キャロル

「『愛することはない』と言われましても、そもそもその必要はございません。」と言われた男装の麗人辺境伯のその後。

作者: 鰯づくし

「鬼嫁だ~! 鬼嫁が出たぞ~!」

「やあやあ蛮族ども、ここにいるは辺境伯夫人キャロルなるぞ、遠からんものは音にも聞け!

 近からば寄ってしかと見よ! 見物料はそのそっ首ぞ!」

「ぎゃあ! 逃げろ、逃げろぉぉ!!! あんなの相手してられるかぁぁぁぁぁ!!」


 とある王国の西北に位置する辺境伯領。

 そこでは、国境の城塞へと攻め込んだ北方の蛮族と、それを迎え撃つ辺境伯軍の戦が行われていた。

 傍目に、それが戦の体を成していたかはわからないが。


 攻め込んできた蛮族達は相当数が早くもボロボロになっている。

 そこに襲いかかったのが、先程辺境伯夫人と名乗った、まだ年若い年齢の女性騎士が率いる辺境伯軍であった。

 その先頭に立つ女性騎士は、可憐と言って良い見た目だというのに焦げ茶色の髪を翻しながら馬を駆って切り込み、バッタバッタと蛮族達を薙ぎ倒す様は、圧巻の一言。

 ついたあだ名が『マダム・ストームガスト』、暴風夫人というのも、この光景を見たら納得してしまうかも知れない。


 もっとも、蛮族達からは恐怖を込めて『鬼嫁』と呼ばれているようだが。


 今もあちこちで、『鬼嫁が出たぞ!』だとか『鬼嫁だ、命が惜しければ退け!』などという怒号が響いているほど。

 というのも、蛮族達は攻め込んだはいいものの、彼女によって散々に打ち破られているからだ。


 何しろ彼女ときたら、かつて辺境伯と婚姻する際に単騎でドラゴンを倒してしまったという逸話すらある女傑。

 だが蛮族達はそのことを知らず、あるいは知っていた者も眉唾物だと全く信じていなかった。

 それ自体は、責められるものではないだろう。

 

 だが、実際に戦闘になってみれば、それが事実だったのだと痛烈なまでに突きつけられた。

 最初の戦闘で多くの兵士が討ち取られ、潰走。

 ここでようやっと辺境伯夫人キャロルの武勇伝が誰からともなく口にされ、広まった。

 これで蛮族達の大将が諦めれば良かったのだろうが、噂は聞けどもまだ半信半疑、その上女にやられたなど恥、と逆に意固地になってしまい、侵攻は継続された。

 その度にキャロルに弾き返され、最早彼女は存在そのものが蛮族達のトラウマである。


 とはいえ、彼女も人間の身。多分。

 単騎で戦場全体に影響を与えられるものではない。感情面はともかく。


『キャロル、追撃はそこまで。砲撃を開始するよ』

「あらジュリアス。かしこまりました」


 キャロルの耳に付けられたイヤリングから、涼やかな声が響く。

 と、キャロルはそのイヤリング……古代の魔道具である通信機を左手で抑えながら返事をし、右手の剣を掲げて部隊へと指示、全軍を停止させた。


 それを見た蛮族達はほっと一息……つく暇もない。


「くそぉ、走れ走れ! 次はあれが来るぞぉぉぉ!!」


 指揮官らしき男が悲鳴のような声を上げれば、逃げ出す蛮族達の足が速まる。

 それもこれも、彼らは何度も経験しているからだ。この後に来る更なる地獄を。


「『魔導砲』、斉射」


 城塞の最深部、薄く光を放ちながら様々な表示を見せる板状の物があちこちに配された部屋で、独特なデザインの椅子に深く腰掛けたジュリアスが小さく呟きながら、手元のレバーについた引き金を引く。

