06 黒の救世主?
一体、どのくらいの時間走っただろうか。
痛い、苦しい、眩暈がする、吐き気がする……。
走り慣れないメイド靴で、私はあてのない目的地までただ走るしかなかった。
ここでリーデアシア王国の連中に捕まれば極刑は免れない。
だから、追手をかく乱するようにがむしゃらに走るしかなかった。
それでも、やはり考えざるを得なかった。
どうして、アイラスは目覚めなかったのだろうか。
どうして、真っ先に疑われたのだろうか。
どうして——————誰も信じてくれなかったのだろうか。
頭の中は疑問で一杯だ。
でも、本当は気が付いていた。それでも事実を見て見ぬふりをしていた。
なぜなら、アイラスの付き人は自分にしか務まらないと思いたかったからだ。
「私は……っ! 私は、何も悪くないのに……っ! 望んで孤児になったわけじゃないのに……っ!」
私は息を切らしながら全力で叫ぶ。
孤児であることがそんなに悪いことなのだろうか。
自由のない人間に自由を得る資格はないというのだろうか。
孤児というステータスがあるだけで自由を剥奪されていいのだろうか。
自由を求めた末に異世界に辿り着いたというのに、こんな結末はあまりにも酷すぎる。
「帰りたい……っ! こんなことなら元の世界に帰りたい……っ!」
そう叫びながら走っていると、ふと地面が視界に映った。心臓の鼓動がやけに近くに聞こえる。
そして私は、ようやく自分が足を絡ませて倒れようとしていることに気が付いた。
「イタッ!」
苦痛の声を漏らしながら盛大に倒れ込む。全身に重い痛みが走る。
もう一歩も動けそうにない。早く立ち上がって逃げなきゃいけないのに、身体が意思に反して動こうとしない。
「このまま追手に捕まって殺されちゃうのかな……」
今からでも走り出せば、生存できる可能性は少しでも高くなるだろう。
だが、それでも身体は全く動こうとしない。
「私に……自由はないの……?」
誰に問うこともなく一人呟いていた、そんな時だった。
「……本当に自由はないんだ……」
決してリーデアシア王国の兵士に見つかったわけじゃない。
だが、命の危機であることに違いなかった。
フサフサの毛皮を覆った体長四メートルを超える巨体。
四足から窺える研ぎ澄まされた大爪は、容易く肉身を切り裂きそうだ。
そう、某作品で人気を誇る動物——————熊だ。
お腹を空かせているのか、熊は垂涎の眼差しを私に向けながらゆっくりと近づいてくる。
それでも尚、身体は動かない。
「私は、何のために生まれてきたんだろう……」
自問自答しても、やはり答えは見つからなかった。
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
けたたましい咆哮を上げた熊が襲い掛かってきた、その時——————
「——————“黒禍斬”」
大森林に木霊したと同時、熊の身体に無数の線が走る。
そして次の瞬間、目の前にいたはずの熊は肉片となって崩れ去っていった。
初めて目にした残虐な光景に吐き気が襲い掛かる。
「うっぷ……」
口元に手を当てて吐き気を抑える私の前に、一人の少年がゆっくりを降り立つ。
色素の薄いブロンドヘアーに、ダイヤモンドのような透き通る純正の白い瞳。
だが、私は少年の姿を見て戦慄した。
身体と一体化したように見える闇炎のロングコートが、少年を悪の象徴たらしめており、両目付近に刻まれた切り傷のような闇色のアザがより悪党っぷりを際立たせている。
「……ぁ、あ……」
恐怖のあまり思うように声が出せない。
そんな私に少年はゆっくりと近づいていき、一言言い放った。
「あんた、もしかしてブラックメンバーズか?」
意味不明な少年の言葉に、私は目を丸くした。