 すると響く、この最深部にまで届くほどの大きな炸裂音。

 城塞の壁からせり出していた巨大な砲から、光の砲弾がいくつも放たれ、背を向けて逃げ惑う蛮族達へと襲いかかった。

 当然、背中に目があるような新型人類ではない彼らは、逃げながら回避する、などということは出来ない。

 運を天に任せて走り、運の悪い者から吹き飛ばされる。


「ちくしょう、誰だ、代替わりで『魔導砲』は使い物にならないとか言ってた奴は! むしろ前より威力上がってるじゃねぇか!」


 以前の侵攻に参加していたらしい古株の蛮族が悪態を吐きながら、それでも走る。

 そんな修羅場をくぐり抜けて今もこうして走っているのだから、相当な悪運と言って良いだろう。


 この国境城塞は、現在よりも魔導文明が発達していた古代に作られた『魔導砲』により、強固な防衛能力を持っていた。

 蛮族達が侵攻してきても、その強烈な砲撃によって侵攻の出鼻は挫かれ、砦に辿り着く頃にはボロボロ。

 何なら、砲撃だけで撤退したことも一度や二度ではない。


 それでも、砲撃を掻い潜って城壁に取り付けば砲撃は出来ぬと、数の暴力で押し寄せ、ついに前辺境伯を前線に引っ張り出した上、負傷させることに成功したこともある。

 もっともその時も防衛された上に、被害も大きかったため、再侵攻出来るほど回復するまでに時間がかかってしまったのだが……前辺境伯が死んだと聞いて、これを好機と数を揃えて攻め込んできたのが今回の侵攻だ。


 だが、その読みは大きく外れてしまっていた。


 ジュリアスの高い魔力によって射程が長くなり、威力も上がった『魔導砲』が猛威を振るい、砦に取り付く前に大きく戦力を削られる。

 その上、ボロボロになりながらも突破したところにいるのは『鬼嫁』で、彼女によって散々に打ちのめされる。

 おまけに、辺境伯を前線に引っ張り出すことが出来ないため、逃げるところに砲撃で追い打ちをかけられる。

 

 この流れにより、以前よりも蛮族達の被害は酷く、打てる手も出てこない。

 強いて言うならば、『鬼嫁』ことキャロルを討ち取ることだが……初日に蛮族一の猛者が返り討ちにあってしまったため、それを実行出来る人間は最早いない。


「こんな戦、もうこりごりだ~~!!」


 全員の気持ちを代弁したかのような叫びが、晴れ渡る空へと向かって虚しく響いた。




「ふぅ……敵は逃げ帰りました! わたくし達の勝ちです、勝ち鬨を上げましょう!!」

「「えい、えい、お~~!!!」」


 砲撃も鳴り止み、どうやら蛮族達も完全に撤退したとみて、キャロルはほっと一息吐き出し。

 それから、勝ち鬨を煽った。

 まだまだ意気軒昂な騎士・兵士達は、誇りに満ちた顔で勝ち鬨を幾度も上げる。


 何しろ、今回の侵攻は以前よりも数が倍近いものだったというのに、以前よりも遙かに楽に戦えている。

 なんなら、快勝と言っても良いレベルで。

 それもこれも、目の前に立つ辺境伯夫人であるキャロルのおかげであると、誰もが認識していた。

 もちろんジュリアスによる砲撃が要ではあるのだが、それでも出来る隙を、キャロルは完璧に塞いでしまっている。

 もしもあの時キャロルが居れば、と古参の兵などは思わなくもないが……それは言っても詮の無いタラレバだとわからない彼らでもない。

 大事なのは、今、キャロルが居る事でこの辺境の地の防備がこれ以上ない程に堅固になったということ。


 そしてもう一つ。


『お疲れ様、キャロル。そちらは問題ない?』

「はい、万事問題ございません。……強いて言うならば、早くジュリアスに会いたいと思ってしまっていることでしょうか」

『ちょ、ちょっとキャロル!? それは、その……私だってそうだけど、さ』


 急に始まった夫婦の会話。

 この数日ですっかりおなじみになってしまたその光景を、騎士や兵士達はほのぼのとした顔で見ている。

 張り詰めて冷たい印象のあった現辺境伯ジュリアスが、こうも心を許している伴侶と出会えた。

 そのことにも、彼らは安堵していた。


 かつての戦で負った負傷によって辺境伯はそれ以上子を望めなくなり、辺境伯を継げるのがジュリアス一人となった日以降、ジュリアスは後継者として十分な素養を身に付けるため、必死に努力をしていた。

 また、『魔導砲』の操作を除く辺境伯としての仕事を父に代わって取り仕切るようにもなり、そのため、代替わりでの混乱などもほとんどない。

 その領主としての手腕も確かで、領民からも兵士達からも慕われている。

 もっとも、そのせいで常に張り詰めた雰囲気を纏っていたため、女性との付き合いなど皆無。

 これでは辺境伯を継げても、実りある人生を歩むことなど出来ないのでは、と皆が心配していたのだが……それが杞憂に終わったと知って心の底から安堵した人間は一人や二人ではない。

 

 だから、キャロルが輿入れしてきた時には多くの者がほっとした。


 そして、婚姻した際に、ジュリアスが辺境伯を、そして『魔導砲』を継承するためこの城塞へと向かう道中で、彼女のシンパは爆増した。

 彼女は、あまりに辺境伯夫人として……夫である辺境伯の代理として前線に立つ資質に恵まれすぎてていた。

 この時に彼女の快刀乱麻っぷりを見てキャロルに心酔した騎士は数知れず。

 そのためキャロルが戦場に立つことを止めるものはなく、実戦でもその能力を遺憾なく発揮したため、兵士達からの支持も爆上がり。

 結果、辺境伯軍は今までにないほどの結束力を見せていた。

 

「さ、それでは皆さん、戻りましょうか」


 ジュリアスとの通信が終わったらしいキャロルが振り返れば、一斉に「おお!」という力強い返事が返ってくる。

 この反応の良さも、キャロルを上に立つ者として認めているからこそ、なのだろう。

 また、ただ敬っているだけではない、というのもあるかも知れない。


「それにしても、奥様は本当に辺境伯様と仲がいいですよね」


 帰る道すがら、騎士の一人がキャロルへと声を掛ける。

 こんな会話が気安く出来る程度に、騎士達とキャロルは打ち解けていた。

 流石に平民が多い兵士達はそんな風に声を掛けられるものはほとんどいないが、思わず耳を傾けてしまうくらいにはキャロル達に親しみを覚えていたりする。


「ふふ、そうですか? そう言ってもらえると、嬉しいですねぇ」


 先程まで苛烈な武威を見せていた女騎士が、急に花がほころんだような笑顔を見せるのだ、思わず見蕩れてしまうのも仕方のないこと。

 『奥様、可愛い……』『可愛いよなぁ……』などと兵士達の間でヒソヒソと言い交わされていたりするのだが、それが咎められたことはない。

 何故ならば、彼らを統率する指揮官や騎士達も同じ事を思っているからだ。


 ではなく。

 

 そうやって兵士達がキャロルに親近感を覚えることで結束が強くなっているというメリットが大きい、というのが一番の理由である。

 確かにキャロルは強い。

 正直に言えば、騎士達は脳内の冷静な部分で『もうあの方一人でいいんじゃないかな』と思っていたりもする。

 だが、集団行動する軍隊として、それは拙い。

 キャロルも一応人間、彼女一人でカバー出来る物理的範囲は知れており、四方八方から来られれば、彼女を倒せるかはともかく城塞への侵入は許してしまうことだろう。

 いやまあ、その後彼女一人で取り返すかも知れないが……それでも、ジュリアスの居る最深部に辿り着かれて『魔導砲』を無力化されてしまう可能性は高い。

 そうなれば、この城塞の戦略的意義は大きく喪失してしまう。

 故に、騎士・兵士が一丸となってこの城塞を全員で守る必要があるわけだ。


 そして、彼らを纏めるために、キャロルという存在は実にうってつけなのである。


「ほんと、奥様が来てくださってよかった……」

「そうそう、めちゃくちゃ心強いし。辺境伯様も何だか最近、ちょっと気持ちに余裕が出てきたみたいだしなぁ」


 古参の騎士など、小さい頃からジュリアスを知っているため、その変化はとても喜ばしいところ。

 

「後はお子が誕生すれば万全ですなぁ」

「おいこら、気が早いっての! つか踏み込みすぎ!」

「おっと、申し訳ございません、奥様」


 打ち解けたせいか、そんな踏み込みすぎた発言も出てしまうのが、問題といえば問題なのかも知れないが。


「いえいえ、それはわたくしも思うところですし」


 と、当のキャロルが軽く流すのだから、さほど問題にはなっていない。

 もっとも……。


「とはいえ、あちらの侵攻が終わらないことには、落ち着きませんからね、もうしばらくは難しそうです」


 何しろ彼女が白兵戦の要なのだ、妊娠して動けなくなるのは少々どころでなく問題がある。

 ……キャロルならばお腹が大きくなっても戦えそうだが、流石にそれは騎士達としてもご遠慮願いたいところ。


「ならば、ここで蛮族どもを完膚なきまでに叩き潰し、向こう十年はこの地に足を踏み入れようとは思わぬようにいたしませんとな!」

「十年などぬるいぬるい、今戦場に居る連中が老いさらばえる三十年は!」

「いや、いっそ二度とこちらにちょっかいを出せぬよう、恐怖を刻み込んでやりましょうぞ!」


 一人の騎士が声を上げれば、それに応じてあちらこちらから声が上がる。

 考えてみれば簡単なことで、キャロルが前線に出る必要があるから妊娠出来ないのであれば、蛮族が来れないようにすればいいだけの話。

 となれば、この戦で散々に連中を蹴散らせばいいのだ。


 騎士達は頭が良く、それでいてシンプルである。

 兵士達はより一層シンプルである。


 こうして士気の上がった辺境伯軍は、翌日以降も蛮族達を徹底的に打ちのめしたのだった。

 



 これで全ての問題は解決した……と対外的には見えるのだが。

 実は、それだけでは解決しない問題もあった。


 というのも、実はこの理想的にも見える辺境伯と夫人だが、一つ大きな問題というか秘密を抱えているのだ。


「ふふ、今日も可愛かったですよ、ジュリア」

「うう……ま、また、今日も私、ばっかり……」


 蛮族達を撃退して、数日後の夜。

 辺境伯邸の寝室のベッドの上でキャロルはツヤツヤした顔でご満悦。

 『ジュリア』と呼ばれたジュリアスは、あられもない姿でぐったりとシーツの海に沈んでいた。

 その姿はやけに艶めかしく、何より胸には二つの膨らみがしっかりとある。


 そう、ジュリアスは、男装の麗人、つまり女性なのだ。

 基本的にこの国では既婚男性のみ爵位の継承が出来るという制度になってり、辺境伯家唯一の直系であるジュリアスは対外的に取り繕うため女の身でありながら男の名と姿、教育を与えられた。

 後は名目上の妻を取りつつ、時期を見てどこからか子種を受けて辺境伯家の血を繋ぐというのが大元の計画。

 そのため、期間限定の婚姻にも文句を付けられない、騒ぎにくい家から名目上の妻を取る必要があった。

 そこであまり政治力のない、しかし家柄的に辺境伯家と婚姻を結んでも問題がないくらいに由緒のある子爵家から妻として迎えたのがキャロルだった。


 だから、蛮族を撃退するのは子を成すための最初のハードルでしかなく、どこかから密かに子種を獲得するのか、などの問題がまだあるのだ。

 本来ならば。


「そ、そもそも、キャロルが妊娠するつもりなら、私がその、上にならないといけないんじゃないの……?」

「あら、ご心配なく。そもそもこの魔術では、二人で行為をすることが重要であり、上下受け攻めは関係ございません。

 そもそも、男女であっても女性上位な体位もあるくらいですし」

「そういうことはあんまり知りたくなかったなぁ!

 というか、なんでそんなこと知ってるの!?」

「え、それはもちろん、閨教育で。……元々、殿方相手に輿入れするつもりでございましたしねぇ?」

「うっ、それを言われると、こっちは何も言えなくなるのだけど……」


 にっこりとした顔でキャロルが笑えば、ジュリアスは複雑な表情でシーツに沈んだ。

 当たり前だが、ジュリアスの性別はトップシークレットであり、キャロルにすら明かされたのは初夜の寝室。

 不義理で傲慢な振る舞いだと非難されても、仕方のないところだろう。

 もっとも、説明を受けたキャロルは事情に納得し受け入れたため、今こうして二人で夜の時間を過ごしているわけだが。

 また幸いなことに、二人の性格相性は良かったらしく、こうして遠慮なくお互い言いたいことを言い合える関係を構築出来ている。


 そしてもう一つ、幸運なことに。

 キャロルの故郷である子爵領では、とある魔術が開発されていた。

 騎士の家柄であり、それなりに紛争にも駆り出される彼女の家の領地では、跡継ぎ問題解消のために残された女性同士でも子が成せる魔術が開発されていたのだ。

 それを使えば、ジュリアスがキャロルを妊娠させることも可能。

 つまり、わざわざ機密漏洩のリスクを犯して外から子種を仕入れる必要はなくなったのである。


 だから後はタイミング、今回痛い目に遭わせた蛮族達が大人しくしているようであれば、子作りに励んで問題はないだろう。

 そして、だからこそジュリアスはこの機を逃したくなかった。


「でもほら、いつもキャロルにしてもらうのは申し訳ないというか、キャロルだって疲れない?」

「いえまったく。ご存じの通りわたくしは疲れ知らずですし、むしろする方が楽しいくらいですし。

 それに言ったじゃないですか、ジュリアがわたくしを愛する必要はございませんと」

「言ったけど、言ったけども……うう~……」


 このように、夜の行為でいわゆる攻め側は常にキャロル。

 ジュリアスは防戦一方、というかすぐに決壊し、無条件降伏状態になってしまうのだが……そこが悩みの種である。


 以前、初夜の際にジュリアスは、キャロルに対して「愛することはない」と宣言してしまった。

 それは、もろもろの事情があっての政略結婚故に、キャロルが後腐れなく辺境伯家から離縁できるようにという気遣いもあったのだが……そのもろもろの事情が解決されてしまったから、ジュリアスとしては困ったことになっている。

 結婚してからの付き合いで、ジュリアスはすっかりキャロルを好きになっていた。

 女同士だとかも関係なくなるほど、何なら愛してると言って良いレベルで。

 だからこそ、言葉だけでなく行動で示したいのだが……こと夜のベッドの上では、キャロルがそれを許してくれない。

 

 序盤はまだいいのだ。

 二人で会話をして、どちらからとなくいちゃいちゃしだし、身体に腕を回して抱きしめ合い、唇を交わし。

 この辺りまでは五分というか互角というか、なのだが。


 盛り上がったところで、押し倒される。

 あるいは、押し倒そうとしたところを返される。


 その後はキャロルに主導権を握られてシーツの海に沈められるわけである。

 これを何とかしたくて抵抗しようとするのだが、まず根本的に身体能力が違いすぎるので押し倒せない。

 さらに身体操作能力に優れるキャロルは手先も器用で、ジュリアスの身体を的確に攻略してくる。

 結果、毎度毎度ジュリアスは敗北する、というわけだ。


 どうしたらいいものか、と天井を見上げながら悩むジュリアスに、不意に影がかかる。


「……キャ、キャロル?」

「そんな風に悩ましい顔をなさるジュリアも可愛いなぁと」

「ちょ、ちょっとまって、もう今日は十分っ!」

「まあまあ、そうおっしゃらず。まだ夜はこれからでしてよ?」


 覆い被さってくるキャロルを押し返そうとするも、残念ながら無駄な抵抗に過ぎず、ジュリアスは抑え込まれていく。

 というか、ほとんど抵抗する力が出ない。


 いつ頃からか、キャロルはベッドの上でだけ、ジュリアスのことを『ジュリア』と呼ぶようになった。

 そう呼ばれると、ジュリアスは途端に力が抜け、求められるままにキャロルを受け入れてしまう。

 男として育てられ、バレないように、男らしくあるようにと常に気を張っている彼女が、今この瞬間は本来の姿に戻っていいのだと言われているようで。

 そして、そんな彼女をこそ愛したいのだと言われているようで。

 ジュリアスは、抵抗する力を失ってしまう。

 そして、本来の、ありのままの姿で愛されることは、確かに天にも昇るほど気持ちよかった。


 だからこの日も、ジュリアスはキャロルを愛することが出来なかった。




「どうしたらいいのかな……」

「いえ、私にそのようなことを相談されても困るのですが」

「だって君、メイド達を大分食い散らかしてるテクニシャンらしいじゃない」

「失敬な。食い散らかしているのではなく、その時その時で誠心誠意愛しております」

「結局やってることは最低なんだよなぁ……」


 はふ、と溜息を吐きながらジュリアスは執務机に突っ伏す。

 一人でどうにもならないのならば、その道の達人に聞くべし。

 そんなことを思ってそちら方面で密かに名高い侍女に聞いてみたが、相談相手を間違ったような気がしてならない。

 だが彼女は、そんなジュリアスを鼻で笑った。


「ふっ、その最低な私から言わせれば、ジュリアス様はとんだ手抜き野郎ですよ。いえ、野郎ではないのですが」

「……まって、なんで私が手抜きになるんだよ」


 思わぬ言葉に、がばりとジュリアスが身体を起こす。

 ちなみに、この侍女はジュリアスの事情を知っている数少ない人間の一人である。


「手抜きだから手抜きだと申し上げているのですよ。

 そもそも、ベッドに入ってからどうこうしようなどという考えが愚の骨頂。戦は始まる前に始まっているものですよ?」

「は? ……いや、まて、つまりそういうこと? 事前準備というか、その前の過ごし方から仕掛けろ、と?」

「あら、流石はジュリアス様。夜の主導権は昼の過ごし方で既に決まっているのです。

 すなわち、昼にメロメロにしてしまえば、夜はすっかりヌレヌレに」

「生々しすぎるって!」


 何やら盛り上がりかけた侍女へと待ったをかけ、ジュリアスは大きく息を吐き出した。

 彼女が言っていることは表現こそあれだが、中身は検討の余地がある。

 考えてみれば、確かに昼間からキャロルに対してアプローチをかけることは出来ていなかった。


「……でも、確かに……婚姻してすぐに蛮族の侵攻だなんだ、バタバタし通しだったし、雰囲気を昼間から作るなんて出来てなかったのは事実なんだよなぁ……」

「それは致し方ないことかと。侵攻も一段落いたしましたし、この機会にデートにでもお誘いになっては?」

「なるほど、それはいいかも知れない。私も働き通しだったから、気分転換をしたくもあるし」


 そう答えるとジュリアスは立ち上がり、一つ伸びをする。

 滞っていた血流や詰まりそうだった息が解かれたような、そんな感覚。

 ふぅ、と一つ息を吐き出して。


「ありがとう、助かったよ。……君に礼を言うのはしゃくだけど」

「いえいえ、お役に立てたようであれば何よりです。ただ、ジュリアス様はもう少し素直になられた方がよろしいかと」

「わかった、君以外に対しては素直になるようにするよ」

「役立つ助言をした人間に、なんておっしゃりようでしょう」


 などと軽口をたたき合った後、ジュリアスはキャロルに会うため、執務室を出た。




 もちろんキャロルはジュリアスのお誘いを快諾、数日後、二人は辺境伯領の領都に繰り出していた。


「以前から思っていましたけれど、本当に賑やかですよね、この領都は。

 活気だけなら、王都を凌ぐかも知れません」


 ジュリアスと連れ立って歩くキャロルが、感心した様子でうんうんと頷きながら言う。

 街の広さ自体は流石に王都ほどではないが、城塞都市として作られた街を囲う壁は王都のそれに比肩する程。

 大量の軍需物資を必要とするため商人達の行き来も多く、あちこちで威勢の良い声も響いている。

 大きく違うと言えば商人達が扱う品々の種類と、行き交う人々の中で鍛えられた強面の人間の比率だろうか。


 ちなみに、二人の傍には護衛はついておらず、少し離れたところで見守っているのが何人か。

 何しろジュリアスの隣にいるキャロルこそが最強の護衛なのだ、配置としてはこうもなろうというものである。


「実際、王都に追いつけ追い越せ、で父や代々の当主達は街に投資してきたからね」

「そうなのですか? てっきり、砦ですとか防御施設の方に力を入れているのかとばかり」

「もちろんそちらも大事だけどね、こっちもこっちで大事なんだよ。何しろ、娯楽のないただの軍事基地だったら、兵士達も荒むし逃亡も多くなっちゃうから」

「あ、なるほど……ですから、酒場など男性が喜びそうな施設が数多くあるのですね」


 賑やかさの種類が違う要因の一つは、きっとそれなのだろう。

 非番の兵士とおぼしき男達が、こんな昼間から酒場に繰り出しているのは……いや、王都でもたまに見かけなくもないが。

 ただ、流石規律正しい辺境伯軍の兵士というべきか、見る限りは比較的大人しく飲んでいるようで、まあこれくらいならばとジュリアスも煩いことは言わない。

 ガス抜きが必要なことはよくわかっているからだ。


「だからこんな感じの街になってきたんだけど……どうもそれだけだと片手落ちだと気付いてね」

「片手落ち、ですか? 兵士や騎士の皆さんに不満な様子は見られませんでしたが……」

「そうなんだけどね、というか、だからこそ見落としがちだったんだけど」


 そう言いながら歩けば、少し雰囲気の違う通りに出た。

 丁寧にレンガで舗装され、綺麗に掃除をされた歩きやすい道路。

 その左右に並ぶ店は王都にあってもおかしくない程洒落たものばかりで、中には王都でも名の知れたドレスブランドの支店まである。

 その光景に、普段動じることの少ないキャロルが目を幾度も瞬かせた。

 悪戯が成功した、とばかりにジュリアスがくすくすと笑いながら、キャロルへと説明を続ける。


「びっくりした? これが、落としてたもう片方。

 兵士や騎士、つまり男性にとっては酒があって夜の不都合がなければ問題なかったんだけど、その奥方達は違うわけでね。

 こんなところには住んでいられないって王都や地元に戻る女性陣が多くて。そうなると、夫婦間の不和にも繋がるから、兵士達の士気に関わるんだよね」

「言われて見れば、確かに……しかし、だからといってここまでのものを整えられるとは……」


 驚いた顔のまま、キャロルは通りを一通り眺める。

 この店揃えと通りの雰囲気であれば、子爵夫人、なんなら伯爵夫人も文句はないだろう。

 であれば、ここでの暮らしに不満を溜めることは抑えられるはずで、兵士や騎士達も家庭での不和を抱えることなく安心して職務に就けるわけだ。


「あの、これはもしかして、ジュリアス様の発案ですか?」

「……まあ、うん。自分の手柄を吹聴するみたいで、あんまり言いたくないんだけど、さ。

 でも、よくわかったね?」

「はい、よく見れば壁や看板はまだ新しく、恐らくここ数年で建てられたものばかり。

 その頃には、ジュリアス様がお義父様の代理をなさっていたはずですから、恐らく、と」


 そう答えながら、キャロルの胸が熱くなってくる。

 彼女の伴侶は、こんな発想が出来て、更に実現まで出来る人なのだ。

 その事実が、男だろうが女だろうが常在戦場、働かざる者食うべからずな家風で育ったキャロルの胸を高鳴らせる。

 戦闘・戦術でなく、戦略や政治の面で優れた軍事の才能を見せるその姿は、これ以上なく魅力的なのだ、彼女にとっては。


 だから、いつの間にかジュリアスを見つめる目が恋する乙女のそれになって。

 『やはりキャロルも女の子、こういう雰囲気も好きなんだな』とジュリアスは勘違いをする。

 まさか、自身の政治力にときめかれているなどと、誰が思うだろうか。

 仕方ないと言えば仕方ないし、まだまだキャロルへの理解が足りないと言えば、それはそう。

 彼女達は、まだまだなりたての婦婦なのだから。


「この先には劇場もあってね、専属の劇団もいるんだよ。王都のとはまた一味違った演目が売りでね、評判も中々なんだ」

「まあまあ、それは是非とも拝見いたしませんと! 実はお父様は観劇がお好きでして……」

「え、お義母様がじゃないの?」


 まだまだ知らないことだらけなお互いとその周辺について話ながら、二人は劇場へと向かって歩いていく。

 その姿は、普通にデートを楽しむカップルだった。




 そして、ジュリアスとキャロルは大いに観劇デートを楽しんで。

 すっかり非日常に浸った二人はその夜、盛り上がったりもして。




 また、ジュリアスはシーツの海に沈んでいた。


「な、なんで……どうして、こうなった……?」

「すみません、ジュリア……わたくし、もうすっかり……ときめいたり盛り上がったりすると、ジュリアを押し倒したくてたまらなくなる身体になってしまったようでして」

「どういうことなの!? あ、ちょっ、まって、まだっ!」


 抵抗虚しく、ジュリアスはまた、押し倒される。


 こうして。

 男装の辺境伯ジュリアスは、またキャロルを愛することが出来ない日々を送ることになる。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!!

 もし面白いと思っていただけましたら、下の方にある『いいね』や☆印のポイントで評価していただけると嬉しいです!!


※あらすじでも書きましたが、前作『「愛することはない」と言われましても、そもそもその必要はございません。』がコミカライズされ、『『悪役令嬢ですが、ヒロインに攻略されてますわ!? アンソロジーコミック』②』に収録されております!

 格好いいジュリアスと可愛いキャロルの活躍がマユタマナム先生の手により素晴らしく楽しい漫画にしていただいておりますので、是非ご覧いただきたく!

 特に馬とドラゴンは必見です!(ぇ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 麗人のジュリアが懸命に主導権を握ろうとがんばっているところが可愛いです。でもキャロルには勝てないのですね…キャロルはもう男女問わず人たらしというか…いろんな意味でつよつよで、読者まで骨抜き…
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